連載記事 飯塚悦功
第6回 マネジメントの意義

1. マネジメントについて考える

「品質マネジメント」に関するそれなりに体系化された基礎知識を提供しようとするこの連載で、「品質」に関する基本概念の話が一段落しましたので、当然のことながら、次は「マネジメント」について考えることになります。ということで、今月から数回にわたって、「管理」、「マネジメント」について考察をします。

私は、品質中心経営の理論と実践に深く関わってきましたので、その文脈で、組織の文化・風土・価値観という話題について議論、考察することがありました。原子力や医療分野では「安全文化の醸成」というような議論をしました。いまでもときどきニュースになる企業の不祥事や事故に際し、そうしたことが起きやすい企業風土についても検討しました。

私は、多くの専門家と異なり、文化・風土・価値観などは、思いのほか短期間で醸成され組織に根付くものだという意見をもっています。カギは「習慣」です。組織の仕組み、プロセス、ルールなどを工夫し、それを守り続けることによって、2年ほどで、文化とか風土と言われるものが醸成されるものと観察しています。組織のマネジメントシステムの設計・構築・運用のありようによって、組織の文化とか風土とか価値観とかが形作られていくのです。私が議論をした多くの方は、文化・風土・価値観はもともと確立していて、それに応じたマネジメントスタイルで組織運営していく必要があると言われるのですが、私は異なる見解をもっていたということです。

唐突に組織文化の話を持ち出したのは、マネジメントの意外な重要さを強調したかったからです。

さて、「マネジメント」について、何を語るか何となく心づもりはありますが、どんな順序でどう語るかについて確たる構想があるわけではありません。いずれにしても長くなりそうです。管理・マネジメントの意味、PDCA、プロセス管理、事実の重視、改善、原因分析、応急処置・再発防止・未然防止、人間中心マネジメントなど、管理・マネジメントにまつわる原理・原則を語ることになります。

数回にわたって語りつくしたその次は、これらの原理・原則に則った組織マネジメントとしての日常管理、方針管理(目標管理)などを話題にする予定です。

2. マネジメント=技術を活かす技術

2.1 技術とマネジメント

マネジメントの原理・原則について語る前に、技術とマネジメントの関係について考察し、改めてマネジメントの重要性を強調しておきたいと思います。

品質の良い製品・サービスの効率的な提供に必要な条件は何でしょうか。私は、「技術」、「マネジメント」、「ひと」、「文化」の4つを挙げています。良質の製品・サービスの提供のためには、まずは固有技術が必要で、次にその技術を生かす技術としてのマネジメントが必要、さらに意欲、知識・技術、技能の面で優れた人が必要です。加えて、それらのプラットホームとしての組織風土・文化も重要だろうと考えています。

「餅は餅屋」と言います。餅屋を生業にしようと思ったら、餅米、海苔、きな粉、砂糖、醤油などの材料や、餅の蒸かし方、餅のつき方、焼き方、きな粉の前処理、海苔の焼き方などのプロセスに固有の知識・技術、技能・腕前が必要です。でもそれだけではダメでしょう。組織を作り、分担を決め、統制をして、様々な餅を作るマネジメントが必要です。餅屋に必要な技術を組織で共有するために標準類が必要でしょうし、然るべき知識・技術、技能、意欲のある人材の採用、そして教育・訓練も必要です。そして、餅屋という事業に必要な組織文化・風土も必要になるかもしれません。

こうした4つの要件のうち、最も直接的に良質製品の提供に貢献する2つを挙げるなら、その第一は、その製品・サービスに固有の技術でしょう。自動車を作って売りたいのなら、主要な材料である鉄鋼の性質に関する深い知識が必要だし、内燃機関(エンジン)に関わる膨大な技術知識を保有していなければなりません。そもそも顧客・市場ニーズの構造(どのような顧客層・市場セグメントが、どのようなニーズをもち、それらニーズが要因に左右されるか)を理解していなければ適切な製品・サービスの企画はできません。

第二は、こうした技術を組織で活用していくためのマネジメントシステムでしょう。高い技術をもっていても、それが特定個人だけのものであれば組織全体として共有することはできませんし、組織として保有していたとしても、然るべきときに適切に活用できるような仕組みを構築しておかなければその知識・技術は日の目を見ません。

