トヨタの強さの源泉に迫る


「トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)」と聞いて、多くの読者は「カイゼン」に代表される「トヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)」を思い浮かべることでしょう。ムダを徹底的に排除して、高い生産効率を追究し、世界中に高品質なクルマを適正な価格と納期で提供しているトヨタは、今日のコロナ禍によって一時的には大きな影響がでましたが、素早く元の生産量を確保し、その強さを改めて世の中に示しています。その力の源泉はどこにあるのか、マネジメントの観点から、元トヨタ・TQM推進部長の古谷健夫氏に、その本質に迫っていただきました。

二つのエピソード



多くの企業や組織がトヨタ生産方式(TPS)を導入して、業務の効率化に取り組んでいます。しかし、導入後しばらくは効果が認められても、カイゼンは長続きせず、やがて元の状態に戻ってしまう場合によく遭遇します。数年前のことになりますが、関西のある工場の方から聞いた話が忘れられません。

そこでは、TPSを導入して生産効率を高めていくという方針が打ち出されたため、外部からTPSの専門家を招いて、カイゼンチームの指導を仰ぎました。トヨタのグループ会社出身の熱心な専門家の下、カイゼンチームの志気も高まり、多くのカイゼンが実践され、大きな効果が得られました。しかし、専門家が任期を終えて職場を去った後に、大変な事態に陥りました。生産現場で働いているメンバーから、新しい作業標準を順守することの難しさが指摘されたのです。そのため、生産ラインは混乱し、可動率も大幅に低下したため、結局そこの工場では、カイゼン前の状態に戻すことを決断せざるを得なかったというのです。

もう一つは、トヨタの工場での出来事です。10数年前のことになりますが、ある生産ラインにおいて、TPSによるカイゼンの取り組みが行われました。課長級の管理職が数名でチームをつくり、ストップウォッチを片手に作業者の動作分析など行い、ムダ・ムラ・ムリを抽出するとともに、どうしたらより効率的な生産ができるのかを検討しました。その結果、生産ラインのレイアウト変更と人の作業区分の見直しなどにより、従来の要員を一人削減することに成功したのです。生産性は大きく向上し、その成果を工場長の前で発表するなど、優れた取り組みとして高く評価されました。筆者も当時その工場に勤務していたため、当事者ではありませんでしたが、工場の一員として発表会に同席しました。発表会の後は、現場のメンバーにより、新たな作業標準に基づく生産が粛々と続くことが期待されました。しかし、数カ月後にそのラインの横を通りかかった際に、生産ラインが元の姿に戻っていたことに気付きました。さすがに驚いて、なぜ元の状態に戻したのか、その場で現場の責任者に尋ねたところ、次のように答えました。

『発表会を行ったころは、大きな成果が得られていたため、カイゼンチームには達成感が漲っていました。現場もその期待に応えようと皆張り切って作業に取り組んでいました。しかし、その後しばらくして、生産ラインを取り巻く様々な環境変化(異常)が、日常的に発生するようになりました。いわゆる、4M(Man、Machine、Method、Material)のばらつき・変化です。従来の要員配置では、こうした異常の発生に対して、その都度対応できていましたが、カイゼン後の要員では余裕がなく、その場での対応が難しい局面が多くなりました。そこで、いったん元の状態に戻して、今度は現場のメンバーが中心となって新たなカイゼンアイテムの検討を続けてきました。ようやく目処がついてきたので、再度要員の一人削減にチャレンジしたいと思っています』

他社の工場とトヨタの工場におけるTPSによるカイゼンの取り組みをご紹介しましたが、このエピソードの中に、トヨタの強さの源泉が潜んでいます。その説明の前に、トヨタが取り組んできたTQM(Total Quality Management)についてご紹介します。

