新型コロナ禍で見えたBCMSの限界


ISO/TC292(セキュリティとレジリエンス)国内委員会SG(Sub Group)1委員長を務める渡辺研司氏に、アイソス2022年4月号から同年9月号まで「新型コロナ禍後のBCMSのあるべき姿とは?」というテーマで連載記事をご執筆いただきました。本稿は、その中から連載第2回「新型コロナ禍で見えたBCMSの限界」(2022年5月号)の記事全文を掲載しています。新型コロナ禍への対応を通じて見えて来たBCMSの限界と、今後の課題について考察していただきました。


前回(第1回)は2019年末に新型コロナウイルス感染症が拡大し始める前までの、主に大規模自然災害を想定して運用されていた、国内のBCP・BCMの導入・運用状況と課題について振り返りました。今回は、その後、自然災害とは異なり原因事象が2年以上にもわたり変化しながら継続するという、近年、経験したことのない「災害」とも言える新型コロナ禍への対応を通じて見えて来たBCMSの限界と、今後の課題について考察します。



1.新型コロナ禍で見えたネットワーク型社会の光と影



現代の社会経済は、人・モノ・金・情報をサプライチェーンなどの物理的なネットワークやインターネットといった電子的なネットワークを介して、時空を超えて高速かつ大量にやりとりすることの効率性を上げながら進化してきました。このようなネットワーク型社会においては、お金と情報さえあれば、どこにでも行くことができ、いつでも欲しい商品やサービスをその原産地や提供者の所在地を気にすることなく国境を越えて宅配やWEB経由で手に入れることができました。

しかし、今回の新型コロナ禍は、人間が生み出したこの効率的なグローバルネットワーク上で高速・大量かつ長距離を行き交う人流や物流に新型コロナウイルスが「便乗」することで、皮肉にも人間がウイルスの拡大攻勢を助ける構図を生み出しました。そして、この2年以上の間、世界各国で発生したタイミングの異なる感染状況が互いに呼応し合いながら変化し続け、それに対して各国政府が都市封鎖、入出国制限、外出自粛、ワクチン接種などの対応を都度行い、また企業においても生産・操業の縮小・停止・再開などを繰り返してきました。

更に、各国政府が安全保障の観点等から輸出・流通制限を行ったり、国際物流に必要な機材や担い手が同時多発的に不足したりしたことから、グローバルサプライチェーンの途絶や停滞が連鎖的に世界各地の製品・サービスの供給を滞らせるような事象が増加しつつあります。

このような製品・サービスの途絶・停滞の連鎖は、過去にも東日本大震災やタイの大洪水といった大規模自然災害でも発生してきましたが、これは高度に効率化されたネットワーク型社会の「光と影」の「影」の部分(脆弱性)が大規模災害を機に露呈したとも言えます。しかし、今回の新型コロナ禍も「災害」と位置付けた場合、その影響はこれまでの自然災害を中心とした経験や想定をはるかに超え、現代の社会経済を構成する主体間の相互依存性が高いネットワーク型社会の脆弱性を更にあぶり出しました。その観点からすると、新型コロナ禍は不確実性が高く、かつ強力なこれまでの災害とは異次元の対応が求められる災害であると言えます。



2.適時の安定供給が叶わなかった公衆衛生関連用品



今回の新型コロナ禍で適時に適所で適量が入手できない状況となり、社会経済活動が混乱した例が公衆衛生関連分野で多く見られました。ワクチンを始めとしてマスク(不織布・N95等の微粒子対応)、除菌スプレー・ジェル・ウェットティッシュ、薬用せっけん、解熱剤(主にワクチン接種後の副反応対策用)、体温計、パルスオキシメーター、更には風評による買い占め行動の対象となったトイレットペーパーなどです。

また、政府による外出自粛要請、飲食業への営業規制、感染者の隔離要請などに伴い社会経済活動はICT(情報通信技術)を用いた代替手段で継続できたもの以外の公衆衛生に直接・間接的に関連するサービスも、縮小もしくは停止せざるを得ない状況が多発しました。特に感染者が爆発的に増え始めた第5波や、感染力の強いオミクロン株の登場により更に感染者が急増した第6波では、急増したネット販売に伴う物流を担うトラックや運転手、更には国際物流に不可欠なコンテナまでもが不足し始めただけではなく、公衆衛生の維持に不可欠な医療従事者、介護従事者、保健所職員、ごみ収集従業員といったエッセンシャル・ワーカー達やその家族の感染、もしくは濃厚接触者判定による勤務不可状況が多発しました。