マネジメント、あるいは管理とは、この意味で、「(固有)技術を使って目的を達成する技術」ともいえます。ここで「技術」とは、「目的達成のための再現可能な方法論」というような広い概念を意味しています。

2.2 固有技術と管理技術

この2つの要件のことを「固有技術」、「管理技術」ということがあります。固有技術とは、製品・サービスの提供に必要な、製品・サービスに固有な技術のことです。固有技術には、製品・サービスの設計にかかわる知識・技術、実現・提供にかかわる知識・技術、評価にかかわる知識・技術などがあります。一方、管理技術とは、固有技術を支援し、仕事を効果的、効率的に実施できるようにし、また様々な運営上の問題を解決していくために有効な技術のことをいいます。組織運営の方法、品質管理、原価管理などの仕組み、QFD(品質機能展開)、統計的方法などの技法は管理技術の例です。固有技術は「製品・サービスに固有の技術」、管理技術は「固有技術を活かすための技術」ということができます。

良質の製品・サービス提供に必要な4つの要件との対応でいえば、固有技術は「技術」、管理技術は、広くとらえるとその他の3つの要件すべて、少し狭くは「マネジメント」、「ひと」ということになります。

この2つの技術のうち、どちらが重要でしょうか。非常に難しい問いですが、やはり固有技術と答えざるを得ません。例えばそれは、マネジメントシステムのレベルというものは、そこに埋め込まれている固有技術のレベル以上にはなれないことからも判断できます。どんなに立派なマネジメントシステムを構築しても、そのマネジメントシステムの血となり肉となるべき製品・サービスに固有の技術・知識が貧相な状態では、逆立ちしても、たとえ奇跡が起きようとも、顧客に満足を与える製品・サービスを継続して提供することができないからです。ちょうど実質的な中味のないISO 9001準拠のQMSのようなものです。

そうではあるのですが、管理技術の重要性を忘れてはなりません。「固有技術を活かすための技術」といわれるとつかみ所がありませんが、「原理的に良い結果をもたらす方法を、いつでもうまくできるようにする方法論」とか「同じ失敗を繰り返さないための技術」と言い替えてもよいかもしれません。

固有技術が確立していても、その技術によって常に品質の良い製品・サービスを再現できるとは限りません。そのひとつの重大な例が日常茶飯に起こる失敗の再発です。固有技術が確立していれば一度は成功できます。しかし、成功できるその方法を再現し続けなければ継続的に成功することはできません。失敗したことと本質的に同じ原因の技術的失敗をしないためには、周到な業務システムの設計が必要です。管理技術によって実現しようとするものは、こうした組織運営なのです。

管理技術とは、実は極めて高度な技術であるため、その深遠なる意義はなかなか理解できないかもしれません。しかし、個人の才覚に頼る芸術ではなく科学(再現可能な方法論にかかわる知識獲得・適用の方法論)としての品質の維持・向上に必須の技術です。

意外に思うかもしれませんが、管理技術は、固有技術のレベル向上のために有効な道具となります。すでに無意識のうちに管理技術を利用して固有技術の向上を行っている活動が数多くあります。例えば、先月号で扱った市場クレームへの対応において、問題発生のメカニズムを解明するために賢い人が行っている合理的なトラブルシューティングや科学的問題解決法、統計的データ解析を使った原因の推定などによって、新たな技術的知見を得ていることでしょう。もし管理技術を系統的に学び、その整理された知識体系を活用していけば、より広範により効率的にレベル向上を図ることができます。専門分野にかかわる知識だけを増やしていくよりも、管理技術を活用しながら固有技術を深めていけば、より良い製品・サービスを提供できるということを認識したいものです。これこそがマネジメントの極意です。

