連載記事 飯塚悦功
第24回(最終回)持続的成功のための真・品質経営

1年12回、1回最低4ページという計画だったのに、2年24回、ときに1回超10ページという大長編になってしまいました。書き過ぎです。書いているうちに、書きたいことが次々と頭に浮かんできて、回を重ねるごとに冗長になってしまいました。愛と寛容の精神で忍耐強く読み続けていただいた方の比率(歩留まり)は1割をはるかに下回ることでしょう。品質が主題の連載講座で、顧客の期待を無視してプロダクトアウトを通してしまい、大変申し訳ございませんでした。これで最後といたします。

副題に「品質管理の基礎を学ぶ」と銘うって、品質論、マネジメント論、マネジメントシステム(日常管理、方針管理)、問題解決と続けてきましたが、最後は、「現代品質経営論」、すなわち1980年代半ば以降の成熟経済社会における品質経営のあり方の考察として「持続的成功」を話題にしようと決めていました。それで主題に「持続的成功」が入っています。いわば今月がその絵解きの号となります。

最終回のタイトルを「持続的成功のための真・品質経営」としました。ここで「持続的」とは、どのような経営環境の変化にあってもどっこい生きている、というような意味です。したがって、変化への対応については強い関心を寄せることになります。「成功」とは、顧客・市場を中心とするすべての利害関係者に認められ受け入れられているという意味です。その結果として財務的に好業績になるでしょうが、そのこと自体が成功と考えるものではありません。

こうした成功を「品質」という側面から考えるというのは、品質を「製品・サービスを通して顧客に提供した価値に対する顧客の評価」ととらえ、これこそを経営の中心、経営の目的と考えて経営のあり方を考察するという意味です。「品質」の意味を拡大・深化させていますし、製品・サービスは顧客価値提供の手段であり提供しているのは製品・サービスではなく「価値」であると考えていることになります。そして「真」というのは、戦後70有余年、時代の求めに応じて進化してきたわが国の品質管理において、これこそが「真の」(“genuine”あるいは“bona fide”)品質経営と言えるものだろうとの意味です。

1. 経済社会構造の変化

1.1 品質立国日本

日本の経済社会の構造がどのような変遷をたどったのかについてはいろいろな見方があります。1960年(あるいはその少し前の1955年)ごろから1985年ごろ(あるいは幅広く取るなら1980年代)を経済高度成長期と性格づけしてもよいと思います。

1980年のこと、米国の3大テレビネットワークの一つNBCで“If Japan can ..., why can't we?”という番組が放映されました。番組の主題は、工業製品において世界に冠たる品質と生産性を誇り奇跡的な経済発展を遂げた日本の成功の理由を分析し、「日本にできてなぜ米国にできないのか」と訴えるものでした。それから10年余り過ぎ、バブル経済崩壊後、経済構造・産業構造の変革に手間取る日本、そして一方では自信を取り戻した米国を考えると隔世の感があります。

でも確かに歴史的事実として、日本は1980年代初めに品質立国日本、ものづくり大国日本、ジャパン・アズ・ナンバーワンなどともてはやされ、品質を武器に工業製品の競争力を確保して世界の経済大国にのし上がったことは間違いありません。

でもこれは、「終わりの始まり」だったとも言えます。高度成長を謳歌し、「日本に英国病は起きない。これからも成長は続く」なんていう論評さえありました。いまとなっては、まさに赤面の至りです。「これからも成長は続く」どころか、あのときが高度成長の「終わりの始まり」で、新たな経済社会への幕開けだったのです。

1980年代初め、日本は「品質立国日本」ともてはやされましたが、品質を武器にした競争力強化は、実は1970年代に始まります。1970年代に、鉄鋼において大型の高炉、連続鋳造、コンピュータ制御を武器に米国の鉄鋼産業に致命的な打撃を与えました。妥当な価格の高品質の自動車用鋼板の製造技術が武器でした。そして、1980年代には、低燃費、高信頼性、高品位によって米国の自動車産業に殴り込みをかけました。さらには、家電製品、半導体でも、圧倒的な高品質、高信頼性、合理的な価格によって、世界の市場を席巻しました。ついには、日米経済戦争などといわれる経済摩擦を起こすに至ります。こうした経済・産業活動を支えたもの、それは日本的経営と日本的品質管理であったと言われました。

品質立国日本はなぜ可能だったのでしょうか。それはまさに、「時代が品質を求めていた」からにほかなりません。時代は「工業製品の大衆化による経済高度成長期」にありました。工業は、第一次産業に比べると付加価値創出の密度が濃い産業です。遠くはアジアのNIES諸国、その後のインドや中国の経済発展の原動力は工業にありました。この10年ほどはITという要素が加わり、さらに遺伝子を含むバイオ技術が価値創出の重要なプレーヤーになるでしょう。

「工業製品の大衆化」とは、良質廉価な工業製品を多くの国民が購買するような経済構造です。このような経済社会における優位要因は「品質」です。工業は、自然科学法則を利用して社会に有用なものを産出します。したがって、顧客のニーズを知ることと、ニーズを具現化する製品を生み出すためにニーズと製品仕様、工程仕様の間の因果関係、目的手段関係を知ることが成功への重要要因となります。

