飯塚悦功教授 最終講義②

臨床化学への統計適用が学位論文のベースとなる

私が東大で最初に取り組んだのは、久米先生が文部省の特定研究で予算をもらった研究課題である「臨床化学分野への統計的方法の適用」です。この研究は5年間かけて行われたのですが、私もメンバーとして参加し、実はこれが私の学位論文のベースになっています。ここで取り組んだ5つの方法についてご紹介します。

①正常値設定法(最尤変換法)
もうお亡くなりになられましたが、北村元仕先生という臨床化学分野のすばらしい先生がいらして、その方にかわいがってもらいながら取り組んだのが「正常値を決める」ことです。何らかの異常があるかもしれない人が含まれる集団の血液化学成分データを使って、正常と思われる人だけについての範囲を決めるわけです。ところが、平均から遠いところにいる人って、それが健常者であれば情報量が多いわけです。一方、平均近くにいる人って、情報量が少なく、おもしろくない普通の人ばっかりなんですね(笑)。ですが、情報量が多くても少なくても、正常な場合は外してはいけないし、異常な場合は外したいわけです。そこを適切にちょん切っていく、それが正常値設定法(最尤変換法)です。

②個別正常値設定(経験ベイズ法的アプローチ)
ベイズについては前述した通りです。最初の何にも分からない状況では、集団の正常値と同じようなものですが、だんだん独自のデータが集まってきたら、自分の固有の範囲になっていくという方法を論理的にやろうじゃないかというアイデアが経験ベイズです。

③精度管理(個別データのチェック、分析プロセス管理)
病院の臨床化学検査データの精度管理で結構むずかしいのは、個別のデータがちゃんとしているかどうかを見ないといけないことです。個々のデータだけで考えるとたぶん無理なので、2つの項目のデータの比率で考える、複数項目の間の関係を利用して、おかしなところを探り当てるという方法です。

④検体取り違い検出(多変量デルタチェック)
検体、つまり人間同士のデータが入れ替わってしまうことがあります。血液を採り、遠心分離し、血清にして、上澄みを取って分析するわけですが、これを自動検査機でやる時に1つでも入れ替わっていると大変なことになりますから、ここをチェックしないといけません。どうすればいいのだろうかと、久米先生と議論を重ねました。久米先生は野太いことをおっしゃる。私は複雑なことをいっぱい言ったのですがだいだいダメなんです。最終的には久米先生のアイデアで行きました。多変量で、この人はこんなところにいるよというのを見ながら、前のデータとの差を見て、しかも相関があるから、その相関を考えて、その本人がどの範囲にいるのかをチェックする。ここでは「多変量デルタチェック」と書いてありますが、通称「久米チェック」と言われているものです。

⑤病態把握(方向データ解析)
これは、病気であることをどう認識するかという課題です。血液中の化学成分というのは、人間の体全体の性質を表していますから、特異なものはあまりないのですが、何か予兆みたいなものを探したいわけです。癌の場合は、腫瘍マーカーというのがありますが、そうでないものは、化学成分を使って予兆を指摘するのはむずかしい。それでも多変量のある方向のデータの関係を見て、異常を見つけるわけです。

こういった研究を通じて、1982年に学位を取りました。

産学協同研究で品質管理に取り組む

同時に並行して、品質管理にも取り組んでいました。ちょうど70年代半ばで、品質管理のテーマが、製造工程からその上流である設計工程へ移行する時期でした。1回しかやっていないかのように見える設計工程で、ちゃんとしたものを作るにはどうしたらいいかを考えました。久米先生や狩野先生らのチームに入って、いろんな会社へ行き、産学で共同研究を行いました。

また、通常、設計で何かトラブルを起こすと、それがどの部品で起きたトラブルで、その後どういうふうに設計を変えたかという事例を残します。ですが、その事例をそのあと、ほとんど誰も使わない。「俺だったら、そんなことはやらない」とみんな思っているわけです。そこで、「ABC構造」というのを考えたのです。これは「AがBのときCが起こる」、例えば「鉄は塩水で錆びる」。すなわち、「ある特徴を持ったものが、ある環境条件(ストレス)に置かれると、あることが起きる」という形で整理した方がいい。それが、予測に役立つ抽象化、一般化というものだと考えました。この研究は、田村泰彦さんが引き継いで学位論文を書いています。彼はその後、構造化知識研究所を設立し、活躍中であると聞いています。

それから、ソフトウェアにも取り組みました。これは80年代半ばに、久米先生から「これからの時代を考えると、ソフトウェアの品質管理もやらなければいけない」と言われたことがきっかけです。ソフトウェアというのは、普通の汎用製品の設計のむずかしさが凝縮されていると思います。当時はそのむずかしさを「非連続性」という言葉で表現しました。機能と、機能を実現する主体との関係が非連続的であるのが、ソフトウェアのむずかしさです。例えば、ある物体をビス6ヵ所で止めている時に、どこか1ヵ所外すと、だいたいどうなるかは検討がつくわけです。ところがソフトウェアのコードで1本行を抜くと、どうなるのかは分かりません。その関係の非連続性が、予測をむずかしくしているし、何か間違いを起こした時、その間違いを見つけることをむずかしくしている。それを克服するような方法を見つけなければいけないのです。要するに、作りたいものと、作る方法とがちゃんとマッチングしていること、これは構造化プログラミング、構造化設計と言われているものなんですが、それを徹底的にやらなければならない。さらに、人間が頭の中で考えることを如実に記述する方法を見つけなければならない。そう思って取り組むことで、この分野で様々な苦労をすることになりました。一方では、ソフトウェアの技術を組織で使っていく、組織で運営していくための方法論として、これまで製造分野で開発してきた品質管理の方法論を使えないかを検討していきました。

