連載記事 水流聡子
第6回(最終回) サービスエクセレンスの国際標準ISO/TS 24082:Service Excellence - Designing excellent services to achieve outstanding customer experiencesにおける注目ポイント・デジタルトランスフォーメーションの意義と課題

本稿は月刊アイソス2020年6月号に掲載された水流聡子氏(東京大学大学院工学系研究科 品質・医療社会システム工学寄付講座 特任教授)執筆の連載記事『サービスエクセレンスの国際標準化動向と日本の取組み』第6回(最終回)の全文です。(本誌編集部)

はじめに

今回が、本連載「サービスエクセレンスの国際標準化動向と日本の取組み」の最終回(第6回)となります。

2020年2月17〜18日に、ドイツのエッセンで、ISO/TC312 Service in Excellence/WG1+WG2の会議がありました。その会議で本TCが提案する一連の規格名に一貫性をもたせるため、以下のように「Service Excellence −」を主題に付けることとなり、全体構成がわかりやすくなりました。

• WG1:ISO/IS 23592(幹事国:ドイツ)
Service Excellence −Principles and model for customer − centered organization
• WG2:ISO/TS 24082(幹事国:日本)
Service Excellence - Designing excellent services to achieve outstanding customer experiences
• WG3:ISO/TS 23686(幹事国:フランス)
Service Excellence −Measurement and evaluation of service excellence
• Project 4:(着手は上記終了後の予定)
Service Excellence −Organizational Transformation (仮タイトル)

2番目のService Excellence - Designing excellent services to achieve outstanding customer experiencesが、日本が担当している規格となり、2021年にはTSとして発行される予定です。

そこで最終回では、当該規格の注目ポイントを解説し、エクセレントサービスの設計・提供における生産革新のためのデジタルトランスフォーメーションの意義と課題について考えてみたいと思います。

これまでのサービスとエクセレントサービス

本規格では、これまでのサービスとエクセレントサービスを比較することで、何が違うのかをよりわかりやすく理解していただけるようにしています。

組織がこれまでのサービスを提供することで、顧客は普通の経験をし「顧客満足」が発生します。他方、組織がエクセレントサービスを提供すると、顧客は卓越した経験をし「顧客の喜び」が生まれます。

顧客の喜び(カスタマーデライト)とはどのようなものでしょうか? カスタマーデライトとは、顧客が感じるポジティブな感情であり、大切にされているという強い感覚や期待以上という評価から生じるものと言えます。驚きや感動などの更なる感情は、このデライトの感じ方を増大させます。「狩野モデル」(図表1)における「魅力的品質」に近いものだと言えるのではないでしょうか。これを「デライト品質」と呼ぶ人もいるようです。

狩野モデルには、3つの品質概念(魅力的品質・一元的品質・当たり前品質)が、「顧客の満足感」と「物理的な充足度」の2軸の上に提示されています。「魅力的品質」は、物理的な充足度が低くとも高い満足を得ることができる品質となっているものです。「一元的品質」は、物理的な充足度に対応して満足を得ることができる品質で、リソースを投入して品質を向上させ高額販売するモノやサービスが有する品質と言えます。「当たり前品質」は、いくら物理的投入をしても満足が得られないもので、落ち度があると苦情が出る品質保証が当たり前となってしまったものと言えます。カスタマーデライトと魅力的品質が近い関係にあることが理解できます。

「組織能力サービスエクセレンス」効果の鎖と循環

サービスエクセレンスという組織能力をもつことで、エクセレントサービスが提供され、それによって顧客は卓越した経験をし、顧客に喜びをもたらします。それが顧客のローヤルティをもたらし、ハイレベルの財務的あるいは非財務的な結果を組織にもたらすことになります。このサイクルが循環することで、組織はエクセレントサービスを持続的に提供する能力を強化することができると言えます。財務的な結果とは、売り上げ・利益が上がることであり、非財務的な結果とは顧客自らが当該サービスの良さを広報したり、他の顧客にすすめたりすることなどが該当します。(図表2)

サービスエクセレンスという源となる組織能力があって、エクセレントサービスを設計し持続的に提供できる

まずは、源となるサービスエクセレンスという組織能力を組織が有するようになることが大切です。WG1:ISO/IS 23592では、以下を組織が実行できることが要求されています。