2.3 固有技術の可視化・構造化・標準化

上述したように、品質の維持・向上のための4つの要件のうちで、最も直接的に品質に貢献するのは「技術」です。

実は、わが国の品質管理の歴史において、製造業以外への適用は必ずしも大成功とは言えませんでした。その理由は、固有技術の可視化・構造化・体系化のレベルが低かったことにあると解釈できます。品質の良い製品・サービスを効率的に生み出すには、まずはその製品・サービスの企画、設計、実現、提供、付帯サービスに固有の技術が必須です。さらにこれらの技術を活かすマネジメントやマネジメントシステムも必要です。管理技術、経営科学ともいわれる品質管理は、この管理に多大な貢献をする思想・方法論です。しかし、固有技術が可視化され、形式知として美しい構造で体系的に記述されていないと、せっかくのマネジメントシステムも中身のない骨組みにしか過ぎなくなります。役に立たないISO 9001の典型はこれです。形はあるが心がない、仏作って魂入れず、というところです。

かつて一部の製造業で品質管理が大成功を収めた理由は、例えば不良低減において、要因の候補として列挙した特性や条件が、技術的に見て的を外すことが少なかったからです。自動車工学、金属材料学など、ある分野の技術・知識が体系的に整理されているからこそ、未知と思われる現象についても、その発生メカニズムをほぼ正しく想定することができたのです。要素となる技術がある程度確立しているからこそ、品質管理のような管理技術が有効に機能したといえるのです。

私は2000年ごろから医療の質や安全について関心を持つようになりました。医療の質と安全の確保のために必要なことは多々ありますが、なかでも診療の質と安全の確保に必要な知識体系、技術基盤の構築が必須と考えました。例えば、医療において価値を生み出すプロセスを特定し、その入出力関係を記述し、考慮すべき特性とその要因の関係を技術・知識として蓄積していくことが必要です。

さらに、確立している技術・知識を医療提供者が間違いなく活用できるようにするための技術・方法論もまた重要です。とくに医療の質・安全保証という視点ではこの側面が重要です。一般に、先端分野の専門家の関心は研究開発に向きがちです。新たな診断・治療法、新薬の効能の実証、稀な症例の解明など、新規性が高く、独創的なテーマや症例研究を重視しがちです。技術の進展のためにこうした研究開発が必要なことは当然です。しかしながら同時に、当たり前の技術を、然るべきときに然るべき方法で使いこなす技術、換言すれば、品質の維持のための技術標準の確立も進めなければなりません。先端技術だけで支えられる産業は、産業として未熟であり存立が難しく、また確立している固有技術の利用技術(管理技術)を軽視している分野も、産業として未成熟であるといわざるを得ません。

こうした考察を経て明らかにされること、それは医療分野にふさわしい構造での知の体系化の重要性です。医療においては、患者状態に応じた適切な医療介入によって患者の病態を改善することが期待されているので、これに適した構造での知識体系が必要です。安全についても、病院の業務プロセスの特徴・性質に固有のリスク、それらリスクが現実のものとなるメカニズム、さらにそれらリスクの回避・軽減策に関わる知識体系を構築することによって、安全を脅かす状況を予測的に評価し、防止することができるようになると期待できます。

3. 管理とは何か?

前章では、マネジメントの原理・原則の前に、技術との関係について考えてみました。どのような分野であれ、よい仕事をするためには、何を措いてもその分野に固有の技術(=目的達成のための再現可能な方法論)が必要ですが、同時にその技術を活かす技術(方法論)が必要で、それがマネジメントである、という趣旨でした。

このあと、相当な回数になってしまうかもしれませんが、(固有)技術を活かして、良い仕事をするためのマネジメントの原理・原則、つまりは「良いマネジメントとはどのようなものか」ということについて、いろいろ考えてみます。最初は、「マネジメント」あるいは「管理」とは何か、が主題です。結論を先に言ってしまえば、管理とは、ひと言で表現するなら「目的達成のためのすべての活動」ということです。

3.1 管理≠締め付け

私は、いわゆる全共闘世代です。1960年代の終わり、世界中を学生運動の嵐が吹き荒れました。東大でも、1969年1月安田講堂落城などがあり、その後も満足な授業ができず、授業日数確保のため、私たちの学年の卒業はちょうど3月31日、その前後の学年は5月末となりました。そのころは、まさに「管理社会反対」、「大学の管理強化大反対」が正義でした。「管理」というものは、良くないこと、少なくとも必要悪、と受けとめられるような時代でした。

