連載記事 水流聡子
第2回 国際標準化への議論の経緯 〜DINでの規格開発からISO/TC312で議論がスタートするまで〜

本稿は月刊アイソス2019年11月号に掲載された水流聡子氏(東京大学大学院工学系研究科 品質・医療社会システム工学寄付講座 特任教授)執筆の連載記事『サービスエクセレンスの国際標準化動向と日本の取組み』第2回の全文です。(本誌編集部)

 「なぜサービスエクセレンスの国際標準が開発されることになったのか」−前回(第1回)は、国内のサービス標準化への動きについてご紹介しました。連載第2回目は、国際標準化への議論の経緯について、ドイツ規格協会(DIN)での規格開発からISO/TC312で議論がスタートするまでをご紹介します。ISO/TC312 Service in Excellence に至るまでに開発された①DIN SPEC 77224:2011、②BS 8477:2014、③CEN/TS 16880:2015という3つの規格が、ISO/TC312 Service in Excellenceのもとになった規格です。これらについて簡単にご紹介し、2017年に加速した国際標準化への議論・活動について紹介します。

DIN SPEC 77224:2011 Achieving Customer Delight Through Service Excellence

DIN SPEC 77224は、2011年にDINが、PAS(Publicly Available Specification)方式に基づいて作成したもので、「CEN/TS 16880 Service excellence − Creating outstanding customer experiences through service excellence」開発のベースとなった規格です。2011年の時点でDIN SPEC 77224では、サービスエクセレンスを、顧客又はその他利害関係者を感動させるような平均を超える品質水準のサービスを創出する組織の能力と定義しました。また卓越したサービスを、4層からなる「サービスの卓越性ピラミッド」の中で、「個別化サービス(レベル3)」と「サプライズパフォーマンス(レベル4)」をこのDIN SPECの対象としています。DIN SPECではサービスエクセレンスのモデルを以下の7つの要素で規定し、「自己評価のチェックリスト」と「狩野モデル」を附属書としています。

• 経営者の卓越性責任
• リソースの卓越性指向
• エラーと浪費の回避
• 重要な顧客体験の収集
• サービスイノベーションによる顧客感動
• 感動とその効果の測定
• 収益性分析

DIN SPEC 77224 の内容は、連邦経済・技術省(BMWi)の助成プロジェクト(ServEx:顧客感動はサービスの卓越性を通して達成する)と、DIN SPEC の作成によって誕生したKDL 435-01 作業部会「サービスエクセレンス」と共同で作成されました。ドイツでは、DIN SPEC 77224 により、初めて、サービスエクセレンスの達成と推進という高度に複雑なテーマに取り組む仕様書作成が試みられ、製造業のサービス組織とサービスユニットに、サービスエクセレンスの促進への取り組みを可能にする初のサポートが提供されました。本規格では、顧客を喜ばせるサービスの実現は、多次元の要素が取り込まれねばならず、サービスエクセレンスは決して終わることのない継続的プロセスであるという認識が不可欠であるとされています。DIN SPEC 77224 により、経済、学術、政治におけるサービスエクセレンスに関する議論を活性化させる最初の試みが行われたというのが、本規格開発関係者らの認識となっているようです。

DINの中に設置されたKDL 435-01 作業部会のメンバーは、この仕様書が「最終的結論」であるとはまったく考えておらず、単に、サービスエクセレンスに対する積極的な取り組みの最初のきっかけに過ぎないとしています。日本と同じく製品品質の高さを誇ってきたドイツでも、製品品質から顧客価値創造へ向けた動きが始まったようです。

本文書の著者は、Matthias Gouthier EBS ビジネススクール教授、Andreas Giese 同スクール教授、Christopher Bartl 同スクール教授であり、作業部会メンバーは以下の企業または機関の代表者とされており、多数の企業と当該研究のアカデミアが共同して挑戦した事業といえます。

Arthur D. Little 社
AUDI 社
buw Holding 社
コメルツ銀行
DEKRA Certification 社
Detecon International 社
DVSB ドイツ販売サービスコンサルティング社
フラウンホーファー労働経済・組織研究所(IAO)
Freudenberg Service 社
ヒューレット・パッカード社
ドイツ顧客サービス協会
La.KUMed ランツフート医療サービス自治体企業
NOWEDA eG 薬剤師組合
QIAGEN
ザ・リッツ・カールトン、ベルリン
ザ・リッツ・カールトン、ヴォルフスブルク
商品試験財団
テレコム・ドイツ社
TNT Express 社
DIN(ドイツ規格協会)
消費者委員会