トヨタのTQM



トヨタのTQMの歩みは、1961年にTQC(Total Quality Control:TQMの前身)を導入したことに始まります。同社のホームページに掲載されている「トヨタ自動車75年史 TQM変遷(含む 創意くふう)」から、その歩みを辿ってみます。TQC導入当時、生産台数が急増したことにより『新人の増加と教育の不徹底、管理者の力不足と未熟練などの課題が散見されるようになり、品質の向上が追いついていかなかった』という背景がありました。そこで、TQCの導入の目的を『「経営管理の画期的刷新」と「良質廉価な製品の生産と開発」を図るため』として、方針管理、機能別管理、QCサークル活動、各種標準の整備などが全社的に展開されていきました。併せてこの頃に『「検査を厳しくすれば品質がよくなる」という考え方が「品質は検査の前でつくる」という考え方に変化していった』のです。そして『「品質は工程で造りこむ(自工程完結)」という言葉が誕生』し、今日においてもトヨタの最も重要な考え方となっています。

トヨタはTQC導入から4年後の1965年に、デミング賞実施賞(現デミング賞)を受賞しています。TQC導入の成果について、同ホームページからの引用を続けます。

『TQCの導入とデミング賞への挑戦は、トヨタに多くの成果をもたらした。有形の効果としては、TQC導入まで増加傾向だった台あたり材加不・不具合が半分以下に減少した。これを受けて新車購入後の保証も、1963年(昭和38年)3月には「1年または2万キロ」であったところを、1967年4月には「2年または5万キロ」と他社に先がけて延長し、国際水準の保証条件を確立することができた。無形の効果としては、品質に対する社員の意識の変化があり、全員参加のTQCにより、トップから現場の第一線で働くメンバーまで一人ひとりが品質保証の主役として、改善を実施することができた』

その後トヨタは、『1995年に、TQCの考え方の再徹底を柱とし、商品やサービスの質はもちろん、仕事の質やマネジメントの質をも高めることを目的に、これまでのTQCの考え方をTQMとして再整理し、浸透させていくこととした。具体的には、「企業の盛衰を決めるのは人材」「人間がモノをつくるのだから、人をつくらねば仕事も始まらない」という人を中心に据えた経営の原点に立ち返り、TQMを「人と組織の活力を高める活動」と定義するとともに、「お客様第一」「絶え間無い改善」「全員参加」の3本柱を行動理念として、その実践を支えるツールの充実・強化が図られた』 としています。(図表1)



こうして、トヨタは全ての従業員がそれぞれの立場でPDCAを回す、すなわち、改善する・問題を解決することを徹底してきました。また、その実践のための仕組みとして、方針管理とQCサークル活動を全社に浸透・定着させ、TQM推進の柱として今日に至っています。

トヨタが大躍進を遂げることができたのは、歴代経営者の卓越した先見性、洞察力によるところが大きかったと思いますが、その根底にTQMが位置づけられていたのです。改善・問題解決の重要性については、トヨタの豊田章一郎名誉会長が「改善という風土のないところには改革はない」と著しています。経営者が的確なビジョン・方向性を示したとしても、それを具体化していくためには、多くの障壁や困難を乗り越えていかなければなりません。全員が参画する総力戦が必要となるのです。ここに、トヨタにおけるTQMの意義があったと考えられます。

豊田章一郎名誉会長は、『TQM(Total Quality Management)は組織を鍛え、人を育て、モノづくりの心を育てる「産業人の指針」です』という言葉も著しています。TQMの有用性、TQMに対する経営者の想いが感じられる言葉です。この言葉からも、トヨタ躍進のベースにTQMがあったことに疑いの余地はないでしょう。

トヨタの問題解決研修



さて、すべての従業員がそれぞれの立場でPDCAを回すためには、基本的な知識を習得するための教育と、実践を通じて経験知として体得する場の設定が不可欠となります。どのようにして、トヨタがこうした教育・研修を実施してきたのか、筆者の体験をベースに紹介します。大学卒・高専卒の事務員、技術員と呼ばれる将来の管理職、経営幹部となることを期待された社員を対象とした研修です。

