連載記事 飯塚悦功
第4回 品質保証

1. 品質保証−その意味

1.1 品質の運営に関わる用語

1990年代初頭に普及し始めたマネジメントシステム(MS)に対する第三者適合性評価制度の最初は、ISO 9001〜9003を基準とする品質マネジメントシステム(QMS)の認証制度(当初は審査登録制度と言われていました)でした。その後間もなくISO 14001を基準とする環境マネジメントシステム(EMS)認証が始まり、MS認証制度が世界的な社会制度となる道を歩み始めました。現在は、それから約25年ということになります。

ISO 9000シリーズが普及し始めたころ、日本においてある種の混乱、ある種の誤解が生じました。わが国の近代の品質管理は、第二次世界大戦後に始まった、とこの連載の第1回で申し上げました。そうした歴史や基本的考え方について十分な知識がなく、ISO 9000の世界こそが品質管理の本丸と思い込み、的外れの持論(≒暴論、誤った解釈)を展開する、品質専門家と自称する方々も出てきて、善良な子羊たちを混乱させもしました。

その一つが「品質保証」の意味であったろうと思います。ISO 9000シリーズ規格を審議するISO/TC176のタイトルはQuality management and quality assurance(品質マネジメント及び品質保証)です。なぜ、このようなタイトルとなっているか不思議に思いませんか。ISO 9000シリーズ規格は、品質に関わる組織運営に関する用語として、quality management(QM;品質マネジメント)、quality control(QC;品質管理)、quality assurance(QA:品質保証)、quality improvement(QI;品質改善)を取り上げ、QM=QC+QA+QIというような図式でこの4者の関係を説明していました。

ISO 9001〜9003(後にISO 9001に一本化)が「品質保証」、ISO 9004が「品質マネジメント」のシステム規格という位置づけでした。ISO/TC176のタイトルに忠実に、2つのQMSモデルを提示したことになります。ISO 9001の性格は、初版(1987年版)、2000年改訂版、そして2015年版と大改訂をするたびに性格を変えてきました。初版は、二者間取引において購入者が供給者に要求する品質保証システム要求事項でした。2000年版で品質マネジメントシステムの最低限の要求事項(minimum requirements)と性格を拡大しましたが、その基本が品質保証のためのQMSモデルであることに変わりはなく、明らかにISO 9004よりは狭い範囲、低いレベルのQMSモデルでした。2015年版で、その最低限の要求レベルに確実に応えてもらうために、QMS設計(箇条4)など、2000年版で示唆されていた要求を満たすための方法が規定されるようになりました。

QM、QC、QA、QIという4つの用語のなかで、わが国が使ってきた同じ用語と意味が大きく異なるのは、QCとQAです。

QCは、ISO 9000シリーズでの用語法では、抜取検査、デザインレビュー、手順書、内部監査などの、品質管理手法や品質管理活動要素というような意味です。わが国は相当早い時期に、品質管理をずっと広い概念と受けとめ、QCという用語を、ISO 9000でいうQMと同じような意味で使っていました。ISO 9000が日本に導入された当初、このQMとQCの訳語に困り、QMを「品質管理」、QCを「品質管理(狭義)」などと言ってみました。当時は、QMを「品質経営」というのはおこがましいと感じたからです。そのうち日本語お得意の外来語をそのままカタカナ表記にする方法を採用して「品質マネジメント」を訳語にあて、繰り返し使っているうちに違和感がなくなり、いまではmanagementを「マネジメント」、controlを「管理」と訳すようになりました。

ISO 9000でいうQAとは、基本的に「合意された仕様通りの品質の製品・サービスを提供する能力の実証による信頼感の付与」という意味です。この意味の本質を理解するためのポイントは2つあります。第一は「仕様通りの」です。そして第二は「実証による」です。一読すると「信頼感の付与」という美しい用語に惹きつけられますが、何に関して信頼感を与えるか、どのようにして信頼感を与えるかの2点に注目すれば、「仕様」と「実証」が信頼感の実像を示していることが分かります。ISO 9000でいうQAの意味を確認する前に、わが国が品質保証という用語をどう理解し使ってきたかをご紹介します。

