連載記事 水流聡子
第1回 なぜサービスエクセレンスの国際標準が開発されることになったのか

本稿は月刊アイソス2019年10月号に掲載された水流聡子氏(東京大学大学院工学系研究科 品質・医療社会システム工学寄付講座 特任教授)執筆の連載記事『サービスエクセレンスの国際標準化動向と日本の取組み』第1回の全文です。(本誌編集部)

技術動向の変化を吸収する標準化への移行の必要性

わが国におけるこれまでの標準化は、①研究開発と製品化、②標準化、③規制化、④認証体制の整備、の順に展開されてきており、それで大きな問題はなかったといえます。しかしながら、近年では、標準化が市場の拡大・獲得や新技術の社会実装のために活用される状況にあり、これら①〜④が、相互に与える影響が大きくなってきているといえます。ある企業が長年投資をし、研究開発してきたものが世界標準にならなかった場合には、当該企業は大きな被害をうけることになるため、研究開発の初期段階から国際標準化の動向を見極めることが、企業にとっては非常に重要な観点となっています。親企業が受けた被害の影響は下請け等の中小企業にもおよぶことから、日本の産業構造上、これらの変化への対応を早急に検討する必要があるのです。

欧州では、ある産業領域で共有するルール・規準・概念モデルを、民間の規格化専門組織が支援して、当該領域標準として開発・整備する活動が一般的であり、近年活発化しています。たとえば、当該製品やサービスを得意とし重視している欧州某国の産業領域が、欧州という域内を視野に入れたこれらの標準を国内適用版として準備したとします。次に彼らは、欧州連合の域内標準にします。そして、ISO/IECなどの国際標準を決める際の投票数を武器に、国際標準化を優位にすすめることができるのです。

これらの状況変化に対して、日本は行動を開始する必要があります。民間で領域標準を作成する能力、それらを国内標準に仕立て上げていく能力、国際標準への関与能力、国内および国際標準の認証能力、を強化することは、国の産業強化にとって重要な活動の一つとなることは間違いありません。

しかしながら、個々の事業組織が、組織としてそれら標準を活用して、事業をすすめていく組織能力を高めることが、なにより重要なことと思われます。事業組織が顧客に提供しているものは、顧客の満足ばかりでなく、顧客の喜び・驚きや感動です。顧客は、前者を経験したとき、当該事業組織が提供するモノ・コトに対するリピーターとなる確率が高くなります。他方、後者を経験した顧客のリピーターとなる確率はかなり上昇します。またこの顧客経験は、当該事業組織が提供するモノ・コトへの関与を、顧客が積極的に開始していくきっかけとなる可能性をもっています。積極的顧客参加には、卓越した質を担保した上で、生産コストを減少させる可能性があります。

サービスエクセレンスは、カスタマーデライト(顧客の喜び)を提供するエクセレントサービス(卓越したサービス)を、持続的に提供し続けることができる組織能力です。外部環境変化に対して俊敏に対応していくこと、それを生産性高く実現すること、そのためには、サービスエクセレンスという考え方が有用と思われます。

JIS:日本工業標準から日本産業標準へ

このような国際動向から、工業標準化法が約70年ぶりに改正されました。品質や安全性の認証基準である日本工業規格(JIS)の対象を、現在の工業製品に加え、サービス分野まで広げました。名称は「日本産業規格(JIS)」となり、ITやAIの進展によりモノとサービスの境界を越えたビジネス創造が始まることから、幅広い分野で品質を保証する規格の必要性が認識されたといえます。観光や保育、介護などに加え、カーシェアリングといった新形態のサービスも対象となりました。JISの制定・改正手続きも迅速化されました。

改正点は、以下のようになっています。

①JISの対象拡大
国際標準の範囲に合わせ、標準化の対象にデータ・サービス・経営管理等を追加しました。「日本工業規格(JIS)」を「日本産業規格(JIS)」に、また法律名を「産業標準化法」に改めました。
②JISの制定・改正の迅速化
専門知識等を有する民間機関を認定し、その機関が作成したJIS案について、審議会(JISC)の審議を経ずに、大臣が制定するスキームを追加しました。
③罰則の強化
JISマークを用いた企業間取引の信頼性確保のため、認証を受けずにJISマークの表示を行った法人等に対する罰金刑の上限を1億円に引き上げました。
④国際標準化の促進
法の目的に、国際標準化の促進を追加するとともに、産業標準化及び国際標準化に関する国・国立研究所・大学及び事業者の努力義務規定を設けました。

