連載記事 奥野麻衣子
第1回 環境ファイナンスの潮流とISO動向の概要

本稿は月刊アイソス2019年10月号に掲載された奥野麻衣子氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 環境・エネルギー部 主任研究員 サステナブルビジネス戦略センター長)執筆の連載記事『環境ファイナンス分野における国際規格動向』第1回の全文です。(本誌編集部)

はじめに

先進的な環境経営に取り組んできた企業であれば、近年の「ESG投資」や「SDGs金融」といったキーワードについて既に情報収集をされているか、あるいはよくわからないとしても気になっているだろう。しかも、ISO(国際標準化機構)で「グリーンファイナンス」の新たな規格作成や「サステナブルファイナンス」の新しいTC(専門委員会)設置まで行われているとなれば、本誌の読者にはなお関心が高まることと思われる。ファイナンスは、今までのISOのマネジメントシステム規格(MSS)が意識的に扱ってこなかった要素である。お金は企業活動に必要不可欠な経営資源でありながら、財務的な要素はMSSにおいて考慮事項程度にとどめられてきた。また、環境マネジメントシステム(EMS)では、コミュニケーションやレポーティング、ラベリングといった、企業の環境情報をステークホルダーに伝えるプロセスや情報の中身そのものを、マネージすべき重要な要素としながらもあくまで「支援」的な位置づけとしてきた。しかし、ファイナンス分野で環境情報の重要性をめぐる議論が今ほど盛り上がり、「社会的責任」論を超えて株価への影響が気になるという意味でここまで経営層の関心をひいたことは、過去になかったのではないかと思える。

筆者は、ISO 14001をはじめとする環境マネジメントシステム規格のエキスパートであり、ISO/TC207/SC1では日本代表を務めるが、グリーンファイナンスやサステナブルファイナンスのISO国際規格作成に直接携わるエキスパートではない。ただ、ISO/TC207全体に対応する国内委員会である環境管理規格審議委員会の委員であり、サステナブルファイナンスに関するISO/TC322対応国内委員会にもオブザーバー参加させていただいている。また、メガバンクのグループシンクタンク研究員として、ESG投資・金融やサステナブルファイナンス、サステナビリティ情報の開示に係る調査研究やコンサルティングを実施してきている。このようなことから、国際規格作成の現場感覚と、国内外の環境・持続可能性ファイナンスの動向についていくらか知見を持ち合わせているため、本稿ではそうした知見に基づいて環境とファイナンスの国際ルール形成の動向を紹介する。これにより、ISO 14001とEMSがどのように「ESG投資」や「SDGs金融」と関わり、貢献しうるのかを考察したい。

なぜ今、ファイナンス分野で環境が話題なのか

①サステナビリティリスクと巨額の資金ニーズ

「スターン・レビュー」は、英国財務省が元世界銀行上級副総裁のスターン卿に依頼して作成された2006年の気候変動の経済影響に関する報告書で、このまま何もしなければ世界のGDPは将来にわたり毎年5%〜20%失われる可能性があると示唆した。あれから10年以上が経った。国土交通省によれば、2018年7月の西日本豪雨に伴う水害の被害額推計は全国で1兆940億円に上り、単一の異常気象による被害額としては過去最高となった。世界的に見れば、再保険大手のスイス・リーは2018年の自然災害による経済的損害をおよそ1,550億米ドル(17兆円超)と推定。これでも大型ハリケーンが多発した2017年に比べれば半分以下だという。豪雨、熱波や干ばつといった異常気象は、確実に気候変動の脅威を身近に感じさせるものとなっている。異常気象が頻発しヒトや生態系が適応できなくなるような、破壊的で元に戻れないレベルの気候変動を防止する必要がある。

そこで、2015年の「パリ協定」では、世界の平均気温上昇を産業革命前に比べて2℃未満に抑えるという世界共通の長期目標で国際的に合意した。日本は、2030年度の温室効果ガス(GHG)排出を2013年度比で26%削減、また2050年までに80%の削減を目指すとしている。GHG排出量を削減するためには、エネルギー消費量を減らす省エネと、エネルギー供給の低炭素化が必要であり、世界的に化石燃料から脱却し再生可能エネルギーへの移行を進めることの重要性が増している。しかし、2016年度の日本のGHG排出量の86.3%がエネルギー起源であり、東日本震災の影響もあって一次エネルギー供給ベースでの化石燃料(石炭、石油、LNG)依存度は89%に上る。安定したエネルギーインフラを維持しながら脱炭素化するには、多くの課題があると言える。

