連載記事 持丸正明
第4回 SDGsを指向するサービスの尺度標準

本稿は月刊アイソス2019年1月号に掲載された持丸正明氏(産業技術総合研究所 人間拡張研究センター センター長)執筆の連載記事『サービス標準化 世界の現状と日本の課題』第4回の全文です。

健全な市場を形成するための基盤標準

連載第1回で述べたJIS法改正の契機のひとつとなった事案に、小口保冷配送サービス標準がある。ヤマト運輸のサービス商品である「クール宅急便」と言う方が分かりやすいかもしれない。日本ではおなじみのこのサービスも、いまは世界に展開している。当然、各国の地元サービス事業者が、より低価格のサービスで競合してくるわけだが、時として、その品質が良くない。キチンと保冷した状態で配送されないと、送った側も送られた側も迷惑を被る。結果的に「小口保冷配送サービスなんて、信頼できない」という状況に陥る。まさしく、悪貨が良貨を駆逐することになる。そこで、小口保冷配送サービスとしての品質管理標準を策定し、この標準を満たした事業者を信頼して貰えるようにすることで健全な市場を形成しようという動きが日本発で進められた。当然、サービスのJISは作れない(当時)ので、第2回で紹介したシェアリングエコノミーと同様に、英国のPASの仕組みを使うことになった。ここでは、JISが作れなかった問題を議論するつもりはない。この「健全な市場を作るための標準」という位置付けを理解いただくために、この事例を持ち出した。

第2回で紹介したシェアリングエコノミーの標準も、この位置付けに近い。法令を遵守しないシェアリングエコノミー事業者が出てくれば、消費者もシェアリングエコノミーに不信感を抱き、利用しなくなる。また、消費者不利益に繋がる事案が増えれば、行政も消費者保護観点で規制業法を新たに作ってくるかもしれない。それゆえ、業界自らが「業法に縛られる前に、自ら品質を管理し、健全な市場を作るための標準」を提唱したということになる。


基盤標準と尺度標準


筆者はこれを基盤標準と呼んでいる。基盤標準とは、産業発展のために安全性、公平性、互換性、品質管理を担保するための合意である。現在、活用されている標準の大半は、ここに位置付けられる。先に述べた小口保冷配送サービスもシェアリングエコノミーも、基本的にサービスの品質管理を通じて、健全な市場を作るという観点で、サービスの基盤標準と位置付けて良い。

では、連載第3回で紹介した人間中心の組織経営管理はどうであろうか? 確かに、その標準は安全性や公平性を内容として含んでいるが、そもそも人間中心組織でなければ企業活動をしてはいけないとか、そういうものではない。ある意味では、組織として目指すべきものと、それを取り入れなかったときのリスクを提唱しているとも言える。筆者は、これを尺度標準と呼んでいる。

両者の違いをわかりやすく説明するために、あえて、工業標準とは異なるルール策定を例に取る。スポーツ競技においてドーピングルールとは、まさしく選手の生命と健康をまもり、公正なスポーツ競技を実現するための基盤標準である。これを満足していなければ、スポーツ競技に参加できない。一方で、フィギュアスケートの採点基準はどうか。こちらは、こういう技能や美しさを高く評価すると決めているだけで、3回転ジャンプができないと参加できないということではない。これが評価尺度標準である(下の図)。サービスにおいての基盤標準とは、サービスの品質を適性に管理した事業者によって、安全で、公正で、顧客に信頼される健全な市場を形成するための標準である。そして、尺度標準は、その基盤標準をクリアして健全市場に参加した事業者を評価する軸として、合意されたものということになる。



サービスの尺度標準


事業者が、自ら実施するサービスが競争優位になるように評価軸を標準化できるものであろうか? もちろん、答えは「NO」である。競合相手も含む国際的な合意を得るには、そのような直接的な合意戦略は通用しない。尺度として、合意できるのは、誰も反対できない評価軸である。今で言えば、「SDGs」がそれにあたる。すなわち、「SDGs」を社会実現するための手段として評価軸を設定し、結果的にその評価軸が自社にとって有利になるように合意を形成するということである。それは、同時に、自社が「SDGs」を先取りして活動をしていなければならない、ということでもある。

第3回で紹介した「人間中心の組織経営管理」も、尺度標準と位置付けられる。この標準の理念は「3. すべての人に健康と福祉を」「8. 働きがいも、経済成長も」に近いものであり、総論で反対は起きにくい。もし、事業者がいち早くこのような組織活動をしていて、それが相応の社会評価を得られていなかったとすれば、この尺度標準は自社にとって有利なものになる。本誌2018年11月号の特集「サービス標準化 最前線」の記事で紹介された「サービスエクセレンス(ISO TC 312)」も、この尺度標準だと理解している。サービスエクセレンスとは、顧客に驚きを与えるようなサービス提供を持続できる組織能力を指している。標準においては、組織がこの能力を備えるために従業員の満足度を高め、顧客の関与を継続的に高めて価値共創を創り出すための理念とガイドライン、設計指針が示されることになるだろう。これも、「8.働きがいも、経済成長も」に近いものであり、総論で反対は起きにくい。TC 312では、その組織能力を測るための尺度標準を議論するWG設立も予定されている。

標準は合意であり、その多くは法的拘束力を持たない。しかるに、尺度が標準化されたからと言って、その尺度で高い評価を得なければならないわけではない。しかし、標準化された尺度が社会認知されてくると、それは企業間取引や企業信頼性、ひいては、株式投資や企業価値にも影響してくる。尺度の標準に関わった国や事業者は、いち早く良い評価を得て、優位に事業展開できることになる。

サービス分野で日本が国際的に先行している尺度標準もある。たとえば、「おもてなし規格認証」である。その理念はサービスエクセレンスと共通する部分が多い。紅・金・紺・紫の4段階のレベルがあり、それを認証する仕組みまで備えている。あくまでも国内の、それも主として観光サービスを対象として策定されたものであるが、このような理念と尺度を国際化していくことも考えていくべきである。