品質で戦うための3つの武器


製品の品質が良いことは、売れるための重要な要素ですが、品質が良いだけで売れるわけではありません。標準化をビジネスツールとしてうまく活用しながら、品質が特に優れているのなら、その市場を囲い込むような規格を作ればよいのです。品質が他社製品に比べて高いのなら、その高さがユーザーに伝わるような規格や認証を作ればよいのです。さらに品質が安定しているのなら、規格や認証を使ってコストを下げてシェアを取ればよいのです。このように、一橋大学の江藤学教授は日本企業が品質で戦うための3つの武器を挙げ、標準化をビジネスツールとして活用することで、自社の品質を差別化領域にする戦略を提唱しています。本稿はアイソス2022年3月号に掲載されたインタビュー記事の一部を掲載しています。


JISづくりの妙−大企業が参入しない市場サイズを標準化



−「品質が特に優れていること」「品質が他社製品に比較して高いこと」「品質が安定していること」−この3つが、企業が品質で戦うための武器になると提案していらっしゃいます。まず1つめの「品質が特に優れていること」を武器として戦うには、どうすればいいですか。

中小企業の事例で説明すると分かりやすいと思います。例えば、安くて軽く、外で使う上で高性能な顕微鏡装置を開発した企業があるのですが、安価で小型だけでは既存の顕微鏡製品市場で評価されにくいので、性能測定方法を規格化しました。その際、顕微鏡市場は競争が激しいので、「顕微鏡」とは異なる製品として「携帯型微生物観察器」という名称で規格化し、通常の顕微鏡には不要な耐衝撃性、耐高温性、耐高湿性などを調べる測定方法を標準化しました。これはJISづくりの妙なのですが、このような特別な用途に対する特別な機能を備えた製品というのは、大企業が新たにコストをかけて作りたいとは思わない程度の市場サイズなんです。大企業はこのビジネスに参入して来ないので、そのエリアで圧倒的に性能の良い製品を作って売ることができます。経済産業省の支援制度である「新市場創造型標準化制度」がスタートした当初、30ほどの企業がこの制度に参加しましたが、そのうちの3分の1は、このような新しいコンセプトを提案する製品でした。

一方、大企業の場合は、大きな市場を取らないといけないわけですが、品質が良ければ大きな市場が取れるわけではありません。今、日本はオーバースペック問題により世界市場で負けています。性能が良過ぎて、本当にその性能が必要なエリアしか取れず、そのほかの少し性能が低くてもよい分野はどんどん海外企業に取られています。日本の大企業の多くがオーバースペック問題で悩んでいて、品質を良くするノウハウは蓄積されているのですが、品質を下げて価格も下げるということが全然できていません。

測定方法をJIS化しても業界で普及させなければ勝負に勝てない



−続いて2つめの武器である「品質が他社製品に比較して高いこと」についてですが、この武器を使ってどのように戦えばいいのでしょうか。

これは品質が高いことを武器にするわけですから、測定方法の規格を作って、それで他社さんの製品よりも良いことを証明して評価してもらえばよいわけです。この方法の最大の難しさは、相手も同じ測定方法を使ってくれないと比較してもらえないことです。業界のみんなが同じ測定方法を使っている好例が自動車の燃費です。自動車の燃費の測り方は国土交通省が決めており、自動車メーカー各社がそれに準じて自動車の燃費を発表しますので、比較が明確にできます。

一方、測り方をJISにしたからといって、JISは強制ではありませんから、使ってもらえない場合もあります。例えば、醤油が酸化しないよう気密パッケージを開発した会社があります。これは袋タイプのもので、ペットボトルタイプのものではありませんでしたが、性能は大変優れていました。一方、大手醤油メーカーがペットボトルにビニールを入れて酸素が戻らないようにするタイプを発売しました。品質は袋タイプの方が優れているらしいのですが、見た目はそれが分かりにくいので、それを証明できる試験方法をJIS化したのですが、その方法をライバル会社がなかなか使ってくれません。このように、測定方法をJIS化しても、それを業界でいかに普及させるかが勝負になってきます。