「管理」という用語の意味を広辞苑で調べてみると、<管轄し処理すること。良い状態を保つように処置すること。とりしきること。「健康-」、「品質-」>なんて書いてあります。「管轄」、「とりしきる」という説明と「良い状態を保つように……」との間には、若干のニュアンスの違いを感じます。「管理強化反対」というのは、管轄される、取りしきられる、しかも管理される方としては「意に染まず」と感じるからでしょう。「よい状態を保つ」という意味なら、強化に反対するのはおかしなことになります。

「かんり」という同じ読みで「監理」と書くこともあります。建設工事現場で「設計監理○○建築設計」なんていう看板を見ることがあります。こちらの監理は、いかにも取り締まるという臭いが強そうです。広辞苑には、「監督・管理すること。とりしまり。」とあり、明らかに統制するイメージです。

英語の“manage”はどうでしょうか。ニュアンスの異なる2つの意味があるようです。一つは“to direct or control the use of”とか“to direct the affairs or interests of”などで、統制・指揮を意味するようです。もう一つは“to succeed in accomplishing or achieving, especially with difficulty”などで、「難しくても何とかして成功する、あるいは目的を達成する」というような意味です。そして、それに近い微妙な説明もあります。例えば“handle”とか“deal with carefully”です。語源はラテン語の“manus”(hand、手)で、原義は「馬を御す。調教する」という意味のようです。私は“manage”の意味を伝える日本語としては、「経営する」、「管理する」ではなく、柔らか過ぎる表現かもしれませんが「やりくりする」というのがピッタリではないかと思っています。

3.2 管理=目的達成活動

品質マネジメントの分野においては、「管理」や「マネジメント」は、「目的を継続的に効率よく達成するためのすべての活動」を意味するものと考えています。管理社会、管理強化などの用語が与える語感は、監視、締め付け、統制、規制などですが、品質管理では、そのような狭量なものとは考えてこなかったということです。

とくに日本においては、アメリカから品質管理という方法論を学んで10年余を過ぎたころ、まだ“quality control”、“QC”、「品質管理」と言っているころから、「管理」をかなり広い意味と受けとめていました。アメリカから用語を聞きかじり、TQC(Total Quality Control)なんてことを言い出すのが1960年ごろですが、そのころから日本のQC界が理解していた「管理」は英語の“control”が意味する統御・統制・制御、そして(狭義の)管理を超える、目標・ねらいの設定も含む目的達成活動全般を意味していました。

品質に関する議論のなかで、品質概念は目的志向の思考・行動様式にほかならないと、申し上げました。管理とはその「目的」を達成するためのすべての活動というのですから、品質管理を本当にマスターすれば、まともな目的を設定し、その目的を合理的に達成できるようになれるはずで、適用する人や組織が賢ければ、万能に近い思想と方法論を与えているとも言えます。このことは、この連載の第1回で「人と組織を賢くする品質管理」と題して申し上げました。

「かんり」と発音する「監理」という用語もあると上述しました。管理と監理の意味の違いについて、管理は「クダカン」、監理は「サラカン」と言って区別している分野もあるようです。通常は、安全管理、衛生管理、健康管理、情報管理、品質管理、労務管理、在庫管理などのように「管理」ですが、建設では「設計監理」と言うし、行政上の監督・規制の意味でも「監理」を使います。

監理の「監」は、語源的には「見張る」、「管」は「くだ」です。「管理」を「クダカン」というのは、「管」が「くだ」、「パイプ」を意味するからです。「サラカン」とは「監」の脚の部分の「皿」から来ています。「監」は、その字の構成から「人が盆にはった水を上から見ている」という意味で、まさに監視、監督、“supervise”が主な意味となります。

「くだ」の方に、プラス思考の管理の意味が加わるのはなぜでしょう。「管」は「竹」かんむりに「官」で構成されています。ここで「官」は同じ音の「貫」の代わりです。「竹を貫く」と「くだ」ができます。「管理」に目的達成の意味が含まれるのは、竹の節を貫いて(目的を)貫徹するというのが原意だからと言えなくもありません。これ、信じていただかなくても結構です。

「管理」に含まれる意味のうち最も重要なのは、実は「目的達成」ということです。目的達成のために監視、統制、規制をすることがあるかもしれませんが、それはあくまでも目的をうまく達成するための理にかなった手段としてのことだと考えるべきです。

