連載記事 持丸正明
第1回 サービス標準の活性化とJIS改正

本稿は月刊アイソス2018年10月号に掲載された持丸正明氏(産業技術総合研究所 人間拡張研究センター センター長)執筆の連載記事『サービス標準化 世界の現状と日本の課題』第1回の全文です。

構造標準から性能標準、プロセス標準へ

標準は、ネジに代表されるような製品の構造を規定し、合意するところから始まった。互換性を保証したり、取引を合理化することで、経済社会に大きなインパクトを与えた。一方で、構造が規定されてしまうことで、技術革新が阻害されるという負の側面が指摘されるようになってきた。そこで、構造を規定せずに、製品の性能を測る尺度と基準値を合意する性能標準が産み出された。たとえば、防水性能は、防水性能の測り方と基準値が定められているだけで、防水構造は規定されていない。ここに技術革新の余地がある。こうして、標準は単に互換性や取引合理性だけでなく、取引の信頼を担保し、新市場の形成を担うようになった。その結果、標準は、企業対消費者取引以上に、企業対企業の取引に役立てられるようになり、企業が扱う製品の構造や性能だけでなく、企業体そのものの能力,信頼性を評価できると良い、ということになった。品質管理、環境対応、社会的責務への組織的取り組みの評価などである。これらの組織的取り組みを測る尺度や基準値を、防水性能と同じように定めるのは困難である。そこで、プロセス標準が産み出された。結果に至る手続きが正しければ、結果も正しいはずである、という考え方による。ISO 9000シリーズや14000シリーズが策定され、普及していることはご存知の通りである。この「手続きを書き下して標準化する」という考え方が産み出されたことにより、製品を中心としてきた標準が、サービスにも展開できるようになったのである(下図)


サービス化する社会


経済と社会が急速にサービス化してきている。現在、日本のGDPの7割がサービス業で産み出されており、就業人口の7割がサービス業に従事している。そして、家計支出においても7割近くがサービスに費やされている。企業対企業の取引もサービス化しており、製品を販売するのではなく、常に製品が稼動できる状態に維持して使用課金をとるビジネスも増えてきている。たとえば、GEは、ジェットエンジンを航空機製造企業に「売る」のではなく、エアライン企業に「マイル課金で貸す」ビジネスに移行している。

 さらに、ITの普及がサービスの商圏を大きく変えた。そもそも、企業対消費者のサービスの多くは、商圏が狭いものが多かった。それ故、製品に比べると輸出入が少なく、国をまたがった品質管理ルール策定の気運は高くなかった。この状況は、ITの普及によって大きく変わった。Amazonがネット通販や電子書籍ビジネスを始めると、国内の書店が打撃を受ける。多くの海外旅行客が、TripAdvisorを頼りに、日本の温泉旅館を訪ねてくる。ITの普及が、サービスの国際的な取引を活性化し、それに伴って、サービスの取引に関する国際的なルール策定が求められるようになってきているのである。


サービス標準化の難しさ


サービスは無形財で、かつ、生産と同時に消費される特徴を持っている。それ故、顧客が、サービス購入前に品質を確認するのが難しい。たとえば、医療というサービスは、診察を受けてはじめて個別のサービスプロセスが決まり、必要な医療機関能力が分かるのであり、医療機関を選択する時点で、医療機関が自分の状況に適しているかどうかを判断するのは難しい。

さらに、サービスには「共創」という特徴がある。これは、サービス提供者が一方的に価値を提供するのではなく、顧客の参加によって顧客と共に価値を創り出す、という考え方である。たとえば、健康サービスでは、顧客自身の取り組みが継続しない限り、サービスの効果(健康維持・増進)は得られない。この場合、サービスによって産み出される価値は、サービス提供機関の持つ設備や性能だけでは決まらず、顧客自身の関与の度合いが強く影響する。顧客の関与を引き出す取り組みや能力を、サービス提供機関が持っているかどうかが重要になってくる。

プロセス標準の枠組みは、サービスの品質管理や評価、設計に活用できるが、上記のような無形財の特徴や、価値の共創性を考慮した標準を、いかに策定していくかが、今後のサービス標準化のキーポイントである。そして、これらの困難性を乗り越え、社会にインパクトを与えるサービス標準が1つでも確立されれば、サービス標準の対象範囲は一気に拡大することになるだろう。


サービスの国際標準とJIS法改正


このような状況の中、ISOでもサービスに関わる標準が数多く議論され、策定されるようになってきている。サービスを扱うTC(Technical Committee)は40近くある(ISOのTCは全体で200以上ある)。TC68(金融サービス)のように1950年より前に設立されたものもあるが、大半は2000年以降の設立であり、半数は2010年以降の設立である。社会セキュリティ(TC223)、上下水道(TC224)、観光(TC228)などが2000年代に、ヒューマンリソースマネジメント(TC260)、サービスエクセレンス(TC312)、高齢社会のケアサービス(TC314)などが2010年以降に続々と設立された。幹事国は欧州が多いが、中国や米国、南アフリカなども幹事国を務めている。

日本は、この状況にやや乗り遅れているかもしれない。その一因が、旧来の日本工業標準化法(JIS法)にもあったと考えられている。実は、工業標準化法の対象は鉱工業品に限定されていて、サービスを対象とする標準を策定しにくい状況があった(図の右)。JIS Q 9000シリーズは、「鉱工業品の」品質管理という建付けでJIS制定されていたが、観光や宅配、ケアサービスを対象とするとなると、現行法では難しい状況であった。そこで、経済産業省が中心となり、JIS法の改正議論が進んだ。2018年の通常国会で、工業標準化法が一部改正されて産業標準化法に変わった。改正ポイントの第一番目が対象の拡大である。鉱工業品だけでなく、サービスも対象に含まれた。これによって、日本のサービス産業界が、世界に先駆けてサービス国内標準(JIS)を策定し、それを翻訳して国際標準(ISO)に提案することができるようになったのである。