連載記事 水流聡子
第5回 日本のサービス標準開発への取組み(JSA-S 1002の開発趣旨と概要、JSA-S 1002に基づく領域別エクセレントサービス標準開発)

本稿は月刊アイソス2020年3月号に掲載された水流聡子氏(東京大学大学院工学系研究科 品質・医療社会システム工学寄付講座 特任教授)執筆の連載記事『サービスエクセレンスの国際標準化動向と日本の取組み』第5回の全文です。(本誌編集部)

JSA-Sとは

日本規格協会(JSA)は、ドイツのDIN、フランスのAFNOL、英国のBSIと同様に、日本の標準化ナショナルセンターとして標準化活動を推進している組織です。近年、JSAはDIN・AFNOL・BSIと標準化に係る協力協定を締結し、これらの連携によって、サービス・社会システム・先端技術等の新しい分野の規格開発をすすめようとしています。

日本国内では、日本工業標準から日本産業標準と変貌したJIS、産業の進展速度に対応するため欧州で先行していた民間主導の規格開発重視への切り替え、などが注目されました。

JSAでは、国内・国際共に従来の制度にとらわれない規格開発ニーズが高まっていることを踏まえ、企業・組織等の依頼を受けて、透明性・公平性及び客観性を確保した民間規格としてJSA規格(JSA-S:ジェイサス、JSA Standards and Specificationsの略)を開発・発行する制度を2017年6月に創設し、多様なステークホルダーのニーズに柔軟かつ迅速に応えるための活動を開始しました。この活動においては、業界規格と調和しつつも、サービスを含めた幅広い分野の規格開発を対象としており、多様なステークホルダーのニーズに柔軟に応えるため、どのような組織(企業、団体、政府機関、学会など)でもJSA-Sを作成することができます。

規格の水準には図表1のようなレベルがありますが、JSA-Sは透明性・公平性、客観性、迅速性等から「国家規格」と「団体/業界規格」の間に位置付けられます。

DIN-specからCEN 16880へ、そしてそこからISO/TC312で開発している「ISO/IS 23592: Service Excellence − Principles and model」へと展開していったドイツの規格戦略と同様に、日本では、ここ数年で「JSA-S 1002」を開発し、そこで得られた知見をもとにISO/TC312で開発している「ISO/TS 24082 Designing excellent services to achieve outstanding customer experience」へと展開していると考えてよいのではないでしょうか。

2019年までに、以下のJSA-Sが開発・発行されています。

①JSA-S 1001:2019
ヒューマンリソース マネジメント−従業員満足−組織における行動規範のための指針
②JSA-S 1002:2019
エクセレントサービスのための規格開発の指針
③JSA-S 1018:2017
温度管理保冷配送サービス−輸送過程での積替えを伴う保冷荷物の陸送に関する要求事項
④JSA-S 1202:2019
シェアリングエコノミー−オンラインプラットフォームの運用−仕様

本稿では、JSA-S 1002の開発趣旨と概要、JSA-S 1002に基づく領域別エクセレントサービス標準開発についてお話したいと思います。

JSA-S 1002が生まれるまで

2014年前後には、日本品質管理学会、サービス学会、日本規格協会は、それぞれの組織ごとに、サービスに関係する活動を行っていましたが、サービス標準化活動を組織化するために、2015年の終わりごろに3者が集い、共同体制の可能性に関する意見交換を開始しました。2016年から、日本品質管理学会の中に「サービスのQ計画研究会」が設置され、サービス学会・日本規格協会・日本科学技術連盟・企業・自治体からのメンバー構成で、用語・概念の共有、重要概念の理解、参考となる研究、ビジネス等の情報交換、意見交換、議論等が行われ、サービス標準化のためのスキーム(科学化・標準化・実用化)が提案されました(図表2)。

このスキームの第2段階であるサービスの標準化のフェーズで、日本品質管理学会・サービス学会・JSAが発起人となり、JSAを事務局とする「サービス標準化委員会」が設置されました。委員メンバーは、経済産業省・消費者庁・国土交通省・経団連・国民生活センター・学会・大学・各種協議会と多様な組織の委員によって構成されました。「サービス標準化委員会」では、「サービスのQ計画研究会」から提案されたサービス標準化のためのスキームに従い、多様なサービス領域をカバーするサービス標準規格開発のための、原則・用語・開発指針をアウトプットすることが重要なミッションとされました。2017年度約1年間の委員会活動を通して、「JSA-S 1002:エクセレントサービスのための規格開発の指針」の素材となるものが、委員長にあずけられることになりました。本委員会では、サービス業を横断する組織体がないことにより、サービス標準化に関わる情報共有(情報提供・標準化ニーズの把握)が進まないこと、及びサービス標準開発主体者の組織化が難しいことから、今後、各種サービス業・関係者の集合体として、サービス標準化フォーラム会員の集まりを「サービス標準化フォーラム」として組織化することが必要と提案されました。サービス標準化委員会は、サービス標準化の戦略的事項に対して大所高所から見ていただく委員会とすることも、提案されました。