日本の財:人材と標準順守から、グローバル人財と国際ルール開発への積極的参加へ

わが国の製造業は、標準化による質保証・質マネジメントにより、国際競争力を強化してきました。「標準」とは、こうすればうまくいくとわかっていることを「みえる化」したものであり、標準にしたがって活動することで、思考のエネルギー消費を最小化し、より重要なことに思考エネルギーをシフトすることができるというすぐれものであるといえます。標準を順守する人材を企業内に置き、継続的改善というモデルで当該標準をブラッシュアップしていくことで、変化に対応できるものづくりのスタイルが確立し、質保証・質マネジメントを行ってきたといえます。確かな技術力が育ってきたこと、それを活かしたものづくりの標準化技術が強化されてきたことが、世界でトップに立つ品質立国日本を築き上げたことに大きく貢献したことは確かだと思われます。

しかし、このように強化された日本の技術力に対して、欧米は国際ルールで対抗してきました。トップランナー方式で国際的に主導していくモデルを日本は提示し、それが成功した環境案件などもあります。しかしながら、日本が求める技術水準を要求しない国際ルールを作られてしまったり、日本の強みである当該技術ではなく、弱点を有する技術をルールに追加され、かつ日本の技術水準以上の値を国際ルールとして設定されるなどの状況が頻発し、日本はかなり不利な立場に立たされてしまい、やがて最高水準を有していた技術分野のものづくりが衰退化されざるを得ない状況が作り出されていきました。

技術力は重要です。しかしながら技術力にまさる国際ルール作りの能力がないと、グローバルな産業競争の世界においては非常に不利益を被ることがわかってきました。したがって、グローバルに戦える人材を日本の重用な「財」とするグローバル人財の育成が重視されています。またその際、当該人財は、国際ルール開発に積極的に参加できる人財であることが要求されるのです。

グローバルルールにのびやかに対応する世代の育成環境の整備

では、どうやってそのような人財を育成するのでしょうか? グローバルルールにのびやかに対応する世代を育成する環境について熟考し、早急に整備していくことが必要となります。

日本人には、ルールは「お上」がつくるものだという従来からの認識が強く、それゆえルール順守が下々のヒトのすることであるという置き換えになっていったのかもしれません。この形態・認識を覆すには、自らルールメーカーとなることが賞賛される企業文化への移行が必要となります。ルールを創るヒトは、当該ルールに関係するステークホルダーをすべて挙げることができ、いずれのステークホルダーにとっても利益があるメカニズムを創りこむことができる能力が必要となります。そうでないと、ルール創りに時間がかかり、途中で取りやめとなる危険性もでてくるからです。ルール創り、つまりルールの設計プロセスを誤らないことが、よりよいルールをより効率的に創りあげ、承認にまでこぎつけるための重要な条件となるのです。

ルール創りを経験できる場が多数あることが大切です。今回のJIS改正で、「対象としてサービスが追加されたこと」、「専門知識等を有する認定された民間機関が作成したJIS案について審議会(JISC)の審議を経ずに大臣が制定するスキームが追加されたこと」は、ルールを創る場・トレーニングの場を多数準備できることを意味します。サービスの多様性を吸収するには、なんらかの領域毎のサービス標準を多数創ることになりますので、ルールを創るためのトレーニングの場を準備できると言えます。

関係組織の動きと協働活動へ

国際動向、国内動向を鑑み、サービス標準化活動を開始するための準備が、日本品質管理学会、サービス学会、日本規格協会の3者共同の活動としてすすめられてきました。

このサービス標準化活動の目的は、我が国のサービスにかかる産業の発展・持続性の担保に貢献することです。そのために実現すべき内容は、以下のように考えられました。

①多様なサービスの個別規格を効率的に開発できるように、支援する組織及び体制を構築する。
②サービスの個別規格を整備管理し、容易に利活用できるような環境を構築し、多様な個別サービスの生産性の向上とサービス提供事業の持続性に貢献する。
③まずは、個別サービス規格(C規格)を開発する上で必要とする「サービス規格の基本理念・原則(A規格)」、「個別サービス規格開発のための指針・用語(B規格)」の2種類の規格を開発する。B規格開発は、事例とするC規格を開発しながらすすめ、多様性を吸収できるように複数タイプ開発される可能性がある。
④これら2種類の規格開発は国際標準化の動向を参考にしながらすすめ、国際標準開発が開始される際には、その活動に積極的に貢献できるように動き、戦略的に国内標準開発、産業界への情報提供を行う。
⑤当該活動全体を通して、我が国のサービス事業と提供組織の持続のために、戦略的な標準開発能力と標準利活用能力の強化を支援する環境を整備する。
⑥安全・提供効率・顧客体験の良質性・上質性を実現する科学的アプローチを開発し、サービスの設計・実現システム構築・提供プロセスの管理・評価改善のための社会基盤を構築する。
⑦サービス及びサービス標準化に関する教育プログラム開発と人材育成のしくみにつなげる。