1.2 日本における品質保証の意味

わが国における近代の品質管理の歴史のなかで「品質保証」という用語がブレークしたときがあります。それは1960年ごろのことです。そのころ「品質管理のドーナツ化現象」が現れました。ドーナツ化とは「中心がない」という意味です。日本は、戦後アメリカから品質管理を学び、電気・機械・化学製品分野で「SQC(Statistical Quality Control、統計的品質管理)」をコアにして、これに人間的側面への考慮を加えて熱心に推進してきました。しかし、品質抜きの品質管理が目につくようになったとのことです。品質管理の手法を使って、原価低減、生産性向上、リードタイム短縮、在庫削減などの改善が盛んに行われるようになったというのです。

原価、生産性、リードタイム、在庫の問題は、もとを正せば品質問題に起因することが多いし、何であれ経営改善に貢献するなら、品質管理の手法を活用することが間違っているということはありません。しかしながら、深因である品質問題の解決というより、原価や生産性などの問題に直接効いている要因を特定して改善を図るようなアプローチに対し、品質管理のあり方としてこれでよいのかという問題提起があったそうです。品質管理は、品質を維持し向上することに中心を置く活動にすべきだという見解です。

そこで、品質のための品質管理、品質中心の品質管理を進めようということで、「品質保証」という用語を使い始めたとのことです。そして、品質保証とは「お客様が安心して使っていただけるような製品・サービスを提供するためのすべての活動」を意味し、それは「品質管理の目的」であり、「品質管理の中心」であり、「品質管理の神髄」である、などと言われました。

1.3 ISO 9000の世界での品質保証

ISO 9000でいう品質保証(quality assurance)とは、ずいぶん意味が違います。ISO 9000が日本に入ってきた当初は、少し混乱がありました。日本人が胸を張って、わが社はスゴイ品質保証をしていると言っても、何を自慢しているのか通じませんでした。日本人は、総合的な品質保証、品質管理、品質経営を自慢しているのですが、欧米人から見れば、品質保証をきちんとするとは、仕様通りの製品・サービスを提供している証拠の提示みたいなものですから、こんなことは当たり前で、「いったい何を自慢しているんだ?」となります。日本での意味は、お客様との間で明示的に約束しようがしまいが、とにかく徹底的に満足させてやろうとすることです。ISO 9000での意味は、合意した品質レベルの実現です。もう一つは、実証です。「信頼を与える」という表現から、非常に美しい取引関係を想定するかもしれませんが、ISO 9000では、実証することで信頼感を与えるという意味です。

これから提供する製品・サービスについて実証しなければなりませんので、提供システムが妥当であることを訴えなければなりません。「私たちはこういう仕組み、プロセスを持っているから大丈夫です。その証拠に品質保証体系図、プロセス仕様書があります。それらは、国際標準に準拠しています。そして、決められた通りに実施しています。その証拠に記録があります。どうぞ見て下さい」というわけです。証拠を示すことによって「これからもずっとお約束した通りの製品・サービスを提供できますので信頼して下さい。契約して下さい」、これがISO 9000でいう品質保証です。

日本の品質管理の発展において、1960年当時の「ドーナツ化現象」の反省は貴重だったと思います。品質管理という方法論を勉強してきた人々は、このころ「この思想・方法論を原点に返って品質のために使おう。本当にお客様が喜ぶものを作っていくために使おう」と再確認したのですから。近代の品質管理の本格的適用の約10年目にして、品質回帰(原点回帰)のような現象が起きたことは素晴らしいことでした。

真の顧客満足のためには、仕様通りの製品の提供では不十分で、日本的な意味での品質保証のためのQMSをISO 9001をベースにして構築すべきでしょう。これこそがISO 9001の有効活用の第一歩ではないでしょうか。にもかかわらず、サーベイランスで不適合の指摘がなければそれでよいと考える方が少なからずいるというのは、何とも日本も衰えたものだと思います。

2.品質保証−その歴史

2.1 「買い手危険持ち」から「売り手危険持ち」へ

日本の品質管理の歴史において「品質保証」という用語が広く使われ始めたのは1960年ごろのことだということを上述しました。品質抜きの、あるいは品質を直接の目的としない品質管理手法の適用に対する疑問が契機だったというのは興味深いことです。日本の品質管理の推進において、現在は,「品質保証」という用語が頻繁に使われるようになって、60年足らずということになります。

用語は使われてはいませんでしたが、品質保証の概念そのものは以前からありました。その概念が生まれるのは、人間社会に取引と言われる経済行為が始まる太古の昔からと思いきや、その歴史は、実は意外と浅いもので、せいぜい100年程度のことです。

