連載記事 戸谷圭子
第1回 サービス標準化が必要となった背景と国際動向

本稿は月刊アイソス2019年4月号に掲載された戸谷圭子氏(明治大学 専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授)執筆の連載記事『価値共創の基盤となるサービス標準化』第1回の全文です。

はじめに

世界経済がサービス化する動きに合わせて、ドイツを中心とするサービスの標準化の動きがスタートしています。ここでのサービスは、産業分類でのサービス、いわゆる第三次産業を限定的に指すものではなく、より広く共創的な価値を創り出すビジネスを意味しています。サービス標準を経営に活かしていくためには、そもそもここで使われているサービスという言葉の持つ本質的な意味を理解することが必要です。これまで物財や技術を対象としてきた標準の世界では、工学的思想、対象を細かく要素分けして小さな単位で管理しようとする傾向が強く、標準を導入する企業もいかにその認証基準に対処するかといったことに注目しがちです。しかしながら、サービスの本質を理解せずにそのような管理をしたことで全体の品質が下がり、顧客を失ってしまったビジネスも過去に多くあります。

サービス標準化は世界の経済構造が大きく変わりつつある中での議論です。このようなパラダイムシフトの瞬間には、既存の方法論との齟齬が生まれ、見直しが必要になります。サービス標準に関わる人材とは、俯瞰的にビジネスをみることができ、物財ではなくリアルな世界でのサービス提供を経験してきた人間であることが求められます。

 そのため、本連載では、経済のサービス化というマクロ視点からスタートし、サービスとは何か、モノとサービスの関係、サービスと共創価値の関係、製造業のサービス化動向、シェアリング・エコノミーに代表されるような新たなビジネスモデルの登場、サービス関連の既存の標準、また今後作られようとしている標準との関連性、などを取り上げていきます。

これらは、標準の内容を知って対処療法を考えるより前に理解しておくべきことでしょう。最初から細則を作ることやその対応に走るのは馬鹿げた行為です。本質の理解と一般化ののち、その結果として、サービス標準は人々の生活や個々の企業経営にどのようなインパクトを持ちうるのかを考察すべきなのです。


1. 経済のサービス化


 まず第1回では、サービス標準化の必要性が高まった社会的・経済的背景として、経済のサービス化と価値共創について取り上げたいと思います。




1.1 生産のサービス化
経済がサービス化している、というのはどのような現象のことをいうのでしょうか。これは、生産面・労働面・消費面から捉えることができます。

まず、生産に関してです。先進国のGDP(Gross Domestic Product、 国内総生産)の8割がサービス産業から生まれていることはすでによく知られています。この時、サービス産業とは第三次産業のことを意味します。日本では2017年の第三次産業のGDPに占める割合は72.1%でした(図表1)



国の統計上の産業分類では、産業は大きく農業・漁業の第一次産業、製造業の第二次産業、サービス業の第三次産業に分かれます。このうち、製造業はもともとメンテナンスなどのサービス提供を行ってきましたし、機械・電機産業を中心にレンタルや利用量に応じた課金など、サービスに関連する売上・収益を増やしてきています。農業・漁業も第一次・第二次(食品加工)、第三次(流通・販売)産業を合わせた第六次産業化する動きが進んでおり、ここでもサービス提供が重要な要素になってきています。第三次産業では、シェアリング・ビジネスなどのこれまでとは異なる形態でのサービス提供も台頭してきており、サービスという言葉が意味するものは、単にこれまでの分類でいう第三次産業ではなく、より広範囲のビジネスになっているのです。結果的に、無形の要素を全く含まないビジネスはほとんどなく、サービスはどのようなビジネス分野にも関連すると言っても過言ではありません。総務省の産業分類も、昭和24年にスタートした時点では、大分類は製造業(中分類が20種類)と非製造業の二種類しかありませんでした。非製造業の中に、農林漁業、建設・卸売・金融・不動産・サービスなどが全て入っていたのです。現在の産業分類は、実態に合わせて改訂され、製造業などと並ぶ大分類として、学術研究、専門・技術サービス業、宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業、娯楽業、教育、学習支援業、医療などに細分化されています。

ここで、経済のサービス化度合いを議論するときに、注意が必要な点があります。GDPは代表的な経済指標のひとつとして無視できませんが、実はこれだけを見てもわからない、というのが実情です。GDPは国内で生産された付加価値の合計額、民需、企業投資、政府支出、貿易収支の合計です。しかしながら、GDPの約6割を占める民需は市場価格が基準になっており、育児や介護を含む家事労働(家事サービス)やNPOの活動など対価がないものは計算に入っていません。日本のように人件費が高い国、高齢化が進む国で、無償の育児労働面や介護労働は金銭換算すると多額に登ります。ある試算では、家事労働はGDP対比で20%〜30%の金銭的価値があるとされています。これらの経済インパクトを考慮すれば、生産面での経済のサービス化は現在GDPベースで算出されている数値よりはるかに進んでいると考えるべきでしょう。



1.2 労働のサービス化
生産の次に、2つ目の要素として、労働のサービス化という現象を取り上げます。これは、労働力が製造業からサービス業に急激にシフトしてきていることを指します。例えば、日本の場合、全労働者に占めるサービス業従事者の割合は2016年で72.4%です(図表2)



