サービスエクセレンス(独)とエクセレントサービス(日)


ISOでは現在、顧客満足(customer satisfaction)に留まらず、人に感動を与える(customer delight)サービスについて議論を展開中です。議長国ドイツは、そのようなサービスを提供できる組織能力(サービスエクセレンス)を、日本は人に感動を与えるサービスそのもの(エクセレントサービス)の設計を規格にしようとしています。後者の規格開発において日本のプロジェクトリーダーを務める東京大学主幹研究員・原辰徳氏の講演記事を一部抜粋して掲載します。

これまでの規格作りの経緯



まず、エクセレントサービスの国際標準作りの流れを整理しておきます。国内ではまず、2009年にJSTの「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」を通じて日本のサービス科学のコミュニティが形成され、サービス学会が設立されました。その後、日本品質管理学会・日本規格協会・サービス学会の合同で「サービスのQ(品質)計画研究会」が発足し、続けて同研究会の成果を受けて「サービス標準化委員会」が2017年に発足しました。

一方、世界では、ドイツを中心にサービスエクセレンスに関するDINやCENの規格作りが行われ、2017年にドイツ提案でISO/TC312が設置されました。日本はこれを受けて、TC312の国内審議委員会を立ち上げました。TC312には、現在3つのWG(作業部会)が設置されています。WG1はモデルと原則、WG2はエクセレントサービスの設計、WG3は計測と評価について議論しており、日本はWG2を主導しています。順調にいけば来年の今頃には、WG1はIS(国際規格)、WG2はTS(技術仕様書)を発行する予定です。



TC312が目指していること



ここからは、昨年10月に開催された「第3回サービス標準化フォーラム」で発表されたドイツのMatthias Gouthier教授(ISO/TC312議長)の講演内容を引用して、国際標準作りが何を目指しているかについてお話したいと思います。

昨今では顧客満足度は主要な事業目標になりましたが、顧客満足度を高めたとしても、顧客ロイヤルティには必ずしもつながらなくなってきていることが言われています。それに対して、サービスエクセレンスでは、顧客満足度だけではなくて、さらに顧客のデライト(強い喜び)を加味して、顧客ロイヤルティ以降の効果の連鎖をきちんと作っていきたいと考えているわけです。また、顧客が満足している状態と、顧客がデライトを感じている状態とでは、再購入や他者への推奨の行動において大きな差が出ると言われています。ですので、顧客満足度の次のターゲットはデライトだとなるわけですが、Gouthier教授らの研究グループの調査によると、70%強の企業がデライトは重要と認識する一方で、顧客に対して実際にデライトを提供できていると感じている企業は10%程度であり、認識と実現には大きな差があると言われています。



デライトとは何か



では、デライトとは何でしょうか? 日本語に訳すのであれば「強い喜び」が近いと思いますが、TC312の議論の中でよく出てくるデライトが持つ意味は「ポジティブな感情」です。そして、顧客が抱く期待との合致が「満足」であるので、「期待以上」がデライトをもたらすというのがひとつの考え方です。あるいは、「この組織・人は、私のことを大切にしてくれている」という顧客の感覚、これもポジティブな感情の要因のひとつであり、デライトにつながると言われています。さらに、英語のWow!に代表とされるような、良い意味での驚きや感動がデライトを増大させると言われています。私たちにとって馴染みのあるものでは、狩野紀昭先生が提唱された狩野モデル(図表1)における「魅力的品質」がデライトに非常に近いですね。



ここで、Russellの「感情円環モデル」(図表2)を紹介したいと思います。これは「快」「不快」の軸(Valence)と覚醒度合いの軸(Arousal)の2つから構成されていて、これらは例えば脳波計測を通じて取得されます。この平面には、典型的な感情との対応が予めとられていますので、例えばあるCMに対して抱く人々の感情を評価できます。これによれば、デライトは、落ち着いた心地よい状態(図の右下の領域)ではなくて、快に加えて覚醒している状態(Arousalが高い状態、図の右上の領域)の時に生じるといえます。私たちが目指すデライトも、「落ち着いた満足」ではなく、「驚きのような覚醒を伴った心地よさ」です。