3.新型コロナ禍で認識された課題と過去の災害の教訓からのインプリケーション



今回の新型コロナ禍が、過去の大震災や激甚水害等の自然災害と大きく異なるのは、世界同時多発的であったこと、電気・ガス・水道・通信といったライフラインは継続していたものの、製品・サービスの生産・流通・提供に関わるプロセスの従事者の可用性(availability)が失われたこと、各国政府や自治体の「打ち手」によって局面が都度、変わっていったこと、そして、中長期にわたりこれらの状況が複雑にからみあいながら変化し続けたことです。実際、新型コロナ禍発生までは、BCP・BCMの実効性を相応に担保できていた企業でも、新型コロナ禍で目まぐるしく変わる経営環境には対応しきれず、従来型のBCP・BCMの新たな限界が露呈しました。

今回の新型コロナ禍対応で試行錯誤しながら得られた教訓と、過去からの自然災害を中心とした対応で積み上げて来た知見を、商品やサービスの生産・流通・提供関係者はどのように統合し、次なる災害に備えるべきなのか、BCP・BCMとサプライチェーンマネジメント(SCM)の観点から下記で考察してみます。

(1)組織内における社員・職員間の相互運用性の確保

自然災害の場合でも、特定の重要業務に携わる従業員の被災状況によっては、その業務が復旧・継続できない場面に遭遇することが散見されますが、新型コロナ禍でも、本人が感染したり濃厚接触者となった場合、また特定業務分野でクラスターが発生した場合には同様の状況に陥りました。在宅勤務との併用やスプリットオペレーション(特定業務内の要員を複数グループに分離して互いの接触を避けた勤務ローテーション形態)の適用などの対策も取られたものの、医療や公共交通機関の現場など、在宅勤務には適せず、また現場業務ひっ迫による要員不足からスプリットオペレーションもできないような状況も多く見られ、物理的な対策では限界があることが認識されました。

しかし、BCP・BCMの分野では、通常時からの従業員・職員間の相互運用性(interoperability)をクロストレーニング等の人事上の取組みを通じて、特定重要業務の属人性をできるだけ減らすことで、特定の個人の可用性に事業継続の可否が依存しないようにすることが推奨されてきました。このような取組みは、従業員間の緊急時の相互バックアップ体制にもつながり、また、通常時においても自分が担当する前後のプロセスを見渡せるようになることで、業務全体の効率化や人材教育も図ることができます。

このように通常時からの取組みが、新型コロナ禍のようなパンデミック発生時にも、タイムラインによる縮退、在宅・出勤のハイブリッド型勤務形態、スプリットオペレーションによる従業員の安全確保と事業継続の両立がBCP・BCMの枠組みで実現可能になると考えられます。

(2)ロジスティクスとオペレーションに着目したサプライチェーンマネジメント(SCM)

一般的な製品のサプライチェーンの概念は下図のように表記されますが、「材料・部品調達」から最終目的地の「消費」に至るまでのモノ・金・情報の流れを管理する手法がSCM(Supply Chain Management)と呼ばれ、企業等では専用の情報システムを導入しながら日々の経営活動に組み込んでいます。



しかし、新型コロナ禍ではSCMを運用する大前提となる人間の可用性が大きく損なわれることで、モノ・金・情報は十分にあっても、特にモノの流れに不可欠なロジスティクス(物流)が機能せず、また、製品ライフサイクルの最終ステージでもある回収(廃棄)でも機能しない局面が世界中で多発した結果、サプライチェーンの途絶が国内外で同時多発的に発生しました。国内でも政府が全国民に配布しようしたマスクが、物はあるにも関わらず情報とロジスティクスの手配ができずに在庫が積み上がった事例も見られました。

このように新型コロナ禍で認識された課題に基づき今後のSCMの在り方について考えた場合、サプライチェーンの仕組みのプラットフォームでもあるロジスティクス機能のレジリエンスの確保と、回収(廃棄)機能も含めて不可欠なエッセンシャルワーカーと代替性の確保による現場オペレーションの実効性の維持が重要なポイントとなります。

