連載記事 飯塚悦功
第11回 標準化

1. 標準・標準化の深遠なる意味を知る

マネジメントの原則の一つ「プロセス管理」に関して、2ヵ月もかけて、少しばかり長々と考察しました。要は、管理/マネジメントの主意である目的達成のために、その要因系に注目し、望ましい結果が得られるようなプロセス条件に従って行動するのが賢い、ということでした。そのプロセス条件は繰り返し利用しますので標準化しておくのが得策です。ということで、次は「標準化」について考えてみます。

全体をサクッと語ってしまえば、こんな感じです。標準化は、関係者の間での便益の共有を目的とする統一です。標準化は、単なる画一化ではありません。目的達成のための実施計画であり、経験・知識の再利用、省思考、ベストプラクティスの共有の手段であり、技術基盤、改善の基盤、独創性の基盤でもあります。国レベルの標準化は、安全・安心社会実現および国力・産業競争力の向上に多大な貢献をします。国際標準化においては、多国間での共通ルールの設定が及ぼす影響の考察が重要です。

「標準」や「標準化」という用語から何を思い浮かべますか。不条理な規制、ルール絶対主義の石頭、マニュアル人間、柔軟性のかけらもない画一化、独創性の敵、多様性の無視などでしょうか。これらはいずれも、標準や標準化のある側面を物語っています。でも、多くの場合、標準や標準化の深遠なる意味を理解したうえで、こうしたことを思い浮かべたわけではないと思います。標準が、「知識の再利用手段」であるとか、「独創性の基盤」などと言われても、その意味が分からないかもしれませんし、何となく分かったような気にはなっても、にわかには信じ難いことでしょう。

とまあこんな次第で、今月は、管理・マネジメント一般では常識である標準や標準化が、目的達成において広く通用する重要な概念であり方法論であることを再確認したいと思います。ISO 9001やISO 14001を通して標準化や認証について普通の人よりは近いところで仕事をしてきた方々を含め、多くの方々にとって、これまであまり考えたことのない視点から物事を見ることによって、標準や標準化に関して何となくもやもやしていた霧が晴れ、一気に視界が開けることを期待します。

2. 標準・標準化とは何か

2.1 標準=統一

「標準化」とは「標準を設定し、これを活用する組織的行為」と定義されます。また「標準」の一つの意味として「関係する人々の間で利益または利便が公正に得られるように統一・単純化を図る目的で、物体、性能、能力、配置、状態、動作、手順、方法、手続、責任、義務、権限、考え方、概念などについて定めた取り決め」と定義できます。

この定義から、標準化の目的は「統一・単純化」にあることが分かります。統一することによって「互換性」が確保され、ネジ、プラグ、電球のようにどこでも使えるようになります。用語、記号、言語を決めることによって、説明なしで通じて「コミュニケーション」が図れます。特別の説明を要することなく、知識、情報、価値観を「共有」することができます。

私たちは日常ほとんど意識することなく、標準化の機能のひとつである「統一」の恩恵を受けています。子供のころ「人は右、車は左」と教わりました。道路を渡るときは「まず右を見て、次に左を見て」と教えられました。これで、日本にいる限りは大過なく暮らせます。

海外旅行をして、車が右側を走る場面に遭遇し、世界中同じならよいのにと思ったことはありませんか。私は、その昔アメリカで車を借りたとき、真っ直ぐ走っている間はよかったのですが、曲がったときに反対車線に入ってヒヤリとしたことがあります。何と、向こうから車が敢然とこちらに向かって来るではありませんか。また、大きな道路に出るときに、まず左を見なければいけないのに、右を見て「よし!」と思って出ようとしたら、左から車が来て、ドキッとしたこともあります。習慣は恐ろしい! 車の運転で注意しなければいけないのは帰国したときも同じです。大英帝国連邦の国々からならよいのですが、多くの場合、意識して頭を切り換えないとアブナイ、アブナイ。幸いなことに、信号の「青は進め、赤は止まれ」は世界共通です。国によって異なると、きっと事故が急増することでしょう。

電源プラグで困ったことはありませんか。電気製品を使うとき、電圧とプラグの形状を気にしなければならないのは、世界的に統一ができていないからです。それでも数種類に限られているし、多様性に対応する技術的工夫により何とか克服しています。限定的ではありますが、ある程度の統一が実現されているおかげです。

「単純化」によって、大量生産、効率向上、原価低減、品質向上が可能となります。単純ですから大量に作れますし、単純だから効率が上がり、単純だから安くなるし、単純だから品質が良くなる、というわけです。一般にこのようにして、標準化によって、質と効率の向上が図れます。

2.2 標準化、大嫌い!