少し古い話で恐縮ですが、入社は1977年(昭和52年)です。4月の入社式の後、約1カ月の集合研修がありましたが、この中で品質管理の基本の教育があり、QC七つ道具なども教わったと記憶しています。その後、約3カ月間の販売実習があり、新入社員は全国の販売店に分かれてセールス業務を経験しました。続いて工場での作業実習が約3カ月あり、11月になって各職場に配属されました。職場では、最初に配属実習があり、先輩について与えられた課題に取り組み、その結果をレポートにまとめ、翌年3月に部長の前で発表しています。その後は、人事部門が主催する階層別研修の中で、問題解決の実践に取り組み、A3用紙1枚の資料にまとめることを行ってきました。階層別研修としては、入社3年後の中堅社員基礎研修、係長昇格前の中堅社員特別研修、新任管理職研修などがありましたが、ここでは、係長昇格前の中堅社員特別研修(略称「中特」)の概要を紹介します。

中特は係長昇格前に実施される本格的な階層別研修として位置づけられていました。数年後には部下を持つ立場として、職場のまとめ役となることが期待されている入社8年目の社員が対象でした。筆者が受講した時の開講時のオリエンテーションで、当時の人事担当役員が講話した内容の記録が残っていましたので、要点を記します。

『部下を持つ立場になる直前にあり、勉強をし直す時期に来ました。今回の研修の目的は、①しっかり仕事ができるようになることが第一、②人を育てる力が自分にあるのかを考えること、の2つです。これらがどういうことかを、この研修を通じて気づいていただきたい。また、会社とは自分にとって何なのかを考える時期でもあります。トヨタは人を育てることを大切にしています。会社に対して自分は何ができるのか考えてください』

トヨタの人材育成に関する基本的な考え方は、30数年前から今日に至るまで変わっていないと思います。「仕事ができる」とは、PDCAを回すことができるようになることであり、「人を育てる力」は、それぞれの職場で問題解決の実践を通じてOJTにより部下を育成することに他なりません。トヨタの人を大切にする経営は、TQMの実践そのものといえるのです。

中特は、「トヨタを取り巻く経営環境とその対応」「職場の現状とその対応」「リーダーシップ」「問題解決」の4つの単元で構成されていました。受講した当時はまったく理解できませんでしたが、この4つは、マネジメントの全体像そのものであり、そのツールとしてのTQMの教育であったことがよくわかります。最初の3つの単元は問題を解決するための前提の議論で、問題の発見、共有につながるものといえます。そして最後の「問題解決」は、この研修のコアとなるものでした。この研修の目的は、自身の問題解決力を向上させることですが、同時に、部下を持つ立場になった際に、OJTで部下の問題解決力を向上させることも求められていたのです。

受講生はそれぞれの単元ごとに、自分の考えをA4のレポート用紙6〜8枚程度にまとめることを求められました。さらにこれとは別に、発表用資料としてA3用紙1枚にまとめなければなりませんでした。4つの単元からなるので、記述したトータルのボリュームは相当であったことは想像いただけるでしょう。しかも当時は、すべて鉛筆による手書きでした。

この研修は、問題解決のまとめで終了しますが、他の研修と同様に職場での発表会が実施されます。中特は係長級に昇格するための選抜教育の位置づけでもあったため、受講生の意識も高く、その教育効果は大きかったと思います。また、レポートやA3サイズの資料を数多く作成することにより、頭の中が整理でき、論理的な思考が培われるようになりました。さらには、第三者に自分の考えを伝えるための訓練でもありました。受講生の多くは、子育て世代のため公私ともに忙しく、筆者もしんどい思いをしましたが、その後の会社での仕事のベースが、この研修で養われたと思います。「中特」は、TQM研修のまさにメインコースだったのです。

