連載記事 奥野麻衣子
第5回 ISO/TC322 サステナブルファイナンスの動向

本稿は月刊アイソス2020年2月号に掲載された奥野麻衣子氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 環境・エネルギー部 主任研究員 サステナブルビジネス戦略センター長)執筆の連載記事『環境ファイナンス分野における国際規格動向』第5回の全文です。(本誌編集部)

持続可能な金融のための専門委員会TC322

2018年、ISOに「持続可能な金融のための専門委員会」TC322が新たに設置された。提案及び幹事国は英国である。ISO/TC322の活動範囲は、「経済活動への資金提供に環境、社会、ガバナンスの実践を含む持続可能性の考慮事項を統合するための、持続可能な金融分野における標準化」であり、これにはさらに「持続可能な金融TCは、金融サービス分野ではTC68、環境管理分野ではTC207、アセットマネジメント分野ではTC251、組織のガバナンス分野ではTC309と緊密に協力する」という注釈が付いている。

2019年12月10日現在、TC322への参加国は、日本、中国、シンガポール、フランス、ドイツ、スイス、ルクセンブルク、英国、米国を含む22カ国、オブザーバー国はオランダ、香港等の18カ国である。ISO内のリエゾン(連絡調整)状況としては、活動範囲の注釈に挙げられたTCに加えてTC207/SC4(環境パフォーマンス評価)とTC307(ブロックチェーン及び分散台帳)がTC322に参加、逆にTC322からは、上記に加えてTC207/SC1(環境マネジメントシステム)、TC207/SC7(温室効果ガスマネジメント)、TC268(スマートシティ)、TC323(サーキュラーエコノミー)に参加している。また、ISO外からは、CBI(気候ボンドイニシアチブ)、欧州委員会、GABV(環境や社会性などの価値観を重視する銀行国際連盟)、WWF(世界自然保護基金)、IEMA(英国の環境マネジメント・評価協会)がTC322にリエゾン参加している。  現状でTC322内に設置されている主なグループは以下の通りである(図表1)

• 議長諮問グループ(CAG)
• コミュニケーション及びエンゲージメント諮問グループ
• 専門用語アドホックグループ
• WG1:サステナブルファイナンスの枠組み規格(ISO 32210)作業部会
• 棚卸スタディグループ(既存のサステナブルファイナンスに係るイニシアチブを分析し今後のTC322における規格開発の参考にする)
• リエゾンレビューグループ

ISO/TC322で扱うテーマ

1987年のブルントラント報告(「環境と開発に関する世界委員会」委員長のブルントラント・ノルウェー首相(当時)が公表した報告書「Our Common Future」)では、持続可能な開発の概念を「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」としている。これになぞらえれば、持続可能な金融とは、将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在のニーズを満たす金融活動である。TC322では専門用語を検討するためのグループが活動し始めたばかりであり、用語の定義として語るのは時期尚早だが、TC322ではサステナブルファイナンスを、国連SDGsの枠組み支援を通じて、強力で、持続可能な、バランスのとれた包摂的な成長の達成に貢献する金融及び関連する制度的、市場的な取り決めとして広く理解できるとしている。サステナブルファイナンスがカバーするとTC322が認識する領域は、(図表2)の通りである。

世界的な傾向だが、今は環境分野、特に気候変動分野のリスク検討とファイナンスの議論が厚くなっている。パリ協定(2015年)とTCFD最終提言(2017年)を境に、環境ファイナンスの議論の場が倫理的投資や金融機関の社会的責任(CSR)から明らかに金融の主流に移ったことは、非常に大きな変化である。もちろん、責任投資の意味するものは倫理的投資だけではないし、CSRの議論にしても、社会貢献ではなく本業(収益事業)で取り組むべきという考え方は長らく我が国に存在しているが、気候リスクの大きさが現実味を帯びて認知されるようになってからのファイナンスや企業情報開示における主流化のレベルは、やはり2015年以前の比ではないと感じる。

他方、社会的(ソーシャル)ファイナンスは、発展途上ながらも気候ファイナンスに比べれば主流化には遠いといえよう。ソーシャルファイナンスとは、社会的リターンを生み出すことを目的とするファイナンスである。つまり金銭的リターンを必ずしも目的としないものも多く、その担い手は主に社会目的の達成を使命とする財団やコミュニティ銀行であった。近年、社会的インパクト投資とは、財務的リターンと並行して社会的及び/または環境的インパクトを同時に生み出すことを意図する投資とされるようになった(ただし、投資判断時にリスク回避のための審査や評価を行うのみではなく、社会課題解決の効果の評価を行うインパクト重視のものに限られる)。社会的インパクト投資の手法は国内外ともに非上場株式(プライベート・エクイティ)と融資・債券(プライベート・デット)が多い。財団による投資、開発銀行などの政府系金融機関による融資に加え、個人によるクラウドファンディング、社会的起業家に投資するベンチャー・フィランソロピー、またESG投資・SDGs推進の潮流を背景に、機関投資家による世銀ワクチン債などの社会的債券への投資やテーマ型投資信託商品の提供などが増えつつある。また銀行の取組みとしては、例えばSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)がある。これは、成果連動型業務委託(就労支援やヘルスケアなど、地方自治体などが設定する社会的成果目標の達成に連動して、実施事業者に対し業務委託費が支払われる制度)において、民間資金提供者が事前に当該事業に対して資金提供する仕組みで、拡大はしているものの依然として小規模である。