物々交換であろうと通貨を介在させようと、「価値の移動があるなら、その取引対象は妥当なものであるべきだ」と言う考え方は太古の昔からあったと思われます。ここで、その歴史が浅いと申し上げているのは、品質保証の原則が「売り手危険持ち」になるのは、案外最近のことだということです。

旅行先で怪しげなお土産を見つけたとき、その品物をよく調べて、粗悪品をつかまされる危険を覚悟の上で買うのが「買い手危険持ち」です。それに対して、品質保証書などを発行し、もし品質に問題があれば、良品に取り替えるなどするのが「売り手危険持ち」です。

製品・サービスを提供する側が、品質が悪いときのリスクを請け負う「売り手危険持ち」という形の品質保証は、近年の工業化社会が成立してからのことです。品質保証という概念は、「製品・サービスの複雑さ」と「生産者(メーカー)と顧客(購入者)の距離の増大」によって生まれた比較的新しい概念、方法なのです。

製品の複雑さや売り手と買い手の距離が、なぜ「売り手危険持ち」という原則につながるのでしょうか。もし製品が単純で買い手にもその良し悪しの判断ができて、売り手と買い手の距離が近ければ、「買い手危険持ち」という原則でも、品質の良い製品・サービスに自然淘汰されていくと期待できます。

例えば、村の誰かが同じ村の農家から牛乳を買うとします。一応は、味が落ちていないか確かめて買います。もし、古く酸っぱい牛乳をつかまされたら、きっと吹聴して回るでしょう。悪い評判が立てば、近隣の者はその農家から牛乳を買わなくなります。こうして良品を提供すると確約するという意味での品質保証をしなければ売れないというメカニズムが働くことになります。

ところが、製品が複雑になり、売り手と買い手の距離が遠くなると、「買い手危険持ち」という原則では、売りにくくなります。例えば、目の前に1台200万円足らずの、なかなか良さそうに見える車があるとします。最近は車も高くなっていますから(何と、日本における乗用車の新車平均価格は300万以上です!)お買い得に思えます。買い手がその車の評価を行って良いと思ったら買うのですが、もし後から不具合が見つかってもそのリスクは買い手が負わなければならないとしたら、果たして車は売れるでしょうか。こんな売り方では、売れるものも売れなくなってしまいます。品質保証という考え方はこうして生まれてきたものです。売り手が「この製品・サービスは大丈夫です。保証します。もし何かあったら取り替えるなり修理をしますし、必要なら弁償もします」と言ってくれてはじめて、買い手は買おうという気になります。

私は戦後すぐの生まれです。子供のころ、三種の神器と言われた、冷蔵庫、洗濯機、扇風機が普及した家電ブームの時代に、新品の補償だけでなく購入後も、1年とか2年とかの一定期間中に生じたメーカー責任の不具合に対して保証するという「品質保証書」が誇らしげに添付され始めました。

最近の品質保証書は、あれも禁止、これも注意で、あたかも「品質保証しない書」みたいになっており、60年ほど前は、まさに古きよき時代でした。もっとも、近年の製品はますます複雑になり、PL(製造物責任)のこともあって、使用者に対する警告、注意を増やさざるを得ませんので、同情の余地は大いにあります。

2.2 「補償」から「保証」へ

品質保証の歴史的発展を端的に言えば、「買い手危険持ち」から「売り手危険持ち」に原則が変わり、しかも「新品の補償だけでなく、はじめから良いものを提供できるようなシステムを運用し、もし何かあっても誠実に対応するような組織を挙げた活動」へと、短い間に進展した、となります。

でもまあ、全体としては進展しているのでしょうが、世の中は広いもので、いろいろな会社があって驚くこともあります。20年以上の前のことですが、ソフトウェアの品質管理についてのエッセイを頼まれ、何を書こうかなぁ、なんて呻吟しました。気の利いたアイデアが出てこないので、(例によって)ビールを飲みながら呻吟を続けました。で、つまみにと思ってあけた「柿ピー」の袋を見て、目が点になり、これをタネに書きました。

こんなことが書いてありました。「<お願い>工場出荷の際は、品質・包装に万全を期しておりますが、万一品質に不都合な点がございましたら、お買い上げの店名、月日をお書きのうえ、弊社「お客様相談室」宛に現品と外袋をお送り下さい。送料と代替品をお送りいたします。」

食品なのにスゴイと思いませんか。ここでいう品質とは変質していないということのようです。変質はしていないが、味がちょっととか、少し湿気ているときに苦情を申し出るとどんなことになるのでしょうか。「当社の品質基準に合致しています」なんていう丁重な手紙がくればよい方かもしれません。200〜300円の商品で魅力品質なんて期待する方が間違っているのでしょうか。