社会経済の持続可能性をめぐる課題は気候変動だけではない。国連推計によれば、現在77億人の世界人口は2030年に1割増の85億人、2050年には26%増の97億人になる。新興国、途上国の経済成長は著しく、OECDによれば世界の実質GDPは2050年までに現在の2.2倍になると予測される。工業化、都市化にライフスタイルの変化等も相まって、気候変動や自然災害の増加のみならず、天然資源の減少や劣化、農地・食料問題、汚染の増大と健康問題など、さまざまな環境・社会問題が顕在化している。他方、出生率低下と長寿化が進んでおり、2050年には世界の6人に1人が65歳以上の高齢者になる。

SDGsとは、2015年に国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された2030年までの国際目標である。気候変動・エネルギーも含めて17の目標を掲げるSDGsは、途上国のみならず先進国も取り組む普遍的なものであり、社会経済の発展と環境のバランスを両立させ、地球全体が持続可能で、かつ誰一人取り残さない包摂的(インクルーシブ)な経済社会の構築を目指している。しかし、SDGsの達成にはグローバルレベルで年間5〜7兆ドルと、極めて巨額の投資が必要とされる。これをODAなどの公的資金だけで賄うのは困難であり、民間資金を持続可能な社会構築に貢献する活動へと大きく動かす必要があると言われている。民間投資のポテンシャルは0.9〜1.8兆ドル/年と試算されるが、民間が参加可能な投資スキームの不足、実施可能なプロジェクト組成が進まない等の課題が指摘されている。

②金融業界の認識の変化

海外ではかなり昔から倫理的投資があり、日本でも2000年代には環境テーマに特化した株式投資を行うエコファンドをはじめとするSRI(社会的責任投資)が増加した。2006年に国連主導で発足した責任投資原則(PRI)により、機関投資家の意思決定プロセスに受託者責任の範囲内でESG課題の考慮を入れ込む取り組みが金融業界に広がり始めた。ここで受託者責任の範囲内とは、誤解を恐れず端的に言えば投資リターンを確保しながらということになる。日本のSRI投資信託の残高は、2007年に1兆2,439億円のピークを迎えるが、その後リーマンショック等の世界的な金融危機による各国株式市場の下落を受けて2008年以降は資金流出傾向が続き、2009年2月にはピーク時から64%減少、さらに2010年以降の欧州財政危機の影響を受けて2011年9月末時点でピーク比74%減の3,252億円に落ち込んだ。

世界的な金融危機を経験して、金融システム安定化のための監督や規制に係る国際協調の重要性認識が一層高まり、2009年に金融安定理事会(FSB)が設置された。このFSBの議長をマーク・カーニー英中銀総裁が務めていた2015年4月、G20財務大臣・中央銀行総裁会議がFSBに対し、気候関連課題について金融セクターがどのように考慮していくべきか関係者を招集し検討することを要請。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が設置された。金融業界に大きな発言影響力のある立場のカーニー氏が、2015年9月に行ったスピーチでコモンズの悲劇という経済学の法則になぞらえて気候変動を「ホライズンの悲劇」と称し、長くても10年という伝統的な金融の時間軸ではリスクとみなされないが、気候変動の壊滅的な悪影響が顕在化したときには時すでに遅しという問題を指摘。気候変動が金融の安定性に影響を与える3つの可能性として物理的リスク、賠償責任リスク、移行リスクを挙げ、今後排出可能な炭素量の上限を考慮すれば現在の化石燃料埋蔵量の価値の大部分が投資回収不能となる「座礁資産」の問題に言及するなど、金融業界が気候変動に早期対応する必要性を訴えたことは画期的であった。

その後、日本の年金積立金15兆円超を管理・運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が2015年10月にPRIに署名し、資産の運用受託機関に対してもPRI署名を促しつつESGの考慮を明確に求め始めた。(図表1参照)