サービス標準化活動を開始するまでの経過

2014年前後には、日本品質管理学会、サービス学会、日本規格協会は、それぞれの組織ごとに、サービスに関係する活動を行っていました。日本品質管理学会は、大久保尚武第44年度会長による中期方針「QのSHINKA」の中で、品質管理活動に関する日本を代表する緩やかな連携組織JAQ(Japan Association for Quality)設立(Qの真価)、IoT・ビッグデータといった「新たな情報環境を踏まえた品質管理活動の創生」(Qの深化)と共に、サービスに関わる品質管理活動への対応(Qの新化)を掲げました。日本規格協会では、ISOの国際動向・産業構造に関する国内動向等から、欧州のようにサービス標準規格を作成する環境整備の必要性、重要性について検討していました。2014年からサービス学会(2012年12月設立)では学会誌の刊行が開始され始め、国内学会・国際学会の開催が活発化していきました。

サービス標準化活動を組織化するために、2015年の終わりごろに3者が集い、共同体制の可能性に関する意見交換を開始しました。前述した日本品質管理学会の中期計画実現過程の中で、サービス学会、日本規格協会と共に、2016年4月、「サービスのQ計画研究会」を立ち上げることとなりました。椿会長からの依頼で日本品質管理学会の副会長としてサービスに関わる品質管理活動を担当することになった著者が、当該研究会の委員長となり、サービス標準化に向けた研究及び関連活動を開始することとなりました。著者は、サービス学会の評議員でもあるため、両学会が共同した学術活動によって社会実装が進展できるように、またISO/TC176(Quality management and quality assurance)の国内対策委員会委員、日本代表エキスパートとしての経験から、国際標準化につながる事務局機能をうまく支援できるよう、「サービスのQ計画研究会」の運営にあたってきました。

初期の当該研究会では、用語・概念の共有、重要概念の理解、参考となる研究、ビジネス等の情報交換、意見交換、議論等が行われ、サービス標準化のためのスキームを提案、検討していきました。

サービスのQ計画研究会では、研究会の重要なアウトプットとして、個別サービス規格(C規格)を開発する上で必要とする「サービス規格の基本理念・原則 (A規格)」、「個別サービス規格開発のための指針・用語(B規格)」の2種類の規格を開発することが決定されました。

第4次産業革命として現在進展している産業構造の変化に対して、①サービス産業ではなく、「サービス」という新たな概念でくくること、②ビジネスの持続性・サービス提供組織の持続性を支援する「サービス標準」を開発すること、③サービスの多様性を担保した質・エクセレンスを表現する規格モデルとして、「サービス規格の基本理念・原則 (A規格)」、「個別サービス規格開発のための指針・用語(B規格)」を開発し、企業等が必要とする「個別規格(C規格)」を効率的・効果的に作成することに貢献すること、を明確にしました。

個別規格(C規格)開発が、適切な国内標準・規制を整備する速度を向上させ、日本の国際標準化戦略に寄与する可能性が期待されました。そしてこの場がルールを創る場・トレーニングの場となることが想定され、国際社会に通用する国際ルールを創る若手人材育成の場となることを、強く期待しました。

サービス標準化委員会

2014年前後には、日本品質管理学会、サービス学会、日本規格協会は、それぞれの組織ごとに、サービスに関係する活動を行っサービス標準化委員会は、関係省庁、産業界、学界などから約20名の委員で構成される組織として設計されました。「第1回サービス標準化委員会」が、2017年4月に開催され、サービスの標準化に取り組む背景を共有し、サービス標準化委員会の目的と役割について合意しました。この委員会では、関係者の力を結集して「オールジャパン体制」の下で、以下の議論を行い、サービスのQ計画研究会が提案するA規格・B規格の審議を行うこととされました。

• 消費者が安心し信頼してサービスを利用できるための標準化
• 高品質なサービス技術の再現可能性を高め、サービスの多様性に応えられる標準化
• グローバル化の観点から、日本のサービス標準のISO規格化を推進することによる、国内事業者の海外展開における優位性確保に向けての標準化
• サービス業の生産性・付加価値の向上を支援する標準化

国内標準から国際標準作りの場での人財育成へ

2018年3月の委員会で、提案されたA規格・B規格をもとに、次のフェーズである、JIS案を作成できる民間機関によるJIS化可能な民間標準を創るプロセスに移行することが決定されました。この後約1年を経て、「JSA-S 1002:2019 エクセレントサービスのための規格開発の指針」が、2019年6月6日に発行されました。この規格は、2017年に設置されたISO/TC 312(Excellence in service)のWG2が発行しようとしている「エクレセントサービスの設計」に投げ込める素材を準備することが意図されていました。そして、日本の若手が国際ルール作りに参画する場として、ISO/TC312(Excellence in service)WG2が選ばれました。