品質管理は、顧客の要求に応える製品を企画し、設計し、仕様どおりの製品を安定して実現する能力をもつことによって、良質安価な工業製品を生み出すことに力を注ぎます。工業製品の企画、開発、設計、生産、販売、サービスで成功するためには、顧客のニーズの構造を知り、ニーズを実現するために必要な技術根拠を熟知し、必要な機能、性能、信頼性、安全性、操作性などを考慮した合理的な製品設計をし、品質、コスト、生産性を考慮した工程設計をし、安定した製造工程を実現し、顧客ニーズに適合する製品を提供し続ける経営システムを構築し運営する必要があります。

こうして顧客が満足する品質の良い製品・サービスを合理的なコストで生み出すことができれば、安定した利益を確保できます。経営において品質の考え方と方法論を適用することが、工業製品の提供で成功する有力な方法なのです。品質の重要性を認識し、これを経営の中心に置いたこと、これが品質立国日本を成立させた理由であったと言えます。

1.2 中流の国、日本

21世紀を迎え、「品質立国日本」「ものづくり大国日本」の相対的地位が落ちていることは明白です。日本はかつて「一人当たりGDP」で世界第2位だったことがあります。もっともこの統計は、世界中の国々のGDPを比較するので、信頼できる値を得るのは難しいですし、ドル換算するので為替レートの影響を受け、また小国(モナコ、ルクセンブルクなど)は参考値程度にすべきです。IMF統計を信ずるなら、1980年の17位から順調に順位を上げ1989年には3位に位置づけされ、1990年代は何とか2〜5位程度で推移しましたが、21世紀を迎えるとついに下降の一途をたどります。2000年の2位から2006年には20位です。最近では20位代で、2018年は26位でした。

スイスのシンクタンクIMDの世界競争力ランキングの推移はもっと劇的です。このランキングは、世界の主要約50〜60ヵ国について国の総合的な競争力を測るものです。IMDは1997年に順位付けの考え方・方法論を変えていて、1996年以前のデータは提供したがりません。1997年以降の日本は16〜30位の間を推移しています。1996年以前の日本の順位は4位以内で、1988〜1992年は1位にランクされていました。この時期がピッタリとバブル経済期に合致するし、IMD自身が順位付けの考え方を変えたためデータを提供したくないと言っていることもあり、いかにも泡沫(うたかた)バブルの1位で実質を伴っていないと見ることもできます。でも、少なくともある時期にある尺度で1位にランク付けされたことだけは事実です。その日本は、いま世界の20〜30位くらいの国なのです。競争力ランキングで言えば、日本はいまやアジアで一番ではなく、シンガポール、香港、台湾、中国、韓国よりも下に位置づけされる中流国になりました。

アジアの台頭に対して工夫の余地のない人件費格差を指摘する向きもありますが、ジャパン・アズ・ナンバーワンと煽てられていたころから日本の人件費は高水準でした。地位低下の原因はそんなところにあるのではなく、成熟経済社会における産業構造の変化に伴う競争優位要因の変化、そして事業収益構造の変化に、わが国の社会・経済の構造、さらには各企業の経営スタイルが十分に対応できていないからだと考えるべきです。この稿では、日本再生への道を「品質経営」の視点から考察することを試みます。それは、私たち一人ひとりがどのような経済社会に生きているかを再認識し、どのようなスタンスで仕事に臨むべきかを考える機会になるものと信じます。

1.3 成熟経済社会への変化

バブル経済によって認識が遅れましたが、わが国の経済・社会は、1980年代半ばには、成熟経済社会期に移行し始めていました。こうした変化は、事業における競争優位要因と経済構造の変化を引き起こします。「競争優位要因」とは、事業において競争優位に立つために必要な能力・側面であり、経営環境が変化すれば、当然のことながら変化します。「経済構造」の変化とは、事業の構造、役割分担、競合構造の変化であり、例えばアジアへの生産基地シフト、コスト構造の変化、生産−消費地関係の変化、生産委託の状況の変化などです。

わが国の経済社会は、経済高度成長期から成熟経済社会期への「経済社会の成熟化」という変化において、何がどう変わったと言えるのでしょうか。工業製品の大衆化による経済高度成長における競争優位要因が「品質」だったために「品質立国日本」が成立したと言えます。高度成長期とは、実に「品質の時代」でした。

時代は移り、いま「新・品質の時代」、すなわち1980年代半ばまでの四半世紀とは異なる意味での品質を中心に置くべき時代が来ていると言えます。

それは、すなわち成熟経済社会における経営スタイル、拡大・深化した品質を中核に置く経営スタイルと総括できます。様々な点を指摘できますが、例えば以下のような側面を挙げることができるでしょう。

(1) 価値の追求能力

成熟経済社会においては、製品・サービスに対するニーズの多様化、高度化、複雑化が起きます。顧客視点での価値の追求、顧客価値創造、個客(個々の顧客)、カスタマーイン(マス・マーケティングとしてのマーケットインでなく、個客のニーズに応える価値提供)、顧客ニーズ発掘、新たな製品・サービスやソリューションの提案に関わる能力が重要になります。

(2) 経営インフラ充実への対応

情報技術、物流技術の進展を基礎とする経営インフラ充実への対応が重要となります。もちろんこうした進展は、事業を営む者にとっては大きなチャンスではあるのですが、その恩恵は競合も受けることができます。これらインフラの充実により、顧客価値提供方法の拡大、深化、進化が起き、新たなビジネスモデル、サービスモデル、製品・サービス提供モデルが生まれることになります。

