ニッポンへの警告
周回遅れの現実を直視すべき


『インターネット・バイ・デザイン』の著者であり、東大の30%節電を成功させた立役者である江崎浩氏(東京大学大学院教授)が、インターネットによるスマート社会実現に向けての提言を独特の辛口で執筆いただいた連載記事「ニッポンへの警告 周回遅れの現実を直視すべき」の最終回をご紹介します。この論考はアイソス2020年10月号から2021年3月号まで6回にわたって連載されました。

「おもてなし」とは?



2020年東京オリンピック・パラリンピック誘致のキーワードは、「お・も・て・な・し」であった。日本の誇りであり宝とされる「おもてなし」に似た言葉に、「ホスピタリティー(Hospitality)」がある。この2つの違いは以下のようである。

・ 「おもてなし」は、『驚き』の提供であり、お客さんの想像以上さらには想像しないような創造的なサービスの提供である。
・ 「ホスピタリティー」は、『期待通り』の提供であり、お客さんが必要とするサービス以上の“余計な(あるいは過剰な)”サービスは基本的には提供しない。

この上で、人工知能や深層学習を用いたサービスの提供品質を考えてみよう。

・ 深層学習は、大量の入力データから、アナログの神経回路をデジタルで模倣(=Emulate)し、複数の出力の集合に分別する(分別の方法はブラックボックス)。人工知能は、深層学習よりも広い概念であり、自動で状況を分別し、定義されたグループ用に準備されたアクションを実行する。これは、行動の「マニュアル化」と捉えることができるのではないだろうか。「行動」がサービスあるいは生産作業である。サービスに対する顧客の満足度(=KPI)を最大化するのが「UX(User eXperiene)の最大化」であるので、人工知能を用いたUXイノベーションは、サービスの提供方法の「マニュアル化」と捉えることができるのではないだろうか。より多くの経験(=データ)を用いて、より細かな粒度でより確度の高い(リスクが小さい)アクションを、時間軸での変化も考慮しながら選択しようとしているのである。

マニュアル化という諸刃の剣



マニュアル化は、サービスの提供者や労働者を含む生産資材の個体差を無視し、要求されるアクションを正確に実行する環境の構築である。この環境の構築にあたっては、多様なツール群を用いて、多様な顧客への要求に対し、低コストで柔軟に対応することを可能とするように努力すると考えるのが一般的であろう。つまり、汎用品ツールの組み合わせによるカスタマイズ化をいかに効率的に実現するかが、高品質のUXを効率的に提供するための重要なノウハウとなるととともに、高度で高品質のUXを提供するために必要なコストと、品質向上による利益のトレードオフの問題となるのである。

利益の総量が大きくても、利益率が小さければビジネスとしては成立しない。このように考えると、日本における「おもてなし」は、「Hospitality」と比較すれば、ビジネスとしては成立しない過剰品質の提供ということになるのかもしれない。

「おもてなし」は、マニュアル化を行わず、サービスの各提供者が、顧客ごとに柔軟に対処するというものであるが、「おもてなし」にも、共通の「ツール」や「手法」が存在するし、顧客のカテゴリー化が存在する。しかしながら、「おもてなし」においては、これが、明文化されていることはなかった。これまで、デジタル化されていなかった「おもてなし」の領域に、デジタル技術が導入され、サービスや生産作業の「マニュアル化」が近年急速に進行しているのではないだろうか。ツール化されたアクションを誤りなく低コストに実現可能な、低コストの人あるいは機械によって実現可能となりつつもある。日本の伝統であり宝である「おもてなし」の「マニュアル化」(=デジタル化)は、可能なのだろうか?

「おもてなし」は、工場における「匠の技術」あるいは「伝統・秘伝」と置き換えることができるかもしれない。日本の工場のデジタル化が「Hospitality」化であれば、完全な先進国のキャッチアップとなる。しかし、日本の工場のデジタル化を、デジタル技術を用いた「おもてなし」化にできれば、これは、Japan Modelとして、キャッチアップではなく、国際競争力になるとともに、グローバルな貢献が可能であり、共通の「ツール」や「手法」のプログラミングによって、柔軟な対応が可能なスキルの確立・実現ではないだろうか。