「万全を期す」のは工場出荷の際ということですから、包装直前の内容物の検査を厳重に行い、包装の気密性などを検査して出荷しているということなのでしょう。日本の品質管理の歴史で、検査重点主義から工程管理重点主義に移行し始めるのが1950年代、さらに新製品開発重点主義への様々の試行がなされるのが1960年代半ばですが、この会社の品質保証の中心思想は依然として最終検査ということのようです。

そんなことより、変質というのは食品の品質として致命的なのに、悠長な対応に度肝を抜かれます。必要なデータと証拠物件をお送り申し上げると、こちらが支払った郵送料と(たぶん)変質していない代替品を送っていただけるというのです。

「買い手危険持ち」から「売り手危険持ち」への思想の大転換、何かあったら弁償しますという「補償」から、始めから良いものを提供するような仕組みを作り、万一間違いがあったら適切な補償をするとともに、二度と間違いを起こさないように仕組みを改善するという「保証」へと急激に進化したのに、「補償」が中心、それもお客様に対し、「悪かったら言ってこい、いいものに変えてやる」というような態度です。送料の実費は払うけど、お客様が費やした手間や時間、商品に対する信頼感の低下に対する配慮がありません。こんな形の「補償」という考え方が残っていることに驚愕しました。

経営における品質の意義、顧客満足という考え方の重要さとその深遠なる意味、それらを実現するための仕組みなど、日本の工業製品の一部の品質管理のレベルは世界一流といえます。品質概念を拡大して、「経営の質」なんてことまで議論する企業があるなかで、あらためて「いろいろあるなぁ」と慨嘆しました。

3. 品質保証−その発展

3.1 製品・サービスの普及と品質保証

前節2.2で、「補償」と「保証」についての話題のなかで、当初の品質保証は新品の「補償」という考え方が中心だったとご説明しました。しかしわが国でも、1950年代以降の家電ブームを迎え、新品の保証にとどまらず、購入後もある一定期間中に生じたメーカー責任の不具合に対してメーカーが補償するという「品質保証書」つきでなければ売れなくなってきました。このような状況で、修理や取り替えによって補償するだけではユーザーの信頼も得られず、またメーカー側も修理や取り替えの費用の増加が経営を圧迫しますので、保証期間後も性能を発揮することを保証するような体制の見直しと改善を行いました。

製品・サービスの複雑化に伴って「補償」という考え方が生まれ、それが「保証」にまで発展した理由として、生産・販売の大規模化の影響を見逃すことができません。生産・販売の大規模化というと、生産工場の自動化、流通チャンネル、サービス体制などを思い浮かべるかもしれません。しかし、地味ではありますが最も重要なのは、実は品質保証です。品質を重視しこれを保証しないと売上そのものが伸びませんし、補償にとどまっているとその費用ゆえに製品・サービスの競争力が低下します。

1975〜76年ごろだったでしょうか、私が品質分野に関わりを持って間もなく、教訓的な事象を経験しました。それは、主にプレハブ住宅の欠陥住宅問題です。プレハブとは「prefabricated(前もって組み立てられた)」という意味で、現地で部材を加工しながらトンテンカンと家を建てていく古典的な方法ではなく、工場である程度まで加工・組立をしておいて、現時でササッと組み上げてしまう工法による住宅のことです。当時は、間取りが画一的で自由設計などとても無理でしたが、価格がかなり安く、経済高度成長期の「マイホーム」ブームに乗ってよく売れました。

ところが、その売上の急激な伸びが、なんと2年ほど停滞・減少したのです。欠陥住宅問題です。雨が漏り、家が傾き、ドアが開かないなどの致命的な品質不良です。これを朝日新聞が叩きました。国も介入し、何よりも住宅産業が本腰を入れて取り組み、瑕疵担保責任などの規制を充実し、業界の立て直しが図られました。その後は、地域の工務店による住宅建築から、住宅専門会社の傘下に工務店が位置づけされる住宅建築へと業界構造の変化までもが起こりました。

前節2.2で、ソフトウェアの品質保証についてのエッセイを書いたとき、「柿ピー」の品質保証のあり方をやり玉に挙げたお話を紹介しました。これは、ソフトウェアについても、品質保証ができていないと信頼されなくなり、業界の健全な発展が危うくなるという警鐘のつもりでした。私にとって、その鮮烈な事例が1970年半ばの住宅建築だったのです。