なお、これに先立って我が国では金融庁が2014年に日本版スチュワードシップ・コードを策定し、機関投資家が投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な対話(エンゲージメント)を行い、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことで中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を果たすための原則を定めている。GPIFのESG考慮促進は、この流れに沿ってエンゲージメントへの統合から行われた。また、TCFDの最終提言は2017年6月に公表され、金融業界の適切な投資判断を促す効率的な企業の気候リスク・機会対応等に関する情報開示のあり方が示された。

こうして、持続可能性をめぐる長期的なグローバル課題への対応必要性、中長期的な企業価値向上を支える投資の促進、それに必要な企業のESGに関する非財務情報開示を促進する施策の進展がダイナミックに作用し、株式や債券を発行して投資家から資金を調達する証券取引等の直接金融でESG投資が大きく進展している。一方、我が国の企業の資金調達は、近年株式・出資金による調達額が徐々に増えているとはいえ、銀行による融資が多い。これについても、国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP FI)が2019年9月に責任銀行原則(PRB)を正式発足させる予定であり、SDGsとパリ協定が定める社会目標の達成に向けた銀行部門の貢献を加速させることが目指されている。

ISOでは何が起きているか

このようにファイナンス分野においては2015年頃を節目に本気の環境対応の潮流が生まれており、国際的な枠組み・基準策定の議論があらゆる場所で起きているが、本稿ではそれをISOの動向と絡めて見ていくこととする。ISOでは現在、図表2のように4つの環境ファイナンスあるいはサステナブルファイナンスに関する国際規格作成の動きがある。

ISO 14097(気候ファイナンス)は、投資家及び金融機関が気候変動に関わる投融資を評価し、またこれについて報告を行うための一般的な枠組みを規定する規格である。TC207で最初に出現したファイナンス関連の規格だった。金融業者が行う投資の意思決定が実体経済におけるGHG排出動向にどのような影響を与えるのか、その投融資の意思決定は低炭素社会への移行や気候変動に係る政策目標に整合しているのか、国際的な気候変動目標や各国の政策が株や債権といった保有資産の経済的価値にどのようなリスクを生じさせるのか等の評価・報告に関する指針の提供を目指す。

ISO 14030(グリーン債務証書)には、パート1から4まである。パート1(グリーンボンド)は、債券が「グリーン」であることをその発行体に求めるもので、対象となる事業、アセット、活動のグリーン適格性を審査し、該当事業等に充当される資金を管理し、アセット等の使用期間にわたって生じる環境影響を評価し、レポーティングを行うためのプロセスを規定する。パート2(グリーンローン)は、大口・小口の融資・貸付について同様のプロセスを定める。パート3(タクソノミー)は、環境に便益がありグリーンボンドやグリーンローンの実行に適していると考えられるプロジェクトや活動のグリーン適格性の審査基準を、閾値や除外事項も含めセクターごとに定めている。パート4は、グリーンボンドやグリーンローンのISO 14030適合性を第三者が検証するための要求事項である。

ISO 14100(グリーンファイナンス)は、まだ作成検討の日が浅く、内容が定まっていない。当初、中国は新TCの設置を提案してきたが、これは承認されず、TC207において改めて新規格作成の提案が通ったものである。国際的なコンセンサスとベストプラクティスに基づいて普遍的なグリーン金融プロジェクトの定義と分類を提供し、投資の意思決定より前にグリーンプロジェクトを評価するための共通指針を提供することを目指している。

以上はTC207(環境管理)の下で作業中の規格だが、TC322(サステナブルファイナンス)は、新たに2018年に設置され、今年3月に初会合が開かれたばかりである。持続可能性への配慮とESGの実践を機関投資家の意思決定とより広範なファイナンス管理に統合するための、持続可能な金融の分野における標準化を活動範囲とする。当面、「サステナブルファイナンス管理の枠組みガイド」作成を優先事項に据えて、関連する概念を統合し、共通用語(定義やタクソノミー等)について合意し、原則及び実践に関する指針を提供することを目指しており、最近、用語検討のためのアドホックグループが設置された。

次回より、上記4つのISOにおける国際規格動向と、その背景にある大きな環境ファイナンス・サステナブルファイナンスの動きについて概観し、企業への示唆や求められる対応などについて考察する。