物事にはさまざまな面があります。標準化もまた同じです。標準化とは、結局のところ統一ですから、窮屈な規制・ルールがあり、自由が束縛され、ルール絶対主義の石頭が闊歩し、決まりきったことしかできない無能集団ができあがるに違いありません。自由な発想が阻害され、その結果として独創性が阻害され、画一的なものの見方が広まり、多様性に対応できなくなり、ものを考えないマニュアル人間が増加することも懸念されます。

ある方がわめいていました。さる国際会議のWGでの検討が長引き、まだ少し作業をしなければならないので、休憩と腹ごなしのために、近くのマクドナルドに買いに行きました。「マック20個!」と言ったら、お店の人に「ここでお召し上がりになりますか、お持ち帰りになりますか?」と聞かれたのだそうです。「腹が減っていることもあったけど、頭に来た。一人で20個も食える訳ないじゃないか。だからマニュアル人間は嫌いなんだ!」と。

「そもそも進歩というものは、ルール破りから始まるんだ」とうそぶいている大人物もいらっしゃいます。こういうことを考えても、標準化が手放しで良いこととは思えません。強い口調での、こうした疑問・反論が聞こえてきます。でも実は、これは浅はかな考えなのです。

3. 標準・標準化の意義

3.1 標準=目的達成のための実施計画

「標準化は管理の手段であり、標準とは目的達成のための実施計画である」ということができます。「えっ、どういう意味ですか?」 抵抗なく頭に入ってくる表現とは言えません……。

きっとどこかで聞いたことのある「管理」や「マネジメント」、そして「PDCAサイクル」のことを思い出して下さい。管理とは「締め付け」ではなく「目的を継続的に効率的に達成するためのすべての活動」をいいます。効果的な管理のためには、計画(Plan)を立て、実行(Do)し、確認(Check)を行い、処置(Act)をとるという4つの機能が必要であり、これを「PDCA のサイクルを回す」といいます。

Plan(計画)においては、基本的に2つのことが行われます。

P1 目的を決める
 ・ 目的を明確にする
 ・ 管理項目(管理指標)を決める
 ・ 目標(管理水準)を決める
P2 目的達成手段を定める
 ・ 実施項目、実施手順・方法(作業標準)を定める

まず、管理の目的を明確にします。次に目的達成の程度を計る尺度を決めます。さらにその管理項目に関して到達したいレベル(管理水準、目標)を定めます。次に、P2の目的達成手段(実施項目、実施手順・方法)を決めます。計画とは、そのとおりに実施して自然に目的が達成できるようなものをいうからです。

Plan(計画)に引き続き、Do(実施)において、計画で定められた実行手順どおりに実施します。Check(確認)において、目標を達成しているかどうか確認します。Act(処置)において、目標との乖離に対する処置をとります。不具合現象そのものの除去とともに、二度とそのような問題が起きないように原因を除去することも必要です。それは、おもに計画における実現手段、実施手順が不適切だから問題が起きたと考えているからです。

計画(Plan)のうちの「P2 目的達成手段を定める」という機能は、例えば作業標準、マニュアル、ガイドラインを定めることです。その意味で、標準とは、ある目的を達成するための実現手段の実施計画にほかなりません。私たちは何かしようとするときに「どのようにしてこれを実現しようか」と考えます。この思考の結果を「計画」といいます。ある業務の実施にかかわる標準とは、この業務をうまく進めるための計画の内容そのものにほかなりません。