秘伝の虎の巻には、具体的で詳細な記述があると思っていた弟子が、虎の巻を開くと、中身は「真っ白」という話を聞く。「真っ白になれるか?」、すなわち、先入観をすべて捨て、対応可能な手順を与えられた環境に対応する、言わば「水になる、空気になる」が秘伝なのである。強制的に型にはめるマニュアル化ではなく、状況を受け入れて柔軟な対応を行うシステム、「柔」である。

忖度という日本の集合知



日本の特長の一つに「忖度」が挙げられる。場を考慮し、状況を配慮して、明示的な指示を受けずに適切な行動を行うことである。これによって、日本のシステムは「柔らかな」ものとなっている。これは、長所でもあり、短所でもある。諸刃の剣(Double Edge)である。我々は、この剣(Edge)の良い面を利用するべきである。

企業活動そして企業が提供する製品・サービスには、「Trust」が要求される。特に欧米の歴史は裏切りの歴史であり、集合知(=社会の記憶)として「相手は信用できないが前提」とした社会慣習・システムとなっている。すなわち、契約社会である。契約を前提として「Trust」を形成・構築している。一方、日本は、「信頼することが前提」とした 社会慣習・システムになっているのではないだろうか。すなわち、性善説に立脚しているのではないだろうか。日本の歴史・集合知(=社会の記憶)が、忖度を美とし、「裏切らない」を前提としていると考えられる。なお、中国は欧米と近い集合知に基づいているように思える。 これ(忖度を美とし「裏切らない」を前提にしていること)が、日本が、特にアジア諸国から信頼されている、また期待されている特質であるように感じられる。英語で言えば、Integrityではないだろうか。 ぶれない、しかし柔軟な「正直さ」、「誠実さ」、「高潔さ」そして「整合性」である。

日本版インターネット・バイ・デザイン



最後に、インターネットのアーキテクチャの適用、すなわち以下に列挙した特長を持つ「インターネット・バイ・デザイン」による工場のスマート化を提案したい。

1. グローバル: 国はステークホルダの一つ
2. 地球上で唯一の存在: 「つながること」が前提
3. 選択肢の提供: 敢えて最適化しない (=“のりしろ”の重要性)
4. 動くものを尊重: 原理主義ではなく実践主義
5. ベストエフォート: スポイル(安心)せず、上限なし
6. 透明性とエンド・ツー・エンドの原理: 知識・知恵の共有と自己解決
7. ソーシャル性: One for All, All for One の 利他主義(=三方良し)
8. 自立・自律性: 多様性の尊重(生き残る種)

Japan Modelである「おもてなし」のインターネット・バイ・デザインに基づいたデジタル化は、日本の国際競争力に資するものであり、日本文化のグローバル化への戦略的な武器となるであろう。デジタル化によって、「おもてなし」が物理資源に束縛・拘束された状態から解放され、自由に地球上を移動可能になるとともに、複製可能となるのである。「おもてなし」のUn-Wire-ingである。Un-Wire-ingされた「おもてなし」は、地球上の最も優れた生存機械(=物理資源)を利用することも可能となる。これが、工場のデジタル化であり、スマート化のJapan Modelではないだろうか。


【江崎浩による連載記事「ニッポンへの警告 周回遅れの現実を直視すべし」一覧】



第1回:もとのシステムには戻さない アイソス2020年10月号掲載
第2回:セキュリティ(危機管理)の本質と課題 アイソス2020年11月号掲載
第3回:IoTからIoF(Internet of Function)へ 〜閉じたPDCAの罠〜 アイソス2020年12月号掲載
第4回:サイバーセキュリティにおける「箱入り娘の罠」 アイソス2021年01月号掲載
第5回:CASE化する社会、企業そして工場 〜「出島戦略の罠」〜 アイソス2021年02月号掲載
第6回(最終回):「お・も・て・な・し」というJapan Model 〜マニュアル化の罠〜 アイソス2021年03月号掲載




執筆者: 江崎 浩

東京大学大学院 情報理工学系研究科教授
1987年九州大学工学部電子工学科修士了。同年4月東芝に入社。1990年米国ベルコア社。1994年コロンビア大学にて客員研究員。1998年10月東京大学大型計算機センター助教授。2001年4月東京大学大学院情報理工学系研究科助教授。2005年4月より同研究科教授、現在に至る。WIDEプロジェクト代表/Internet Society理事/データセンター協会理事・運営委員長。