(3) 変化への対応能力

成熟経済社会においては、量的な変化は小さくゆっくりですが、質的な変化は大きく速くなります。このような経済社会にあっては、周囲の状況の変化の本質を知り、組織内でその知見を共有し(学習)、自分を変えることによって実現を目指すことになる「あるべき姿」を描き、その姿と現状とのギャップを解消する「革新」を行う必要があります。これによって、継続して顧客価値を提供することができて、持続的な成功が可能となります。これを可能にするためには、持つべきコアコンピタンスを認識し、その獲得と維持のためにリソースを集中する能力が求められ、また変化の時代の新たな価値基準を確立できる自律性が求められます。

(4) ストック型ソフト経営リソースの重視

日本人は、インプットからアウトプットへの変換、すなわちプロセスには敏感でしたが、経営インフラ、経営資産には、それほど鋭い感覚は持っていなかったのではないでしょうか。成熟経済社会においては、当然のことながら規模の拡大は望めませんので、質的変化を伴う新たな価値の創出によって顧客に受け入れられ続けるようにしなければなりません。そのために知的プロセスを支える知的資産、技術・知識、何よりも良くできる「ひと」をどれだけ有し、どれだけ生き生きと働く場を作っていくかが重要となります。有形のモノを大量に作り、製造コストと売価の差を利益の源泉にするモデルとは異なった収益構造を設計しなければなりません。浅薄な意味とは異なる「ナレッジマネジメント」が重要となります。

こうしたことは、実は、日本が調子の良かった1980年代半ばに、すでに指摘され始めていました。「顧客価値」という視点の重要性しかり、情報技術・物流技術の進展による「事業構造の革新」しかり、いわゆる「ナレッジマネジメント」の重要性しかりです。しかし、現実には、俊敏に対応してきた企業は多くはありません。それが、失われた10年、20年どころか、何もしなかった平成の30年間と自嘲気味に言わざるを得ない、日本の競争力低下の一因とも言えます。過去を悔やんでも仕方ありません。気づいたら、迅速に対応すればよいだけのことです。多少の遅れは取り戻せます。

2. 変化の時代を生きる

2.1 変化への対応能力

成熟経済社会の変化の速度は驚異的です。量的な変化は小さいですが、質的な変化は速くて大きいです。変化の時代を生き抜くためには、変化に対応していかなければなりません。「成熟」という表現から「保守性」を連想しがちですが、成熟経済社会は、保守的な人・組織には生きにくい環境なのです。

とりあえず、存続することは良いことであるとしましょう。組織が存続するためには、変化に対応する必要があります。変化に対応するためには、変化の様相とその意味を知る必要があります。変化に対応するためには、変化した環境に適したあるべき姿を認識する必要があります。あるべき姿は、自らの強さ・特徴を十分に認識し、これらを生かして描くべきです。そして、変化には自己の建設的否定を伴うことがあると覚悟すべきです。

すなわち、変化への対応能力とは以下のような要件から成り立つことが分かります。

• 事業環境の認識:事業環境についての「変化」の様相とその意味を理解する。
• 持つべき能力の認識:変化した事業環境において、組織が「持つべき能力」を認識する。その際には、競争優位になり得る自らの「特徴」を考慮することが重要となる。
• 革新:組織が持つべき能力を具現化するために、既存の枠組みの一部または全てを否定し新しい枠組みを生み出すことによって、自己を革新する。

変化への対応を確実なものとするためには、学習能力を基盤とする革新の能力が必要となります。組織が持つべき学習能力として、次の二つの側面が重要です。

• 組織の学習能力:事業環境などの外部情報に対する組織の情報収集能力・分析能力・洞察力を含む学習能力
• 個人の能力と組織の能力とを融合する能力:組織を構成する個々人の知識・思考形態・行動様式と組織の価値観とを融合する能力

そして、ある組織体が適時適切に変化に対応していくためには、変化への対応能力を発揮できるように、そのマネジメントシステムに実装し運営していくことが大切です。

2.2 時代は変わっても

時代が変わっても、環境が変わっても、どこにも成功する国があり組織があります。バブル経済が破綻して数年後の1990年代後半、私は、厳しい経済環境のなかで高い利益を上げている企業の成功要因の分析を試みました。内部の状況まである程度知っているところもありましたが、日経○○の記事から、真実のほどは不明ですが、それなりの推測ができますので、独断と偏見に満ちた分析をしてみました。

それら成功している組織には、ある種の共通点があることに気づきました。それは、強い「製品・サービス競争力」です。顧客に提供する価値、提供し対価を得るもとになるもの、組織のアウトプットである製品・サービスが競合にひけをとらないということです。強い「売り物」があるということであって、顧客に価値を提供することによって存続しようというのですから、当たり前といえば当たり前です。

問題は、その競争力のある製品・サービスを提供できている組織に共通する特徴は何かということです。いろいろな見方ができるとは思うのですが、私が抽出できたのは以下の3点でした。

(1) 外界に対する鋭敏な感覚

第一は「外界に対する鋭敏な感覚」です。要するに、内向きではなく外向きということです。その一つは、「顧客ニーズに対する鋭い感受性」です。お客様からニーズを聞き出す能力ではありません。顧客の声なき声や行動、社会の動向の観察から、顧客ニーズ・市場ニーズの発見・把握能力、ニーズの変化を見抜く能力です。また、「社会のニーズ・価値観の変化の経営への影響の理解力と感受性」でもあります。政治・経済の制度が変わると、どのようなニーズが生じ、どのようなビジネスモデルの変化があるかというような経営環境の変化への鋭敏なセンスです。