3.2 「品質」の意味の拡大

時代の進歩に伴い、保証の対象である「品質」の意味が拡大していきます。日本では、1960年代後半に入り、耐久消費財の普及と信頼性技術の進歩によって、商品の「信頼性」が重視されるようになりました。このような機能商品の普及に伴い「商品というモノを買う」という考えから「その商品が有する機能(ハタラキ)を買う」というようにユーザーの考え方が変わってきました。耐久消費財という名が示すように、ユーザーが期待する期間、故障しないで稼働する確率が高いという信頼性が要求され、メーカー側も信頼性設計、信頼性試験、市場故障データの解析などを品質保証活動の中に取り入れるようになったのです。

とくに、高価な耐久消費財あるいは生産財では、保守しながら使うのが普通であり、その場合にはいかに迅速に修理するかという「保全性」が重要となります。故障が起こらないことを追求する狭義の信頼性活動に加えて、壊れてもすぐに修理して稼働するようにするという保全性の追求も重要になり、このためのアフターサービス体制が品質保証の重要な要素となったのです。

保証をする相手の拡大も起きました。1970年代初めに生じた公害を契機として、従来の品質の考えの拡大を余儀なくされたのです。従来の品質はメーカーとユーザーとの関係で論じられてきましたが、公害の発生は、メーカーはユーザーを満足させるだけではなく、同時に第三者(社会)にも迷惑をかけない製品・サービスを設計・生産・販売することが必要であることを示したのです。このような観点でとらえた品質を「社会的品質」と言います。もっともこのとき問題になった「環境」は、数年で下火になってしまいました。「環境は儲からない」というのが理由です。社会が成熟していなかったからと判断せざるを得ません。それから20数年、環境は事業運営における重要課題となり、いまでは環境技術が競争優位要因となる産業分野が多々あるくらいです。

3.3 品質保証の方法の進展

日本の品質管理の歴史を振り返ってみますと、品質保証の方法論も「検査重点主義」「工程管理重点主義」「新製品開発重点主義」へと進歩を遂げてきたことが分かります。

日本が米国から近代的品質管理を学んだ第二次世界大戦直後は、品質を保証する方法の中心は「検査」でした。検査の基本的考え方は、保証の対象となっている製品の集まり(ロット)について、その全部または一部についていくつかの特性を計測・評価することによって、ロット全体の品質レベルを評価し、ある一定以上のレベルと判断されたものだけを出荷あるいは以降の工程に流すというものです。一部だけを測定する際には、確率論を基礎とする「抜取検査」によって一部の情報から全体を推測し合理的な判断を行います。抜取検査は当時の品質管理の主要なテーマでした。

しかし、検査には弱点があります。検査だけでは品質は向上しません。一部から全体が推測できるような安定した製品ロットにはなっていないかもしれません。全数検査を行ったとしても、評価すべきすべての品質特性を評価することは不可能です。検査後に特性が変化することもあり得ます。検査には作ってしまった不良品を除くだけの機能しかありません。はじめから良品を作るほうが良いに決まっています。

こうして日本では1950年代に入って、製造工程をきちんと管理することによって、はじめから良いものを作ろうという考え方が広まりました。当時の「品質は工程で作り込め」という教えは、この考えを端的に物語っています。工程のアウトプットに影響を与える工程の条件を明らかにし、その条件を管理し、また中間特性値を的確に把握し早めに対応するという方法です。

1960年代になると、いくら製造工程が整然としていても、製造工程における不良率がどんなに低くても、売れなければ何にもならないという考え方が生まれてきました。すなわち、規格に合致しても品質が良いとはいえず、真に品質を保証するためには、まずは良い製品仕様を作ることが重要であるとの考えが芽生えたのです。しかも、製造工程でのトラブルをよく分析してみると、その原因の多くは上流工程である生産準備や設計・開発にあることが次第に明らかになり、その後10年ほどのうちに、新製品開発において品質を確保しようという考え方が主流を占めるようになりました。こうして生まれたのが「品質は企画・設計で作り込め」という教えです。

プロセスで質を作り込むという考え方は、合理的な管理の原則に則っていると言えます。管理に関する話題は、品質の次の主題として、再来月に取り上げます。

4. 品質保証−その活動

4.1 品質を保証するとは何をすることか

次は、「品質保証」の名の下に何をするか、要は「保証する」とは何をすることか考えてみます。私たちは、ときに「業務の品質保証」とか、「仕事の質を保証する」なんてことを言いますが、それが何を意味しているのか、マジに考察してみようということです。

