連載記事 市川芳明
第5回 Society 5.0 の標準手順と期待される効果(SDGsへの貢献等)

本稿は月刊アイソス2019年8月号に掲載された市川芳明氏(多摩大学 ルール形成戦略研究所 客員教授)執筆の連載記事『ビジネスの基本ルールは自ら作れ 〜コンセプト規格とSociety 5.0の標準化〜』第5回の全文です。(本誌編集部)

前回は国内の主要団体およびオーソリティーからのメッセージを引用しつつ、日本発の重要なコンセプト「Society 5.0」とは何かを解説した。今回はSociety 5.0の国際標準化戦略と現在の活動について述べたい。

Society 5.0を国際標準にすることの狙い

前回紹介した経団連の「Society5.0実現ビジネス3原則」[1]の3番目には「革新技術を用いた製品・サービスで、グローバルに需要を創造し、市場を拡大するためには、自ら「ルール」を創るという発想が必要になる。
[1] 経団連「Society 5.0実現ビジネス3原則」による新たな価値の創造〜「知的財産戦略ビジョン」策定に向けて〜(2018年5月)
Society 5.0の実現に向け、SDGsを国際競争力向上に向けた切り口と捉えて、国際的な規制や標準等の「ルール創り」に積極的に関与することが不可欠である」と述べられている。

本連載でこれまで述べてきたように、革新的なコンセプトは、「言うだけ」「日本国内だけ」では社会を動かすに至らない。国際的な標準にしてこそ実効が出てくる。図表1にはSociety 5.0とその標準化戦略との関係を示した[2]。
[2] Okamoto「Standardization activities on “Society 5.0” in Japan」 http://www.bsn.go.id/uploads/download/0._standardization_activities_on_society_5.0_in_japan_okamoto_masahide.pdf(2019年3月)

Society 5.0は前回述べたように、IoT、Bigdata、AI等の革新的データ活用技術を利用して社会課題の解決とイノベーションの活性化(経済発展)を両立させる概念である。社会課題とは何かについては、経団連が示すように国連のSDGsによって既に定義されているものと考えてよい。つまりあえて標準化する必要はない。しかし、革新的データ活用技術とSDGsとの関連を明確化するなんらかのルールが必要になるはずだ。

例えば、いまAI技術に関する倫理面でのルール化が世界各地で急激に活発化している [3]。
[3] 総務省「報告書2018−AIの利活用の促進及びAIネットワーク化の健全な進展に向けて−」(2018年7月)

「人間中心」、「兵器に使わない」などの原則が定義されており、これは新技術が野放しにされて悪用される前に正しい方向に使われるための国際ルールを作るという先手の取り組みである。革新的技術が必ずしも人類の幸福につながらなかったという過去の人類の苦い歴史から学んだことといって良いだろう。Society 5.0では同じように技術と社会貢献の関連を明確にする必要がある。このような規格はまさに本連載のテーマである「コンセプト標準」の典型例である。いわゆる上位概念を明文化したものである。

一方で、この上位概念規格だけでは、具体的にビジネスの儲けにつながる直接的なストーリーを描くことはできない。この上位概念にぶら下がる個別分野の規格を作るガイドとしての役割こそが重要な価値なのである。より具体化された個別規格が事業活動のテコ(Leverage)として効果を発揮する。個別分野は前回紹介した未来投資戦略のフラグシッププロジェクトである、モビリティ、ヘルスケア、エネルギー転換、FinTech、デジタル型行政、インフラ・メンテナンス、スマート農業、生産性革命等を想定していただいてよいだろう。すでに分野ごとに実績の出てきているものから国際標準化に着手していけばよい。

これまでの取り組みの手順と経緯

筆者らは今から2年ほど前の2017年9月に国内の産業界の有志数十名とともにSociety 5.0の国際標準化について議論を開始した。翌年2018年3月には総合科学技術・イノベーション会議のSociety 5.0重要課題ワーキングの中に同じ有志メンバーからなる「標準化タスクフォース」をつくり、国際標準化団体での専門委員会設立を目指すことなどを織り込んだ提言を行った。この提言を受けた経済産業省は2018年10月にSociety 5.0標準化推進委員会を発足し、同委員会は2019年3月に英文によるJIS(日本産業規格)素案を完成させた。この素案は前回述べた既存の複数の見解を最大公約数的にまとめて一冊の文書としてSociety 5.0を海外に理解してもらうために英文の規格としての体裁を整えた。

海外での感触

筆者らは国内活動に並行して国際舞台で仲間になってくれそうな人々への根回しを開始している。2019年の4月に、スロベニアの閣僚が日本の内閣府を訪問した。その趣旨は、 2019年後半に同国がEU議長国となることが決まっており、その際に「Society5.0」の導入を通じ「Industry4.0」を越えた未来社会の構築を目指していくというメッセージを発信し、議長国としての実績を残したいので、日本からの支援をお願いしたいということであった。このような経緯になった背景には、筆者が2018年から数回にわたり、スロベニアにSociety 5.0を紹介してきた活動がある(図表2)

また、筆者の友人である英国規格協会(BSI)のトップからは国際標準化において協力する内諾を得ており、上記のJIS素案を英文で作成する際にも内容について校閲作業をしていただいた。また、2019年3月にはインドネシア規格協会(BSN)からSociety 5.0に大変興味があるので講演して欲しいという依頼を受け、上記の標準化推進委員会の代表者が発表したものが文献[2]である。このように、世界各国の協力が得られるという感触を得ている。

今後の展開

「なぜSociety 5.0が魅力的なコンセプトであるのか」をスロベニアの元駐日大使が語ってくれた。それは「政権への支持票につながる」からだそうである。同じ高度なデータ処理技術の活用を謳ったコンセプトにIndustry 4.0があるが、これは「つながる工場」をスローガンとし主として工業生産性を高める効果を主張している。しかしこれでは企業は儲かりこそすれ、民衆が幸せになるという期待が薄い。Society 5.0はSDGsへの貢献を前面に出していることが素晴らしいのだそうである。

世界はこのように日本の国際提案を待っている状態ともいえるだろう。そこで前出の標準化推進委員会のメンバーは早期にISOへの新TC設立提案を目指している。しかしながら、まず最初に日本の行政の仕組みに従い、ISOの窓口であるJISC(日本産業標準調査会)の認可を得なければ提案書の提出さえ叶うことはない。

このようなコンセプト標準は昨年まで70年間にわたって日本の標準規格を規定してきた「鉱工業標準化法」のもとでは、標準規格としての資格がないという問題がある。改正法である「産業標準化法」が今年の7月1日から施行になるものの、まだ旧態依然として日本に残っている「規格=技術仕様」の考え方との乖離が大きい。この乖離は国内的なコンセンサス構築のための巨大な壁ともいえるが、ここを突破しないと国際の舞台には踏み出すことができない。

現状はこのハードルを打開するために日々チャレンジを繰り返している段階である。本稿をお読みいただいて賛同される方はぜひお力をお貸しいただきたい。