3.2 標準化=知識の再利用

「標準とは目的達成のための実施計画である」と申し上げました。ある業務を実施するために手順書、マニュアルを作る理由は、その業務が「繰り返し」行われるからです。その業務を実施するたびに、「どのようにして実施すればよいだろうか」と目的達成のための手段・方法を考えてもかまいません。しかし、同じような業務を行うのなら、毎回どうしたらよいかと計画し直すことなく、いつもの通りに実施したらよいはずです。標準化とは、その意味で「計画の簡略化」(正確には「目的達成手段策定の簡略化」)ということができます。

例えば、いまの職場での勤務が始まったころのことを思い起こしてみて下さい。通勤のために何時ごろ家を出て、どの経路で通うのがよいか少しは考えたことでしょう。通勤時間帯によって、経路を変えるとか、ひと駅戻り始発駅まで行って乗るという方法を考えるとか、何両目のどの辺で乗るのが好都合とか、いろいろ工夫をしてきたかもしれません。帰宅するときにも、移動時刻によって手段を工夫していると思います。しかし、何度かの試行錯誤によって、いまでは眠いとか疲れていて頭がボーッとしていても、とくに考えることなく最適な手段で通勤をしているのではないでしょうか。これは、ある時刻に目的地に着くという目的を達成するための、通勤方法という手段について、繰り返し適用できるように標準化しているからと考えることができます。

標準と呼ばれるものには、2つのタイプ があります。第一の標準は「決めなければならない標準」です。その目的は「統一による混乱の回避」です。例えば、上述した右側通行・左側通行の例は、原理的にはどちらでもよいと思いますが(いや実は、人間は完全な対称ではありませんので、どちらかが優れているのかもしれませんが)、とにかくどちらかに決めておく必要があります。さもないと正面衝突が頻発することになるでしょう。そういえば、沖縄は返還にあたりこの変更を行ったわけで、大変なことだっただろうと思います。

第二の標準は「決めたほうが良い標準」です。このタイプの標準が、いまここで考察してみたい標準です。この種の標準は、経験の活用、計画の簡略化のための標準と言い換えてもよいと思います。「決めたほうが良い」とは、そのとおりに実施すると効果的・効率的という意味です。すなわち、この意味の標準とは、教科書でも、雑誌でも、仲間の経験でも、自分の経験でも、とにかく何らかの形で、「すでに経験して良いということが分かっているモノや方法」という意味です。良いモノだからまた使う、良い方法だから今度もその方法で行う、という訳です。繰り返しがありますので、最適を求めてそのたびに思案投げ首で悩むことなく、標準的なモノを使い、標準的な方法に従うのです。

このような標準の活用は、「知識の再利用」、「経験の有効活用」、「省思考」といえます。ここで省思考とは、考えることを省く、すなわち、考えなくてもよいことを考えないという意味です。IBMがそう言ったと聞きました。“Save thinking!”(考えることを省け!)です。でも一方で、IBMは“Think!”(考えよ!)と言います。これは矛盾しているように思えますが、そうではありません。考えなくてもよいこと、すなわち、どうすればよいか分かっていることは考えるな、考えるべきことを考えよ、ということです。

経験をして良い結果が得られることが分かっていることを標準に定め、それに従うから、当然のことながら良い結果が得られます。本や経験から得られた知識を繰り返し使うために標準を定めておきます。目的を達成する手段を考えることを省くために標準を定めておくのです。標準化は、断じて、浅はかな画一化などではありません。統一するには理由があります。標準化の極意は、現時点で最適と思われるモノや方法の採用にあり、実施のための計画立案における省思考にこそあるのです。

標準化の目的は良いこと、正しいことの適用です。誰かが経験をして、正しく良いことがすでに分かっているモノや方法を適用することにより、質と効率の同時達成を図ること、これが標準化のねらいです。その意味で、標準化とは「ベストプラクティスの共有」のための手段とも言えます。

