日本企業に求められる「オープン&クローズ戦略」


エレクトロニクス分野で製品イノベーションを主導していた日本企業が量産化のステージに入ると市場撤退に追い込まれました。この背後で起きていたのがオープンアーキテクチャの広がりであり、オープン化した技術を活用する新興国の低コスト生産に日本企業が勝てなかったのです。その一方で、現在も成長を続ける先進国企業もあり、この成長を支えていたのがオープン&クローズの戦略思想でした。オープンアーキテクチャとは何か、なぜオープン化されると市場が急成長するのか、21世紀のオープン&クローズ戦略とは何か、などについて日本企業再興の条件として同戦略を提唱している小川紘一氏から話を聞きました。本稿はアイソス2022年2月号に掲載されたインタビュー記事の一部を掲載しています。


オープン&クローズ戦略を展開できない大企業はみんな負けていった



−日本企業は、1990年代後半からエレクトロニクス分野で市場撤退を繰り返し、「技術で勝って、市場で負ける」と言われるようになりましたが、その背景を考える際にキーワードになるのが「オープンアーキテクチャ」だと思います。この概念が生まれた経緯と重要性について説明していただけますか。

まず世界の産業構造がどのように変化してきたのかを、製造業の視点で見ていきましょう。18世紀後半にイギリスを中心として手工業が機械化されました。これを第一次経済革命とすると、第二次経済革命は19世紀後半にドイツやアメリカを中心に起きた巨大資本による大規模企業の登場です。国の全土に鉄道網と電信網が敷かれて製造・輸送・通信コストが劇的に下がり、企業の巨大化を可能にしました。そして20世紀末から始まるデジタル化がオープンアーキテクチャによる巨大市場を作り出します。これが第三次経済革命であり現在も全世界に急拡大中です。

重要なことは、第二次経済革命は、物理法則や機械特性などの自然法則を活用した産業でした。自然法則ですから神様が作った法則です。一方、第三次経済革命は、自然法則ではなく、“1”と“0”の組み合わせだけで表現する人工的な論理体系の、ソフトウェアを活用するデジタル型の産業ですのでここに神様はいない。人間が自由自在に作っているのです。これが大きな違いです。

第三次経済革命を2つのフェーズに分けてみますと、まず1990年代からパソコン、ネットワーク、携帯・スマートフォン、デジタル家電が普及し、価値形成の場が企業内(自前主義)から企業外のエコシステムへシフトしました。したがってグローバルなエコシステム空間でつながる仕組みづくりを先導する企業が市場を席巻するようになります。これがデジタル化の第1フェーズであり、エレクトロニクス産業が作り替えられました。エコシステムというのは、自分だけでやるのではなく、いろんな企業が一緒になって価値を形成していく仕組みですので、共通のルールが必要になります。すなわちオープン標準が非常に重要になってくるのです。この仕組みづくりにいち早く取り組んだのが欧米企業であり、日本企業はそこから15〜20年くらい遅れて対応し始めました。

デジタル化の第2フェーズは、価値形成の場がフィジカル空間からサイバー空間へシフトする2020年代に広がります。サイバー空間では限界コストがゼロの経済、すなわち一旦開発すれば追加コストがゼロになりますので、この経済効果の取り込みを先導した企業が市場を席巻します。このフェーズになるとあらゆる産業が大きな影響を受けて作り替えられるでしょう。既に金融や小売業で始まっていますが、自動車を含む製造業でもその兆候がはっきり見えてきました。

いま申し上げた内容を構造的に図式化したのが冒頭の図表です。中央のボックスの下は、1870年代から始まった農業経済から産業経済への転換であり、フルセット大規模企業が強大な経済パワーを作り出すようになります。ここでは企業内で価値が形成されますので、企業内での品質管理や企業内の標準化が非常に重要であり、日本企業が圧倒的に強かったわけです。

