東京大会2020農産物調達コード ASIAGAP


日本GAP協会の青柳裕美さんに、世界のさまざまなGAP(Good Agricultural Practice:良い農業の実践)認証制度、GFSI(Global Food Safety Initiative:世界食品安全イニシアティブ)承認のGAP、その中でも東京オリンピック・パラリンピック競技大会における食材調達基準に採用されたASIAGAP、JGAP、GLOBAL.G.A.P.などについて、アイソス2020年4月号から6月号にて連載いただきました。本稿はその中の第1回の記事(2020年4月号)です。

はじめに



日本GAP協会の青柳裕美です。みなさんは、GAPという農業の基準をご存じですか。今回、GAPについてお話をしていきたいと思いますが、みなさんは、農業にどのようなイメージをお持ちでしょうか。

私が農業に関心を持ったのは、貧困や飢餓の解決の方策の一つとしての農業生産技術や日本農業の食料自給率の低下、はたまた、取れたての農産物の美味しさといったところからでした。そして時は2020年、農業をテーマとしたテレビ番組の定着や様々な農業体験サービスが提供されるようになり、農業への関心が高まっていると感じます。現場では担い手の高齢化、農業の大規模化、新規就農、規制緩和による企業の農業への新規参入が進んでいます。IT技術は農業にも取り入れられ、テレビドラマ「下町ロケット」での無人トラクター開発競争は印象的でした。ドローンでの農薬散布や位置情報を利用したスマートフォンでの営農管理等、ICTを取り入れた農業はスマート農業と呼ばれています。また、政府は農産物輸出額1兆円を掲げ、その支援を進めています。これらのことから、農業は難しい局面にありますが、新たなビジネスチャンスがある産業というイメージを持つ方もおられると思います。

一方で、依然として低い食料自給率や営農による環境負荷、他産業に比べ高い労働事故の発生率、外国人の就労増加、畜産の現場ではアニマルウェルフェア、家畜伝染病対策といったさまざまな社会的課題を農業は抱えていると言うこともできると思います。

また、消費者の食品安全への関心の高まりは、食品事業者に対するHACCP制度化を背景として、一次生産、加工、流通、小売といったフードチェーン全体で食品安全を確保する取組みを求めています。農業はHACCP制度化の対象にはなっていませんが、生産・出荷する農産物の安全を説明する責任は、フードチェーンのスタートラインに立つ農業生産も同じです。私は、GAPの取組みが上記の農業のビジネスチャンスや社会的課題を支える土台になると考えています。また、それらの取組みは、近年、注目されている「持続可能な開発目標(SDGs)」と親和性の高いものだと思います。

GAPを知らない方はまだまだいらっしゃると思いますが、毎日の食事の中でお米やお肉、野菜といった農産物を食べない日はないと思います。この機会にGAPに興味を持っていただければ、幸いです。



GAPの必要性



GAPとは、Good Agricultural Practiceの略で、直訳すれば「良い農業の実践」となります。農林水産省では、「農業生産工程管理」と訳しています。ここでの「良い」は、他と比べてよい、一番良いということではなく「基本ができている」、「悪いところがない」といった意味であり、農業生産の過程を管理することで良い農産物を出荷しようとするものです。農林水産省は、GAPの構成要素として5つの分野(①食品安全、②環境保全、③労働安全、④人権保護、⑤農業経営管理)を設定しています。ここに、畜産のGAPでは、アニマルウェルフェア、家畜衛生の要素が入ってきます。では何故、GAPの取組みが必要なのでしょうか。私は、その理由は大きく3つあると考えています。

1つ目は、GAPが農業生産の経験を見える化する点です。家族的経営の中で親の手伝いをしながら自然に農業機械の操作や資材の使い方を見よう見まねで暗黙知という形で継承していた時代から、経営規模の拡大や他産業からの新規参入など、農業を知らない人が農作業をする例が増えています。その際、管理する側は作業者に明確な指示を出さなくてはなりません。自分一人が経験的に身につけていた気をつけなければいけない点を明確に説明する必要性が出てきました。GAPでは、農業をする上で気をつけなければならない食品安全や労働安全上の注意点が示されています。また、さまざまなGAPの基準の中には、それらの注意点を自分の農場でどのように管理するのか手順を求め、従業員に教育訓練を求めるものもあります。

2つ目は、GAPに取り組むことで食品安全を確保できる点です。農業は2018年の食品衛生法改正にともなうHACCP制度化の対象外ではありますが、食品安全は農業生産においても規模の大小を問わず全ての農業生産者が実現しなければならないことです。多くの消費者が気にする農薬使用についての基準だけでなく、栽培の段階で使用する水、土、肥料に関する基準や収穫後の衛生的な取扱いについても基準が設けられています。GAPには、食品安全のバトンをつないでいくために農業生産の過程で実践すべきことが記されています。