それにしても「管理強化反対」と叫ぶ運動はよくありますが、管理が目的達成のための活動だとすると、「目的達成反対」ということになってしまうので、本当に妙なことになります。でも、管理される身として「管理強化大賛成」なんて、何だか言いにくいですね。

3.3 管理の要件

管理とは「目的を継続的に効率よく達成するためのすべての活動」と申し上げました。管理の重要な側面には、目的達成以外に、継続性と効率性もあるということです。

管理において「効率性」も問題になることは理解できると思います。目的を達成するために、どんなにお金がかかっても、どんなに時間がかかってもよいとは思えません。なるべく少ない投入資源で目的を達成すべきです。

効率を考慮すべきことは理解できても、継続性については疑問があるかもしれません。「たった一度だけの目的達成のために管理は必要ない」と示唆していることになります。たった一度だけなら、運に懸けるとか神に祈ればよくて、これから面々と述べる管理の原則を考慮した辛気くさい方法など忘れてコトに臨めばよい、と言っています。

異論があるかもしれません。でも、ここで注意したいのは「継続」ということの意味です。私たちの日常の行動で、純粋にたった一度だけということは、まずないと思います。どこかに類似性があり、何らかの意味で繰り返しがあります。同じような目的を、同じような方法で達成しようとするとき「管理」が必要になる、というのが継続性も考慮した理由です。

例えば研究では、独創性・創造性が要求され、初めてのことが多く、継続性など考慮する必要はないように思えます。でも、よく考えてみると、テーマはいろいろ、方法もいろいろ、でもとにかく研究を続けています。だから、テーマの発掘、明確化、戦略、計画、実施、進捗、評価など、姿かたちを変えて繰り返しやってくる様々な研究の対象に対し、あるプロセスでこなしていきます。

管理では、目的を定め、目的達成手段を決め、それを実施する訳ですが、そこに何かしらの意味で類似性があるので、標準的手順を決めたり、書式を作ったりして、中身はそれぞれ違うけれど、同じようなことをやっています。むしろ、話は逆で、純粋にたった一度なんてことは滅多にないから、あらゆる行動において常に「管理」を考えるべきかもしれません。

4. 何をどう管理するか

4.1 2つの管理

管理/マネジメントの核となる意味は、「目的達成のためのすべての活動」であると申し上げました。次に考えたいのは、管理の対象です。何を管理するかです。

管理とは目的達成の方法論ということですから、管理の対象になるものは実に広範なものとなります。世に「○○管理」と言われるものは、いろいろあります。品質管理、安全管理、衛生管理、健康管理、原価管理、納期管理、情報管理、労務管理、在庫管理、財務管理、設備管理、人事管理、……と思いつくままに挙げていけばキリがありません。でも、こうして挙げた様々な管理に2系統あるように思います。

品質管理、安全管理、原価管理、納期管理などは、それぞれ品質、安全、原価、納期に関する目的達成行動と考えられます。情報管理、労務管理、設備管理、人事管理などは、それぞれ情報、労務、設備、人事を管理(統御、制御、監理、狭義の管理、)して、何か目的を達成しようとする活動に思えます。こうしてみると、私たちが「○○管理」と言っているものには、「目的的管理」と「手段的管理」の2系統あると言えそうです。

例えば、品質管理のような目的的管理においては、品質に関するどのような目的を達成しようとするのか適切に定めなければなりません。一方で、設備管理のような手段的管理においては、設備を管理することによって何を達成したいのか、明確にしておかなければなりません。いずれにしても、目的の設定が重要となります。

優れた管理をするためには、目的を正しく設定しなければなりませんので、何に関する目的を達成するのか、さらには、その管理対象についてのどのような目的を達成するのか、これが重要ということになります。

4.2 目的設定

これまで様々な形で仕事をし、管理に携わって来た方は、まともな目的を設定することが非常に難しいことをご存じのはずです。真っ当な目的を設定するために必要なこと、その秘訣は、結局は目的志向の思考・行動様式です。よい目的を設定するのに目的志向でなければならないなんて、トートロジー(同じ言葉の繰り返し)ですが、ほかに適切な言い様がありません。