しかしボックスの右側の1990年代に入ると、製品設計に組み込みソフトウェアが深く介在し、製品アーキテクチャが技術モジュールの組み合わせ型になります。そして技術モジュールのインターフェースがオープン標準化されて流通すると、新興国はモジュールの組み合わせだけで完成品を低コストで大量生産できるようになり、日本のエレクトロニクス産業を市場撤退に追い込みました。

その一方で、コア技術を握る欧米企業とオープンアーキテクチャの環境でビジネスチャンスを掴んだ新興国とが、互いに得意領域を持ち寄って協業するエコシステムがグローバル市場に広がります。欧米の企業は、自分たちの得意分野であるコア技術をクローズにし、それ以外の周辺技術は標準化してオープンにしたのです。これがオープン&クローズ戦略であり、新興国の多くの企業に参入・競争させながら、自社製品を普及させました。

1990年代の我々はこの仕組みを理解できませんでした。起きている現象そのものは分かりますが、「ものづくりを外部に頼むとは何事か、外部に頼めば競争力を維持できない」と信じていたのです。これは技術の問題ではなく、思想の問題であり仕組み作りの問題なのです。この仕組みが分からなかったのは、日本企業だけでなく伝統的な欧米企業も同じでした。オープン&クローズ戦略を展開したのが当時のベンチャー企業でしたが、展開できなかった大規模企業はみんな負けてしまった。例えば標準嫌いだったIBMが1990年頃に倒産寸前まで追い込まれました。ドイツのシーメンスもオランダのフィリップスも同じであり、それほど大きなインパクトだったのです。

2020年代に入ると、今度はサイバー空間で価値形成するという、デジタル化の新たなフェーズに入ります。市場が無限に広がるサイバー空間へオープンアーキテクチャが急拡大しており、数多くのスタートアップが出現し始めました。彼らは特定の技術しか持っていませんから、他の技術を持った組織とつながらなければなりませんので、オープンアーキテクチャの需要が高まります。一方、既存の企業も、サイバー空間が作り出す強大な経済パワーを自社へ引き込むために、例えば製造業では、設計や生産、調達、ロジスティクスなど、フィジカル空間で起きる事業活動をデジタルデータ経由でサイバー空間に表現するDigital Twin作りに取り組み始めました。

これがいわゆるDXであり、企業内の業務・部門・事業はもとより、企業の境界をも超えてつながるデジタルエコシステムがサイバー空間に現れるのです。中国でいま起きている電気自動車産業の変革は1990年代中期のエレクトロニクス産業に似ており、日常のビジネスプロセスだけでなくビジネスモデルさえも作り替わる可能性が出てきました。ビジネス全体がサイバー空間のネットワークの中で最適化されソフトウェアが価値形成を先導するという意味で、2020年代の我々は150年ぶりの構造転換期に立っているのです。産業全域が作り替えられることになるでしょう。

−「オープンアーキテクチャ」をどのように定義しますか。

アカデミアの定義は、①複雑で大きなシステムを複数の機能的なモジュールに分け、システム全体を独立したモジュールの組み合わせで表現する、②それぞれのモジュールの役割分担をオープンにすると共にモジュール相互のつながり方のルールもオープンにする、という2つの組合わせで表現しました。このためか1990年代の日本の学者はオープンとしか言いませんでした。

ですが、オープンだけでは勝てません。日本企業がオープンにしてもそれで得をするのは技術を持たない新興国だったからです。1990年代以降に実ビジネスで急成長した企業は明らかにオープン&クローズ戦略を展開していましたので、上記の定義だけでは不十分です。そこで私は上記以外に、③個々の機能モジュールは所有権や特許権、営業機密によって保護されている、④エコシステムのパートナー企業が互いにビジョンを共有し、自由競争によってイノベーション連鎖とネットワーク効果を作り出す、を定義に追加しました。