(2) コアコンピタンスの自覚

第二は「コアコンピタンスの自覚」です。ここでのコアコンピタンスとは、競争環境において勝負を決定づける中核能力という意味で、要するに「競争優位要因」ということです。強さの根元となる能力を持っているという意味ではありません。成功する組織は、その事業領域で、何が競争優位要因になるかを認識し、その能力を確保し維持するために経営リソースを集中している、という意味です。コアコンピタンスになりうるものを持っているというよりも、持つべきコアコンピタンスを認識し、それを強化するために的確な施策を打っているのです。

(3) 優れた人材

第三は「優れた人材」です。経営の根幹は「ひと」ですから当たり前なのですが、成功する組織には、然るべき「ひと」がいます。トップ、ミドル、最前線のどの階層にもそれなりの人材がいます。リーダーシップ、高い志気・意欲、高い能力を持ち、組織全体が価値観を共有しています。こうした組織運営を可能とする、組織文化・風土、経営者の価値観に見るべきものがあります。

2.3 競争優位

これらの3つの特徴は、どれも成功のために重要と思いますが、現在の日本の企業が考えなければならないのは、「コアコンピタンス」「競争優位」と思います。個人としても、部門・企業としても、もう少し広く考えるなら日本としても、「競争力」という視点から現況を考察する必要があると思います。

どのような事業でも、その経営において有すべき能力のすべてにおいて一流である必要はありません。それは不可能であるし、すべてにおいて強いことを望むことは良い結果をもたらしません。事業領域に応じて、その競争の場で優位に立つために必要な能力というものがあります。それが何であるかを明確に認識した上で、自らの組織の能力強化を図るべきです。それが事業において成功する原動力となります。

その能力を明らかにする古典的方法として、3C(Customer、 Company、 Competitor)の深い分析があります。Customerすなわち市場、ニーズの分析、Companyすなわち自己の能力(文化、風土を含む)の分析、Competitorすなわち競合の能力の分析を通じて、その事業領域で勝つために有すべき能力は何か、現実に有している優れた能力は何か、自己の特徴を考慮したときどのような能力を有すようにすることが事業で成功するために必要かを明らかにします。少し不遜な言い方をするなら、他者でなく自己がその事業の主導権を握ることは、どのような意味で社会正義であるかを、自覚することにほかなりません。

3. 事業戦略実現のための品質マネジメントシステム

3.1 QMSの構築

この世には、様々な品質マネジメントシステム(QMS)や品質経営の方法のモデルがあります。例えば、ISO 9000の認証制度の基準となっているISO 9001はQMSの一つのモデルです。ISOには、ISO 9001の上位のモデルとしてISO 9004というQMSモデルもあります。品質立国日本の立役者の一つTQC(Total Quality Control、現在ではTQM:Total Quality Management)は、品質経営の基本的考え方と方法論の一つのモデルです。TQC/TQMの普及には「デミング賞」という品質賞が貢献しました。世界には、アメリカのマルコムボールドリッジ国家品質賞を源とする品質賞が多数あります。マルコムボールドリッジ賞は日本に逆輸入されて、「日本経営品質賞」となっています。ISO 9001、ISO 9004は翻訳されてJIS Q 9001、JIS Q 9004となっていますが、JISにはJIS Q 9005:2014というISO 9004を超える品質経営のモデルもあります。

自らの組織の品質経営を見直し、再構築したいとしましょう。上述したようなQMSモデルに従って自組織のQMSを構築してもよいでしょう。でも私は、既存のQMSモデルへの無定見な適合はお勧めしません。自らの事業環境に適したQMSを自らの手で設計し、構築し、運用してほしいと期待しています。話を複雑にして恐縮ですが、上述したQMSや品質経営のモデルのなかには、QMSの具体的モデルを提示しているものばかりではなく、基本的な考え方や方法論を示しているだけのTQC/TQMや、提示するQMSモデルにQMSそのものの自律的設計を推奨するJIS Q 9005のようなものも含まれています。

さて、自組織の経営目的に適合するようなQMSの設計・構築を考えているとしましょう。QMSの目的は何でしょうか。品質という視点で、事業戦略を実現するためととらえるべきです。組織のQMSは、それぞれの事業戦略にふさわしいものでなければなりません。社会・市場ニーズ、製品に対するニーズ、内部リソースの分析によって、自らが有すべき能力像が明確になり、構築すべきQMSの重点領域が明確になります。組織自らが製品の特徴、業種・業態、経営環境に応じて、重点を置くべきQMS要素を明らかにして、それに相応しいQMSを構築すべきです。

3.2 競争優位のQMS構築

事業戦略実現のためのQMS構築を目指しているとして、競争優位の視点での構築のために、事業領域ごとに、以下のような方法で検討することをお勧めします。

①製品、顧客、価値
 • 誰(顧客)に何(製品)を提供しているのか?
 • 顧客は製品のどんな側面(価値)を認めて(それゆえ買って)くれているのか?
②必要な技術
 • ①の製品を提供するためにどのような技術(再現可能な方法論)が必要か?
③競争優位要因、ビジネス成功要因
 • 自組織の特徴を考えると、どのような成功シナリオをねらうべきか?
 • ②で特定された技術のうち競争優位要因、ビジネス成功要因の観点から重要なものは何か?
④重要なQMS要素・活動
 • ③で特定された競争優位要因の観点から重要なQMS要素、QMS活動は何か?