ISOの世界で標準化や認証の社会的意義を考えた

これは研究と言えるかどうか分からないのですが、ISOの世界にも引っ張り込まれました。久米先生が1982年にISO/TC176(品質マネジメントを審議する技術委員会)国内委員会の委員長に就任されたので、当時久米先生の助手だった私もお供しました。そこで、品質マネジメントシステムのモデルが記述されているのを見て、当時は「そんなもの、どんな役に立つのだろうか」と思っていましたが、そのうち「なるほど、欧米人が考えるマネジメントシステムのモデルとはこういうものか」と、だんだん分かってきました。そして、この規格をどのように有効に使うかを考え、様々な意見を述べてきました。その久米先生が2000年に国内委員会委員長を退かれたあとは、私が委員長をつとめてきたのですが、まもなく次の方に引き継ぐ予定です。(編集部注:同国内委員会委員長は、2012年4月に飯塚先生から中條武志先生〈中央大学教授〉に引き継がれた)

また、JAB(日本適合性認定協会)のお仕事も手伝わせてもらう中、標準化や認証の社会的意義について、真剣に考えるようになりました。「世の中、こういうルールで行こう。このルールをみんなで共有しよう」という社会制度が存在しているか否かで、全然違った世界ができるということです。例えば、かつて日本は、スキーのジャンプでいい成績を上げました。ですがそのあとルールを変えられて、弱くなってしまいました。そのルールです。これはちょっとえげつない手かもしれませんが、ルールを都合よくすることによって強くなることも考えられます。つまり、技術戦略と標準化をうまく融合させることも重要なわけです。

久米先生の後を引き継ぎ「システム解析工学」を標榜

久米先生が東大をお辞めになり、化学システム工学の講座を私が引き継いだ時、講座名に「品質」という言葉を入れるかどうか迷いました。そんな折、小宮山宏先生(2005〜2009年、東大総長)が「品質に関しては多少飽和感がある。今の考え方を基礎に新しいものを打ち出して欲しい」と言われたので、「システム解析工学」という講座名を標榜することにしました。要は、システムを理解することと、システムの最適化をはかることを総合的に考える工学にしたいと思ったのです。

システム解析工学の視点として、動的特性、関係、信頼性、知識/予測、ソフトウェアの5つを挙げています。「動的特性」は、時系列のダイナミックな特性です。「関係」というのは、一般的な意味での関係です。「信頼性」については、時間と条件の関数としての品質についても検討したいと思いました。「知識/予測」は、予測のために知識の構造的可視化が主題です。それから様々なものを特徴づけしている「ソフトウェア」、これをどう管理するかも考えました。これらを全部含めて、「システム解析工学」と呼んでいます。

医療の安全・質向上に品質アプローチを適用

1999年に横浜市立大学病院で、心臓の患者と肺の患者を取り違えるという事故が起きました。あの時、死者は出ませんでしたが、非常に危なかった。自己血による輸血をしましたから。もし血液型が違っていたらと思うと背筋が寒くなります。この事件のあと、医療訴訟の数が急増しました。この事故を契機に医療の安全だけでなく、質の問題も注目され、私自身もその問題に関わっていくことになりました。

私たちは、システム解析工学、品質アプローチを適用して、医療の安全・質を何とか向上できないかと思って取り組みを始めました。人間の不注意を注意して直させるだけではなく、システムできちんと手当するという方法論です。当時はよく“to err is human”、「間違えるのは人間的である」と表現されました。「人は誰でも間違える」と訳している本もあります。人は間違えるものなので、だからこそ、それをちゃんとカバーするような医療のマネジメントシステムを作っていかなければならないということです。

医療の品質マネジメントシステムの体系として、我々はQuality Management System for Healthcare (QMS-H)というモデルを提案しています。これは、早稲田大学の棟近雅彦先生、東大の同僚の水流聡子先生らと一緒になって取り組んでいるものです。今、一番力を入れているのが、PCAPS(患者状態適応型パス)という臨床知識の可視化、構造化、標準化のツールです。私は、医療分野が独自に進めてきた、クリティカルパス・クリニカルパス(質の高い医療の提供を目的として立てられた入院から退院までの計画)、EBM(Evidence Based Medicine:証拠に基づく医療)、リスクマネジメント(医療安全)、この3つを統合することによって、いろんなことができると考えています。

また、2000年に介護保険法が施行された時、要介護認定の基準を作るためのデータを統計解析し、介護計画(ケアプラン)を作成して欲しいと頼まれたことがあります。現在は、私どもの研究室の助教の加藤省吾さんがこの仕事を引き継いでいます。合理的なケアをするにはどうしたらいいかという問題は、よくよく考えてみると、あるニーズを持った人と、支援する人、つまりシーズ(種)を持っている人、この両者をどうやってマッチングさせるかという課題で、こうした一般モデルを意識して取り組んでいます。

医療というのは社会技術です。私が考える「社会技術」とは、「社会が全体として持っていなければいけない技術」のことです。医療提供者が頑張ればいいというものではありません。様々な人たちがちゃんと分かっていなければならない。医療のレベルというのは、ある意味で、国のレベル、社会のレベルではないかと思います。そうであるなら、どういうプレーヤーがいて、そのプレーヤーは何をしなければいけないか、それをどう教育すればいいか、これらを定義し、それぞれの方法論をきちんと展開し、社会が共有していく、こんなことをやりたいと思っています。この分野に名前を付けた寄付講座「医療社会システム工学」を2006年7月に設置し、第一期の5年を昨年終え、継続することが決まったので、あと4年間は続きます。