 「ネットプロモータスコア(Net Promoter Score: NPS)」をご存知の方もいらっしゃると思います。NPSでは、「満足しましたか? 満足しませんでしたか?」を問うのではなく、「この製品やサービスを他者に薦める可能性はどれくらいありますか?」を、0(全く思わない)から10(非常にそう思う)の段階で問うものです。9〜10は「推奨者」、7〜8は「中立者」、0〜6は「批判者」とし、「推奨者の割合」から「批判者の割合」を引いたものが「NPS」、すなわち正味の推奨者の割合であるとしています。NPSは、顧客ロイヤルティを測る指標と方法としてよく知られており、TC312でのデライトの議論の中でもよく出てきます。



「サービスエクセレンス」とはどのような概念か



図表3に示す「サービスエクセレンス・ピラミッド」が、DINやCENの規格でもともと述べられていた「サービスエクセレンス」の概念を示した図です。これはサービスのレベルを4段階に分け、レベル1は約束した通りの機能を提供できること、レベル2は顧客からの意見や苦情をきちんとマネジメントできること、レベル3は個別化したサービスを提供できること、レベル4は驚きを伴うサービスを提供できることです。これらのうち、カスタマーデライトは、レベル3・4のレベルでもたらされるとされています。



このレベルを国際規格に当てはめてみますと、レベル1にはISO 9001、レベル2にはISO 10002などが相当しますので、今度はレベル3・4を対象にした国際規格を作ろうということになりました。そこで、ドイツ提案でTC312が設置され、ISOでの議論が始まりました。



「エクセレントサービス」と「サービスエクセレンス」の違い



ここからエクセレントサービスの話になりますが、その前に「エクセレントサービス(Excellent Service)」と「サービスエクセレンス(Service Excellence)」という2つの用語の違いを理解しましょう。

エクセレントサービスがデライトをもたらす行為や提供物であるのに対して、サービスエクセレンスはその源となる組織能力(Organization's Capability)を意味します。「サービスエクセレンスの効果連鎖(Service Excellence Effect Chain)」(図表4の上図)で説明しますと、組織能力はそのままでは組織に内在して表に出ないので、それをエクセレントサービスという目に見える提供物に変えることによって、顧客にデライトがもたらされ、ロイヤルティが高まり、より良い効果が生まれる、というわけです。




ものづくりの考え方で似たものとして、東京大学の藤本隆宏先生がいわれているような、QCD+Fという深層の競争力と、顧客が直接把握できる4P(Product、Place、Price、Promotion)という表層の競争力の区別があります(図表4の下図)。これを、TC312の作業に当てはめるなら、WG1は組織能力を、日本が主導しているWG2は表層の競争力、つまりエクセレントサービスの実装について議論しているわけです。WG3は、QCD+Fほどではないかもしれませんが、組織能力をどのように測り、その指標を実際の製品にどう転化していくかを議論することになっています。

TC312にドイツから提出された資料では、組織能力としてのサービスエクセレンスの4つ側面として、「サービスエクセレンスリーダーシップと戦略」「サービスエクセレンス文化」「卓越した顧客経験の創出」「サービスエクセレンスのオペレーション」が挙げられています。この中の「卓越した顧客経験の創出」が、WG2が深掘りしているテーマです。

日本が2019年6月に発行した「エクセレントサービスのための規格開発の指針 JSA-S 1002」では、「エクセレントサービス」に「共創」の考え方を取り入れられています。そこで、ドイツ側が提案するサービスエクセレンスの考え方をベースに、顧客と一緒に創り上げていくという共創の考え方を取り込んで、エクセレントサービス設計の規格を作っているところです。


(この記事はアイソス2020年9月号から抜粋したものです)