3.3 標準=技術基盤

先端技術分野の研究者・技術者・管理者、高度な資格を有する専門家、それに大学の先生は、一般に、標準や標準化がお好きではない、いや価値を認めていないように見えます。標準化などしたら自分の存在意義がなくなり、自分の地位を脅かすとお考えの方もいらっしゃるようです。でも、その考え方は正しくありません。一流の人間は「型」を尊重します。定石を無視せず、これを踏まえて超越します。まさに「守・破・離」です。

連載第6回(マネジメントの意義)において、「技術とマネジメント」の関係に触れました。そこでは、品質の良い製品・サービスの効率的な提供に必要な条件として、「技術」、「マネジメント」、「ひと」、「文化」の4つを挙げました。

第一に、質と効率を確保するために必要な「技術」や「知識」が必要です。第二に、それら技術・知識を業務手順のなかに埋め込んで、現実にそうした技術・知識が生かされるようにしなければなりません。実施方法を手順化したり、責任・権限を明確にしたりして、仕組みを構築し、仕掛けを作っていくことが必要です。第三に、そうして決めた仕組み通りに実施できる「ひと」を鍛えておかねばなりません。技術が確立し手順化してあっても、技能の点で劣る人がいるし、必要な知識を持ち合わせていない人がいるし、やる気のない人がいたら、質も効率も確保できません。第四に、こうした組織運営の基盤となる、組織文化・風土・価値観もまた必要です。

さて、ここに挙げた4つの項目のうち「技術」は、標準化の対象となる、質の良い製品・サービスを生む、あるいは質の良い業務を行うために必要な、目的達成のための再現可能な方法論を意味します。そして、「マネジメント」において技術的根拠のある方法が標準化されます。この意味で、標準とは、質と効率を確保するために必要な、組織が共有すべき技術・知識基盤の、可視化・構造化・最適化された技術・知識コンテンツと言えます。

3.4 標準化=改善の基盤

質や効率への取り組みにおいて「改善」は重要です。欧米との対比における日本の品質管理の特徴であり、日本製品の品質向上に大きな貢献をしました。その基本思想は、私たちが基盤にしている技術も管理(マネジメント)も完全ということはなく、常に上をめざしていくべきと考えるところにあります。その改善を進めるときに何が重要でしょうか。改善意欲、改善手法、問題解決法、組織的運営などいろいろ考えられます。どれも重要です。どれも重要なのですが、それでも改善の基盤が標準化にあることを忘れてはなりません。

ところで改めて、「改善」とは何でしょうか。悪い点を直すことでしょうか。確かにそうなのですが、何か足りません。改善においては、悪い現象そのものよりもその原因系に目を向け、これを改善しようとします。原因系に目を向けるとは、具体的には何に注目することなのでしょうか。それは、現状の方法、材料、機器、装置、ひとの能力などです。改善しようとするとき、現状が満足すべき状況にない原因を、これらの要素の計画や基準に求め、計画・基準、すなわち標準の改訂によってマネジメントシステムの改善を図ろうとすること、これが改善の基本的な考え方であり、方法でもあるのです。

改善とは、思いつきによる変更の連続ではありません。現状の不備を明確にして、その不備を論理的・体系的に修正することです。このような修正が正しくできるためには、現状がどのように実施されているのか明確になっていなければなりません。いつも異なった方法で実施していると、現状が一定ではないし、また現状を記述できません。改善の出発点が明確に記述できないということです。改善(=変化、変更)と標準(=一定、規則)は相容れないように思うかもしれませんが、基礎がしっかりしていて、そしてスタートラインが明確であって初めて飛躍が可能となります。

PDCAのDo(実施)において、標準で定められた手順どおりに実施してもうまくいかないとき、自分で手順を変えて良い結果を出すことは良いことか、という問題提起について考えてみるとよいと思います。実はこの問いに対しては、この連載の第7回で、電気製品の組立ラインの調整不良の例を挙げて考えてみました。ルールを守ることが原則で、ルール・手順の不備に気がついたら申し出て組織的に修正すべきです。ルール・手順に、組織の知恵を標準(良い、正しいモノ、方法)として蓄積し、改善において、その組織の知恵の実体である標準を変更し組織として成長すべきです。標準とはそのような「成長の基盤」なのです。