事業戦略とか、競争優位とかいうと、経営の様々な側面、例えば技術、生産、販売、調達、財務、人事、海外などについて、○○戦略と称するもっともらしい計画を作るとか、各領域における強み・弱み、機会・脅威などについて議論しまとめ上げることをイメージするかもしれません。

だが、ここで行おうとしているのは、いま設計しようとしているQMSの第一義的アウトプットである製品・サービスを通して提供される顧客価値と競争力を基軸にして考察することです。狭いと思うかもしれませんが、優秀な製品・サービスを創出するためにどのようなマネジメントシステムを有していなければならないかを検討するという意味で、目的志向の検討方法と言えます。

私たちはよく問題・課題という用語を使います。これらは、現在の状態の、現在あるいは近未来のあるべき姿からの乖離のことです。そのあるべき姿が分からなければ取り組むべき問題・課題も分かりません。そのあるべき姿を「競争力」の視点で考えるのが、「競争優位のQMS構築」であり、「競争力の視点からの品質の考察」です。

上述した手順は、競争優位要因、ビジネス成功要因の観点での組織のあるべき姿を理解して、この視点であるべきQMSを考察しようとするものです。世の中にある多くのQMSモデルに合わせていくのではなく、自分の組織のあるべき姿をしっかり認識した上で、それをQMSに具現化するという立場で、品質マネジメントを考えたいということです。

4. 持続的成功の経営モデル

4.1 顧客価値提供マネジメント

成熟経済社会は変化の激しい時代です。変化の時代の経営に求められること、それは事業を持続的に成功させていくことです。どのような事業環境にあっても事業を成功させること、これを「持続的成功」と呼ぶことにします。

この世のどのような組織も、社会的に意味のある「価値」を提供するために設立され、運営されるものと考えたいと思います。少なくとも私は、そのような組織のあり方に関心があります。そのような組織には、製品・サービスを通した価値提供における存在意義が認められている証左としての「持続的成功」が望まれます。ここで「成功」とは、価値提供において顧客やその他の利害関係者に受け入れられることを、また「持続的」とは、事業環境の変化に対応し続けていることを意味します。したがって、「持続的成功」とは、製品・サービスを通した価値提供において、顧客に持続的に認められるという意味となります。持続的な高収益そのものではありません。もちろん、顧客に受け入れられるという意味での持続的成功によって、持続的な高収益が実現できるでしょう。しかし、高収益そのものは成功を意味せず、成功の結果として高収益になると考えたいのです。

経営の目的は、「製品・サービスを通して顧客に価値を提供し、その対価から得られる利益を原資として、この価値提供の再生産サイクルを回すことにある」と考えることができます。品質とは、「考慮の対象についてのニーズに関わる特徴の全体像」と定義することができます。ニーズを抱くのは顧客ですので、品質とは、製品・サービスを通して提供される価値に対する顧客の評価と考えるべきです。すると、製品・サービスの品質こそが経営の直接的な目的と考えることができます。

ところが、「経営の目的は利益である」という考え方の方が一般的です。とくに、厳しい経営環境で精励する経営層にとっては、「仙人でもあるまいし、霞を食っては生きていけない。利益をあげなければ会社は潰れるし、自分は首だ。価値提供が目的だなんて、そんなきれいごとばかり言ってはいられない」と反論したくもなるでしょう。しかし、その利益をあげるため、何よりも売上を増すためには、顧客満足という意味での製品・サービス品質の向上が必須です。そればかりか、品質経営が重視するシステム志向・プロセス重視によって効率が向上し利益を確保できます。顧客への価値の提供という組織設立の目的を考えるなら、利益をあげることそのものが経営の目的というよりは、顧客に価値を提供し続けるために利益をあげるのだと考えるべきです。利益は、顧客価値提供活動の総合的な良さを計る指標であり、しかも顧客価値提供の再生産サイクルの原資と考える方が健全ですし、間違いのない経営に導くものと信じます。

製品・サービスを通して提供される価値に対する顧客の評価を維持し向上することに焦点をあてたマネジメント、すなわち「品質のためのマネジメント」あるいは「顧客価値提供マネジメント」を品質経営と呼ぶことにするなら、品質経営は経営の広い範囲をカバーするツールとなります。

品質のためのマネジメントの必要性、重要性は次のように説明できます。組織は顧客に価値を提供するために設立・運営されます。その価値は、製品・サービスを通して顧客に提供されます。その製品・サービスの品質を確かなものにするためには、それら製品・サービスを生み出すシステムに焦点を当てることが有用です。それが品質のためのマネジメントシステムです。このシステムは、目的に照らして、必然的に、総合的・包括的なものとなり、結果的に組織のブランド価値向上、さらには業績向上につながります。経営における品質の意味・意義を図表1に示しておきます。



4.2 顧客価値提供における重要概念

図表1に示した意味での品質経営、すなわち顧客価値提供マネジメントにおいて成功するためには以下の要件が必要です。

① 価値:製品・サービスを通して顧客に提供すべき価値を明らかにする
② 事業構造:価値提供における事業環境、事業構造を明らかにする
③ 能力:組織に内在する、価値提供のために使える能力・特徴を明らかにし、提供価値に対する顧客の評価に関わる競争優位の視点から、持つべき能力・生かすべき特徴の全体像(組織能力像)を明らかにする
④ システム化:明確にした組織能力像を、品質マネジメントシステムに実装する
  ⑤ 変化:事業環境の変化に応じて、適時適切に対応する