この現象は製造業が資本集約的になる、すなわち、工場をコストの低い海外に移転したり、IT・ロボットなどの技術導入で製造工程の効率化を図ったりしてきたためです。不要になった労働力が飲食や小売りなど労働集約的な部分が残るサービスに移ってきた、と言っても良いでしょう。実はこの現象は先進国に限りません。技術の移転速度は非常に早く、効率的な製造技術は世界中に素早く普及します。そのため、経済成長中の国々でさえも製造業従事者はあまり増えず、農業からいきなりサービス産業に移行が起こっています。このように労働力の面から見てもサービス化は進んでおり、サービスの提供方法、ひいては働き方は人々の生活に大きな影響を及ぼします。



1.3 消費のサービス化
3つ目の要素として、消費のサービス化を見てみましょう。家計支出に占めるサービスの割合は2017年の日本では43.8%となっています(図表3)



我々が自分自身のことをひとりの消費者として振り返ってみても、モノへの支出よりもサービスへの支出を検討する機会が増えていると感じるのではないでしょうか? 機能に大差がなくなった白物家電の買い換え頻度が低くなったり、自動車を乗り換えるまでの年数が年々伸びていたりするのに対して、健康関連・エンターテイメント、教育などのサービスには関心も高く、購買機会も増えています。

この変化は、まず、基本的に必要なモノの財が行き渡った先進国で、人々のニーズが物質的なものから精神的なものへ移行してきたことが原因です。さらに、食料や原材料資源の枯渇、温暖化などの地球環境問題への意識の高まりから、個人的便益から社会的便益へと関心が移行しつつあることも関連します。すなわち、モノを購入して使用して廃棄する、を繰り返すのではなく、修理して再利用したり、モノそのものを購入せずに必要な時だけ使用権を購入したりする方が好まれるようになったのです。

消費者のニーズがあるところに企業が舵をとるのは自然な流れですから、家計のサービス化は、最初に取り上げた生産のサービス化、すなわち企業が生む付加価値と裏表の関係になります。

連載の後半で取り上げる製造業のサービス化(Servitization)の進展や、シェアリング・エコノミーの隆盛はその現れと言えるでしょう。

いずれにせよ、これらの3つの側面でのサービス化の進展、言い換えれば、サービスが経済活動の中心を占めるようになったことが、サービス標準化議論が盛んになった背景です。今日の経済活動はグローバルに展開しています。製品のみでなく、サービスも輸出入されており、今後さらにその種類や量が増えることは確実です。その時、国際標準によって一定のプロセスや品質が統一されていることのメリットは計り知れません。


2. 標準とサービス


次に、標準の世界でサービスはどのように扱われているのかを概観したいと思います。



2.1 サービスの標準
これまでサービスに関係する標準がなかったのかと言えば、そんなことはありません。業種別にみれば非常に多くの国際標準や規格が既に存在しますし、現在も作成されつつあります。例えば、OECD諸国で数少ない成長・拡大産業である観光・旅行産業に関しては、ISOに2007年に設立されたTC228からヘルスツーリズム、アドベンチャーツーリズムなど29の標準がすでに発行され、12が現在検討されています。OECD Tourism Trend and Policies 2018では、オンラインプラットフォームを使ったインフォーマルな観光サービス分野の規制の明確化や、国連SDG’sに対応した自然環境保全を前提とした持続可能な観光サービスの必要性に言及しており、今後もツーリズム独自の標準が増加していくと考えられます。金融サービスの標準を担当するTC68では、すでに54の標準が発行されています。金融業界にはBIS(Bank for International Settlements:国際決済銀行)基準という強い規制があるため、ISOでは情報セキュリティに関するものが中心です。ただし、現在検討中の12の中にはFinTech企業にも影響の大きいAPI(Application Programming Interface)に関連するものも含まれています。こういった産業別の標準と同時に、業種横断的な品質マネジメントシステム規格としてTC176のISO 9000ファミリー規格はサービスとの関連が強いといえるでしょう。2000年版では「製品」のみが対象とされていたものが、2008年、2015年の改訂を経て「製品及びサービス」とサービスが明示的に追加されたからです。ここでのサービスは提供者と顧客間の無形の業務結果とされています。



2.2 サービスの定義
先述した通り、多様なサービスが経済活動の大半を占めるようになった現在、サービスの定義は、大きく変わりつつあります。ISO 9000ファミリーでの定義では、サービス・エンカウンター(顧客接点)での提供者と顧客という二者関係が想定されています(この場合の提供者は企業と実際の提供を担当する従業員は区別されていないものと考えられます)。

しかしながら、現実の世界のサービス生産・提供・消費はそのような単純な形にはなっていません。サービス・エンカウンターはネットワーク状に繋がるビジネス・エコシステムの中の一部でしかないのです。例えば、ホテルのロビーはただの待ち合わせに使われることもあり、ホテルの顧客でない人々が多数居合わせます。一般の利用者はホテルから顧客と認識されていなくても、その服装や態度・行動がそこでのサービス品質に大きな影響を与えます。ホテルに集まる顧客の行動は近隣住民や商業主にも影響を与え、地域経済やさらには地域の評判(地域のブランド価値)にも影響は及びます。

そういった現実を考慮すると、サービスの提供に関わる関係者の定義はより広くあるべきです。経営学では、1960年代からサービス・マーケティングという研究分野がありますが、サービスの関係者はサービストライアングルと呼ばれ、企業とその従業員と顧客とされてきました。近年では、その枠組みは拡大され、トライアングルにステークホルダー全体、大きく言えば社会という存在が加わった説明がなされます(図表4)



 ISO 27501人間中心組織(マネージャーガイダンス)では、サービスをステークホルダーに彼らが望む機能・知識・感情などの価値を提供する活動と定義づけ、一方で、その活動を共創活動としています。次号ではこの「共創」に焦点を当てて行きたいと思います。