3.5 標準化=独創性の基盤

標準化は、改善の基礎のみならず、独創性の基盤でもあります。「まさか…?」と思われるかもしれません。標準化に関する誤解に基づく非難は、この点に集中するのですから、まさかと思うのは当然です。独創性には何が必要でしょうか。意外なところに重要な視点があるのです。

質の高い効率的な仕事をするための秘訣をご存じですか。新しいこと、難しいこと、重要なことに、リソース(人、時間、カネ)をつぎ込むことです。分かっていること、やさしいことに多大な時間を使うのは賢くありません。どうすれば良いか分かっていることについては、考えない(省思考)で良いものを適用するのが賢い方法です。つまり標準化されたモノや方法と知識を使うのです。

標準化は独創性の芽を摘むという指摘がありますが、それは誤解です。良い結果を生むモノや方法を標準化しておいて、改めて計画する必要性を減らし、その分を独創的な仕事に振り向けるべきです。上述したように、IBMに“Save thinking!”(考えることを省け)という教えがあるようだと紹介しました。「考えるな」という意味ではありません。「独創的であるためには、考えずに済むことは考えるな。その分、考えなければならないことをとことん突きつめて考えろ」という教えです。どうすればよいかほぼ分かっていることに、ご自身発案のくだらない工夫を加えて、回りの者を混乱に陥れ、組織全体の仕事の質と効率を落とすことは避けたい……、と心から思います。

4. 標準化阻害因子とその対応

ここまで、標準や標準化の意味と意義を考察してきました。それでも、標準化を阻害するさまざまな要因が相変わらず存在し続けることでしょう。いくつかの典型とその対応策について考察しておきます。

4.1 技術未成熟

阻害要因の第一として「技術未成熟」を挙げておきます。目的達成のための再現可能な方法論・手段としての技術的根拠がまだまだ不明確で、それでよいかどうかよく分からないということです。加えて、そのために関係者の間でいまだ合意が形成されておらず、標準化できないという意味です。

これは、第一に、標準化すべき知識コンテンツそのものが不十分ということ、第二に、それらの知識コンテンツが存在しても、適度に一般化・抽象化され、再利用可能な知識として構造的に可視化されていないこと、第三に、構造化知識が存在しても、その妥当性について然るべき関係者の間で合意が得られていないことを意味します。

標準化=技術基盤という性格を考慮すれば、標準化ができないのは理の当然であって、仕方のないことです。コアになる技術がなければ標準化はできません。技術の確立をめざして、研究・開発、抽象化・一般化、構造化、合意形成を進めていくしかありません。

4.2 多様性

第二に「多様性」を挙げます。いろいろあって標準化できない、標準化してしまったら、多様性に対応できない、というごもっともな論です。

私は、この20年近く、医療の質・安全に関わってきました。医療分野には、「患者の多様性に応じて適切な介入をすべき医療において標準化はそもそもそぐわない」というもっともらしい、しかし実は賢いとはいえない論が根強く残っています。

10年以上前に、興味深い経験をしました。それは、とても賢いお医者様との楽しい「激論」でした。その方は知識豊富、即座の最適解探索、即断・即決の優れた方でした。同時に、いわゆる技術重視・マネジメント軽視論者でした。「そんなものがあっても良い医療はできない」というのです。「患者はいろいろで、診断から治療方針決定の思考プロセスをいちいち語ることなどできない。ケース・バイ・ケースだ」とおっしゃるのです。

「それじゃあ先生、患者がゴマンといたら、治療方針は5万通りですか」
「ダジャレですか」
「スミマセン。で、5万1人目の患者をどう診るのですか」
「それは過去の経験から……」
「先生、引っかかりました。先生は、症状から本質的特徴を抽出して、パターン分類をしています」
「そんなことは当然です。医療は科学ですから、過去に学んだ法則を活用しなくては」
「ええ、先生は一般化・抽象化能力に優れ、ご自身で類型を認識し、ケース・バイ・ケースではなく、タイプ別対応指針を頭の中にお持ちのはずです」
「……」
「それを標準化して若い医師と共有しませんか。『標準』という用語が良くないなら『指針』と呼ぶことにして。学会が作成するガイドラインというのはそういう性格のものですよね」
「こりゃあ、やられましたな」