BS 8477:2014 Code of practice for customer service

本規格は、前述のDIN SPEC発行から3年後の2014年に英国規格協会(BSI)が発行したもので、顧客サービスの行動規範を提示しています。顧客の期待を満足するか上回るかする一貫した水準のサービスを提供する能力を組織が持つための効果的な顧客サービスの文化と思考様式を構築し維持するための原則、及び原則の適用に対する推奨事項を規定しています。特にサービス提供スタッフと顧客接点における要件を重視しているようです。

この英国標準規格は、サービスの提供に直接従事しているスタッフだけではなく、組織全体が顧客への奉仕における自分の役割を理解する助けとなるためのものであるとされています。

顧客サービスの原則は以下の4つです。

• 顧客サービスの戦略と文化
• 資源、人および技術
• 顧客サービスプロセス
• 遂行能力評価と改善

CEN/TS 16880:2015 Service excellence − Creating outstanding customer experiences through service excellence

CENはヨーロッパ標準規格を発行する機関です。CEN/TS 16880:2015では、サービスエクセレンスを、「傑出した顧客経験(outstanding customer experiences)を一貫して提供する組織の能力」と定義しています。また、前述のDIN SPECと同様に、サービスエクセレンスピラミッドを用いて、サービスエクセレンスを実現するための「個別化サービス(レベル3)」と「感動させるサービス(レベル4)」を対象としていることを明示しています。(図表1参照)

本規格では、個別化サービスと感動させるサービスにより傑出した顧客経験価値を創出し、顧客の期待を超えて顧客の喜びを導き出すための組織能力を実現するための、原則と要素を規定しています。サービスエクセレンスの7つの原則は、①外から中を観る組織経営、②顧客との一体感、③人々の参加意欲、④人重視、⑤部門横断的アプローチ、⑥技術、⑦利害関係者との共創、の構成でまとめられています。また、戦略、文化、革新、運用の4つの側面から、顧客の喜びの実現に向けてのサービスエクセレントモデルの9つの要素を以下の様に提示しています。

1 傑出した顧客体感価値の設計及び更新
2 サービスエクセレンスに関する展望(vision)、使命(mission)、戦略
3 リーダーシップ及び経営層のコミットメント
4 従業員の参画意欲
5 サービスエクセレンス文化
6 顧客のニーズ、期待、願望の理解
7 サービス革新の管理
8 顧客体感価値に関わるプロセス及び組織体制の管理
9 サービスエクセレンスの活動及び結果の監視

2014年前後からの日本におけるサービス標準化のための組織的活動

2014年前後には、日本品質管理学会、サービス学会、日本規格協会は、それぞれの組織ごとに、サービスに関係する活動を行っていました。サービス標準化活動を組織化するために、2015年の終わりごろに3者が集い、共同体制の可能性に関する意見交換を開始しました。3者が集うサービスのQ計画研究会では、研究会の重要なアウトプットとして、個別サービス規格(C規格)を開発する上で必要とする「サービス規格の基本理念・原則 (A規格)」、「個別サービス規格開発のための指針・用語(B規格)」の2種類の規格を開発することが決定されました。また、それらを、サービス標準化委員会に提案する役割をとりました。

サービス標準化委員会は、関係省庁、産業界、学界などから約20名の委員で構成される組織として設計され、サービスのQ計画研究会が提案するA規格・B規格の審議を行うこととされました。2018年3月に提案を受け取り、JSA-S 1002 エクセレントサービスのための規格開発の指針検討の分科会が設置され、2019年6月に発行されました。

グッズドミナントロジックからサービスドミナントロジックへ移行している国際動向から、工業標準化法が約70年ぶりに改正することが検討され始めました。品質や安全性等の基準である①日本工業規格(JIS)の対象拡大(現在の工業製品に加え、サービス分野まで広げること)、②JISの制定・改正の迅速化、③罰則の強化、④国際標準化の促進がその目的となりました。JIS法改正は、2019年7月施行となりました。

これまでの流れをみてみると、サービス標準化に対するヨーロッパでの動きに対して、日本のサービス標準化の動きが少し遅れていることに、読者はお気づきになったことと思います。

