飯塚悦功教授 最終講義③

私のやってきたことは「一般化目的達成学」

結局、私は何をやったのでしょうか? 私の専門は何なのでしょうか?

1つは、統計解析をやりました。統計とは何か。ざっくり言うなら、事実・データに基づく思考・行動、そしてバラツキの意味が分かること。バラツキとは何かというと、「我々が対象にするものに同じものはない、全部違う。我々が手にする情報は一部でしかない。だから、取るたびに変わる」ということです。ただ、バラツキはあっても、ある程度の数を見れば、傾向は分かります。それが統計的センスです。そのセンスを使って、バラツキの雲に隠れた対象がどうなっているのかを明らかにするわけです。

この統計解析を少し広げたのが、システム解析です。システムとは何か。私たちが「システム」という言葉を使う時は、全体が複雑で、いろんな要素がある時です。また、全体としてある目的のようなものを持っている時です。であれば私たちは、それらの要素がどう関係しているかを明らかにし、その目的に対して最適化を図る時に「システム」という言葉を使うのでしょう。また、「解析」というのは、要素間の関係を理解することです。これらがシステム解析の考え方のベースにあります。

品質管理をやりました。品質管理とは、いいものを提供するための方法論です。継続的にいいものを出すには、技術がないといけないし、その技術を使うための技術としてのマネジメントがなければならない。そういうことに取り組んできました。

 「統計解析」「システム解析」「品質管理」と、自分がこれまでやってきたことをよくよく考えてみると、これらは「一般化目的達成学」と言ってもよいのかもしれません。ニーズや期待の分析に基づいて目的を決め、その目的と手段の関係を理解し、どの手段で目的を達成するかを決め、それを実行する過程で生ずる様々な困難を克服しながら、ちゃんと目的を達成していく、そのようなことについていろいろな側面から勉強してきたと思います。

品質管理は品質以外でも使える

では、一般化目的達成学の中心である「品質」とは何か。その概念について、私自身が学んできたことをお話したいと思います。

これは私自身が経験したことではないのですが、1960年代に「品質管理のドーナツ化現象」ということが言われたそうです。戦後に始まった日本の品質管理は、非常に短い時間のうちに、それまでの検査重点主義から、工程で作り込むことを学ぶようになります。1960年代には、品質管理の方法論を品質のためではなくて、コストダウン、納期短縮、在庫削減といった、品質以外の分野でも使うようになってきました。これが品質管理のドーナツ化現象です。

また、ちょうど同じ頃、「品質保証」という言葉ができました。もちろん日常用語としての「品質保証」はすでにあったと思いますが、ある意味をもって使われたのです。品質保証とは、お客様に安心して喜んで買っていただける製品やサービスを提供するためのすべての活動のことで、そのための道具・運動が品質管理であるとされました。つまり、「品質保証」は、品質管理の目的概念として使われるようになったのです。

私にとって不思議だったのは、どうしてそんなに早い時期から、品質以外の分野で品質管理が広く使われるようになったのかということでした。もちろん、品質管理の原則は一般的かもしれないけれど、もうちょっと深い意味があるのではないかと思ったわけです。

例えば、あるすごい情報システムを作る、あるいは大幅に改善する、そういった大きなテーマに取り組む際も、こんなふうにすればいいのではないかということが、品質管理をやっていると、なんとなく分かるわけです。これって何なのかなと思います。

あるいは、私たちが医療の品質マネジメントシステムを構築するというテーマを持っていて、どんなアプローチをすればいいかを考えた時も、その考え方というのが、自分たちが品質管理の分野でやってきたことを自然に使っているんじゃないかと思っています。

医療従事者との対談で気づく「品質の基本は目的志向」

ある医療従事者(HIVコーディネーター)と対談する機会がありました。当然品質に関する議論が始まるわけですが、その時、彼女が「どうして品質って、顧客満足なんですか?」って聞いてきたのです。品質をやっている人間にとっては、顧客満足というのは当たり前です。その分野に入ると、すぐにそう言われるわけですから。石川先生は「消費者が満足する品質が、いい品質だ」とおっしゃっていました。ジュラン(J.M.Juran)は“fitness for use”、つまり「使用目的に対する適合」と言っています。こっち側のスペックがどうのこうのではなく、お客様の立場でモノを考えなくてはいけないというわけです。

