連載記事 持丸正明
第5回 サービス分野の国際標準化戦略

本稿は月刊アイソス2019年2月号に掲載された持丸正明氏(産業技術総合研究所 人間拡張研究センター センター長)執筆の連載記事『サービス標準化 世界の現状と日本の課題』第5回の全文です。

現代のサービスビジネスはエコシステム型

製品に価値を作り込んで提供していた時代は、最終製品を総合設計して組み立て、品質を管理する親会社の支配力が大きかった。親会社は、部品会社を垂直統合し、ルールを決めることができた。これに対して、現代のサービスビジネスは、複数の企業でリソースを分担して水平連携するケースが多くなってきている。GAFAのビジネスも1社と子会社のピラミッドでできているのではなく、大企業や中小、ベンチャーが相互に水平連携しながらリソースを分担投入してスケールアップしていく形態である。このリソースの中に顧客や社会が含まれることも多い。このような水平連携によって価値を産み出す(共創する)体系をエコシステムと呼ぶ。エコシステムの中には、親会社のような絶対的なルールメイカーが居ないことが多い。特に、顧客や社会をリソースとして巻き込む場合は、尚更である。そこで、社会全体で合意を形成する標準の役割が大きくなる。


有利な競争市場のための社会ルール形成戦略


他企業に加え、顧客や社会を巻き込んだルール形成では、自社の利益誘導があからさまに見えるような標準案の合意は難しい。自社が特許を有する技術仕様を標準化し、エコシステム内でこの技術仕様の利用を強要するような標準の作り方は、一昔前のやり方である。サービス時代に重要なことは、自社の技術仕様(モノ)がエコシステム内で使われることではなく、自社のサービスが新市場で十分大きな占有率を持ち、自社にデータが蓄積され、自社の信用が醸成されていくことにある。

エコシステムの社会ルールとしての評価軸の標準はSDGsに基づく、ということは前回の連載記事で述べた。では、SDGsに基づいてどのような社会ルール形成をし、そこにどのようなビジネスを持ち込めば良いのか。ここでは、典型的な1つのモデルを紹介したい。そもそもSDGsは、社会としての達成ゴールであり、企業単独の短期収益視点(社会を顧みず、長期的な存続も考えず、単に短期的な収益性を考える)では「付加的な活動」である。付加的な活動だと分かっているが、みんなで揃ってやらなければ世界規模、地球規模の問題に対処できないので、社会ルールを取り決めて「どの企業も一斉にやる」ことにするわけだ。SDGsに対応すれば、付加的な活動への投資が必要になり、短期的には生産性が低下するかもしれない。このとき「新社会ルールに対応し、効率的にルール遵守を支援する技術」が提案できれば、誰もがこぞって導入するだろう。そこに新しい市場が形成されることになる。なぜなら、標準で取り決めた「SDGs達成のための付加的な活動」を、誰もがやらなければならないからである。これが新市場である(下の図)




CSR(ISO 26000)、Circular Economy(ISO 20400)、人間中心の組織経営管理(ISO 27500)、サービスエクセレンス(TC 312)などが、このような新社会ルールを形成するサービス標準と言えるのではないだろうか。

具体例で考えてみたい。たとえば、自社内にIoTを用いた従業員健康度向上のシステムがあり、競争力があるとする。このとき、このシステムの仕様を標準化するのではなく、「SDGs-8. 働きがいも、経済成長も」に紐付けた従業員健康管理の組織マネジメントを標準化してしまう。そうすれば、各社が、組織として従業員健康管理に取り組まなければならない状況になる。そこに「IoTを用いた従業員健康度向上のシステム」を売り込んでいくわけである。もちろん、競合他社も同じ市場に乗りだしてくるだろう。特許を持つシステムの仕様を標準化したわけではないので、市場独占はできない。しかし、そこに成長市場が生まれ、そこで先行者優位性を発揮でき、市場占有率が確保できるなら、十分に魅力的な戦略ではないだろうか。サービスのエコシステム時代では、仕様を標準化して独占するのではなく、ルールを標準化して新市場を形成し、それによって社会全体をあるべき目標(SDGs)に向けていく思考が求められる。SDGsの実現を支援することで市場を作り、収益を上げることは、Porter教授の唱えるCSV(Creating Shared Value)にほかならない。


サービス分野で標準と国際認証を獲る


部品の互換性に関する標準では、適合しているかどうかは容易に判断できる(互換性がなくて動作しないわけであるから)。一方で、社会ルールの標準の場合、それをきちんと達成しているのかどうか、第三者には分かりにくい。そこで、認証という仕組みがクローズアップされることになる。国際標準で定める社会ルールであるから、認証も国際レベルになる。この認証を担うのが、認証機関である。大変残念なことに、日本には、国際規模の認証機関が存在しない。Bureau Veritas(フランス)、Intertek(英国)、TUV(ドイツ)などに相当する認証機関がないのである。ルール策定(標準化)、ルール遵守支援(システムサービス、コンサルティング)、ルール遵守チェック(認証)は、それぞれ独立した別組織で行うのが国際的な取り決めである。認証機関にはルール遵守の困難性に関する知見が集まりやすく、多くの場合、その認証機関のメンバーがエキスパートとして標準化に参画する。標準は一度策定したのちも、改訂作業を継続していくものであり、改訂段階になると実情を良く知っている認証機関のメンバーに主導権を握られやすくなる。国際規模の認証機関を持たねば、国際標準の主導権も維持できなくなる恐れがある。

とは言え、いまから日本で先に挙げた機関に比肩するレベルの認証機関を育て上げるのはかなり難しい。そこで筆者は、特定分野で国際規模といえる認証機関を育てる戦略を獲ってはどうかと考えている。それが、サービス分野である。急成長しているサービス分野の標準は、必ずしも国際認証体制が整っているわけではない。すでに国際規模に展開している認証機関との連携を図りつつ、サービスエクセレンス(TC 312)や、高齢化社会を乗り切る健康経営(TC 314)などの分野で「日本の認証機関で認証を得れば、世界どこでも通用する認証となる」ような認証を出せる機関を育てていくのである。