実際、著者らがサービスのQ計画研究会でサービス標準化のためのガイド案をサービス標準化委員会に提案しようとしていた時期に、CEN 16880:2015をもとにISO内にサービスエクセレンスのTCを立ち上げようとするDINからの提案が2017年6月に行われ、新TCの設置投票により、同年9月には、ISO/TC312の設置が決まりました。当該TCの事務局はDINとなり、ISO加盟国への参加の呼びかけと、議長投票が開始され、DINがリーダーシップをとる形となりました。2018年3月には第1回目総会がベルリンで開催され、5つのプロジェクトが当該TCの活動対象となり、その中のひとつWG1:サービスエクセレンスの原則とモデルが設置され、DINがコンビナーとなることが決議されました。

日本でも質の高いサービス標準化の動きは2014年前後から開始されてはいましたが、想定よりも少し早めにきたISO化の流れに対し、これまでの蓄積をもとに、遅れをとらず、ひとつのWGを獲得することに集中するようになりました。

日本の動きの整理

サービス標準化に関わる国内の活動(上の図表2参照)

サービスのQ計画研究会: 2016年5月 日本品質管理学会により発足。サービス学会、日本規格協会などが参加、以来ほぼ毎月研究会を開催しました。日本のサービス標準化スキーム、サービス規格を開発するための上位概念規格の原案の作成が成果として求められ、サービス標準化フォーラムの企画も担当しました。

サービス標準化フォーラム: 2016年10月第1回フォーラムを開催しました。サービス標準化に関する国内プロモーション、情報共有の場としての機能を持つことになりました。

サービス標準化委員会: 2017年4月発足。産官学によるオールジャパン体制によるサービス標準化を推進することがその役割となっています。サービスのQ計画研究会の成果(サービス規格開発のための上位概念規格)を審議しました。

JSA規格(JSA-S): サービス規格にいち早く対応するため2017年に制度が発足しました。JISに準じた審議体制を構築し、将来のJIS化にも対応することになりました。

JIS法の改正: 経済産業省により2017年から検討が開始されました。鉱工業製品が中心だったJISの対象範囲を役務(サービス)まで拡大することと、JIS審議工程の迅速化を検討してきました。平成30年4月に改正案を国会に提出し、翌年10月に施行されました。

日本国内におけるそれまでの対応

2017年10月日本工業標準調査会(JISC)に対して日本規格協会がTC312の国内審議団体の引き受けを申請し、2017年11月にJISCにより承認されました。同年11月16日に開催された「第2回サービス標準化フォーラム」へTC312の提案者・幹事をDINから招聘し、DINにおけるサービス標準化の取組みやTC312の活動予定等について講演していただきました。パネルディスカッションではサービス標準化活動に関する意見交換も実施しました。

翌17日にはDINのTC312提案者・幹事と日本の専門家との会合を開催し、TC312の活動内容の確認、日本におけるサービス標準化活動の紹介、さらに日本からTC312に貢献したいこと(規格提案、主査の引き受け等)について表明しました。

2017年11月30日、DIN本部(ベルリン)において、TC312幹事(Kritzler-Picht氏)と日本規格協会国際担当職員で打合せを実施し、改めて日本としてTC312への貢献(規格提案・主査の引き受け等)について表明しました。

2018年1月TC312幹事に対し、日本から第1回総会への参加表明をしました。その後Project2の主査・事務局の引き受け意志を表明し、日本から提案する規格のコンセプトを提示しました。並行してISO/TC312の国内審議委員会を立ち上げ、3月の総会前に、日本対応案を検討していただきました。

TC312設置提案におけるDIN提案の概要
活動領域が、以下のように提示されました。

• 顧客の喜びを実現するエクセレントなサービスの提供を通じて傑出した顧客経験を創出するための指針開発である。
• 組織がすでに具備している基本的な顧客サービスの提供については対象外とする。
• 規格開発分野として4つのProjectを置く。
①傑出した顧客体感及び顧客の喜びを実現するための、用語、原則及びモデル:Terminology, principles and a model to achieve outstanding customer experiences and customer delight
②サービス及び顧客経験の設計:Design of services and customer experiences
③内部及び外部計測の特定:Identification of internal and external metrics
④サービス志向実現のための実践と変革のための指針:Guidance on implementation and transformation of creation of service orientation

①はDIN、③はAFNOR(フランス規格協会)が主導(主査と事務局)したいとの意向でした。開発規格のステータスは、TS(Technical Specification)とし、規格開発期間は、18ヵ月としていました。

以上により、2017年に大きな動きがあり、2014年前後より粛々と準備してきた関係者の方々の努力によって、ISO/TC312の4つのプロジェクトの中の1つ(②サービス及び顧客経験の設計)を獲得する動きを加速することができたといえます。この場をお借りして深く御礼申し上げます。