社会課題は地域性が高い。例えば人口動態や健康問題は、日本と海外諸国で大いに異なる。高齢化、健康、ジェンダー格差など、重要な世界の共通課題を17のゴールにまとめあげたのがSDGsだが、169のターゲット指標は幅広く、パリ協定における2℃目標のような分かりやすさはない。もちろん、環境問題も、公害、酸性雨等の越境する国際問題、自動車排ガス等の受益者と汚染者が同じ問題等さまざまであり、複雑な課題への向き合い方に政府当局や経済主体が一定の整理をつけるまでは、長い年月がかかっている。法律によって強制的に汚染源を管理する規制的手法から、産業界の行動を促す経済的手法や自主的手法等へと環境政策は進展し、その議論の中から環境マネジメントシステムの国際規格ISO 14001は生まれた。企業の環境経営への取組み動機は、ビジネスプロセスの上流で汚染予防対策をするほうが汚染発生後のコストを支払うより経済的という消極的論点から、環境ビジネス市場の拡大とビジネスチャンスへの対応戦略という積極的論点に進展した。倫理観だけでは経済における主流化は進まない。金融業界も、社会貢献ではなく本業で財務的リターンを損なわずに社会課題解決に実質的に貢献する投資のあり方を利害関係者とともに模索していく必要がある。昨今のESG投資及びSDGs金融への関心の高まりを契機に、社会課題を要因とするリスクや課題解決のビジネスチャンスの議論が始まっており、社会的インパクト投資を推進する国際団体が積極的に金融のメインストリームへ働きかけるなど、今後の急速な発展が期待される。

図表2にも「社会環境的」と示されるように、社会問題と環境問題が不可分の領域もある。例えば自然災害は、気候変動と地域社会の被災、サプライチェーン中断などの事業課題が一度に起きる。レジリエントなインフラ構築や事業継続計画(BCP)は気候変動への適応戦略の一つである。持続可能性課題は相互に関連しているため、包括的な視点で対応する必要があることはSDGsの考え方でもあり、領域の重複は仕方ないが、ISOでは既にTC207が環境ファイナンス関連規格の開発を進めており、TC322はこれと重複しない規格の作成に取り組む必要がある。今はまず、全体を包含する枠組みや概念・用語の整理から検討が着手されているが、個人的には環境目的を避けるなら社会目的を主眼とする分野のファイナンス手法を検討すればよいと思い、過去に国内委員会でそのような意見を述べたことがある。実際、日本は災害大国であり、産業界も防災・レジリエンス分野での技術や知見には長けていよう。SDGs推進にあたり産業界が支持するSociety 5.0のコンセプトも生かされる。仙台防災枠組(2015年に国連で採択)のように国際的に議論を主導する実績もある。レジリエンス課題は財務諸表に直結しかねないので、ふさわしい社会目的を設定してサステナブルファイナンスのあり方を検討するとよさそうである。

あるいは、世界随一の少子高齢化社会として、医療・介護や健康・働き方といった課題解決の取組みが特に重要になるかもしれない。適正賃金・機会均等はもとより、職場環境や労働慣行、教育訓練まで幅広く魅力的な雇用を提供できるような経営が、優良人材を確保し将来の成長性につなげられる可能性が高いかもしれない。人権課題は、一般にはサプライチェーン課題の一つとしてESGで取り扱われることが多いが、よく考えると原料調達地や途中のサプライヤー工場における人権侵害問題の他にも、Society 5.0に絡む問題としてプライバシー問題があろう。ビッグデータ分析やAI活用においてどのように個人情報保護や倫理問題に配慮できるのか、それはどの程度のビジネスリスクになっていくのか。従来は企業倫理に収まっていた事項が、社会課題起因の事業リスク・機会にもなっていく可能性がある。

サステナブルファイナンスの原則と枠組み(ISO 32210)

さて、冒頭でTC322内に設置されたグループを見れば、読者はおそらくWG1が気になるであろう。現在、TC322/WG1では、本TC初の規格となる「持続可能な金融のための枠組み:原則とガイダンス」を作成検討中である(図表3)

規格番号は今のところISO 32210となっている(今後、変更される可能性もある)。本規格は2019年10月末頃にその開発が承認登録されたばかりで、段階としては極めて初期にあるが、内容的には英国PAS(公開仕様書)を下敷きにして議論をスタートしている。

企業への影響可能性

資金需要側である企業への影響可能性という観点で言えば、TC322の重要な活動はサステナブルファイナンスの概念整理・用語定義と、枠組み原則におけるインパクト評価及びステークホルダーエンゲージメントであろう。用語定義では、ファイナンスにおけるリスクファクターとしての持続可能性課題とは何か、ESGの基準の標準化がどこまで行われるか、サステナブルファイナンスとして認められる資金使途(プロジェクトや活動分類)の議論が社会経済分野にも拡大するかどうかに注目したい。インパクト評価では、投資成果を金銭以外の指標でも測るためには関連する非財務情報の収集が不可欠なので、これを投資家や金融機関がどうモニタリングするか、またその結果としてどのようにリスク管理し、あるいは意図した効果を創出するために対象となる企業・事業に働きかけるのがサステナブルファイナンスのあるべき姿なのかといった実践の指針の行方に注目したい。