(1) 価値

「価値」に関して重要なこと、それは、顧客に提供しているものは製品・サービスそのものではなく、それに付随する価値であるということです。その意味では、製品・サービスは価値を提供するための手段、あるいは価値の媒体とも言えます。そして、品質経営の目的である「品質」とは、提供しえた価値に対する顧客の評価と受けとめるべきであり、そう理解したときに、品質経営の概念と方法論を拡大・深化し、現代の経営に相応しい形に進化させることができます。

「価値」について考えるとき、かつて品質に関して議論したように、製品・サービスの受取手である顧客の認識について考慮しなければなりません。製品・サービスには内在する固有の価値を考えることができるかもしれませんが、ここでは、顧客に認知され、評価されてはじめて「価値」としての意味を持つという立場をとることにします。提供側が意図した価値を「製品価値」、顧客が認知して評価した価値を「顧客価値」と呼ぶなら、ここで考察したい価値は「顧客価値」ということになります。

(2) 事業構造

「事業構造」とは、事業を取り巻く環境全般のうち、価値提供に関わる状況・環境とそれらの関係を意味します。事業構造の理解のためには、価値提供の連鎖に関与している様々な事業関係者とそれらの事業関係者間の関係性を明確にする必要があります。

「事業関係者」は、もちろん事業によって様々ではありえますが、代表的なものとして以下のような関係者を挙げることができるでしょう。

• 顧客:価値の受けとり手
• 自組織:価値創造の連鎖の中の自社の位置
• 競合:同等あるいは代替の価値の提供者
• 供給者:自組織の製品・サービスに組み込まれる有形・無形の価値の提供者
• 商流:ディーラー、販売店、商社など
• 物流:製品・サービスの移動手段の提供者
• サービス:付帯サービスの提供者
• パートナー:価値提供に関連する協力者・支援者(技術開発、支援組織など)
• 環境・基盤:自治体、社会制度など

もちろん、供給者、商流、物流、サービス、パートナーにあたる事業機能については、その一部を自組織の中に持つことがあります。

そして「関係」と言われるものも多様であり、例えば以下のような事項が考えられます。

• 価値提供連鎖:製品・サービスや諸活動を通して提供される価値の連鎖
• 情報伝達連鎖:情報の獲得・提供の関係
• 管轄権・商権:事業に関わる「管轄権」や「商権」の状況
• 委託・受託・協働:関係者間の委託・受託関係や協働の関係

(3) 能力

「能力」とは、広くは価値提供を具現化できる力という意味です。しかし、ここで関心があるのは、競争環境において優位に立つために必要な能力、すなわち「競争優位要因」です。

ところで、競争優位要因を明らかにするときに考慮しておかなければならないことがあります。その事業領域の特徴、すなわち顧客・市場、基盤技術、製品・サービス、ビジネスモデルなどの特徴から、優位であるために持つべき能力を導き出したとしても、自分自身がその能力を持てるかどうか分かりません。事業において成功するシナリオにも、勝負一般における勝ち方も一様ではありません。いろいろな成功の仕方、勝ち方があります。どのシナリオで行くかは自分自身の特徴を理解していなければ的確には定められません。そこで、これまでの成功・失敗例などから自分自身の特徴を自覚し、これを競争優位のための能力に使えないだろうかと考察することが必要です。

能力との対比で「特徴」というとき、能力が競争優位の源泉となる力を意味しているのに対し、特徴とは中立的な意味での属性・性質をイメージしています。例えば、長身は特徴であり、それがバスケットボールなどの競技においては重要な競争優位要因になり得ます。また、事業所の立地は特徴の一つでしょうが、ビジネスの形態によってはそれを競争優位要因にできます。こうしたことを「特徴の能力化」と呼ぶことにすれば、自己の特徴を認識することの意義が明確になるでしょう。

さて、こうして明らかになる、競争優位の観点から持つべき能力、あるいは特徴・能力の全体像を、ここでは「組織能力像」と呼ぶことします。いわゆる組織像、組織プロフィールではありません。資本金、売上、利益、従業員数、製品、シェアなど、組織の概要を説明するものではなく、自組織が競争優位要因にしようとした能力の全体像です。

(4) システム化

「システム化」において重視したいことは、明らかにされた組織能力像を、現実にQMSに実装することです。「能力」というような実体の把握しにくいものにしておかないで、その能力を日常的に発揮できるように業務システムに埋め込むことが重要です。「思いを形に」と言ってもよいでしょう。マネジメントシステムを構成するどのプロセス、リソースのどの側面が、持つべき能力を具現化するものであるか分析をして、それらのプロセス、リソースに反映できるように設計し、体系的に運用できるようにしたいものです。これこそが、「持続的成功のためのQMS設計・構築・運営」というべきです。単に既存のQMSモデルを形式的に適用しただけのものに比べて優劣はあまりにも明らかです。