ある目的を設定したとしましょう。この目的が妥当かどうかは、その設定した目的によって究極的に達成したい目的は何かを考えることによって判断できます。つまりは、その上位の目的、上位のニーズの理解が必須です。私はいまJABにおりますが、JABの組織目的を設定するとか、あるいは認定という機能の目的をするためには、認定という社会制度によって達成したい目的、認定・認証制度に対する社会ニーズの理解なしにはできません。

目的の妥当性を考察するための、少し手間のかかる、しかしまともな方法は、究極の目的の考察から始めることではないかと思います。すなわち、究極の目的、理念、あるべき姿を描いておいて、それを論理的に展開するという方法です。例えば、多くの組織が戦略策定のために行うMission-Vision-Strategy(使命-ビジョン-戦略)という展開は、あるべき姿(=使命・役割に関するビジョン)からの展開という枠組みで考えています。「顧客志向」というのは、実はよい哲学です。経営の目的は顧客価値提供であると定め、すべての論理をここから展開するか、すべての目的をこの究極の目的に照らして妥当かどうか判断することになるからです。

4.3 重点志向

経営課題が少なからずあって、どの課題から取り組むべきかという意味での目的設定においては、目的の間の相互比較が必要になります。これはよくある状況で、このような場合には、いわゆる「重点志向」を心がけるべきです。実は、取り組むべき課題が多いように見えて、重要なものは少ししかないのが普通です。

この現象を「パレートの法則」と言っています。パレートというのは人の名前です。イタリアの社会学者・経済学者で、所得の分布に関して、全体の2割の高額所得者が社会全体の所得の8割を占めるという法則を指摘しました。品質マネジメントにおいても、取り組むべき課題については“vital few, trivial many”(重要なものは少なく、つまらないものが多い)という法則が成立しているので、重要なものから取り組むべきです。

ところで「重要」とはどういうことなのでしょうか。何かが重要かどうかということをどう判断するのでしょうか。これは、実に意地悪な、素晴らしい問いかけです。ホンネを言えば、難しいので逃げてしまいたいところです。ここでは2つの側面があるとだけ答えておきます。影響の重大さと頻度です。件数が多い、金額が多い、重大事象につながるものは重要ということです。結果が重大になりそうなことは重要と考えるのがよいでしょう。頻度が高いことが重要というのは、よく起こる可能性があるということは重要性の一つの側面だということです。

4.4 妥当な目標レベル

目的の妥当性に関連して、目標をどう設定すべきかについて考えてみます。様々な管理活動において「目標」を設定します。実績がその目標とどのような関係にあるかによって、表彰されたり、ボーナスが決まったりします。すると、賢い人は、短期的に効果が把握できて、効果が自分の成果であるように見える、十分に達成可能な目標を設定します。このような人ばかりだと、組織全体としては間もなくジリ貧に陥ります。

妥当なレベルの目標を設定することは、実はとても難しいことです。第一に考えるべきことは、その目的・目標の上位の目的のニーズ・要求のレベルです。目的・目標といえども、それが最終的な究極の目的ということはなく、上位の何かを達成するためにその目的・目標を設定しているはずで、その上位のニーズを満たすためにどれほどのレベルでなければならないかを考察し決めるということです。

同時に達成可能性も考慮しなければ現実的ではありません。逆立ちをしても鼻血も出ないほどの高い目標であっては、目標達成のための努力をする気持ちになれません。想定される目的達成手段の有効性や、必要リソース、実現可能性、現実性などを考慮して、挑戦的目標を設定するにしても、現実的な背伸びをして達成できるレベルを考えるべきと思います。

問題

[1] ISO 9001の有効活用に関して、「目的達成のためにどうすればよいか分かっていることを規定してその通り実施することを主眼とするISO 9001は、技術が確立している分野では有効だが、そうでもない分野ではそれほどの効果を期待できない」という表現について、「技術とマネジメント」の相補性という視点で解説をしてみて下さい。

[2] 管理の基本概念は理解できましたか。ご自身の業務について、目的は何か、どのような効率が求められているか、それらのなかで重要なものは何か、目的を達成する手段・方法は明確か、また妥当か、というように自問自答してみて下さい。

[3] あなたの業務に関連する「目標」について、それらが妥当なものであるかどうか、考察してみて下さい。