日本には業界団体があり、業界団体で一致して測定方法を標準化するという取組みが昔から実施されています。例えば、自転車のBAAマークの試験方法は、日本製品が優れていることを示すのに役立っています。しかし、業界団体で作った規格は、業界団体内の一番技術の低い企業でも実現できるレベルに合わさざるを得ない面がありますので、高い技術を持った企業がそのメリットを出せる規格を作るには難しい面があります。

品質を上げるだけでなく安定させる戦い方が重要になってくる



−3つめの「品質が安定していること」はなぜ武器になるのでしょうか。

同じ品質のものを安定して供給できるという点で、日本は鉄の世界で非常に有名です。1980年代後半、日本の鉄は品質において韓国最大の鉄鋼メーカーであるポスコに負けていたという説があります。ですが世界の市場においては日本の鉄鋼メーカーの方が勝っていたのは、日本のどの鉄鋼メーカーから購入しても同じ品質のものが届くからでした。これがBtoBとBtoCの大きな違いで、BtoBの場合は、価格だけじゃなく、品質が安定しているだけでもなく、複数から購入しても同じ品質のものが届くことが重要な調達要件になります。これが日本の鉄鋼メーカーの強みだったのです。ポスコの品質がいくら優れていても、大企業というのは複数調達が必須なので、ポスコ以外の鉄鋼メーカーからも同じ品質のものが届かなければ困ります。品質の良いものを作って売るというのも大事ですが、品質では他国企業に負けていても同じ品質ものを安定供給するというのも大事です。先ほどオーバースペックの問題に触れましたが、大きな流れとして、品質を上げるだけでは戦えなくなってきているのは間違いないので、品質を安定させる戦い方が今後重要になってくると思います。



将来を見通した標準を早めに提案し付加価値の高いものを作る



−今後の日本に必要な標準化戦略について、どのようにお考えですか。

私は基本的に中小企業が標準化に取り組むことには反対です。中小企業は、知財は全部隠して、独自の戦略を展開すべきで、標準化に人員やコストをかけている場合じゃないし、変な標準化をしてしまうと市場を失うことになりかねません。ですから、中小企業の場合は硬い規制を乗り越えるといった目標を明確にして、標準化のメリット・デメリットがよく分かっている人が戦略を考えない限り、標準化はやってはいけないと思っています。標準化はやっぱり多くの技術を使い分けることができる大企業中心で展開したほうがよいのです。

ただ、日本には業界団体があるので、業界団体と大企業との棲み分けがすごく難しい。業界団体で話し合ってからでないと世界に出ていけないので、圧倒的に時間がかかるし、自社にとって有利な規格にならない場合もあります。また、日本は一つの業界に非常にたくさんの企業があるので、標準を作り、海外と交渉する上では非常に不利な面があります。ですが、それを生かすこともできます。業界内にフルセットを持っていることは、日本企業の大きな強みだからです。

例えば、車載電池です。EVの電池は今後すごい需要になると思いますが、EVの電池については、電極の会社、セパレーターの会社、材料の会社など、上流から下流まで国内にフルセットがあります。一番下流のリチウム等の原料は海外からの調達になりますが、そのほかはすべて日本で作れるので、非常に強い技術開発力を維持できるし、標準化をリードできる力も持っています。標準化というのは結局、上流と下流の間のつなぎ目で役割分担を決めるものが多いので、上流も下流も両方持っていて、それが協力できる国はすごく強いです。もちろんフルセットがあるということは、それだけメンバーがたくさんいるということですから、メンバーが多すぎて話し合いがうまくいかない場合もあります。ですが、国内にメンバーがたくさんいることの有利さを活かすことができれば、日本は圧倒的に強い力を出せると思っています。

もちろん、いつまでもフルセット主義でいけるとは思いません。ですが、今はまだ多くの分野にフルセットがあるので、この強みを活かしながら、将来を見通した標準を早めに提案して、付加価値の高いものを作ることが重要であると考えています。
(取材日:2022年1月6日)


取材先: 江藤学

一橋大学 商学部 経営管理研究科 教授
1960年生まれ。85年大阪大学大学院基礎工学研究科修了、同年通商産業省に入省、経済協力開発機構日本政府代表部一等書記官、産業技術総合研究所工業標準部長、経済産業省産業技術環境局基準認証政策課工業標準調査室長、経済産業省産業技術環境局認証課長を経て現職。