品質に貢献する、IoT・デジタル化のための情報基盤


この連載では、品質の継続的な改善を目的とした情報基盤の目的について解説したのちに、情報基盤の構築、ソフトウェアセンサーの活用、人工知能システムの活用等の事例、ソフトウェア時代の品質の革新などについて解説しています。執筆者は山下克司氏(元IBM)。この論考は、アイソス2020年10月号から2021年3月号まで連載されました。本稿はその第1回を紹介しています。

はじめに



2018年末、経済産業省の『DXレポート 〜ITシステム「2025年の崖」克服...〜』が発表されました。多くの企業で強い脚光を浴びることになったデジタル・トランスフォーメーションは、デジタル技術を前提とした業務システムの最適化とデジタルデータによる企業間システム連携による社会変革が期待されています。多くの企業ではコロナ緊急事態宣言後のリモートワークや在宅勤務といったデジタル技術を活用した働き方への変化も体験してきたところだと思います。一方で、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)のような先進企業はあらゆるビジネスプロセスにデジタル技術を用い、プロセス全体を最適化してイノベーションを果たしてきています。一方でデジタル技術の安易な活用には危険が伴い、フェイクニュースなどの人工知能技術による不誠実な事案も気になるところです。本連載では、企業システムのデジタル・トランスフォーメーションを獲得するために行う、品質をベースにした情報基盤のあり方について解説をしていきたいと思います。読者のみなさまのデジタル活用の手助けとなりましたら、幸いに思います。

1. デジタルに社会全体が自然と最適化する



デジタル・トランスフォーメーションは2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が提唱した考え方で、「デジタル技術が物理的現実を動かす基本的な素材となり、情報技術と現実が融合した社会」を示しています。デジタル・トランスフォーメーションには大きく分けて二つの側面があります。ひとつは、CPS(Cyber Physical System)やデジタルツインなどのようなITによる先進制御技術であり、もうひとつはデジタル技術による社会変化です。

CPSは、フィジカルな現実社会で収集したセンサーなどのデータをサイバー世界で解析・分析してそのデジタルデータを元に現実社会を操作する仕組みです(図表1)。



そこでは、センサーによる見える化だけではなく、問題の解析エンジンと操作するためのデジタルインターフェースと機材のデジタル制御システムが必要です。例えば NC工作機械のように、これまで人間が行っていた多くの操作であっても内部ではデジタル化されているような機械を直接コンピューターによって操作するという取組みです。デジタルツインはそのセンサーや操作のシステムがより高精細に進化し現実社会の完全なコピーがサイバー社会にあり、サイバー世界での操作が完全に現実社会にコピーされる双子の関係になったものです。サイバー世界はデジタルで再現されたシミュレーション環境なので、実際の工場で試作品をたくさん作らなくても、最適解をより早く見つけ高い品質を素早く実現することができると考えられています。

デジタル・トランスフォーメーションのもう一つの側面はデジタルによる最適化です。これまでのデジタル技術の活用は人間の考えたビジネスプロセスや生産プロセスをコンピューターで置き換えて、一定の省力化効果を得るものでした。銀行の口座管理や受発注処理、生産計画、在庫管理など、従来は人手で伝票や計算尺を用いていた処理を計算機によって行うことで省力化してきました。デジタル・トランスフォーメーションはそういった目的別にサイロ化されたシステムではなく、業務全体をデジタル化することによって、業務そのものがデジタルに最適化してしまう非連続な自発的変化を示しています。

GoogleやFacebookが行っているビジネスは直接的には広告宣伝ですが、実際に起こっている変化は広告宣伝にとどまりません。需要を持っている消費者に最適なタイミング、最適な環境で情報を提供して生産技術と結びつけることで、これまでの生産から流通、販売に至る複雑な流通経路をショートカットして、メーカーはAmazonから直接的なオーダーを受け取ることができるようになります。従来のサプライチェーンで営業活動や物流を通じてメーカー、卸売り、小売店という流れのなかで行っていた情報流通は、完全にデジタルに置き換えられてしまいます。Tim O'Rreillyは著書『WTF経済』でこうした変化を「物理的な在庫を情報で置き換える」変化だと言いました。つまり、GAFAが果たしている役割は広告宣伝費の削減ではなく、流通にかかわる販売管理費全体の最適化(圧縮)なのです。これはデジタル企業が計画してきた変化ではなく、情報をデジタル化したことによる社会の自然な変化なのです。人間が計画したような社内変革などは従来の業務改善の延長線上でしかありません。「社会全体が自然とデジタルに対応した最適化を余儀なくされる」というのがデジタル・トランスフォーメーションの本質だと思います。



<デジタル・トランスフォーメーションの影響>
・ CPSやデジタルツインによって全ての物理社会をデータに基づく最適解に制御可能
・ デジタル化することによって社会が自然に最適化する変化が訪れる


2. 課題を解決するのはプラットフォーム



質のためのデジタルセンサーの活用やIoTデバイスによる情報収集など、企業はデジタルデータを活発に活用しはじめています。しかし、データをプラットフォーム化してデジタル・トランスフォーメーションをすすめていくという変革点は遠く、多くの場合で新しい試みは、 PoC(Proof of Concept:技術検証)止まりや PoC疲れ、PoC貧乏というような事態に陥っています。

PoC倒れに陥ってしまう原因はデータの提供者側にもデータを活用すべき現場側にも同時に存在しています。データの提供者はセンサーデータなどのデータ収集を行いますが、実際には利用者のニーズが理解できずオーバーエンジニアリング(技術の過剰適用)になってしまうことがあります。一方でデータを活用すべき現場側では、データの在りかが分からなかったり、データの意味が理解できなかったり、また、個人情報保護や機密保護という観点から常に制約があり、不適切利用などの懸念から利用が進まないなどの原因も考えられます。これらの課題を解決するのが情報基盤です(図表2)。



