連載記事 奥野麻衣子
第6回(最終回) 環境経営と環境ファイナンス

本稿は月刊アイソス2020年3月号に掲載された奥野麻衣子氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 環境・エネルギー部 主任研究員 サステナブルビジネス戦略センター長)執筆の連載記事『環境ファイナンス分野における国際規格動向』第6回(最終回)の全文です。(本誌編集部)

ビジネスマネジメントとしてのMSS

連載最後となる今回は、ISO 14001とEMSがどのように「ESG投資」や「SDGs金融」と関わり、貢献しうるのかを考察したい。環境ファイナンスの話ではなく恐縮だが、先般オーストラリアのシドニーでJTCGタスクフォース会議が開催され、筆者もTC207/SC1代表エキスパートとしてこれに参加した。ISO/IECに40以上もあるマネジメントシステム規格(MSS)に共通の用語と要求事項が定められている「ISO/IEC専門業務用指針」の附属書L改訂に向けた議論のためである。あるエキスパートがランチタイムの雑談に、ISOのMSS共通テキストはほぼビジネスマネジメントの要素なので、マネージャー研修にそのまま使えると話してくれた。実は、筆者もそう思っている。特に、戦略とリスク管理の計画立案に相当する部分(箇条4.1、4.2、6.1、8.1、9.3の流れ)は、そのものである(図表1参照)

分野別のMSSになると、当該分野が意図するMSSの成果を達成するための技術的な詳細要求事項がさらに追加されるので、残念ながら構造的には少し見えにくくなるが、環境マネジメントシステム(EMS)規格のISO 14001に関して言えば、環境ファイナンス、サステナブルファイナンスの求める成果を出すために組織に求められる基礎的要件はかなりカバーされていると個人的には考える。

ただし、ISO MSSは当然ながら万能ではなく、ファイナンスが重きを置く成果とは違いがある。金融業界が企業に期待するESGへの取組みとは、誤解を恐れず端的に言えば、長期的な持続的成長に向けて将来キャッシュフローをきちんと生み出す戦略と、急激に操業停止したり収益性が低下して予定の投資回収ができなくなるリスクの排除である。EMSでは、組織のしくみに関する要件が示されているが、何をやるかの中身については、組織が自ら決定する部分となっている。環境ファイナンス、サステナブルファイナンスでは、その中身の部分が重視される。

旧来、ISO 14001は環境汚染の予防を目指していたが、2015年改訂では環境問題に起因して企業が影響を受ける場合も想定されるようになった。この地球上のあらゆる資源の持続可能性や便益の適正な分配と共有が、安定した社会と健全な経済の発展をもたらし、事業の基盤となるはずだが、昨今の世界的な人口増加と経済の拡大、少子高齢化、急速な通信技術革新とデジタル化等の流れが、気候変動やプラスチック汚染、資源収奪と紛争、都市化、地方人口の減少と地域社会の消滅、格差の拡大といった環境・社会問題を加速させている。現代社会は、バランスの良い持続可能な成長ができていないのである。

国際社会や政府もこれを認識しており、パリ協定やSDGsをはじめ持続可能な成長のための政策や規制が強化されている。市民社会も意識を高めており、行動を起こす若者や倫理的消費行動が生まれている。経済基盤の維持と持続的な成長を脅かす環境・社会問題と、それらに対処しようとする政策や社会のメガトレンドがもたらすビジネスリスクやチャンスが、大いに高まっている。金融業界にとっても、経済の持続的な成長は前提として必須であり、上に述べた事業環境下では、リスクの形態や所在が急速に変わってきていることを強く認識している。新たに出現した持続可能性課題を巡るESGリスクファクターへの対応を進め、投融資先の企業の課題をESG面から把握し、建設的対話を通じてともに成長しようとしているのである。

そこで、MSSの要求事項でいえば、状況の理解、リスク・機会の認識、戦略への統合に関する箇条が特に重要になる。組織を取り巻く変化する状況を理解し、内外の課題(重要トピック)や利害関係者のニーズ及び期待を特定し(箇条4.1〜4.2)、これに関連するリスクと機会を検討して、重要なものから優先的に取り組む(箇条6.1)。この流れの中で、自社に関連しうる環境・社会的課題をいかに認識し、事業に及ぼす影響の観点から重要性を見極められるかが、肝要となる。また、ISO MSSは業務執行レベルでのマネジメントを主な対象とするので、ESGのうちG(ガバナンス)に関する要素は少ないが、しいて言えば箇条5(リーダーシップ)全般と7.1(資源)、9.3(マネジメントレビュー)が関連する。また、当然ながら9.2(内部監査)や7.4(コミュニケーション)、共通要素には含まれないがコンプライアンスやBCP(事業継続計画)、サプライチェーン管理といった取組みも、ESG経営に密接に関連する。

