連載記事 持丸正明
第3回 人間中心設計も製品からサービスへ

本稿は月刊アイソス2018年12月号に掲載された持丸正明氏(産業技術総合研究所 人間拡張研究センター センター長)執筆の連載記事『サービス標準化 世界の現状と日本の課題』第3回の全文です。

人間工学と人間中心設計

人間工学(Ergonomics)は「人間のまわりにある人間が産み出したものを、人間が快適に、かつ効率的に使うことができるように、人間の心理的・生理的・身体的特性に合わせて設計するための学問体系」と位置付けられている。歴史的には、工場などの従業員の安全を守り、快適かつ効率的に業務ができるように設備や道具、作業工程を設計し直す労働衛生(Occupational Safety)に始まり、工場で作られた製品を、エンドユーザが安全、かつ快適で効果的に使えるように設計する研究(Human Centred Design)に展開してきた。その根底にある思想は、多様性に対する公平性の担保である。人種、性別、年齢、障がいの有無にかかわらず、人々が製品や環境を利用できるようにする社会の実現を志向している。

国際標準(ISO)においては、TC159において人間工学に関連する標準策定が行われている。TC159では、これまでに、人体寸法や発揮力に応じた環境・製品の設計指針、人の感覚・認知特性を考慮したインタラクティブシステムの設計指針、それらの基盤となる人間特性データや人間計測法に関する国際標準を策定してきた。


ISO 27500とFDIS 27501:7つの原則と実践


このTC159で、人間中心的な組織マネジメントに関する標準が議論されている。ISO 27500:2016 “The human-centred organization -- Rationale and general principles”と、ISO/FDIS 27501 “The human-centred organization -- Guidance for managers”の2つである。これらの2つの標準策定の経緯と内容詳細については、本誌2018年11月号の特集「サービス標準化 最前線」の記事を参照いただきたい。本稿では、両標準のポイントのみを述べ、サービス標準化の流れを俯瞰していく。

すでに策定されている27500は、組織マネジメントに人間中心的視点を持ち込むための7つの原則を提示している。すなわち、(1)個々人の差異を組織の力として活かす、(2)ユーザビリティとアクセシビリティを戦略的な経営目標とする、(3)トータル・システム・アプローチをとる、(4)健康・安全・ウェルビーイングを考慮することに優先性を持たせる、(5)働き手を尊重し、働き手にとってより良い作業環境を創る、(6)オープンで信用される組織となる、(7)社会的に責任のある行動をとる、である。27500では、トップマネジメント層向けにこれらの7原則に基づく人間中心的なアプローチをとらなかった場合の組織リスクについて整理している。

これに続く27501では、その原則に沿って、管理者が組織マネジメントを進めるための行動フレームワークと責任持って実現すべき項目について提示している。


拡張された人間中心思想


27500および27501では、人間中心的なアプローチの「人間」を、従業員や顧客だけでなく、企業体や、さらに社会の中で製品やサービスに関係する人々まで拡張している。人間工学の対象が、工場での従業員から製品のエンドユーザに展開してきたことの、さらに先を見据えたことになる。たとえば、“customer(顧客)”の用語定義には「A customer does not necessarily have a financial relationship」という注記が加えられている。英語の“customer”は購買などの金銭的な契約関係を持つ人、という意味であるが、ここでは購入しなかったが使用する人、さらには、使用者として想定されていなかったが巻き込まれた人まで“customer”に含めている。たとえば、シュレッダーに子どもの指が挟まれるとき、子どもは顧客でもなく、想定された使用者でもないが、この標準における「人間」中心の対象に含まれていることになる。これらを網羅的に表現するために、27501では“stakeholder”という用語を持ち込んでいる。従業員も顧客も企業体も社会も、“stakeholder”である。


サービスへの適用拡張と価値共創マネジメント


27501では、その適用対象を明示的にサービスに拡張している。従来の人間工学標準が製品や環境、インタラクティブシステムという触れることができる有形物を対象としてきたのに対し、この標準ではサービスも人間中心的なアプローチの対象であるとしている。このために、27501では「価値共創」という概念を導入し、先に述べた“stakeholder”の間で、価値が共創されることを意識してマネジメントをするべきだと述べている(下の図)。これは、サービス学で一般的なフレームワークであり、サービス学研究者であり実務家でもある明治大学の戸谷圭子先生が、原案作成に関わり各国の人間工学専門家を説得しながら、盛り込んだ部分である。価値は作り手が設計、製造して一方的に送り届けるものではなく、顧客の参加によって共に創り出されるものだという考え方に基づく。たとえば、フィットネスサービスであれば、顧客自身が身体を動かして活動しなければダイエットという価値は産み出されない。これが共創である。“stakeholder”の間で共創される価値は、明示的に契約された基本機能価値の他に、双方の知識が増えることによる知識価値、お互いの信頼が増すことによる感情価値に分けて考えることができる。これらの価値を“stakeholder”の間で適切に分配することが、組織の持続に繋がる「人間中心的な組織マネジメント」であるとしている。

このようなサービスにおけるフレームワークは、そのまま製品にも適用できる。この標準は、自動車という製品の機能や性能を作り込んで、ユーザビリティや安全性に優れたものを顧客に送り届けるのではなく、自動車を媒体として「快適で安全な移動体験の価値」を顧客とともに創り出すことを指向しているのである。