その後、2018年度に「JSA-S 1002:規格作成委員会」が設置されました。委員長は、前述のサービス標準化委員会の委員長でもあった慶応義塾大学名誉教授の土居範久氏です。当該作成委員会には、原案素材を提供する分科会が設置されました。本委員会で作成される指針をもとに領域別サービス規格を設計する可能性のある各種企業の方々に分科会メンバーとなっていただきました。分科会では、ビジネスをサービスの観点からとらえ、新たな組織文化を産み出すきっかけとなり、理解しやすく利用しやすい規格となるようにと、建設的な検討会議が何度も開催されました。当該分科会からのアウトプットを「JSA-S 1002:エクセレントサービスのための規格開発の指針 規格作成委員会」で議論・検討していただき、最終的な、「JSA-S 1002:2019 エクセレントサービスのための規格開発の指針」が発行されることになりました。

「JSA-S 1002:規格作成委員会」と「当該分科会」では、先進国としての日本が再度活性化するために、サービスという考え方に基づいた新たなビジネスの在り方を検討してくださる多様な有識者の方々が委員として集い、大変有意義で建設的な議論をすることができました。本紙面をお借りして、深い感謝の意を表したいと思います。

JSA-S 1002の概要

前述の「JSA-S 1002:規格作成委員会」では、複数回の議論の後、JSA-S 1002は「規格開発の指針」であるから、領域ごとのサービス規格を創りたいと考えた人々が、本指針を読もうとする、あるいは全体をすぐに理解できるような構成であるべきだという結論となりました。よって、「規格本体」はより簡潔なものとし、詳細は「附属書A(参考):エクセレントサービス実現のための考慮事項」として記述されることになりました。以下が規格本体部分の目次構成です。

1 適用範囲
2 引用規格
3 エクセレントサービスのための規格開発に当たって
3.1 一般
3.2 エクセレントサービスとは
3.3 エクセレントサービスを実現するプロセス
3.4 共創を高める環境
3.5 用語及び定義
4 サービス規格の構成要素

附属書A(参考)
エクセレントサービス実現のための考慮事項
A.1  序文
A.2  エクセレントサービス実現のための戦略
A.3  サービス対象とする顧客の喜びの特定
A.4  サービス接点の特定
A.5  サービス対象とする顧客とサービス提供組織との立ち位置の特定
A.6  サービス仕様の企画・設計
A.7  サービス提供プロセスの設計
A.8  組織のサービス文化及び組織能力の向上
A.9  合意
A.10 評価
A.11 改善とイノベーション

エクセレントサービスとなるためには、顧客の喜び・サービス接点・共創環境という新しい観点が重要です。

<顧客の喜び>
サービスによって「顧客の経験」がもたらされ、それによって「顧客満足」が生まれます。エクセレントサービスの場合には「卓越した顧客の経験」がもたらされ、それによって「顧客の喜び」が生まれます。

<サービス接点>
サービス提供者は顧客との接点で、共創を創り出していくことで、エクセレントサービスになっていく可能性を高めます。サービス接点の設計の仕方がとても重要になります。

<共創環境>
サービス提供側の従業員(職員)の姿勢が受動的か能動的か、加えて顧客の姿勢も受動的か能動的か、両者の姿勢が能動的であるほど、よりコストパフォーマンスの高いサービス提供が可能となります。

例えば、従業員(職員)の姿勢は以下のようにレベル分類できます。

受動的:
①賞罰でしか動かない
②ルールがないと動かない
③顧客からの依頼がないと動かない
能動的:
④顧客視点での観察ができる
⑤顧客への共感ができる
⑥顧客と一体化して動く

他方、顧客の姿勢は以下のようにレベル分類できます。

受動的:
①当該サービスを拒否
②義務的に当該サービスに参加
③受動的に当該サービスに参加
能動的:
④ふつうの参加
⑤積極的参加
⑥職員と一体化・ファン化

<サービス対象とする顧客とサービス提供組織との立ち位置の特定>

両者の立ち位置が特定されたら、共創戦略マップを用いて、どういう戦略で両者のレベルを上げていくか(より能動的なレベルに向上させる)を検討することになります。例えば、学習塾の場合には、職員(指導教員)はすでに能動的姿勢にありますが、顧客である子どもや学生にはばらつきがあります。