運輸手段や設備においても、異なる運輸モード(トラック輸送・船舶輸送・鉄道輸送・航空輸送)間の相互運用性を確保し、代替手段に柔軟に切り替えられる体制を構築すると同時に、オペレーションに必要な人間(運転・荷役・検収等)や機材(コンテナ・パレット・包装材・燃料等)の資源の確保や適時の相互融通が求められます。また、このようなE2E(End-to-End:端から端まで)のサプライチェーン全体のSCMやその間に存在するリスクをモニタリングするSCRM(Supply Chain Risk Management:サプライチェーンリスクマネジメント)の枠組みには利害関係者間の情報・データ共有が不可欠であるため、利害関係者個々のDX(Digital Transformation:デジタル技術による変革・イノベーション)化と、その間をつなぐ情報・データ共有の基盤整備が急がれます。



(3)政府による重要製品のサプライチェーン強化政策

新型コロナ禍で露呈したグローバルサプライチェーンの脆弱性の政府による対策のひとつとして、経済産業省は国内投資促進事業費補助金制度を2020年度に導入し、経済合理性を求めて海外に展開されていた基幹産業の国内回帰の促進を開始しました。

当初は地政学的リスクや地経学的リスクに対する経済安全保障の観点から半導体関連産業を中心にロボット、ドローン、電動車用モーター、航空機エンジン部品、洋上風力発電等が補助の対象でしたが、2021年の2次公募からは「感染症の拡大等に伴い需給がひっ迫するおそれのある製品であって、感染症への対応や医療提供体制の確保のために必要不可欠な物資の生産拠点等の整備事業」が対象となり、ワクチン用注射針・シリンジ、医療用ゴム手袋、メルトブロー不織布用生産ノズル、ドライアイス、医薬品低温物流関連物資(温度ロガー、保冷容器、保冷剤、冷蔵・冷凍庫)の生産工場と医薬品低温物流用の物流施設が対象として加えられました。

しかし、リスクマネジメントの観点からすると、水平分業でグローバルに拡大した生産活動を国内で最低限の量を供給できるような体制にまで日本回帰を促進するという方向性自体は正しいと考えられる一方で、過度の回帰は国内での集中リスクを生み出し、パンデミックには対応できたとしても、今度は国内で発生する自然災害でサプライチェーンが同時多発的に途絶してしまう可能性が高まることになります。外部リスクを内製化することは正攻法ではあるものの、輸出できるレベルの集中を目指さない限り、中途半端な取組みに終わってしまう可能性があることは否めません。また、補助金制度は期間と予算限定の一過性の取組みでもあるため、それが無かったとしても対応する企業群の経済合理性をどのように確保できるかが、今後の政策全体に求められます。





4.まとめと次回に向けて



今回は新型コロナ禍で露呈した現代のネットワーク型社会経済の脆弱性を振り返りつつ、主に大規模自然災害を想定して積み上げて来た事業継続の取組み(BCP・BCM)の有効性と限界についての考察を展開しました。今後、災害は一過性・単発で発生するだけではなく、ひとつの災害の影響が継続している間に、別の災害が発生するというような「複合災害」的な事態の増加が予想されることから、商品・サービスの生産・流通・提供体制を構成する各企業・機関は、サプライチェーン全体を俯瞰しながら、より柔軟性を伴ったレジリエンスの強化が望まれます。次回以降はこれまでの議論を受け、改めてISO 22301・BCMSを見つめ直し、今後の運用のあり方などについての考察を展開したいと思います。

【渡辺研司氏の連載概要】
・連載第1回「新型コロナ禍発生までのBCMS」(アイソス2022年4月号掲載)
・連載第2回「新型コロナ禍で見えたBCMSの限界」(アイソス2022年5月号掲載)
・連載第3回「ISO 22301はどのような背景で開発されたのか」(アイソス2022年6月号掲載)
・連載第4回「ISO 22301運用で大事なこと(1)」(アイソス2022年7月号掲載)
・連載第5回「ISO 22301運用で大事なこと(2) 〜個別BCP/BCMの限界を地域内連携で実効性を確保する〜」(アイソス2022年8月号掲載)
・連載第6回・最終回「多様化・複合化するこれからの災害を乗り越えるために 〜日頃からの戦略的な柔軟性の積上げを〜」(アイソス2022年9月号掲載)



執筆者:渡辺研司

ISO/TC292国内委員会SG1委員長
名古屋工業大学大学院 教授。1986年東京大学農学部卒業、富士銀行入行。1997年PwCコンサルティングに移籍、金融ビジネスコンサルティング業務を経て2003年より現職。工学博士、MBA。人と防災未来センター上級研究員、国立防災科学技術研究所客員研究員、内閣府SIPサブ・プログラムディレクター、ISO/TC292(Security and resilience)国内委員会SG(Sub Group)1委員長など多数の公職委員を務める。