連載記事 持丸正明
第6回(最終回) サービス標準化戦略をアクションに

本稿は月刊アイソス2019年3月号に掲載された持丸正明氏(産業技術総合研究所 人間拡張研究センター センター長)執筆の連載記事『サービス標準化 世界の現状と日本の課題』第6回(最終回)の全文です。

競合相手は変わりうる

IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)のStandard Associationで、アパレル電子商取引に向けた人体3次元データの処理プロセス標準が進められている(IEEE P3141 - Standard for 3D Body Processing)。これは個人の人体形状や寸法から個人のデジタル人体モデルを構成し、それに基づいて衣服を設計・製造・販売するビジネスの基盤となる用語や定義、品質管理に関する標準である。ZOZO Townが計測スーツを配布して話題になったが、このような電子商取引の基盤となる標準化が進んでいる。この背景には「大量廃棄」の問題がある。アパレル廃棄の総量は国内で年間100万トンと言われ、その中に余剰在庫や売れ残り、サイズ不適合返品による衣料品が多く含まれている。デジタル技術を活用したオンデマンドアパレルは、その解決策の1つと考えられ、まさしくSDGsに向けて推進されていく社会ルール形成である。

筆者は、人体形状モデリング研究を専門としており、その縁で海外の知り合いに声を掛けられ、このIEEEの国際標準会議に参画した。なにより驚いたのは、この標準化の仕掛け人がインテルであったことである。インテルはスマートフォンなどに取り付け可能な小型の3次元形状計測モジュールを開発しており、直接的には、それがアパレル電子商取引の基盤デバイスになることを期待していると思われる。ただ、インテル社の総売上げ規模から言えば、そのようなデバイスの普及だけで、ルール形成にそこまで積極的になるとも思えない。おそらく、アパレル電子商取引におけるクラウドサービスやAPIの市場占有率を確保する狙いがあるのだろう。このことに気付いた筆者は、この件について国内大手アパレル企業に話を持ちかけ、IEEEの国際標準会議に適切な人材を派遣するように助言した。しかし、そのときの回答は残念なものであった:「インテルとは、PCのチップを作っている会社でしょう? それはウチの競合ではありません」。デジタル人体モデルに基づくアパレル電子商取引が活性化し、そこに標準化されたデータ処理プロセスが利用されるとなれば、標準化で先行するインテルがプラットフォームとして便利な仕組みを提供してくるであろうし、多くの既存アパレル企業はそれを利用することになるだろう。最終商品の販売価格は変わらないであろうから、結局、インテルのプラットフォーム利用課金分だけ、現行アパレル企業の取り分が減ることになろう。相手先が今までの競合かどうかではない。ビジネスのエコシステムが変わるとき、競合・連携の相手先も変わりうるのである。すなわち、新しいビジネスエコシステムの社会ルールを提案してくる相手は、いままでの競合相手ではなく、新しく市場に参入しようとする別業態の企業かもしれない。


情報戦と根回しを乗り切る人材育成


ビジネスのエコシステムの基盤となる社会ルール形成について、企業はいち早く情報を得て、その情報を社内で適切に評価しなければならない。必要に応じて、早期に根回しをはじめる必要もあろう。これを担うのが標準化人材である。標準化活動が、新市場のルールを自社にとって有利にする(少なくとも不利にならないようにする)ための投資であることを経営層が理解し、その上で、標準化人材を育成しなければならない。標準化人材は、単に標準の仕組みを知り、標準文書が作成できると言うだけではない。国内外の関係者と交渉したり、日常的に情報を収集できるロビイスト的側面が必要であり、なにより、ビジネスが分かっていなければならない。標準化業務に専任させるのではなく、プロジェクト管理や、場合によっては関係子会社の経営経験なども必要であろう。なぜならば、他国、他企業の標準化活動が自社ビジネスにどう影響するかを判断しながら、情報収集をしなければならないからである。


国際提案に向けた国内体制の整備


社内に人材が育成できても、その人単独で国際標準を提案することはできない。国内業界の合意形成が必要であるし、提案をサポートする国内審議団体も必要になる。その上で、関係省庁や有識者とも意見調整しなければならない。ところが、新しいサービスビジネスを生み出す社会ルール形成には、多くの場合、従来の業界団体を越えた企業連携が必要であり、そのエコシステムをカバーする業界団体が存在しない。そうなると、どうやって合意を形成するか、誰が提案と審議の事務局機能を担うのか、というところで頓挫してしまう。前者の解決に向けて、経済産業省では「新市場創造型標準化制度」というものを用意している。是非とも活用を検討いただきたい。後者については、完全な解決は容易ではないが、少なくとも、サービスの標準化で適切な業界団体が見つからないのであれば、日本規格協会に相談してみることをお勧めしたい。とにかく、「思い立ってはみたものの、さまざまな事情で国内合意が先に進まない」では、国際競争に勝てない。思い立ったら、声を上げることが重要である。経済産業省や日本規格協会への相談のハードルが高く感じられるようであれば、遠慮なく、産業技術総合研究所に御相談いただきたい。


新しい人材を巻き込む情報発信


社この連載では、サービス標準化について、その背景(第1回)、事例(2〜4回)、俯瞰(4回)、戦略(5回)、そしてアクション(6回)と筆を進めてきた。本連載の最後に、自戒をこめてメッセージを添えたい。自戒とは、この連載原稿が、これを本来読んで欲しい方々に、あまり読んでいただけていないだろうと言うことである。JIS法改正でサービスが規格の対象となって以来、筆者は何度か講演を依頼された。概ね、この連載で述べたような内容を発信してきた。講演で感じたことは、会場を埋め尽くす参加者が、製造業の方々であり、かつ、標準化に携わっておられるか、品質管理部署に所属している方々であるということである。サービス業の方々にこそ聞いて欲しいのだが、結局、そのような方々には届かない。この連載原稿も、おそらくそれらの方々の目に留まっていないのではないか、と思うのである。そこで、最後に連載を通読いただいた読者の方々に2つのお願いをしたい。第一は、皆さんの勤める製造業のビジネスもサービス化していくことを見据え、製造業としてのサービス標準の必要性を理解し、活動いただきたいと言うことである。そして、第二には、その考えを社内だけでなく、サービス化を通じエコシステムとして連携するであろうサービス業の方々にも広めていただきたい。その際に、この連載原稿がお役に立てれば幸いである。

持丸正明氏のプロフィール

持丸 正明(もちまる まさあき)  産業技術総合研究所 人間拡張研究センター センター長
1964年横浜市生まれ。1993年慶應義塾大学大学院生体医工学専攻科博士課程修了。同年工業技術院生命工学工業技術研究所入所。2001年改組により、産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究ラボ副ラボ長。2007年ISO/TC159/SC3議長。2010年産業技術総合研究所サービス工学研究センター・センター長(兼務)。2015年4月同所人間情報研究部門部門長。2018年11月から現職。