(5) 変化

「変化」において重要なことは、成熟経済社会の特徴が量的変化は小さいが質的変化が大きく速いことに対応して、事業環境の変化に応じて自組織を革新し、また自組織を取り巻く状況を自組織にとって住みやすい環境に誘導していくことです。そのためには、事業環境の変化の様相とその意味を理解し、自組織の特徴を考慮しつつ、変化した事業環境において自組織がもつべき能力を認識し、そして持つべき能力を具現化するため自己を革新することが必要です。

図表2に、「(1)価値」「(3)能力」「(4)システム化」に関わる概念の関係を示しておきます。



5. 真・品質経営

5.1 成熟経済社会の経営

どのように時代が移ろうと、事業とは「持続的な顧客価値提供マネジメント」であることに変わりありません。成熟経済社会期を迎えた現代の経営において、顧客に価値を提供するという事業を持続的に行うための経営の方法論が、ぜひとも必要です。その経営スタイルは、どこに軸足を置くべきなのでしょうか。それこそ様々な論がありそうですが、「事業」という社会・経済活動に対するここまでの考察を踏まえると、以下のように整理できると思います。

• 顧客価値提供の基盤確立
• 組織能力像の認識
• 変化への対応
• 自律型精神構造の確立

第一に「顧客価値提供の基盤確立」を挙げました。成熟経済社会を迎え、あらためて事業の原点に返り、経営基盤としての製品・サービスを通した顧客価値提供を確固たるものにする必要があるでしょう。そして、基本の尊重、愚直、誠実をモットーとした経営が望まれます。変化の時代に軽薄に対応するばかりでなく、変化の時代だからこそ、顧客価値提供の視点で基本に忠実な経営を守っていきたいものです。

第二に「組織能力像の認識」を挙げました。競争環境での価値提供において、持続的成功を現実のものとするために、事業環境の変化に応じて自らが有すべき「あるべき姿」を認識し、必要とされる「能力」を確保し維持し向上していくことを重視するような経営をしたいものです。

第三に「変化への対応」を挙げました。繰り返し述べていますように、成熟経済社会の変化は激しいです。量的な変化はわずかですが質的な変化は大きく頻繁です。こうした変化の時代において、変化を認識し適切に対応できるような経営をしていきたいものです。そのためには、変化の認識、すなわち環境変化の把握と変化の意味の理解・洞察と、変化への対応、すなわち的確な戦略と旺盛な実行力を基本とする経営スタイルを貫きたいものです。

第四に「自律型精神構造の確立」を挙げました。変化の時代の経営の基本として、適応・対応から提案・創出へという価値観が重要となります。悠然と変化していく社会であるなら、状況対応型の経営で成功できるでしょう。しかし、激しく変化していく事業環境にあっては、それでは時代遅れになりかねません。時代のニーズ、価値観を先取りする提案・創出が望まれます。これを可能にするためには、時代を見る目、自らの価値基準、そして先頭に立つ勇気を重視する経営スタイルを確立したいものです。

5.2 品質経営の可能性

前説で述べたようなスタイルの経営を、何を基盤として行っていけばよいでしょうか。顧客価値提供を基盤とするということから、製品・サービスを通して提供した価値に対する顧客の評価が品質であると考えた上での品質経営をその第一候補にするのがよいでしょう。品質経営には「顧客志向」という価値観があるのですから。

組織能力像を明確にできたとして、その能力を日常的に発揮するためには、マネジメントシステム、すなわちプロセスやリソースに実装する必要があります。どのようなマネジメントシステムを設計・構築・運営するかを合理的に考察するためにも品質経営が適切でしょう。品質経営には「システム志向」という基本的考え方があるのですから。さらに、品質経営には、経営における「ひと」の重要性を強調するという特色があります。「ひと」は最も重要な経営リソースであり、組織能力像を担う重要な要素となり、必要な能力を組織的に保有しレベルアップしていくためのカギとなります。

変化への対応のためには「変える」ことが基本となります。品質経営、とくに日本的な品質経営には、「改善」を重視するという好ましい特徴があります。これを拡大・深化することによって革新というマネジメントスタイルを実質的なものにできるでしょう。

自律型精神構造については、品質経営に内在している経営スタイルによっては、即効性は望めないかもしれません。しかしながら、顧客価値、能力の実装、変化への対応の3項目についての品質経営の親和性を考慮すると、成熟経済社会の望まれる経営スタイルの実現のために品質経営を基礎にすることは愚かな選択とは言えないでしょう。もちろん、工業製品の大衆化による高度経済成長期に多大な貢献をした古典的な品質管理では不十分で、今月号で述べてきたような性格・特徴を付与した「進化した品質経営」にする必要はあります。

5.3 持続的成功の基盤となる行動原理

品質経営の可能性を考慮しつつ、顧客価値提供における「持続的成功」の基盤となる行動原理について考えてみます。いろいろ考えられますが、図表3に示すように、以下の4項からなるでしょう。



① 顧客志向、顧客中心
 • 顧客の期待・ニーズに対する鋭い感受性
 • 顧客価値創造・実現の重視
② システム志向
 • 目的志向の思考・行動
 • 目的達成手段への展開:計画、設計
 • 要因系の管理(プロセス管理、源流管理、予測と予防)
 • 学習(PDCA、改善、本質把握)
③ ひと中心
 • 人間尊重(自己実現)
 • 技術+マネジメントの補完と超越(知の創造)
 • 全員参加(全ての人々の経営参画)
 • チーム、組織(個と組織のWin-Win関係)
 • 人の弱さの克服・許容・補完(ヒューマンファクタ工学)
④ 自己変革
 • 変化の様相とその意味を知る(学習能力)
 • 自己の強み・特徴を認識する(強み・特徴、成功へのシナリオ)
 • あるべき姿を認識する(競争優位要因、組織能力像)
 • 自己を変革する(革新、異質性の許容)