「品質を保証する」とは、「品質が良いと請け合うこと」、あるいは「品質が良いという信頼感を与える」ことだと思います。ISO 9000の世界では、信頼感を与えるために、仕様通りの製品を提供できる能力があることを「実証」することに力点を置きます。そして、手順の存在の証拠としての手順書、実施した証拠としての記録など文書類が重要視されます。自分がまともであることを証明・説明することが基本です。

日本で品質保証という用語が広まる契機になった、誠実な品質保証のために何をすべきかという点ではどうでしょうか。信頼感を与えるためには、はじめから品質の良い製品・サービスを提供できるようにすることと、もし万一不具合があった場合に適切な処置をとることの2つからなると考えられます。

はじめから品質の良い製品を提供できるようにするには、手順を確立する、その手順が妥当であることを確認する、手順どおりに実行する、製品を確認するという四つの活動になるでしょう。何かあった場合の対応は、応急対策と再発防止策に分かれます。これらを図表1にまとめておきます。


2.の方は、応急処置・影響拡大防止と再発防止・未然防止の、2つの対応のことを言っています。はじめから品質の良い製品を提供する仕組みについての1-1〜1-4は何を言っているのでしょうか。

1-1は、手順、プロセス、システムを作るようにと言っています。1-2はその手順でまともな製品が提供できることを確認しておくようにと言っています。実は、これは難しいことです。論理的にこの手順で良いということを言うか、過去の経験から致命的な問題が起きていないことを言うか、手順、プロセスの要素として良いとされているモデルを適用していることを言うか、あるいはそれこそISO 9001に適合していると言うか、いろいろ考えられます。

1-3は、決められた通りに実施するようにと言っています。そして、本当にルール通り実施していることを確認しなければなりません。ここにISO 9001の認証の使い道があるかもしれません。ISO 9001のシステムモデルの基本は、結局は「決める、実施する、確認する」です。決めた内容が適切なら、やるべきことを実施する仕組みの基盤として使えます。やるべきことを実施するのは、簡単に見えて実は難しいですから、その意味でISO 9001は有用と言えます。

1-4は、要するに実物で確認するようにと言っています。正しいはずの仕組み通りに実施して生み出されたものが期待通りかどうか、現物で確認するということです。いわゆる検査がそれに当たるでしょう。

品質保証には、こうした全組織を挙げた体系的な活動が必要だということです。普通の組織には、どの部門がいつ何をするかの概略フロー図のような感じの「品質保証体系図」があります。通常の工業製品であれば、マーケティング、研究開発、商品企画から、開発・設計、生産準備、購買、生産、販売・サービス、市場評価などに至る一貫したシステムの大要を図示したものがあると思います。この図には、各ステップで実施すべき業務を各部門に割り振ったフロー図として示されるのが普通です。関連規定や主要な標準の種類を示してあるものも多く、提供する製品・サービスが組織的にどのように品質保証されるのか、その全貌を可視化するものとして有効だと思います。

4.2 品質保証の全社的運営

普通の会社には、品質保証部門のような組織があって、品質保証体系図に書ききれないような、組織横断的な活動、つまり品質保証のための全社的運営もずいぶんと行っています。

普通の会社が、品質保証のための全社的運営として実施していることにはどんなことがあるのでしょうか。品質保証の意味と目的について自分なりに考えてみればよいのですが、世間相場がどうなっているか、ご紹介しておきます。

まずは、経営者層が、品質方針、組織構築、レビュー(監査、診断、マネジメントレビューなど)に直接的に関わるような仕組みが必要です。品質に関わる明確な方針を打ち出し、方向づけを示し、組織全体のベクトルを合わせることです。これはISO 9001の基本的考え方でもあります。

なかには、品質のことは専門家に任せておけばよいと考えている人もいますが、これは大変な考え違いです。品質とは、製品・サービスを通して顧客に提供した価値に対する顧客の評価です。経営にはいろいろな側面があって複雑ですが、顧客価値提供という視点に立てば、品質こそが経営の目的です。そのやりくりに組織の構成員が関与しないということはあり得ません。