だが、これらは皆、EMSの在り方を妥当な結果に導いてくれる実施のプロセスに関する要求事項であって、メガトレンドや重要課題、リスクと機会が何かについては、各社の個別性が高いため、規格では触れない(指針や手引では例示されるが)。トップマネジメントが環境問題の事業への影響を考えて戦略に組み込んでおり、メインの経営計画にEMSが統合されている組織では、おのずと事業や環境に大きな影響があり得る重要課題とリスク・機会がある程度妥当に特定されていることが期待されるが、オペレーショナルレベルでのEMSにとどまっていては、環境ファイナンスの潮流への対応は難しいだろう。せっかくコストをかけてEMSを運営するなら、経営統合度をもう一段レベルアップすべきである。

ESG要素を考慮したファイナンスにおける企業の見方

環境省が設置した「環境情報と企業価値に関する検討会」は、2019年5月に「環境情報を企業価値評価に活用するための考え方に関する報告書」を公表した。これは、上場株式投資を行う機関投資家を対象とした(債券投資や銀行融資は基本的に対象としない)もので、そこでは、投資家が企業の環境問題への取組能力の分析・評価を行い、投資家・株主として重要な環境課題に関する建設的な対話を行うための、環境情報の見方の全体像を示している(図表2参照)

これを見ると、検討された中身の妥当性が相当重要であると推察される。まず、投資家側は、個々の企業のおかれた背景事情として、環境問題が経済成長や資源制約に及ぼす影響や、消費者動向や法規制などに与える影響を分析し、理解する(少なくとも当該企業に関して環境問題をめぐるビジネスリスク感覚を持つ必要があるということであろう)。そのうえで、企業が今後のビジネスで直面する気候変動などの重要環境課題、それが引き起こす事象や大きなトレンドの事業影響、今とっている戦略やリスク管理策への影響の程度、どうやって財務的に重要なビジネス課題を特定するのか、どのように環境関連リスク・機会をメインの事業戦略や投資計画に統合させているのか、といったことをじっくり見る。あるいは、経営者との対話を通じて知ろうとする。逆に言えば、企業側がその分析をやっていることを大いに期待している、と言える。

例えば、自動車産業では今、国内人口減少とアジア市場の拡大、気候変動対策の強化、通信の飛躍的発展等を背景としつつ、電動化、自動運転、コネクテッド、モノからシェアサービスへのシフトといった大きな変革を経験しているところである。内燃機関から蓄電池への転換やインターネットへの常時接続等によって、部品の要求機能やインターフェイスが大幅に変化し、自動車産業を支える数多くの部品サプライヤーが対応を迫られていることと思われる。日本の自動車産業では完成車メーカーが確固たる供給構造を築き手厚いサプライヤー教育を行っているので、サプライヤーは客先要求に応えていれさえすればポジションは安泰という感覚かもしれないが、海外の自動車部品メーカーにはもっと危機感や積極性があるように思われる。環境・社会課題が惹起する業界メガトレンドに対して事業ポートフォリオをどう変えていくのか、マーケットシフトに対応して新市場を開拓するのか、M&Aや研究開発に投資し技術力を高めることによって今のポジションを保ち強みを発揮するのか。投資家は、対応戦略と資本配分案を筋道立てて説明してもらい、将来にわたり長期的に持続的に収益性が確保できて投資が回収できるかどうかを見極めたいのである。

加えて、リーダーシップとガバナンスが重視される。持続可能性のメガトレンドに対して経営者のアンテナが高いかどうかについては、個人の資質も重要だが、多様なステークホルダー等からメガトレンド情報を仕入れ、分析し、重要な環境課題を事業戦略や全社的リスク管理へ反映し、その執行状況をレビューする体制があることや、トップが企業内部に長期的なビジョンをどのように共有しているかなど、健全な意思決定プロセスがあり、企業文化が醸成されていることが、企業価値を毀損せず持続的に成長できる企業の条件であろう。