実は、こんなに簡単には運びませんでしたが、それでも、技術とマネジメントの相補関係、技術基盤としての構造化知識、これらに基づく研修医育成など、楽しい議論が続きました。

標準化は統一をめざしてはいますが、それは無理に一つに統一することを意味しているわけではありません。「標準化」と「画一化」は全くの別物です。目的達成のための良いモノ・方法を求めているのですから、「このタイプのときにはこうする」という意味での「類型」の認識が必要であり、標準化の際には、パターンやケースごとのガイド、条件つき指針などの考慮が必要となります。

4.3 インセンティブ

第三の阻害要因として「インセンティブ」を挙げます。標準化の推進に貢献しても報われず、標準化が進まないという現象です。組織によっては、標準化を進めても得にならない、評価されないということがあります。「そんなつまらないことをやっていないで本業に精を出し、腕を磨け」という周囲の無言の圧力もあるかもしれません。

組織として標準化の重要性を認識するなら、なかば強制的にルールに従わせるとか、標準を遵守することによって良い仕事をしている人を認めるとか、あるいは報償するなどの制度を考えるべきでしょう。しかし現実には、標準化より重要なことがあると皆が思っているのが普通です。例えば、新規材料の開発研究のほうが、確立している周知の工法の標準化より意味があると考える人が多いようです。

こうしたことへの対処としては、価値観の転換を図るしかないと思います。もちろん新規材料開発は重要です。でも、それと同等に、いやそれ以上に重要なのは、どうすればよいか分かっていることを、組織をあげて清々粛々とこなしていく体制を作り上げることではないでしょうか。これも立派な技術(=目的達成のための再現可能な方法論)であると思います。

4.4 変更への抵抗

第四に「変更への抵抗」を挙げておきます。「良いモノや方法は分かったけれど、実施するとなったらそれなりの費用が必要で、それに見合った効果を見込めるのか」とか、「効果はあるだろうが望ましくない副作用がありうるので慎重に検討しなければならない」とかの声があがり、標準化が進まないというものです。

投資効果の評価には見識が求められます。目に見えている効果だけでなく、組織の底力につながる無形の効果も見抜くべきです。本当に資金不足で実施できないのなら別案を考えるべきです。対策というものは実にさまざま考えられます。例えば、電子化できないからヒューマンエラーを減らせないというのでは、いかにも知恵がありません。一方で経営者は、これを看過せず、必要に応じ予算確保に動くべきでしょう。

副作用の懸念自体は正当で、その評価は正確に実施すべきです。もし想定できるなら、そこで実施を諦めずに、克服策を考えるべきでしょう。

実は、このような組織行動の背景には、人間に特有の保守性というものがあるのではないかと考えています。人は一般に、今までと異なる方法に変えることには抵抗感を持つものです。この抵抗感を大切にしつつ、改善につながる変更を論理的に進めたいものです。

4.5 組織的標準化推進体制

第五の阻害要因として「組織的標準化推進体制」を挙げておきます。組織の問題解決能力が向上して技術やマネジメントの不備を特定できるようになったとしても、あるグループの知見が組織共有のものにならないという意味です。

さまざまなグループが改善を進めているにもかかわらず、それが組織の力にならないのは、確立した技術を周知・共有し、実施に移す仕組み、すなわち標準・ルールの体系・運用に不備があるからで、この仕組みの確立が必要です。いわゆる社内標準化体制、標準の維持・改訂の仕組みの確立が望まれます。

5. 標準化の社会学

5.1 標準化の社会的価値

これまで述べてきたように、標準化とは、「良いもの・良い方法への統一」への誘導であり、統制です。「統一」を志向する標準化によって、組織や社会にはどのような現象が起きるのか、その社会学的意義について考えてみたいと思います。