① サービスエクセレンスのリーダーシップと戦略
② サービスエクセレンスにかかる文化と従業員の積極的姿勢・関与
③ 卓越した顧客経験の創造的実現
④ サービスエクセレンスのオペレーション

上記のサービスエクセレンス能力を組織に導入しながら(した上で)、エクセレントサービスの設計における「戦略の明確化」を行います。次に、エクセレントサービスの「設計活動」をすすめていきます。そして、エクセレントサービスの提供が始まります。(図表3)

エクセレントサービス設計における戦略と具体的活動

エクセレントサービスは、優れた顧客経験をもたらす直接の行為そのものです。サービスエクセレンスという組織能力は、エクセレントサービスを提供する上で、「源」となる組織能力と言えます。こうしたエクセレントサービスを、どのように設計すればよいでしょうか。日本側の思いとしては、JSA-S 1002のように「良く準備された共創環境とそこでの共創を通じて強化される、持続的なエクセレントサービスの設計」にしたいと考え、この国際規格開発に取り組んでいます。

エクセレントサービス設計における戦略には、以下のようなものが挙げられます。これらを事前に行う、ないしは常に行っていくようなやり方・体制に関する研究も進めつつ、我々は規格開発に取り組んでいます。

① 対象としているサービスにおいて、卓越した顧客経験が相対的にどれくらい重要であるかを評価する② エクセレントサービス設計の設計活動を行う上で適切な手法とリソースを特定する
③ エクセレントサービスの設計の範囲(スコープ)を決定する
④ 顧客が誰であるかを特定する
⑤ 関係する利害関係者を特定する
⑥ プロジェクト内容と自分達のサービスエクセレンス(組織能力)との整合を確かめる
⑦ 顧客と従業員のエンゲージメント(参加姿勢・関与の程度)に関する、現状と設計案との整合性を検討する

次に、具体的にはどんな設計活動を行っていけば良いかを考えてみました。以下のような4つの設計活動を、社内で行われている設計・開発プロセスに組み込むことが重要であると思われます。

① 顧客の要求、期待、要望を理解する
② 顧客が何を卓越した顧客経験と捉えるかを見出す
③ 卓越した顧客経験を達成するために、独自の「価値提案:value proposition」をつくる
④ 卓越した顧客経験に対する「価値提案:value proposition」を評価する

ここで重視しているバリュープロポジション(価値提案:value proposition)について少し考えてみたいと思います。その価値を欲しい相手がいて、その相手に届く価値を提供することが重要です。相手にちゃんと届いている価値こそがバリュープロポジションであると言えます。つまり、製品やサービスそのものはバリュープロポジションではないということになります。バリュープロポジションを検討する際には、顧客の立場に立って自らの製品・サービスを見つめることが必要だと言われています。提供側にいる自分たちが想定している価値とは別の価値を、顧客が求めていたり、見出していたりする可能性もあるからです。この製品・サービスはどんな価値を顧客に対して提供するのかについて、再考してみることが大切です。また、ほかでは得られない、ユニークな価値を提供することが重要と言えます。

エクセレントサービス設計に必要とするオリジナルな要素

カスタマージャーニー: 顧客経験の履歴・総体と言えます。顧客が各経験の中で、どのくらいデライトを感じたかが重要となります。

タッチポイント: 顧客との接点には、共創を強く意識した方がいいものとそうでないものがあります。

データポイント: データ収集ポイントは、モニタリングし評価するために必要なデータを取得するところです。データポイントとタッチポイントとが必ずしも同じ位置にあるわけではありません

。共創: 顧客とサービス提供者が相互に作用し合い、価値を生むことを共創と呼びます。「顧客の姿勢・関与のレベル」と「サービス提供者の姿勢・関与のレベル」がより積極的なほど、共創によって価値を生み出すことができます。またコストを低減させることにもつながります。

共創環境: 組織は、共創環境をよりよい形にしていく必要があります。共創環境の良し悪しは、顧客と従業員それぞれの姿勢に依存します。それぞれの顧客参加、従業員参加の度合いが大きいほど、両者がかたちづくる面積が大きくなります。その面積が大きくなるほど、優れた顧客経験を生み出す共創の可能性が大きくなると言えます。