受動的な姿勢の子供や学生を何とかして、能動的姿勢に変えていくための「技」を各指導教員がもっていることが重要になります。現時点で当該学習塾にいる子供たちの特性を把握し、より能動的になるように個々の子供に沿ったやり方で個別サービスを提供することになります。それはエクセレントサービスに近づくことになるのです。両者が能動的になればなるほど、コストパフォーマンスが高く、エクセレントサービスが生産され提供されるようになるはずです。

JSA-S 1002の今後

(1)領域別サービス規格の開発

JSA-S 1002は、「エクセレントサービスのための規格開発の指針」ですので、ぜひ多数のサービス領域ごとのエクセレントサービスの規格を創り出していただきたいと思います。この指針を用いて、規格開発の専門家のサポートを受けることで、より効率的に良質の規格を創る活動が可能となります。当該規格ができたら、認証の仕組みを創ることが可能となります。認証により、当該企業が提供しているサービスをエクセレントサービスとして認証してもらうことが可能となり、ビジネスチャンスが広がります。企業はコストパフォーマンスの高い当該エクセレントサービスを提供するために、共創環境を構築していく努力をしていきます。それによって顧客の姿勢が変化し、目指すところは当該企業が提供するサービスのファンとなっていただくことにあります。

〈規格の利活用タイプA:認証〉
この規格の話を、とある報告会で聞いたがん医療の関係者が、「がん情報サービスに関する規格を創りたい」とおっしゃいました。近年インターネット上には、信頼性の低い、あやしげながん情報が蔓延しているようです。がん患者さんやそのご家族にとって、インターネット上のがん情報検索は非常に重要な意味を持っています。欧米ではこれらを評価するNPO団体などの活動で、インターネット上を流れる「がん情報サービス」の質はある程度良質化されてきていますが、日本では大変問題となっている現実があります。「エクセレントサービスとしてのがん情報サービス」の規格が創られ、認証システムが動き始めたら、国民は認証されたがん情報サービスのサイトにのみ目を向けることになるでしょう。社会システムとして非常に重視されるものといえます。

<規格の利活用タイプB:自組織提供サービスの評価・改善>
第3回サービス標準化フォーラムの常磐興産株式会社執行役員レジャーリゾート事業本部副本部長の関根一志氏のご発表では、メインテーマ「世界一“ワクワク”する楽園を目指す」、サブテーマ「“際限なき”サービスを“再現”し続ける」と題して、「いつ来ても、何度来てもすべてのお客様に人生最高の1ページを感じていただけるエクセレントサービスを提供したい」という思いを込めて、自組織が提供しているリゾートというサービスを、JSA-S 1002の観点から分析し、評価・改善していく試みを開始しているという内容が紹介されました。関根氏は、JSA-S 1002という指針を、リゾート領域に変換して、自組織のサービスを分析・評価されていました。JSA-S 1002という指針をもとに、当該領域のエクセレントサービス設計の規格を創ることで、当該領域の企業は、その規格を利活用して、関根氏と同様に自組織が提供しているサービスの分析・評価・再設計がより効率的に実現できます。

(2)ISO/TC312 Service in excellence との関係

2021年4〜5月の発行を目指しISO/TC312/WG2で開発している: 「ISO/TS 24082: Designing excellent services to achieve outstanding customer experience」には、日本から、このJSA-S 1002開発のために検討してきたオリジナリティのある概念や項目を盛り込もうとしています。それらはさらに深化した国際規格となります。その後JSA-S 1002も改訂を行うことになります。JSA-S 1002を用いて多数の領域ごとの規格を開発することによって、エクセレントサービスを設計するために必要とされる新たな知見が見つかり、規格に追加されるかもしれません。データも規格も利活用されることが大切です。利活用されることで、当該規格のPDCAサイクルが回り始め、より意義ある有用な規格となっていきます。

おわりに

さて、読者の皆様の顧客と従業員は誰だと特定できるでしょうか。またそれぞれの現時点での姿勢のレベルが特定できるでしょうか。もし両者が特定されたら、共創環境戦略マップ(図表3)を用いて、より能動的な共創となるように、変化させる戦略を考えてみてください。それが実現できるようなら、サービスからエクセレントサービスへ変化させることができる組織となれるかもしれません。