ある組織、地域、国などの内部で標準化がなされると、基本的に2つのことが実現できます。それは「ベストプラクティスの共有」と「全体最適のための統制」です。すなわち、第一に、一部の者が知り得た良いモノや方法に関する知識がその組織・社会の内部において共有されることにより、その便益が組織・社会に行き渡ります。第二に、共通化することによって、一部の者は短期的に不利益を被るかもしれませんが、組織・社会全体として、長期的視点での便益を享受できるようになります。ある組織、ある社会が、標準化によって期待できる典型的な便益には2つあり、それは「安全・安心社会の実現」と「国力・産業競争力の向上」です。

まず、安全・安心社会の実現に果たす標準化の役割について考えてみます。社会全体の安全・安心の実現は、市場原理、経済合理性が適切に機能しにくいため、実は容易ではありません。これまでの安全への取り組みは、安全の確保のために規制が有効であることを証明する歴史でした。通常「良いもの」は、市場原理によって自然淘汰現象として広まります。この意味で規制緩和は基本的に「善」です。しかし、この原理にも落とし穴があります。自然淘汰が即座には効かないのです。何が良いかが分かるまでの過渡的状況において、悪いものの存在が許されることになるということです。邪悪な商品に対する規制の正当性は、これを防止することにあります。

人間の活動というものが、十分な技術的知識を備えた気高い精神を有する者によってなされるものであるなら、規制などは必要ありません。しかし実際には、安全や信頼性に悪影響を与えうる人々が、そのことに無知・無関心であることが多く、啓発が必要です。たとえこれらの危険を承知していたとしても、人というものは、悲しいことに、自己の短期的な狭い視野での利益のために、他人や将来を犠牲にすることができる生物種でもあります。しかも、安全でないことの影響は大きく、また取り返しがつかないことも多いという現実もあります。経験を基礎とする自然淘汰では遅いのです。

この状況を克服する一つの有力な手だてが法的規制であり、実際、世界的に見て、安全は法律、規制によって確保されてきました。安全は経済合理性とは整合しにくいものです。安全はコスト高を招き売上げ増には結びつきにくいからです。提供者の見識に頼っていては消費者や社会・地球を保護することができないとき、法制化・規格化によって、安全をある程度確保することができます。

関係者への啓発という意味で、良いモノ・良い方法に統一、誘導、社会的規制を与える規格・標準もまた有効です。実際、安全・安心社会の実現のための標準化は、「いのち」に関わる健康・医療・福祉、食品、「社会インフラ」としての通信、輸送、安全・セキュリティ、「文化」としての教育、知識に関わる分野において必要であり、大きな社会的意義があります。

次に、国力・産業競争力向上への標準化の貢献について考えてみます。標準化と競争力は相容れないと早合点しがちですが、実はそうではありません。国の産業競争力は、標準化された社会基盤がどれだけ整っているかに依存します。例えば、生活インフラ、産業インフラが整っていないと、ある産業を成立させることは非常に難しくなります。成立できたとしても、その産業を支える広義のリソースを確保するために必要なコストが高くなり、強い競争力は持ち得ません。国、社会全体として、そうしたインフラを維持する社会コストが高いと、間接的に維持コストの負担を強いられ、競争力は弱くなります。産業競争力の基盤として、社会・経済基盤の活用コストが低いことが重要であり、その基盤は標準化された安価な社会・経済基盤の確立によって実現します。

産業競争力基盤として、安全・安心を確保するために必要なコストが低いことも重要です。安全・安心な社会が実現できていれば、自らそのために多大な労力、コストをかける必要もなく、それだけ資源を集中し、強くなれます。安全・安心社会を実現するということは、そのこと自体も重要なのですが、実はそれを基盤とする「強い」経済・社会を実現するうえでも重要なのです。

標準化は、産業競争力強化のために、直接的な貢献もします。それは良いモノ・良い方法が社会的に共有できて、充実した知識共有インフラが確立しており、必要な技術・知識、目的達成の方法論を安価に入手できることを意味しています。標準化により、統一・共有が進んでいることによって、新たな技術の開発、製品・サービスの開発において、思考を集中することができ、また不必要な検討をしなくても済むようになり、技術の完成が早まり、それだけ技術の高度化が進みます。

