連載記事 市川芳明
第6回(最終回) これからの国際標準化への道筋

本稿は月刊アイソス2019年9月号に掲載された市川芳明氏(多摩大学 ルール形成戦略研究所 客員教授)執筆の連載記事『ビジネスの基本ルールは自ら作れ 〜コンセプト規格とSociety 5.0の標準化〜』第6回(最終回)の全文です。(本誌編集部)

本連載最終回の今回は、読者の方々がこれから国際標準化の活動をどのように高い確率で成功に導くかについて、基本的な取り組み方を提案して締めくくりとする。

規格の量産工場設立をイメージする

まず本稿のテーマである「ビジネスの基本ルール」たる規格の開発は文字通りビジネスのためにあるということ、そして成熟した市場ではなく、新規市場でのビジネスであるという大前提を確認しておきたい。従って規格開発の主目的は市場の拡大である。シェア争いではなく、皆で儲けようという場であり、新規参入者を防止するのではなく奨励し、ただし、質の悪い参加者によって市場全体が崩壊することは防ぐという目的である。加えて、その規格が社会課題を改善することに効果があればあるほど、作り出されるビジネスエコシステムへの参加者が増加し、市場としての価値を高める。

このような考え方は日本におけるこれまでの規格の概念を覆すものである。理由は法律が古かったからであり、現在では刷新されていることは前回述べた。それでは、新しい法律にふさわしい標準化の捉え方はどう変わるのだろうか。図表1を見ていただきたい。

社会課題を解決する効果を持つほどの国際標準は、とうてい1本の規格で書ききれるものではない。規格を製品に例えるとこれを量産する生産工場が必要になる。その設計図がコンセプト規格である。この際、TC(技術委員会)やSC(分科委員会)の設立を主眼として、この規格をそのバイブルとする委員会を設立することが望ましい。ISO 1400XXという応用規格(ファミリー規格)が多数出版されているが、それはISO 14001をバイブルとしたTC 207という委員会がISOに設立されたからこそである。

その後、この工場から数々の具体的なビジネスに関わる規格を発行することができる。規格は委員会の中で開発され投票に掛けられるので、同じ志と専門性を持った世界の仲間が集まる「場」がないと作ることができない。ただし、もっと容易な代替策もある。最近では、委員会の下のWG(作業部会)でも、複数の規格を量産できるように慣習が変わりつつあるのだ。WG主査の設立を自ら主導し、設立提案文書に「関連規格の開発計画」をあらかじめ提示し、「このWGは同一テーマの元に個別の応用規格を多数生み出す場ですよ」という主張をしておけば、可決後はSCと類似に機能させることも可能である。図表1のオリジナル考案者の坂井氏は、まずISO 37154を「スマート交通」というテーマの核となる規格として発行[1]した後、同じWGにおいて数々の応用規格を矢継ぎ早に発行している。
[1] 経済産業省リリース「スマート交通一般に関するガイドラインの国際規格が発行されました」https://www.meti.go.jp/press/2017/10/20171004001/20171004001.html(2017年10月)

いずれにせよ、コンセプト規格は図表1に示したように大きな傘(これを実際海外ではumbrella規格と呼んだりする)であり、その下に短冊のように数々の応用規格がぶら下がることになる。

国内でのプロセスを通過する

さて、実際に規格開発に取り組むと次のようなハードルが待ち構えている。国際標準規格を提案するためにはまず国内の審査プロセスを通過しなければならない。日本としての提案を認めてもらうためには数々の行政手続きがあり、これらの関門を通過することが必須である。筆者の経験では、国際交渉よりも遥かに難しい。

肝心なのは、行政内部の特定の課(原課という)に応援してもらうことである。規格提案の関門の実質的な門番は経済産業省の国際標準課、あるいは国際電気標準課であるが、こちらはある意味では事務局的な性格があり、プロジェクトとしての責任を持つ他の課の要請にもとづいて企業からの申請を認めたというストーリーは受け入れられやすい。現状、新規の申請はまずJSA(日本規格協会)が企業向けの窓口となっている。筆者の経験では、そこでJSAに理解を得られれば、主にJSAが行政側との折衝を進めてくれる。それでも原課が存在することはほぼ前提である。大きな業界団体が提案元となる場合には、当該団体に密接な原課の支援が得やすいのであるが、新規の業界団体、任意団体などが提案をする場合は難しい。そして、往々にして新規事業には既存の業界団体があてはまらない。