3つ目は、GAPには社会的課題について取り組むべき基準が設けられている点です。持続的な農業生産を行うためには、環境を維持していかなければなりませんし、働く人の安全確保や人権保護への配慮が求められます。また、畜産では世界的にアニマルウェルフェアの関心が高まっています。後述のとおり全てのGAPがこれらの要素を含むわけでは無いことに注意が必要ですが、例えば、日本GAP協会が運営するASIAGAP及びJGAPには、これら環境保全、労働安全、人権保護、アニマルウェルフェアといった要素が含まれています。

上記の3点は、いずれも農業経営の守備を固めることに他なりません。現代では事業を行う上での社会的責任が求められています。それは農業も例外ではありません。食品安全事故や労働災害事故を起こした時にその原因が特定できないままでは、取引先から信頼を回復することはできません。GAPは、農業経営における様々なリスクを管理し低減する手法です。そして、消費者の視点に立てば、GAPに取り組む農場で生産されたということは、食品安全はもちろん持続的な営農活動をしている目印になります。



さまざまなGAP 海外のGAP



世界で初めて本格的に運営されたGAP認証制度は、EUREPGAPです。ドイツに本部があるFood PLUS GmbHが1997年に運営を始めました。その後2007年にEUREPGAPは、GLOBALG.A.P.に改称されています。ヨーロッパでは、アフリカや南米などヨーロッパの域外から多くの農産物が輸入されているほか、域内においても国を超えて多種多様な農産物が流通しており、その農産物の安全性を確保するため、Euro-Retailer Produce Working Groupに所属する流通業者がEUREPGAPを作成しました。GLOBALG.A.P.は、ヨーロッパに輸出する国々で普及していきましたが、それらの国々では、自国の農業の実態に合った独自の基準を作成する動きが出て、GLOBALG.A.P.以外にもChile GAP、New Zealand GAP、China GAP、Thai GAPといった、各国の政府や生産者団体、輸出協会などが独自に作成したGAPが作られ、食の安全・安心への意識の高まりや農産物流通のグローバル化を背景に普及していきました。(図表1)






GFSIに承認されたGAP



B社は、トップマネジメントによる労働安全衛生方針を定めており、その中には以下の文言が含まれていた。

安全衛生意識向上のために、全員参加の安全衛生活動を実行します。



解説



GFSI(Global Food Safety Initiative:世界食品安全イニシアティブ)は、グローバルに展開する食品製造業者、小売業者、食品サービス業者等が参加する食品安全の向上と監査コストの適正化を目的とした非営利団体です。GFSIが発足した背景の一つに、食品安全意識の高まりとともに乱立した食品安全基準の等価性を図ることがありました。GFSIは活動の一つとして、食品安全に関わる世界の様々な認証制度を対象に、GFSI Benchmarking Requirementsに基づく監査と承認を行っています。GFSIから承認された認証制度は、欧米を中心とした世界の食品小売・製造事業者において、国際的に信用に足る食品安全に関する認証制度として認識されます。GFSIが承認の対象としているのは、飼料の製造(F)、動物の生産(AI)、植物の生産(BI)、穀物・豆類の生産(BII)、植物性食品の前処理(D)といったフードチェーンの川上から食品製造(E)、小売・卸売(H)、輸送及び保管サービスの提供(J)といったフードチェーンの川下までの様々な範囲です。(図表2)



GFSI Benchmarking Requirementsには、認証制度に関する要求事項(Part II)と認証基準に関する要求事項(Part III)があります。Part IIIはスコープごとに内容が異なっており、Part IIIのBIとBIIにGAPの要求事項が含まれています。この要求事項の内容は、食品安全に関するものであり、現在、日本でGAPと言った時に考える労働安全、環境保全、人権保護に関する要求事項は入っていません。

これまでにGFSIの承認を受けているGAPもしくはGAPを含む認証制度は、Primus GFS(本部所在地:米国)、GLOBALG.A.P.(同:ドイツ)、Canada GAP(同:カナダ)、SQF(同:米国)、そして、ASIAGAP(同:日本)です。なお、この中で、食品安全以外の労働安全、環境保全、人権保護に関する項目が入っているのは、ASIAGAPとGLOBALG.A.P.のみです。



日本のGAP



本においても、食の安全・安心をより高い水準で求めるようになってきた世界的な潮流の下、2000年代に入り、都道府県やJA、食品流通業者などが様々なGAPを作っていきました。このため、食の安全についてカバーする範囲の大小や、環境保全や労働安全の要素を含むもの、含まないもの、認証制度があるもの、二者監査の基準として使用されるものなど、日本には多数のGAPが存在しています。(図表3)



基準の対象となる生産物には、青果物、穀物、茶、畜産物などがあります。農林水産省は、国内にある様々な農業生産工程管理(GAP)の取組内容の共通基盤を整理することを目的として、2010年に野菜、米、麦を対象とした農業生産工程管理(GAP)の共通基盤に関するガイドラインを策定しました。その後、2011年には、果樹、茶、飼料作物、きのこ等他の作物を追加しています。