品質保証体系とは、結局は、組織構造・運営、仕事の仕組み、それに経営資源です。経営者は、品質に関わるすべての要員の責任、権限、相互関係を明確にし、会社全体として品質を達成できるような組織を作らなければなりません。また、品質保証体系が期待どおりに機能しているかどうかを確認し、必要な処置をとるために、自らが定期的にレビューすることも必要です。最小限のQMSモデルと位置づけされるISO 9001でも、このことが明確に規定されています。

多くの組織では「品質会議」というような会議を毎月1回程度開催し、品質について横断的に検討しています。品質というのは、当然のことながら、全社各部門に関わります。普通の組織は、技術、生産、販売というような機能的組織形態をとっていますので、これらの組織を横断的に運営する仕組みがないとうまく機能しません。そのため、会議体や委員会を設置するのが普通です。

「品質会議」での検討事項は各社各様ですが、多くは、

① 定例的な全社品質状況の報告と対応策
② 品質保証体制にかかわる課題と対応
③ 個別の全社的重要品質問題

について議論しているようです。

二番目の品質保証体制に関わる課題としてどのような議題を設定するかが、品質会議の担当部門の腕の見せ所です。日常的に起きる様々な問題から垣間見える、会社の品質保証体制の体質に根ざす課題を取り上げたり、あるいは事業環境の変化に応じて品質保証体制の変革が必要と認識してそれを課題にしたりすることができれば、相当なレベルにあると言えます。

三番目の個別の重要品質問題についても、それ自体が経営に直接大きな影響を与えるときは分かりやすいのですが、経営における品質機能の視点で、個別事例を通して深く分析・検討すべき象徴的な問題を取り上げるように工夫できれば上々です。

 品質保証の全社的運営のために、品質会議以外にも、例えば、体系的・定期的な品質評価、品質情報システム、品質報告書、品質監査、重要品質問題管理システム、品質改善活動などがありますが、長くなるので詳しくは触れません。

5. 品質保証−その役割

5.1 品質に関する主管業務

品質保証、品質管理など名称はいろいろですが、品質保証という全組織的横断活動を担う、経営において必須の品質という経営機能の主管部署の役割・使命について考えたいと思います。

経営における「品質」の重要性から、ものづくり企業なら必ずと言ってよいほど、品質保証、品質管理の部門があります。近年私が関わりを持った医療では、驚くべきことに、そのような部門があるのは奇特な医療機関に限ります。医療における品質の基本である(患者)安全を担当する職員はいますが、複数の専任者からなる部門を置くところは少数です。おなじメンバーが名を連ねる多種多様な「委員会」の一つとして、病院経営機能として認識され、担当機能は存在します。もちろん、ないよりはあった方がマシですが、担当者は通常は専任ではありませんので、それが最重要業務であるという意識を保つことは容易ではありません。それに比べれば、ものづくり企業は、はるかにマシなレベルにあると言えます。

前節4.2で品質保証に関する全社的運営に関わる経営機能について触れました。こうした部門横断的な品質保証上の重要課題について、委員会やタスクチームを組織して対応する必要があり、品質保証部門がそうした委員会の事務局の役割を務めることが普通です。

そのような事務局業務を担当して悩むのは、いわゆる事務局として、取り扱う品質問題に固有の技術的なことにどこまで首を突っ込むか、ということです。例えば、ものづくり企業で、その昔に設計や生産技術、製造などを担当していれば、これらに関わる問題の核心を理解して事務局としてチームを誘導できるでしょう。でも、最先端の製品化技術、先端的な工法、高度な評価技術、あるいは市場ニーズの構造の理解に関わるようなテーマだと、どうしても素人の域を出ずに、事務局としても自信をもってリーダシップを発揮できません。

このような状況において、全社の品質を「主管」する品質担当部門はどんな仕事をしているのでしょうか。横串とか横断とかもっともらしいことを言いますが、何をすべきなのでしょうか。

品質管理に限らず原価管理、生産管理など「管理」という名称が付く部門の仕事は、何をどこまで行うべきなのか、簡単には分かりません。そもそも「主管」とは何でしょうか。品質は全組織を挙げて達成すべきですし、そうしなければ達成できません。品質が良くなるには、企画、設計・開発、生産などが頑張るからですが、品質部門はどれほどの貢献をしているのでしょうか。「主管業務」というものをどう定義し、その質をどう測ればよいのでしょうか。