加えて、「今後長期間にわたって全ての規格を自ら策定するだけのリソースと持続性を保証してほしい」と要求されることが多い。筆者はよく「国際規格策定の委員会は日本が主導したとしても公平な各国共同作業の場である、従って、全ての規格を日本が書く必要もないし、現実にそうなってはいない。まず自分の作りたい応用規格が一つでもあれば傘となるコンセプト規格と「場」の設立には十分ではないか」とお答えしている。まず場を創り、その後は日本を含む参加国の発案次第で次々と規格を生み出すことができれば当初の目的は十分に果たせる。第2回で紹介したTC 272(科学捜査)を思い出していただきたい。TC設立当初は綿棒の規格しか念頭になかったと思われる。それでも「科学捜査」という大きな場を設立した価値は大きい。

国際の場で上手に振る舞う

国内を通過したら国際交渉である。これは当然並行して進めなければならない。そうしないと、国内においても「海外勢の賛成が得られる勝算がなければ認めない」と言われてしまうからである。ただし、あまり難しくはない。一つ注意がいるとすれば、コンセプト規格は多くの縦割的な個別技術を横断的にまたがる性質を持つ点である。例えば、第3回で紹介したスマートシティーならば、交通も、リサイクルも、エネルギーやITも、みな主要な要素である。このような規格をいきなり提案すると、各々の分野の既存の委員会との関連性を問われる。筆者も関連する委員会との事前打ち合わせを全て済ませておくことをISOの中央事務局から要望された経験がある。

そのための交渉に用いているコンセプトがある。図表2をご覧いただきたい。

これはComplementarity & Collaboration Principle (CCプリンシプル)あるいはビルディングブロックアプローチと筆者が名付けたものである。中央の「横断テーマTC」が本稿で論じている新TCであるとしよう。そこで規格を作るとその規格は横断的性格を持つので必ず既存のISO、IEC、ITU-T、JTC1のような規格団体及びその中のTCやSCの開発スコープと重なる。そこで、それらの既存規格を本文で引用し、新規格を構成する要素(ビルディングブロック)として最大限活用する。必要ならばそれらの作成元の委員会と公式な連携を結ぶ(リエゾンと呼ぶ)か、人を出してもらって一緒に開発する(共同開発)。このやり方のメリットは各委員会が策定した規格のセールスになるという点である。例えば、鉄道の規格がスマートシティー向けの規格として新たに売れ始めるはずだからである。このようなWin-winの申し入れを断る委員会は今のところ経験していない。あらかじめ申し入れさえすれば了解は得られやすいはずである。

おわりに

今回はシリーズのまとめとして、具体的に日本企業が国際規格を提案する際の考え方とプロセス、および留意点を述べた。欧米各国ではもっと国内の手続きが簡素化されている。一方で、中国や韓国は日本に似たところもあると聞いている。日本にいる以上、ぜひこのハードルを突破していただき、高付加価値で高収益のビジネスエコシステムを立ち上げるための規格の策定に成功していただきたい。もしも筆者がお手伝いできることがあれば幸いである。(了)


市川芳明氏のプロフィール

市川 芳明(いちかわ よしあき)  多摩大学ルール形成戦略研究所 客員教授
東京都市大学環境学部 客員教授
1979年日立製作所入社。2000年から環境ソリューションビジネスを立ち上げ、初代の環境ソリューションセンタ長、地球環境戦略室主管技師長、研究開発グループチーフアーキテクト室長を経て、現在同グループ技術顧問および知的財産本部国際標準化推進室主管技師長を兼務。IEC/TC111(環境配慮設計)前議長、IEC-ACEA(環境諮問委員会)日本代表、ISO/TC268/SC1(スマートコミュニティインフラ)議長。近著『「ルール」徹底活用型ビジネスモデル入門 -SDGs対応を強みに変える-』(第一法規)。