健全な標準化の進展によって取引の活性化が進み、これによって産業競争力の強化が促されるという面も見逃せません。標準化によって、他の人や組織が実現したモノや方法を利用することが容易になり、また取引にあたって自ら仕様を作成する範囲が減り、仕様の質の向上と効率向上が促されます。

5.2 国際標準への基本スタンス

前節5.1で考察したことは、組織・社会の内部で利害が一致する事項では当てはまりますが、組織・社会を超えた標準化、例えば国際標準化については、標準化が及ぼす、組織・社会の間の競争力への影響を考察する必要があります。

国際標準化について考察する際、全世界を一つの組織・社会として見る場合、標準化のメリットは、前節で述べたように、「ベストプラクティスの共有」と「全体最適のための統制」です。これが、国際標準化の推進において謳い文句になっている「国際協力」と「国際貢献」の線上で議論される論調です。

でも、待って下さい。国際化とは何でしょうか。日本は、国際化とは、国際的といわれる諸々を「受け入れる」ことだと思ってきたふしがあります。相手を理解し尊重することは必要です。しかし、相手もこちらを理解し尊重する義務があります。となれば、他国を自分の流儀に染めることもまた国際化と言ってしかるべきではないでしょうか。

国際標準化について考察するときには、標準とは、全体最適のための統制という「ルール」であることを再認識すべきです。誰かと競っているとしましょう。自分が不利であるときどうしますか。不利である要因を明かにし、実力をつけるというのが通常の日本人の考え方でしょう。では、論理、政治、何でも使って、強引にでもいまの自分が有利になるルールに変えようと提案することは卑怯なことでしょうか。

グローバル化した世界において、国際標準化というものは「きれいごと」では済まされません。外交の根幹は、自国の有利になるようにあらゆる手練手管を使うことにあります。国際標準化もまた、自国の有利になるようにあらゆる策を弄して、国際的なルール作りを進めることではないでしょうか。標準化、すなわち関係者が守るべきルール作りが、実は競争優位要因になることを、現代の経営者・管理者は肝に銘ずべきです。このルールを自分の都合のよいルールにするよう立ち回ることは、正当な権利と言えます。少なくとも欧米はそうしてきました。

他の国、地域との競争を意識しながら国際標準を考える際に、標準というルールが、国の競争力にどんな影響を与えるものか考察する必要があります。皆が合意して決めたルールに従う、換言すれば協力的であるということは、「強さ」にどのような影響を与えるのでしょうか。実は、グループの中では、利己的な方が有利です。身勝手に他人を出し抜くような振る舞いをする方が良い目を見ることができるという、はなはだ道徳的でない原理があります。ところが、グループ間の競争になると、内部で協力的なグループの方が有利なのです。内部で勝手なことばかりしている者の集まりは、集団としては強くなれません。

国際標準化において、このことに思い至れば、結論は明らかです。他国との競争において有利なルール、すなわち自国にとって物理的、心理的に無理がなく、自国の持ち味を生かせるようなルールに誘導するよう標準化を進めます。そして、国内においてはそれを遵守することの重要性、意義の理解の浸透を図り、意味のある統一・共有を進展し、社会インフラ整備を進めることによって、取引の活性化、低コスト社会、起業障壁の低い産業社会を実現することです。

問題

[1] あなたが所属する組織が保有する標準のうち適当なものを選び、どのような目的のために作成され、どのような効果があったか、もっと有意義なものにするためにどう改訂すべきか考察して下さい。

[2] あなたの担当業務について、「標準化」を進めた方がよいと思うものを挙げ、どのような標準を作成すべきか考察して下さい。

[3] あなたの組織における健全な標準化を阻害している要因を分析し、対応策を検討して下さい。

[4] あなたが関わったJISや国際標準について、「ベストプラクティスの共有」と「全体最適のための統制」の2つの視点から、その標準によって「競争の構造」がどう変化したか、すなわち、どのような分野で、どのような能力を持つ者や集団が、どのような因果メカニズムで優位になるように変化したか考察して下さい。