飯塚悦功教授 最終講義①
「品質、この深遠なる概念に魅せられて」

2012年3月2日15:00〜17:00、東京大学工学部5号館51講義室で、東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻・飯塚悦功教授の最終講義が行われました。講義室はすぐに満席状態になり、入り切れなかった人たちは別室でモニタ画面を通じて聴講することになりました。最終講義のテーマは「品質、この深遠なる概念に魅せられて」。飯塚先生は、ご自身の経歴紹介、これまで取り組んできた学問分野の概要、そして本題である「品質概念」について、約1時間40分にわたり熱弁を振るいました。本稿でその全容を紹介します。(この内容はアイソス2012年7月号に掲載されたものです)

恩師の教え − 仕事の報酬は仕事(久米)、あきらめと努力(狩野)

普通は、最終講義というと、これまでやってきた業績をお話することになるのでしょうが、私はそれよりも、これまでの30数年間、自分自身が学んだことについてお話したいと思います。私は品質管理をやってきたわけですが、「品質」というものについて、大学に入って学び始めた時よりも、今の方が広く深い概念であるような感じがしていまして、その一端を今日お話できればと思います。

ちょっと自分のことをお話させてください。私は計数工学の出身です。計数工学というのは、計測と数理です。計測をやっている講座と応用数学をやっている講座があったのですが、私がやったのは応用数学の方です。そこで応用統計、統計解析、統計工学をやりました。指導教官は朝香鐵一先生です。朝香先生の最初の専門は誤差論です。私たちは統計工学の授業で、応用統計の基礎や、抜取検査など、品質管理の道具を学びました。卒論は「マルコフ連鎖」、修論は「経験ベイズ法」がテーマでした。

「マルコフ連鎖」というのは、確率過程です。私は野球が好きなんですが、この野球にマルコフ連鎖が使えないかと思ったのです。例えば、ワンアウト一・三塁でどんな作戦がよいか。スクイズもよし、一塁ランナーとのヒットエンドランも面白い。ある状態で何かをして次の状態に移る時に、得点が入ったり、塁に出たりという利得があるわけで、それを最大にするような作戦を考えると定式化できたらおもしろいなあと思って、いろんなことを検討しました。

「ベイズ」というのは主観確率に基づく方法です。統計とか確率は客観的じゃなくてはいかんと思われていますから、この方法は嫌われています。経験ベイズは、初めにこんな確率だろうなと思っているんですが、データが集まってくるとだんだん知識がたまってきて、こんな状態なんだろうなと予測する考え方です。実はその数年後、私は臨床化学分野で検査データを扱った際、個人の正常範囲を決める時にこの方法を利用しました。初めは分からないから集団の正常範囲を使い、検査を重ねるうちにその個人に固有の正常範囲を設定しようとするものです。なかなか巧みでしょう。学部卒業が1970年で、修士卒業が1974年です。修士というのは普通2年なのに修了までに4年かかっています。というのは、修士2年の時に、卒業したら民間の会社で働こうと思っていたのですが、病気になってしまったからです。幼少の頃に結核を患って、その時にまともな治療をやっていなかったので、それが腎臓に出てしまい、腎臓を1つ取りました。入院中に、縦書きの本はどんどん読んだのですが、横書きの本を読めなくなってしまい(笑)、卒業までさらに2年かかってしまいました。

修士修了後は、それでもやはり民間で働きたいと思っていたので、以前病気で入れなかった会社をまた受けたのです。ですが会社側から「そんな体の弱い人は困る」と言われ、まあ無理もないなと思い、あきらめました。先生の方々に対して失礼な言い方になるのですが、私は「でもしか先生」なんです。「先生にでも」なるしかない、「先生にしか」なれなかったのです。

奉職は1974年で、電気通信大学経営工学科に助手として入りました。同じ学科に狩野紀昭先生がいらっしゃいました。東京大学には、その2年後の1976年に反応化学科の助手として入りました。ちょうどその年、「日本の品質管理の父」であり、偉大なるオーガナイザーである石川馨先生が東大を退任され、久米均先生があとを引き継ぐことになり、助手を探していらして、狩野先生が私を久米先生に紹介してくださったのです。

東大に来て、最初に久米先生に言われ、今でもずっと覚えているのが「仕事の報酬は仕事」という言葉です。「とにかく一生懸命仕事をやりなさい。仕事の見返りとしてお金や地位を求めてはいけない。他人よりこき使われても不平を言ってはいけない。いい仕事をすると、次にまたいい仕事が来ると考えなさい」と言われ、「なるほど!」と思いました。その後、私もずっとこの言葉を、人に何か仕事を頼む時に使わせていただいています(笑)。

それからもう1つ、よく覚えている言葉が、私の結婚式の時に、狩野先生が言われた「あきらめと努力」です。これから結婚する時に「あきらめろ」とおっしゃる(笑)。「えっ?」と思ったけれども、ここで言われた「あきらめ」というのは、「色即是空 空即是色」の意味で、「あるがままに受け入れろ」ということです。そして「努力しろ」と。人生の教えをそこで受けました。