これらの行動原理のうち最初の3項は、品質立国日本を支えた品質経営の基本的考え方、あるいは品質経営における行動原理にほかなりません。第4項は、変化に対応する能力、もしくは環境に適応して自身を変化させていく組織としての能力、改善・革新の能力です。成熟経済社会期に重要性が高まりましたが、これも視野を広げれば「改善」の成熟経済社会期版ともいえて、もとより品質経営の根幹をなすものです。何のことはない、持続的成功のためには、かつて高度成長期に成功できた理由である品質管理の基本的考え方、方法論、手法を、広い視野、深い洞察をもって、いままた改めて再認識すべきであるということにほかなりません。

品質経営における「品質の意味」、「品質達成の方法論」を拡大・深化させ、すなわち「価値の視点で事業を見直し、必要な能力をシステムに実装し、変化に対応する」ことによって、成熟経済社会に相応しい「進化した品質経営」に衣替えすることができて、これに愚直に取り組むことによって、品質立国日本の再生が可能かもしれません。

6. 最後の質問

ここでいう「最後の質問」とは、私から読者諸賢に問いかける質問ではありません。いつも連載末尾に「問題」としていくつかの課題を差し上げておりましたが、今回は必要ないでしょう。今月号をお読みになって何らかの問題意識をお持ちになられた方は、ご自身に関係のある組織が営む事業について、その事業構造を可視化して、広義の顧客、顧客に提供すべき価値、競争環境において有すべき組織能力、能力を実装すべきQMS要素を明確にし、また想定される変化とそれらの変化への対応について考察することでしょうから。

実は、アイソス発行人の中尾さんは、私の拙い原稿の、最も熱心な、最も厳しい、そして最も暖かい、最初の読者でした。毎回、ゲラをお送り下さるときに、表現の改善案、感想、それにときに質問をお寄せ下さいました。

その中尾さんから、最終回を迎えるにあたって、次のような依頼がありました。

「2008年10月にビデオ撮影を兼ねて東大の研究室を訪問し、3時間半ほど飯塚先生から取材をさせていただきました。そのときの私の最後の質問は『先生にとっての今後の課題は?』でした。先生の回答は、『学問的には、まっとうな目的を設定するための方法論を極めること』というものでした。あれから11年経ちました。先生にとって、この課題はどこまで進捗しているのでしょうか。ぜひお聞きかせ下さい」

「最後の質問」とは、11年前の中尾さんによる取材の最後になされた質問という意味です。「学問的には」というのは、私にとって品質マネジメントとは、「一般化目的達成学」、すなわち、「妥当な目的を設定し、それを合理的に達成する方法論」としての学の体系を意識してのことです。「目的設定」にこだわっているのは、品質概念そのものが目的志向の思想にほかならないこと、そしてマネジメントとは効率的な目的達成行動だからです。

品質マネジメントにおいては、品質企画、品質目標設定、経営目標設定、方針策定など、目的・目標の設定が妥当でなければ、それを起点とする様々な活動が意味のないものになりかねません。その目的・目標を適切なものにするための方法論を極めたいと思っていました。

目的・目標が妥当であるためには、その上位の目的・目標、要求・ニーズ・期待に応えるものでなければなりません。その方法論は、今回ご説明した「価値を基軸に事業を洞察する」方法に多くのヒントがあると思っています。自らが製品・サービスを通して何らかの価値を提供したり、何らかの活動をするにあたり、その活動の影響を受けるどのような関係者が存在して、それらの関係者間にどのような価値提供連鎖があり、自らはどの関係者にどのような価値を提供すべきかを考察するというのがまっとうな方法ではないかと思うのです。さらに、何らかの競争環境にあるとして、自らの能力・特徴を認識し、どのような方策でその目的を達成するのがよいかを考えるのが現実的だろうと思います。これらはすべて、4章でご説明してきた方法論と同じです。

こんなところが、この問題意識に対する私の考察の進捗であり、中尾さんからの最後の質問に対する回答です。

さてさて、おあとがよろしいようで、このあたりで失礼いたします。長々とお付き合いいただき本当にありがとうございました。また、いつかどこかで機会がありましたら、誌面でお会いしたいと思います。皆様の益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。ご健闘をお祈りします。さようなら。(了)

飯塚悦功氏の近影&プロフィール

飯塚 悦功(いいづか よしのり)

東京大学名誉教授
1947年東京生まれ。日本品質管理学会元会長、デミング賞審査委員会元委員長、日本経営品質賞委員会委員、ISO/TC176国内委員会前委員長、医療の質・安全学会理事などを歴任。2016年6月日本適合性認定協会(JAB)理事長に就任、2020年6月重任。2006年度デミング賞本賞受賞。2012年工業標準化内閣総理大臣表彰。品質論、現代品質経営、次世代TQM等の研究を通じ、品質マネジメント、TQM、ISO 9000等、日本のQMSを牽引してきた第一人者。現在、超ISO企業研究会の会長として、国内の主に中堅・中小企業発展のために、「真・品質経営」の思想と実践の方法論の普及に務めている。