連載記事 飯塚悦功
第8回 事実に基づく管理

1. 科学的管理

マネジメントの原則についての次の話題として「事実に基づく管理」を取り上げます。私が初めてこの話を聞いた時、「ファクトコントロール(Fact Control)」と教わりました。この「英語」はきっと英語国民には通じないでしょう。「Management by Facts(事実による管理)」とか、「Factual Approach(事実に基づく方法)」とか言うべきと思います。

表現はともかくとして、要するに、管理は「科学的」でなければならないというのが主旨です。「品質管理は科学的管理である」とか、「管理は科学的でなければならない」と言われますが、「科学的」ということで何を強調しているのでしょうか。

読者諸賢のなかにはこんな問いかけがお好きな方がいらっしゃるかもしれません。「科学の本質は再現可能性だ」と言う人もいます。「再現可能性」とは、同じような状況で、同じような因果メカニズムが働けば、同じような現象が生じるという性質のことです。森羅万象の理解や、物事に対する取組みにおいて、この考え方を重視し適用する方法論です。因果関係の理解、これと同根ですが目的・手段関係の理解を基礎として、諸々の自然科学や社会科学的な現象を理解し、また行動にあたろうというような方法論です。でも、きちんと論ずるのは難しそうです。ここでは、「論理」という用語に様々な意味を曖昧に取り込んでおいて、とりあえず、科学的とは「事実と論理を重んずる思考・行動様式」という程度の意味だと考えておきたいと思います。

品質管理が科学的管理であるなら、品質管理において事実を重視することは当然のことです。ところが、世の中にはいろいろな方がいらっしゃいます。事実の重要性が分からなかったり、分かりたくなかったり、頭では分かっているつもりなのに無意識のうちに事実を無視したりと、いろいろです。そんな事例の紹介から始めます。

2. ペーバーQC

ずいぶん前にこんなことがありました。名付けて「ペーパーQC」です。ある会社の品質管理課長が、「わが社では、設計、生産技術、生産が品質部門の音頭取りで、団結して品質改善に取り組んでいます。普通の会社では、設計・技術部門と生産・生産技術部門の仲が悪くうまくいかないのですが」と自慢していました。

技術部門には数多くの敵がいます。営業は技術に「売れるものを設計しろ」と言いますが、技術は「売れないものを売るのが営業だ。黙って売れるものならオレでも売ってやる」なんて言い返します。笑ってしまいます。これは技術の「技あり」でしょうか。

生産技術や工場は「もっと作りやすい設計にしてくれ。工程不良率が低下しないのは設計に原因がある」なんて言います。技術は「何を言うか。良品率は95%だ。ほとんど良品なんだから製造工程に問題がある」なんて言い返します。でも工程不良率5%とは、いくら何でも設計に問題があると言うべきでしょう。

似たような話は他でもよく聞きますから、この会社の自慢が本当なら素晴らしいことです。それで「どんなふうにしているのですか」とお聞きしました。すると、「生産工程で発生する不具合を、生産、生産技術、設計、品質保証部門の協力によって低減する活動を行っています」と鼻高々です。

「どんなふうにやっているのですか?」
「毎週1回、会議を開いています」

熱心なことです。頻度が多いというは、一般的には良いことの方が多いですが、ときにはそうでないことがありますので、ちょっと確認してみました。

「それで不良は減りましたか?」

返事がありません。こうした努力をしているにもかかわらず、不良は減っていないのです。私はピンときました。懸念が当たっているかもしれません。

「その会議は何時間で?」
「まあ30分くらいです」

これはあり得ません。毎週1回30分の会議です。ちょこちょこと会って、さっと状況を把握しておしまい、ということの連続でこの三者が雁首を揃えて検討すべきことが本当に検討できるでしょうか。対応すべき処置の広さや深さを考えたら、事前にきちんと分析しておかない限り、こんな短時間でコトが明らかになるわけはありません。

それで、会議の記録を見せてもらいました。表が出てきました。そこには驚くべきことが書いてありました。例えば、「○○不良:××件、原因:作業ミス、対策:落ちつかせる」「△△不良:××件、原因:検査ミス、対策:ミスをなくす」などです。

「作業ミス→落ち着かせる」、「検査ミス→ミスをなくす」です。笑ってしまいます。こんな人を食ったような対策案で済ませていたのです。半ば呆れながら「原因を調べて明らかにするのにどのくらい時間がかかりますか?」と聞いてみました。すると「原因は明らかです。時間はかかりません」と来ました。それで……、「ペーパーQC」です。