エクセレントサービスの提供は非効率になりがち:生産革新のためのデジタルトランスフォーメーションの重要性

狩野モデルによれば、魅力的品質から一元的品質へ、一元的品質から当たり前品質へ、という変化は、一般的によく起こります。魅力的品質を維持するためには、多様なタッチポイント(顧客接点)の実現と、共創が発生するタッチポイントの特定とそこでのリソース投入、データあるいは根拠にもとづく評価のためのデータ収集(データポイント)が必要になります。

一般的にサービス提供は、非効率になりがちです。個別の適切性を担保しようとするエクセレントサービスの提供では、顧客との接点(タッチポイント)がより複雑化し非効率になりがちです。エクセレントサービスの提供プロセスにはコストがかかることが想定されます。五つ星と呼ばれるサービスは高コストゆえに、高額となっています。高額にしないとサービス提供を続けることができないからです。高額なサービスにしないと、エクセレントサービスとならないのか・・・? お金持ちでないとエクセレントサービスは享受できないのか・・・? これに対し、タッチポイント・データポイントの生産性を上げることで、コストパフォーマンスの高いエクセレントサービスを提供することが可能です。そのためには、生産革新のためのデジタルトランスフォーメーションが必須と言えます。加えて、デジタルトランスフォーメーションの実現によって、タッチポイントにおける顧客の姿勢・関与を高める可能性が大きくなるため、より低コストで実現する可能性を秘めていると言えます。

組織文化を変えること・変化をおそれない組織文化の醸成

その重要性に反して、今日本の中で、デジタルトランスフォーメーションがうまく進まないのはなぜなのでしょうか? 働く人々が業務のやり方を変えることに対して、保守的姿勢が強いこと、組織文化として根付いているやり方がありそれから抜け出せないこと、あまりにも忙しすぎて日常業務をこなすのに精一杯で終わっていること、などなど、考えられます。

変化を恐れない組織文化の醸成が必要と思われます。ある病院の職員が、自院の院長を「新しもの好きで困る・・・」と評価していた場面がありました。職員たちは、「新しもの好きの院長が次に何を始めるのか、いつも戦々恐々としている」と困ったように、しかしながら意外と楽しそうにのたまう場面がありました。新しもの好きの院長のせいで、変化することが当たり前になっている組織では、次の変化に対応する能力が育成されていて、変化に追随してあらゆる仕事を再設計・再実現することに慣れていると言えるようです。それが重要な組織能力とは気づいていないのですが・・・。

トップマネジメントが強いリーダーシップで、次々と変化を起こしていくことは、職員を強く育て、現代の厳しい外部環境変化に対して、柔軟に俊敏に対応できる組織能力を高めていると言えます。他方、トップマネジメントが保守的な場合には、外部環境変化に対応困難となり、組織崩壊のリスクを大きくさせていると考えてよいかもしれません。

おわりに

俊敏性をもって外部環境変化に対応できる組織が、顧客と従業員の積極的参加をもって共創環境を大きくし、本規格を活用してエクセレントサービスをきちんと設計することで、コストパフォーマンスが高い、カスタマーデライトをポーンと発生させることができると思われます。あなたの組織もエクセレントサービス設計にチャレンジしてみませんか?

カスタマーデライトを出し続けることによって得られる顧客からの信頼こそが、ビジネスの持続性を担保していくことになります。エクセレントサービスを提供できる産業組織が、先進国としての日本を維持してくれるものと期待されます。

これまでの6回の本連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。(了)


水流聡子氏のプロフィール

水流 聡子 (つる さとこ)  東京大学大学院工学系研究科 品質・医療社会システム工学寄付講座 特任教授
1985年広島大学医学部医学科助手(公衆衛生学講座)、1996年広島大学医学部保健学科助教授、2003年東京大学大学院工学系研究科助教授、2008年東京大学大学院工学系研究科特任教授(現在に至る)。2015年より日本品質管理学会副会長、2016年より日本臨床知識学会会長をつとめている。社会的活動としては、消費者庁消費者安全委員会委員、経済産業省日本工業標準調査会(JISC)総会委員・経済産業省製品安全小委員会委員、経済産業省ガス安全小委員会委員、ISO/TC176国内対策委員会委員、ISO/TC176/SC1日本エキスパート、ISO/TC312国内対策委員会委員、ISO/TC312日本エキスパートを務めている。