情報基盤は情報の作り手(プロデューサー)と情報の利用者(ユーザー)をつなぐプラットフォームです。情報基盤の果たす最も重要な役割は情報の見える化です。情報基盤は、工作機械やウェアラブルのIoTセンサーが送り出すデータを収集するために、メタデータを管理します。メタデータはデータ項目ごとにどのようなデータが含まれているのかデータの意味、単位、変動のサイズやスパンなどの情報を管理するデータのカタログを提供します。また、情報利用するユーザーのニーズに合わせて情報の粒度、例えば時間であれば収集間隔を秒、分、時間単位で揃えるなどの操作です。さらに重要なことは、データへのアクセス権限の管理です。不適切なデータへのアクセスや情報漏洩を防ぐために情報保存の暗号化やアクセス権限の管理を行います。また、情報基盤は利用ユーザーやPC、センサー類を確実に登録管理する統合ID管理システムが前提となっています。情報分析などは簡単にデータ解析のプログラミングができるクラウドのプラットフォームサービスから自由に利用できる環境が必要です。情報基盤では情報基盤自身のサービス品質を維持するために、常にユーザーの新しいニーズをサービスリクエストとして受け付けて改善していくフィードバックループが欠かせません。



<情報基盤のプラットフォーム化>
・ 情報のプロデューサーとコンシューマーのシーズとニーズをマッチさせる
・ 情報収集と見える化、利活用のプラットフォームを目指す



3. 品質は芸術性を求めている



現代のサービス化するモノづくりにおいて、品質の役割は大きく変化しています。モノづくりの品質で最も重要なことは安全・安心であり、また期待した性能が果たされることでした。しかし、サービスの品質はそれだけでは済まされません。サービスは生産と消費が同時に起こる同時性、サービスの提供が終了すると無くなってしまう消滅性、サービスそのものには物理的な形がない無形性、提供価値が状況によって変化する変動性という特徴をもっています。サービスは提供されなければ価値が生まれないので、サービス停止やスローダウンは収益につながらず、サービス品質における運用は大きなビジネス課題です。情報基盤は運用改善のフィードバックループの中心となってデータ解析による運用品質改善を助けます。

また、サービス提供者は多くの場合、最終消費ユーザーと直接の関係を結びます。直接の関係において最も重要な品質はサイトを好きになってもらうことです。AmazonやFacebookのように常にスマートフォンの一番初めの画面にアイコンを配置してもらい、ユーザーが常々訪れてくれるのは、サイトに対するユーザーのロイヤルティー(忠誠心)が高いと言えます。このことはインターネット黎明期、Amazonがまだ書籍の検索販売サイトだった創業当時からよく言われていたことですが、「書籍の検索通販サイトでは最初に使い慣れたAmazonの書籍検索からユーザーが他のサイトに移ってしまうことはあまりない」という現象から学んだことでした。このように、現代の品質には不具合が無いだけではなく、デジタル技術によってサービス化した品質が求められてきます。

生存のための欲求から人間としての自己実現を階層で表したマズローの欲求五段階説のように品質にも階層があり、品質の四階層が存在していると考えます(図表3)。



第一階層は人体生命の安全や壊れないということを目的とした生存品質であり、第二階層は製品が性能や容量などの非機能要件において正しく動作することを目的とした性能品質です。第三階層はサービスビジネスにおいて最も重要な、継続的にユーザーとの関係を改善するために運用のデータを解析するフィードバックループを目的とした運用品質です。そして、品質の最後の第四階層は人間品質です。人間品質は個人の自己実現を背景にして個々の心理的な情景を計測し、サービスへのロイヤルティーを目的とします。究極のサービス品質であり、アート(芸術)のような表現の世界であると言ってもよいと思います。英語の芸術:アートはラテン語のアルスを語源としていて、それは、ギリシャ語のテクネーに対応する技芸、技術という意味があります。フィギュアスケートの採点ではアーティスティックインプレッションとテクニカルメリットと二つに分けられていますが、もともとは同じ「人の手による技」の採点であるということです。現代技術はデジタル化によって大きな成長を見せていますが、品質が技術とその原点である芸術性に到達するというのは不思議な一致ですが、当然の帰着ではないでしょうか。



<品質の四階層>
・ これまでの生存品質や性能品質を当たり前として、ユーザー体験を基本とする品質
・ 運用品質はビジネスメトリクス、人間品質はユーザーロイヤルティーを計測する




【山下克司による連載記事「品質に貢献する、IoT・デジタル化のための情報基盤」一覧】



第1回:デジタル化される品質管理 アイソス2020年10月号掲載
第2回:情報基盤の目的と概要 アイソス2020年11月号掲載
第3回:情報基盤の構築事例 アイソス2020年12月号掲載
第4回:ソフトウェアセンサーの活用 アイソス2021年01月号掲載
第5回:人工知能技術の発展と活用 アイソス2021年02月号掲載
第6回(最終回):ソフトウェアの革新 アイソス2021年03月号掲載




執筆者: 山下 克司

山下技術開発事務所 代表
2020年までIBMでクラウドシステムの情報基盤を担当し、企業システムにおけるデジタルトランスフォーメーションを企画、リードしてきた。現在は独立し、サービス・プラットフォームにおけるサービス品質の継続的な改善のためのエンタープライズDevOpsやサイト品質のためのエンジニアリングなどの技術領域でイノベーションに関わる技術支援、講演や寄稿などを行っている。