ですから、「どうして顧客満足なんですか?」と聞かれると、当たり前だけに面食らい、最初は言い逃れをしました。「患者は医療の技術的内容に関してはまったく素人です。だからこそ、専門家は、素人である患者の真の要求を斟酌し理解を得て治療を施す義務があります」と言ったのです。ですが、彼女は引き下がらない。

「どうして斟酌しなければいけないのですか?」「だって、赤ん坊はどうしますか? 母親もお客さんだけど、赤ちゃんもお客さんですよ」「ですが、こういう患者さんもいますよ。苦しいから、殺してくれって。じゃあ、殺しちゃっていいのですか?」

こういういじわるな質問をするわけです。で、困りましてね。これはもうごまかすしかない。ごまかしている間に、答えを用意しよう。そこで、パン! と手をたたいて、「禅問答を知っていますか?」って言ったのです。時間稼ぎをしているわけです(笑)。

「双手、つまり両手を打って、隻手、つまり片方の手の音を聞く。これは、心眼を持ってすれば、こっちの手から音が出たと聞けるという意味や、万物1つでは実現しないととか、物事は多面的いう意味もあります。そういうものがあるんですけど、知ってますか?」 さらに続けて、こう言いました。 「誰もいない森で木が倒れて音がした。それを『音がした』って言うでしょうか?」

今まで品質の話をしていて、急に禅問答の話になりましたから、相手は「えっ?」となってしまって、もうこっちのペースです(笑)。そこで続けて、「絶対的な存在、絶対的な事実というものがあるのなら、『木が倒れて音がした』と言ってもいい。だけど、誰もいない。すると、音もないも同然でしょう? だから、品質論というのは、相対的認識論なんです。取引ってみんなそうでしょう」と言いました。相対的な認識というのが品質論の原点にあるのです。

これはよく考えてみると、内的な基準ではなく、外的基準でモノを判断しています。外的基準でモノを見るというのは、目的志向です。こちら側で一生懸命何かを作っても、それが良いか悪いかという判断は外側にいるお客様の基準で測っています。

対談中でしたが、私はこの時「あっ!」と思いました。「品質概念て、目的志向なんだ」と気づいたのです。その次にまた「あっ!」と思いました。ジュランの“fitness for use”。これはまさに目的志向で考えろと言っているんですね。だから、ちゃんと教わっていたのです。ですが、それまで気づかなかった。よくよく考えてみると、品質の基本といのは目的志向なんです。

私の好きな品質の定義「ニーズに関わる対象の特徴の全体像」

品質に関する定義はいろいろありますが、私が一番好きな定義は「ニーズに関わる対象の特徴の全体像」です。例えば、(壇上に用意された講師用の水が入ったペットボトルを持ち上げて)このペットボトルは、いろんな物性の全体像ですが、その物性を1つ1つ挙げていくと、5万挙げても足りないでしょう。ですが、このペットボトルの何が良いかを示す時に、「あれがいい」「これがいい」って言いますよね。では、それはいったい何を見て言っているのか。それは、ニーズに関わるところを見て言ってるんだと思います。

つまり、我々が考慮の対象としているものについてニーズに関わる特性の全体像が品質なのです。ここで特にポイントになるのは、「ニーズに関わる」という点です。もともと品質管理というのは、工業製品をもとにして考えてきたのですが、別に工業製品でなくても、何についても考えることができます。例えば、この講義の質や大学の質についても、考えられるわけです。ある対象に対して、何らかのニーズを持つ人や組織の価値観に照らし合わせてみて、どういう風に見えるのかということ、それが品質概念の基本なんだと思います。

そのニーズを持つ主体の相当な部分はお客様です。ですから、品質概念に「顧客満足」が入るのは、当然のことなのです。それは、外的基準でモノを測り、目的志向で行動することを表しています。結局、品質管理というのは、目的をきちんと達成するための方法論の集まりですから、当然のことながら、様々なものに使えるわけです。

続いて、品質概念について、6つの考え方をお話したいと思います。