5.2 品質保証部門の役割

品質保証部門は、品質保証活動の事務局として、各部門における品質保証活動を管轄し、その推進を支援し、品質保証にかかわる全社的な課題・問題を明確にし、その解決を図るために設置されているはずです。組織上は、中央集権的な組織では社長直轄や事業部長直轄、生産と販売の責任が分かれている場合には工場長または生産部長直轄にするのが一般的です。全社の品質保証活動の事務局としての役割を担っている品質保証部門には、何が期待されているのでしょうか。

企業によっては、品質保証部門には、事務局的な仕事ばかりでなく、品質保証に関わるライン業務も割り付けられています。例えば、検査業務とか試験検査機器の管理です。

さらに、これをライン業務というべきかどうか分かりませんが、クレーム処理、品質監査の計画・運営、品質報告書の発行などもあります。これらは、事務局というより、まさに直接的な品質保証業務といえるもので、品質保証部門が担当しないにしても、どこかが直接の責任をもって担当することになる業務といえます。

直接の責任を持つとは言っても、いわゆる調整といわれる業務が主となります。例えば、クレーム処理では、クレームとして処理することに決まった案件の進捗管理の責任を品質保証部に置き、営業、技術、生技、工場が調査、解析を担当している業務について、計画通り進捗しているか、新たな事象が出てきて対応を見直さなければいけないかなど、その案件を円滑に処理するための、事務的なことから技術に関わることまで、それこそ何から何まで調整して前に進めます。

クレーム以外にも、普通は、全社重要品質問題の解決とか、部門間にわたる品質問題に関わる調整があります。前節4.2で話題にした「品質会議」の主催に関わる調整もあります。

会社全体として筋の通った品質保証をしていくために、こうした調整が重要なのですが、もっと主体的に攻めていくような品質保証業務もあり得ます。例えば、全社的な品質保証体制の充実です。効果的・効率的な品質保証ができるためには、営業、技術、生技、生産などの重要品質機能が充実していなければなりませんが、これらをどう体系づけていくかを考察し、仕組みの改善の音頭取り、あるいは誘導、要は皆をその気にさせて前進させることは、品質保証部門の仕事と言えます。

気の利いた品質保証部門は、何かことが起これば、品質保証体制の整備・充実、品質保証規定の改廃の起案、PLP(Product Liability Prevention、製造物責任予防)体制の整備・推進など、いろいろ実施しています。これらをある程度は戦略的に進めたいものです。

社長室とか経営企画などの経営機能がどのくらい充実しているかに依存しますが、「品質」という切り口から、経営陣のブレーンの役割を果たすことが期待される場合もあります。品質保証とは、煎じ詰めれば、真っ当な顧客価値提供のことを言っているわけで、その責任統括部門なら、顧客への価値提供という視点で、経営者のブレーンであるべきです。例えば、経営者に対する品質状況の報告、品質方針の起案、年度品質保証計画の起案などです。

品質という部分を顧客価値提供と置き換えてみれば経営に直結することは明らかです。品質状況の報告ではなく、顧客価値提供状況の報告となります。顧客に提供している価値を顧客が評価してくれると、売上が増えます。合理的な計画を作り巧みに実施すると効率が上がり、コストが下がります。品質というと、ともするとすでに定義されている技術的特性ととらえてしまいがちですが、顧客視点での価値ととらえて、そのために何をすべきかと考えることによって、一気に視界が開けます。

品質に関わる主管部門に何ができるか、何をすべきかについて書き連ねましたが、図表2に、上述した品質保証部門の役割を整理しておきます。



問題

[1] ISO 9000が提示する「QM=QC+QA+QI」という4つの概念を、あなたがよくご存じの業種での活動を例に説明してみて下さい。

[2] ISO 9000での品質保証と、1980年代以前の日本が考えてきた品質保証の意味の、最も重要な相違は何であると思いますか。

[3] あなたは、どのような製品であれば「買い手危険持ち」で買いますか。どのような製品であれば「売り手危険持ち」でなければ買いませんか。

[4] 「保証」を国語辞典で、“assurance”を英英辞典で調べてみて、これらの用語の一般的な意味から「品質保証」の意味を説明してみて下さい。

[5] ときには「品質保障」という表記を見ますが、「保障」と「保証」はどう違うのでしょうか。

[6] あなたの組織が扱う製品・サービスや組織構造の特徴を考慮して、品質部門の果たすべき役割を考察してみて下さい。

[7] あなたの組織が扱う製品・サービスや組織構造の特徴を考慮して、ISO 9001のQMSモデルを基礎にして、どのようなQMSを構築すべきか考察してみて下さい。