ここまでは、いわゆる事務・技術員と呼ばれているスタッフ職が対象でしたが、生産現場で働いている技能員と呼ばれている人たちはどうしてきたのでしょう。読者もよくご存知のQCサークル活動が、技能系メンバーの問題解決力向上を担ってきました。トヨタは1964年にQCサークル活動をスタートさせ、今日に至るまで半世紀以上にわたり継続して取り組んでいます。この間、様々な変遷はありましたが、カイゼンできる、問題を解決できるサークルづくりを目指して、メンバーの能力向上とともに、その能力を発揮できる組織文化を醸成してきました。QCサークル活動は、まさに人材育成の場としてトヨタが大切にしている取り組みなのです。

まとめ



冒頭に紹介したエピソードに話を戻します。2つの生産ラインではTPSによるカイゼンが行われました。いずれも当初はそれなりの成果が得られたのですが、長続きしませんでした。生産ラインを取り巻く環境の変化(異常の発生)、すなわち要因のばらつき・変化に十分対応できなかったからです。外部専門家や管理職(スタッフ)がまとめたアイデアは、あくまでもその場限りのものであり、今後起こりうるばらつき・変化を全て予測することは不可能です。したがって、その後発生した異常に対しては、その都度適切に対応していくことが、現場には求められます。このことは、SDCAのマネジメントサイクルを適切に回していくことに他なりません。そしてその都度解決策を考えて速やかに対策して、その結果を標準にフィードバックしていきます。小さなPDCAを際限なく回し続けることで、生産ラインが粛々と流れていく姿に近づいていくのです。

トヨタは、マネジメントのリテラシーとしての問題解決が、現場第一線のメンバーにもしっかり根付いていて、自分たちだけでもある程度のことは克服できる力があります。これが現場力です。この力が管理職だけではなし得なかったカイゼンを完遂させることになるのです。前述の現場の責任者の言葉が、その自信を物語っています。反対にこうしたリテラシーが不十分なところに、TPSなどによる大きなカイゼン(革新)を導入しても、その後の変化に対応できず、十分な成果が持続できなくなってしまいます。前述の豊田章一郎名誉会長の言葉が彷彿とされます。

また、このことは経営の問題でも同じです。トヨタは近年、排ガス規制強化、石油危機、日米通商摩擦、バブル崩壊、リーマンショックなど幾多の困難に直面してきました。その度に、経営者から第一線のメンバーまで、全員が次々と発生する多くの問題を、それぞれの立場で解決してきたことにより、トヨタは大きな改革を成し遂げ、困難を乗り越えてきたのです。

自動車業界は今、100年に一度といわれるほどの大きな転換点を迎えています。経営者は舵取りの難しい中、会社の進む方向を打ち出して果敢に攻めていこうとしています。進む方向が定まったとしても、その行く手には様々な障壁や困難が立ちはだかることになります。これらを乗り越えていくためには、全員が参画する総力戦が必要となります。ここに、トヨタが長年取り組んできたTQM、中でもマネジメントのリテラシーである問題解決力を全社員が養ってきたことの意義があると考えています。OBの一人としてこれからトヨタがどうなっていくのか、注視しているところですが、こうしたリテラシーが全員に浸透しているトヨタは、変化への柔軟な対応をとおして、ビジョンの実現を目指し、これからも発展していくことができると確信しています。

(古谷健夫氏執筆による連載記事はアイソス2020年10月号から2021年3月号まで6回にわたって掲載されました。本稿は、その連載の中から、2021年2月号に掲載された記事を一部編集して転載しています)


執筆者: 古谷 健夫

株式会社クオリティ・クリエイション 代表取締役(元トヨタ自動車株式会社 TQM推進部長)。1977年トヨタ自動車工業(株)(現:トヨタ自動車(株))に入社。2001年からTQM 推進に従事。2019年トヨタを退社と同時に株式会社クオリティ・クリエイションを設立、現在に至る。(一社)中部品質管理協会企画委員長、(一社)日本品質管理学会理事、デミング賞審査委員、名城大学・豊田工業大学非常勤講師、医療・行政など様々な分野で実践型問題解決研修の講師を務める。