環境ファイナンスはインパクト重視

環境ファイナンスとは、環境にプラスの影響をもたらす事業へのファイナンスである。そのファイナンスによって期待される事業成果について、企業側はパフォーマンス測定をして実証する必要がある。これは、第2回のグリーンボンドでも少々触れたように、実務的には追加的コストとなって環境ファイナンスのハードルになっている可能性があるが、今まで通りの環境パフォーマンスを続けて企業価値毀損のリスクを抑えるだけでは、もはや将来の持続可能な社会は構築できない。2050年までにCO2排出量実質ゼロに貢献する案件や海洋プラスチック問題解決に寄与する事業等、他の環境分野に著しい害を及ぼさずに、1つ以上の環境分野で従来に比べてプラスの環境影響をもたらす事業であると投資家や金融機関に示すことは、「グリーン」を称して資金調達する企業側の責務といえる状況になってきた。

資金使途を特定事業に決めて行う融資の場合は、事業によるインパクト(環境パフォーマンス)の計測が求められようが、では資金使途を定めない融資の場合はというと、企業自体の評価をすることが多い。例えば、持続可能性インセンティブ付き融資(ポジティブ・インセンティブ・ローン:PIL)である。これは、当該企業のESG格付機関による格付・評価などの持続可能性関連指標によって融資金利が変動するもので、格付改善すると金利は低下、悪化すると金利上昇となる。オランダの銀行INGが2017年にフィリップスへ実行した融資は、大手ESG格付機関の格付により金利が変動するものだった。また、2018年にフランスのBNPパリバが幹事行となってダノンへ実施したシンジケートローンでは、ESG格付機関の格付に加え、ダノングループ連結売上高のうちB-Corp認証(企業全体の社会や環境への配慮を評価・認証する米国発祥の仕組みで、評価項目は環境、ガバナンス、コミュニティ、顧客、従業員の5分野)を取得している企業が占める割合によって変動する。融資実行後に実績連動で金利を変動させるので、企業の持続可能性に対する取組みの動機が維持される。PILは最近では持続可能性連動ローン(SLL)と呼ばれ、上述のESG企業評価だけでなく、CO2排出量といった特定のKPIに連動するケースも多数出ている。SLLについては、英国ローン市場協会(LMA)が2019年に原則を策定しており(図表3参照)、国内では2019年11月に三菱UFJ銀行が幹事行となって日本郵船と本邦初のSLLを成約した。

このように、資金の借り手(企業)は貸し手に対して持続可能性目標を説明し、達成度を報告することが求められるが、これはEMSがきちんと機能していれば難しいことではない。もちろん、連動金利の設定によって目標達成へのコミットがより厳しいことにはなるが、改善を示せば優遇が受けられる。現在のような超・低金利環境では、借り手の負担感の方が大きく感じられることが課題かもしれないが、どのみちEMS運営も借入もするのであれば、SLLを検討する価値はあろう。

なお、国内では、2019年3月に三井住友信託銀行が世界初のポジティブ・インパクト・ファイナンスとして、SDGs達成への貢献度合いを具体的に開示する企業に対する資金使途を特定しない融資契約を締結している。こちらは金利のパフォーマンス連動はないが、借り手は統合報告書等での取組成果の開示が求められる。

おわりに

拙いながらも6回にわたって国内外やISOにおける環境ファイナンス、サステナブルファイナンスの動向を概観し、企業への要請やEMSとの関係について考察してきた。取り上げるべき話題はたくさんあるが、今回が最後である。日本企業はISO 14001にまじめに取り組んできて、信頼性や基本的な管理能力が高いはずである。環境ファイナンスの潮流に悠々対応できるくらいのポテンシャルは秘めているが、運用が現場レベルにとどまっていて事業戦略レベルで活用されていないように感じる。2015年改訂の意図を汲み、EMSのレベルアップを図ってほしい。(了)

奥野麻衣子氏のプロフィール

奥野 麻衣子(おくの まいこ)  三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 環境・エネルギー部 主任研究員 兼 サステナブル ビジネス戦略センター長
2000年一橋大学大学院社会学研究科修了、同年株式会社三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)入社。環境・CSR経営、欧州環境政策・制度調査、SRI/CSR評価、ESG投融資、環境報告・非財務情報開示に係る調査研究・コンサルティングに従事。近年の受託実績にESG金融のあり方検討調査業務(環境省)、ESG投資の実践に向けた環境情報コンテンツ整理等業務(環境省)、EU、中国、国際標準化機構(ISO)等が進めるグリーンファイナンス・サステナブルファイナンスに係る金融の標準化の取組に関する調査(金融庁)等。2008年よりISO/TC207/SC1エキスパート。2011年福島大学大学院経済経営学類非常勤講師。2015年より日本工業標準調査会委員。環境管理規格審議委員会委員、環境省主催環境コミュニケーション大賞ワーキンググループ委員等。