機能モジュールを保護するというのがクローズ戦略ですが、保護される保証があって初めてオープン環境で互いにつながりながら自己責任で投資し合いますので、自社の外でネットワーク型のエコシステムが構築され、ありとあらゆる組織が参入して競争しイノベーションが起こります。ここで技術や組織や企業が互いを刺激し合うインタラクションが起きますので、指数関数的な急成長が生まれるのです。

この事実はデジタル化の第1フェーズで至る所に現れましたが、既に第2フェーズでも現れ始めています。これまでの経済学で語られる労働供給、資本ストック、技術進歩だけでは説明できないメカニズムがデジタル型の産業システムに出てきたのです。この意味で成長と分配の好循環には、2020年代から始まるサイバー空間というデジタル環境の中で、新しい姿の成長モデルが必須となるはずです。

イノベーション連鎖とネットワーク効果を自国/自社へ引き寄せる



−2020年代は日本企業がオープン&クローズ戦略を先導すべしと提唱していらっしゃるわけですが、この戦略のポイントを教えていただけますか。

電気自動車はもとより例え脱炭素製品であっても必ずオープンアーキテクチャになりますので、オープン&クローズ戦略として以下の3つが必須となります。1つめは先に挙げた①から④の定義を活用しながら技術モジュールの組み合わせで製品を表現し、さらに異業種の企業や組織の組み合わせで産業を表現し、互いがつながるルールや仕組みをオープンにすること。すなわち標準化を先導し、オープンアーキテクチャの中でお互いにつながる仕組みを作るのです。

これを経営者の視点から言えば、市場拡大に向けて自社で全部に投資するのではなく、パートナー企業に投資してもらう。言い換えればお互いに競争し合ってイノベーションの連鎖を起こすのです。オープンアーキテクチャですので、誰でも参加できますから競争が始まります。競争が起きれば市場が10倍にも100倍にも広がるので、例え分業の一部であっても巨大市場の中で急成長できるのです。ところが、ここで自分も競争させられたら嫌ですよね。自分だけ競争しなくて済む、あるいは激しい競争に巻き込まれないようにするにはどうしたらいいのか。

そこで、2つめの要素であるクローズ戦略が重要になってきます。自分たちの得意とする特定の領域だけに集中して常に技術革新を先導し、それを知的財産権で保護するのです。そうすることで、例え後追いの企業がクロスライセンス攻勢を仕掛けてきてもこれを排除できます。米国のスタンダードな経済学は寡占・独占はもとより知的財産権さえ自由競争を妨げるからダメと主張します。しかし上記①から④で定義されたオープンアーキテキチャであれば、例えモジュール単体が寡占状態になっていてもモジュール相互が互いに刺激し合ってイノベーション連鎖が起きます。

もしクローズ領域の保護を徹底させなければ技術が世界中に伝搬しますので、投資した企業はその恩恵を受けられず産業が衰退します。こんな事例は19世紀のイギリスと20世紀に入ってからのドイツとアメリカ、そして1980年代のアメリカと日本、1990年代の日本とアジア諸国で繰り返し起きました。ようやく最近になってアメリカの経済学者も知的財産権の保護を強調し始めています。

以上を要約すると、1つめは「互いに投資し合う市場にする」、2つめは「自分の会社だけは競争の外に置く」ということです。このとき必ず現れるのが、自社を競争の外に置いたうえでエコシステムパートナー企業を競争させながら市場を拡大する仕組みの構築です。これが3つめの要素として私が定義した「伸びゆく手」の概念です。市場拡大によって生まれる経済的価値をできるだけ多く自分のところに引き寄せる戦略思想と言ってもいいでしょう。具体的には、オープンアーキテキチャの構造、すなわちエコシステムの構造を自社優位にコントロールすることです。

例えば、航空機はおよそ100万点の部品から成り立っていますが、欧米の航空機メーカーは部品を作っていません。世界中のサプライヤーがイノベーション投資をして航空機メーカーに部品を提供しているのです。航空機メーカーは航空機が全体最適である(必ず安全に飛ぶ)ために、各々の部品はこうでなければならないという仕様とアーキテクチャを事前に決めておき、サプライヤーはその仕様・アーキテクチャに従って部品を作っているのです。例え共生的なエコシステムであっても、製品やエコシステムのアーキテクチャを航空機メーカーがコントロールしていることになります。