3. むかし良い仕事をした技術部長

こんなことも経験しました。ある工場で品質改善のための議論をしたときのことです。その場に技術部長が同席していて「邪魔」をするのです。製造のスタッフがスマートとは言えない鈍重な方法で泥臭い分析を重ね、不良発生の想定メカニズムをいくつか挙げて、そのどれが正しそうか、明らかになっている事実から検証しようと、迷走気味に議論していました。そうしたら、人をバカにしたように、「その不良のメカニズムは分かっています」と蕩々と説明を始めたのです。

確かにその技術部長が説明するメカニズムでもその不良現象は起きます。しかし、現実は違います。その部長がいうメカニズムのうち、物理的・化学的なミクロなメカニズムは合っています。というか、他にはあり得ず、物理、化学の基礎的な素養さえあれば、素人の私でも分かります。分析に関わっている者にとって、そんな説明は聞くまでもありません。問題は、その物理・化学メカニズムが、その製造プロセスの、その製造設備、製造方法、製造環境で、どのように実現してしまうのか、その不良発生メカニズムを解明しようとしているのです。

その意味では、その不良の原因は山ほどあります。そのうちの代表的なメカニズムを理路整然と説明してくれたのです。でも、得られている事実・データからは、いま問題にしている不良はそんな因果構造では起きていない、と推測できるのです。

それにもかかわらず、偉そうにトンチンカンな対応策を提案します。私は「そんなに明解に説明できる不良が、製造の現場ではなぜ防止できないのか?」と慇懃にお尋ねしました。分かっているつもりでも、自分の見逃している真実があるかもしれないという、事実・真実に対する謙虚さが足りません。まさに間違った意味での「頭でっかち」と思いました。

私は自分のダメな面を見るようでいやでした。「先生というものは、自分で出来ないから仕方なく教えている。自分でできたら大成功をしているはず。フツウの学識経験者とか批評家のコアの部分とはそんなものだ」と自省しているのに、「この人は……」と嫌悪感を味わいました。

技術部長のなかには、20年前に技術的にとても良い仕事をして、それで偉くなった人がいます。技術の進歩に追従していく若さ、謙虚さ、センスの良さがないと、昔の威光で管理しようとします。ここに落とし穴があります。起きている事実にもっと謙虚であればよいだけのことなのです。そうすれば、独善に陥って誤った判断をすることもありません。

4. KKDを生かせ

でも一方では、いわゆるベテランの方々の「カン」は貴重です。そういう方々のなかには、ちょっとしたことだけから、実に的確にメカニズムを推定、想定します。こういうことと、事実に基づく管理の関係をどう考えればよいのでしょうか。

品質管理の言い分はこうです。「事実に基づく管理は、KKDのみに頼る管理に警告を発してはいるが、否定はしていない」と来るのです。「KKD」というのは品質管理村のひどい方言で、「Keiken:経験、Kan:勘、Dokyo:度胸」の頭文字を並べたものです。事実に基づく管理を説明するのに、「KKDだけに頼らず、調べれば分かることは事実を調べよ」なんて言ってきました。

ここで「KKDだけに頼らず」というところが重要で、事実に基づく管理においては、むしろKKDを活用することを勧めています。でも、経験→勘→度胸と行くに従い、偉い人にしか適用する権利がなくなるような気もします。抽象化・一般化能力があれば「経験」によって貴重な再利用可能な有用な構造化知識が得られるでしょう。「勘」も、明確には説明できないながらも高度な抽象化能力によって正解を言い当てる能力と関連していると思います。「度胸」にもそのような側面がないわけではないでしょうが、根拠なく「エイ、ヤーッ」と決めている感じで、責任を取れるエライ人でないと使ってはいけないように思います。

問題の原因を追及するときには、分かっている事実から、何が原因でありそうかを経験や勘に基づいて考えるのが普通です。ベテランや勘の良い人はこのとき実に鋭い指摘をします。でも、これらはあくまでも仮説です。必要に応じて検証しなければなりません。「そう思う」ことと「そうである」ことが異なるかもしれないからです。

この検証をどの程度きちんと行うかは難しいところです。人によっては、事実とデータで明確に裏付けられていなければならない、なんて仰います。とくにSQC(統計的品質管理)の権化は、統計手法を駆使してデータを分析して検証しなければいけないと言います。私も、もとはと言えば統計の専門家ですが、それよりずっといい加減です。「分かっている事実とデータから、問題発生の因果メカニズムをいくつか想定し、これと思う対応策をとってみよう。忙しい世の中だから2回まではこれで行こう。もし外れていたら、真剣に新たな調査・実験をして、きちんとデータ解析をしよう」なんて言っています。「いい加減」ではあるのですが、アクセントを最初に置いて「良い加減」になると嬉しく思います。

ここで重要なのは因果メカニズムの想定ということです。エルキュール・ポアロ流に言えば「灰色の脳細胞を働かせる」ことです。判明している事実・データからの推論に矛盾しない、その現象が起きるに至る因果メカニズムを想定するということです。うまく説明できないとか、可能性が多すぎるときには、調査・実験をします。