日本GAP協会が提供する認証プログラム



日本GAP協会は、青果物、穀物、茶を対象としたGAP認証制度「ASIAGAP」と青果物、穀物、茶、家畜・畜産物を対象とした認証制度「JGAP」の開発・運営をしています。その歴史は、2006年にNPO法人日本GAP協会が、日本の業界標準のGAPを構築すること、世界に通用する日本の本格的なGAPを作り普及すること、を目的として設立したことから始まります。そして、2007年に青果物、穀物を対象としたJGAPの第三者認証が始まり、2012年には茶を対象とした基準が発表されました。2017年には、家畜・畜産物を対象とした基準が発表されています。

ASIAGAPは、2016年に発行されたJGAP Advanceの改定版としてアジアのGAPのプラットフォームとなることを目指して2017年に発表されました。その後、GFSIの承認監査を受け、2018年10月末にGFSIの承認を受けました。



東京オリンピック・パラリンピック競技大会における食材調達基準



本年7月より開催される東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会)において、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委員会)が提供する飲食サービスに使用される農産物、畜産物の調達基準としてGAPが採用されました。組織委員会は、東京2020大会において調達する物品・サービス及びライセンス商品の全てを対象とする「持続可能性に配慮した調達コード」(以下、調達コード)を策定しており、さらに重要な物品・サービス等やその原材料については個別に基準や確認方法を設定しています。GAPは、この物品ごとの調達基準に当たります。

調達コードは、4つの原則に基づいて、持続可能性に配慮した調達を行うことを求めています。4つの原則とは、(1)どのように供給されているのかを重視する、(2)どこから採り、何を使って作られているのかを重視する、(3)サプライチェーンへの働きかけを重視する、(4)資源の有効活用を重視する、というものです。この原則を踏まえ、サプライヤーが法令順守、環境、人権、経済の各分野に関する基準を達成、積極的に取り組むことを求めています。

物品ごとの調達基準である農産物の調達基準は、農産物の生鮮食品及び農産物を主要な原材料とする加工食品を対象としています。サプライヤーは、調達コードを満たした上で、農産物の調達については、持続可能性の観点から次の①〜③を満たすことを求められています。①食材の安全を確保するため、農産物の生産に当たり、日本の関係法令等に照らして適切な措置が講じられていること。②周辺環境や生態系と調和のとれた農業生産活動を確保するため、農産物の生産に当たり、日本の関係法令等に照らして適切な措置が講じられていること。③作業者の労働安全を確保するため、農産物の生産に当たり、日本の関係法令等に照らして適切な措置が講じられていること。畜産物の調達基準は、農産物の調達基準①〜③に加え、④快適性に配慮した家畜の使用管理のため、畜産物の生産に当たり、アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針に照らして適切な措置が講じられていること、が求められています。ASIAGAP、JGAP、GLOBAL.G.A.P.は、①〜③、④を満たすものとして、物品ごとの調達基準に認められました。

こうした持続可能性に配慮した調達基準は、2012年ロンドン大会以降、リオ大会や平昌大会でも設けられています。オリンピック・アジェンダ2020(2014)では、「オリンピック競技大会の全ての側面に持続可能性を導入する」ことが明記されています。なお、過去の大会の食材調達基準は、次のような考え方で設定されています。

ロンドン大会では、飲食提供の基本戦略(Food Vision for London 2012)の中で義務的基準と推奨基準が規定されました。義務的基準においては、英国内向けの認証制度 Red Tractorの認証品が基本となり、他にはこれと同等の基準を満たすことが必要とされました。推奨基準は、オーガニック食材やフェアトレード認証、レインフォレストアライアンス認証が採用されました。Red Tractor認証は、イギリスの農業者団体が運営する認証制度で、食品安全や環境保全、アニマルウェルフェア等に配慮した農産物や加工食品を認証する制度です。

ブラジル大会では、飲食提供の基本戦略(Rio 2016 Taste of the Game)等において食材の調達基準を規定し、ブラジルのオーガニック基準による認証を受けたオーガニック製品や地元産のものを優先するとしています。平昌大会では、環境配慮認証やGAP認証が優先されました。

日本の生産者が、東京2020大会を契機に調達基準に対応した農産物や畜産物の生産に取り組むことで、食品安全、労働安全、環境保全、人権保護、アニマルウェルフェアの取組みを強化し、さらに国際的な取引にも対応できる競争力をつけていくことが期待されています。そして、東京大会以降も持続可能な農業生産を実現するツールとして、GAPが活用されるよう、日本GAP協会として基準開発、普及に努めて参りたいと思います。



【東京大会2020農産物調達コード ASIAGAP 〜認証制度活用のメリット〜」一覧】



第1回:第1回:GAPとは何か? 日本GAP協会が提供するASIAGAPとは? なぜ調達コードに選ばれたのか? アイソス2020年4月号掲載
第2回:ASIAGAPの認証制度の解説 GLOBAL.G.A.P.との違い アイソス2020年5月号掲載
第3回(最終回):日本におけるGAPの活用事例 アイソス2020年6月号掲載




執筆者: 青柳 裕美

一般財団法人日本GAP協会 運用管理部
2005年東京農工大学大学院共生持続社会学専攻修了。農協、食品メーカー等を経て、2015年一般財団法人日本GAP協会。現在、運用管理部にてASIAGAPとJGAPの基準開発に携わっている。