これは自動車や建設機械、船舶でも同じであり、コントロールするためのノウハウや組織能力が経済的な価値を作り出すという意味でクローズ領域なのです。ダイキン工業は空調器産業で、製品それ自身だけでなく販売チャネルも含めたビジネス全体のアーキテクチャをコントロールする仕組みを構築しました。これが高収益ビジネスを支えているのです。 次にアップルのiPhoneの事例でオープン&クローズ戦略を説明してみたいと思います。下の図表を見てください。

アップルが自ら手がけているのは図の左側の黄色の部分、すなわちデザイン、ユーザーインターフェース、iOS、APIのSDKライブラリ群がコア領域でありクローズ領域です。コア技術は知財権と契約で保護しクロスライセンスを徹底排除しますが、その一方でiPhoneを構成するハードウエア部品はすべて外から調達し、組立もEMSの会社に委託しています。これを言い換えると、アップルのコア領域は一旦開発すれば何台作ってもコストは発生しないソフトウェアやデータ、情報、知財権などで構成されています。その一方で、作る個数に比例して投資が増えるハードウエアには手を出さずパートナー企業に任せている、と言ってもいいでしょう。

ここで重要なのは、調達するハードウエア部品とアップルのコア技術とをつなぐ領域に知財を集中させ、パートナー企業とのつながりを契約でコントロールしている点です。これがアップルの「伸びゆく手」であり、世界中の部品工場、組立工場をあたかもアップルの専用工場のように使う仕組みになっているのです。アップルの「伸びゆく手」がハードウェア側をコントロールしている、と言ってもいいでしょう。この仕組みはアメリカで合法です。

−最後に、オープン&クローズ戦略の現状を総括していただけますか。

世界で展開されているオープン&クローズ戦略は、大きく3つのモデルに分かれると思います。1つめは、航空機、自動車、ロボット、工作機械、工場システムなどの完成品メーカーによる普遍的な収穫逓増モデルで、先ほど紹介したスマートフォンの完成品メーカーであるアップルもこのモデルになります。2つめは、IoT、インダストリー4.0、クラウドなどを活用したネットワーク型産業のすべてに応用できる普遍的な収穫逓増モデルで、かつての欧州のGSM携帯電話、アマゾン、グーグル、Uber Eats、DiDiなどがこのモデルになります。3つめは、部品・材料メーカーなどで応用可能な収穫逓増モデルで、インテルのオープン&クローズ戦略などはその典型ですが、日本でもカネカのMSポリマーや三菱化学のDVDディスクなどの成功事例があります。

このようなデジタル型産業経済の成長モデルを獲得するには、つながりが作り出すイノベーション連鎖とネットワーク効果を自国/自社へ引き寄せるオープン&クローズ戦略が必要です。2020年代の日本企業は、製品アーキテクチャとビジネスアーキテクチャを同時にコントロールし、自社の外側に競争環境を作り出すことが求められているのです。
(取材日:2021年11月25日)




取材先: 小川紘一

東京大学未来ビジョン研究センター シニア・リサーチャー
明治大学大学院博士課程卒業(工学博士)。富士通研究所入社後、研究部長を経て富士通の事業部長・理事。2004年より東京大学にて国際標準化と事業戦略や日本企業の競争力、デジタル経済の成長戦略などに関する研究に従事。特任教授を経て2013年4月より東京大学未来ビジョン研究センター(当時は政策ビジョン研究センター)シニア・リサーチャー。現在はNEDO(経産省)と農研機構(農水省)のアドバイザーも兼務。著書『オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件』(翔泳社)、『国際標準化と事業戦略』(白桃書房)など。