すると上述の技術部長については、長年の蓄積によるKKDは大いに誇るべきものではあるものの、事実を調べなかったり事実を無視して、およそ現実とはかけ離れたメカニズムを想定してはいけないということになります。

同じ趣旨で「3現主義」という原則もあります。「3現」とは「現場」「現物」「現実」という3つの「現」です。何か問題が起きたら、現場に行って、現物で、現実的に取り組めという教えです。

「事実に基づく管理」とは、ときにはバカ正直に事実に忠実でなければいけないし、ときには限られた情報だけからの論理的思考によってもっともらしいメカニズムを想定しなければならないということです。これは科学研究のアプローチと全く変わりません。重要なことは、想定メカニズムは貴重な考察だが「仮説」に過ぎないということと、この仮説を絞り込むには、他にはあり得ないという「論理」や新たな「事実」が必要だということを明確に認識しているという思考・行動様式です。

5. GIGO

管理における科学性の観点から事実に基づく管理が重要であるとしても、「何が事実と言えるのか?」という根源的な疑問がわいてきます。

統計的データ解析の世界では、「GIGO(Garbage In、 Garbage Out;ゴミを入れればゴミが出る)」という表現で、データの質の確保の重要性を強調しています。どんなに良い統計手法を使っても、解析対象となるデータの質が悪ければ、ロクな解析結果しか得られないというわけです。いくら道具が良くても素材・中身がダメなら……、ということです。

統計解析という方法論は、一部の情報からその背後にある全体(「母集団」と言います。なぜ「母」なのでしょう。「父」は頼りにならないということなのでしょう、きっと)を推測する科学的方法です。いま得られているデータという断片的な事実群は、果たして解析対象を代表するようなもの(「ランダムサンプル」、「無作為標本」)なのでしょうか。意図せず偏ってしまったとか、意図的に偏らせるとかすれば、結論は捻じ曲がります。例えば、アンケート調査をするとき、昼間に電話をすれば、相手をランダムに選んだとしても、昼に在宅の人の意向しか調査できません。

統計では、このような問題を「サンプリング誤差」と言います。測定・観察する対象が、解析対象の性質を適正に反映するように選ばれているかという問題意識です。誤差とは、要するに、観測値と真値の差です。最も分かりやすい誤差は「測定誤差」、すなわちある一つの測定対象についての測定値とその真値との相違でしょう。同じものを何回か測ったとき同じ値が得られるとは限らない、という誤差です。「サンプリング誤差」は、母集団の姿を知るのに適した対象を測定しているかという観点での誤差ですので、解析対象についての知りたい特性・特徴としての「真値」と、現実に測定した値を通して知ることができる特性の差を問題にしていることになります。

例えば、血圧を測定するとして、まずは心身のある状態での血圧がどれほど正確に測定できているかが気になります。測定にあたっての注意として、測定中に動いてはいけないとか、測定前には息を整えるようにとか言われますが、これらは自身の身体の状態をある想定した状態にしてサンプリング誤差を最小化しようとしていると解釈できます。また、血圧は起床時に高くなりますので、適切な時間帯に測定しないと大きなサンプリング誤差が入り込むことになります。

6. データの質のいろいろ

そのほかにも、実験や調査の場の管理が適切でなく、要因として取り上げた因子以外による変動要因が入ってしまう可能性があるかもしれず、注意しなければなりません。例えば、温度が効いているとき、温度管理が不十分で徐々に温度が上昇し、温度とともに変化した因子による効果と誤解してしまうかもしれません。

データの欠測値にも注意が必要です。実験・調査の失敗によって得られなかっただけなのか、現象や形態が異なり観測しようとしているデータが得られていないのか、何らかのミスでデータを喪失してしまったのか、意図的にデータを隠匿し喪失したと言っているのか、等々いろいろあり得ます。「無い」という事象にどのような事実が隠されているか、様々です。

無くならないまでも、それが正しくないこともあります。転記ミスなどの単純な「ミス」で事実と異なってしまったり、意図的な「改竄(ざん)」により事実が捻じ曲げられることもあります。

したがって、得られたデータに対しては、その質を慎重に吟味する必要があります。例えば、外れ値(他の多くとは異なる極端な値)が、極端な値だが正しいのか、それとも異常値なのか確認すべきです。

また、観察・測定対象について、どのような特性・特徴を測定するかも重要です。「取り上げていない特性」については、当然のことながらほとんど何も言えません。本当に知りたいことを端的に反映している特性を選定すべきです。重回帰分析によって変動要因解析をするとき、説明変数として何を取り上げるべきか十分な技術的考察が必要です。よく分からないので手がかりをつかむため、使えるデータをすべて使って変数選択などを試みることもあります。これはこれで十分意味のあることなのですが、最初から含まれた変数については、たとえその寄与が大きくても解析結果には直接には反映されません。技術的考察により、重要と思える特性、変数については、間接的でもよく、取り入れるようにすべきです。

取り上げる特性のみにならず、そのデータの変動幅にも注意が必要です。関係の解析において、どのように重大な説明変数であっても、それが変動していなければ、統計解析においては有意とはなりません。統計的データ解析では「変動していなければ何も分からない」ことに注意しなければなりません。逆に、寄与が小さくでも、大きく変動していれば寄与があると判断されます。現実的な変動幅になっていることにも留意したいものです。

さらに、観察・測定結果の解釈にあたっては、取り上げた特性の「名称・ラベル」にとらわれないように注意すべきです。その名称に引きずられて、意図せず事実を捻じ曲げてしまったり、あるいは意図的に誤った結論に誘導するために、もっともらしい特性名がつけられていることもあります。例えば、「炉内温度」というデータが、炉内のどの部分のどのような状況を表す温度であるかも確かめずに、「○○特性には炉内温度が効いている」なんて解釈しても、実は炉壁のある部分の温度であって炉壁表面への付着物の量を反映していたりすることもあります。

7. それが事実のすべてか

科学的方法と目されている統計的データ解析において、まごうかたなき事実と考えがちな数値データにも、いろいろな落とし穴があり、注意が必要です。数値データに限定せずに、広く「事実」というものにも同様の注意が必要です。私たちが事実と思っていることでも、それが事実でないかもしれないことにも注意しなければなりません。

上述したように、事実、データに誤りがあるかもしれませんし、知っておくべき事実のすべてが分かっていないこともあり得ます。事実が把握できたと思っても、それに誤った解釈をしてしまうこともあります。はたまた、ときにはウソの報告があるかもしれません。「データを見たらウソと思え」なんていうひどい格言もあります。とくに数値にしてしまうとあたかも紛れもない正確な事実であるかのように思ってしまう好人物が大勢いますので注意が必要です。

あまり悲観的なことを言ってはいけないのですが、ことほど左様に、事実とデータに基づいているように見えても、この世には偽善・欺瞞が満ちている可能性があるということです。

そこまでいかなくても、そもそも必要な事実、データ、情報がないということもあり得ます。獲得しておくべき事実のすべてが分かっていないこともあります。品質マネジメントでのその代表が「潜在クレーム」と言えます。顧客志向の経営を心掛け、苦情・クレームに真摯に向き合おうとしても、受け取った苦情・クレーム以外に、いろいろな理由で、それが表面化していないことがあり、注意しないと市場、顧客の反応を読み誤ります。

確かに、安価な商品であると、不満を感じても、「もう二度と買うもんか!」と固い決意はするし、親しい友人に「あれはやめておけ」とアドバイスはしますが、上品な紳士淑女であるあなたはクレームをつけないでしょう。苦情・クレームがほとんどないのに、着実に売り上げダウン、シェアダウンしてしまい、その理由が分からず悩んでいる会社は少なくありません。お客様からの苦情がないということがすなわち、本当に苦情・不満が存在しないとは限らないということです。お客様が何も不満を訴えていないだけで、いずれその不満がお客様の減少、リピートオーダーの減少として顕在化することになるかもしれません。

組織運営においては、報告されてくることだけが真の姿の全貌を語っているかということに注意する必要があります。自分の非や、都合の悪いことを報告しないというのは、人間としては自然な行動かもしれませんが、的確な組織運営の観点からは大きな障害です。コマツのV字回復を成し遂げた坂根氏は、社長に就任して間もなく「バッドニュースを持ってこい。今のうちなら責任を問わない。いわば徳政令だ。だが、ある時期を過ぎたら……」とやって、会社の体質的弱点を強化しようとして、一気に会社の「空気」を変えることに成功しました。「経営の見える化」への第一歩でした。

問題

[1] 事実の重要性を再認識した経験を思い起こして下さい。その事実を知らずに行動していたらどのようなことになったか、その時点より前に知ることができたらどの程度の適切な行動をとれたか考察してみて下さい。

[2] KKD(経験、勘、度胸)を活用するということの意味を、あなたの担当業務における意思決定を例にして考察してみて下さい。

[3] あなたがこれまでに見たデータのうちで信じられないものにどのようなものがあったか思い起こして下さい。なぜそのようなデータが生まれたか、その背景要因について考察してみて下さい。

[4] 最低限必要な情報のすべてを知らずに何らかの適切でない判断をした経験を思い起こして下さい。その誤りの誘因がどこにあったか考察してみて下さい。