連載記事 戸谷圭子
第2回 サービスの特性と価値共創

本稿は月刊アイソス2019年5月号に掲載された戸谷圭子氏(明治大学 専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授)執筆の連載記事『価値共創の基盤となるサービス標準化』第2回の全文です。

はじめに

前回は経済のサービス化の動向と、サービスの定義の変化を取り上げました。第2回の本稿では、それらを念頭におきながら、サービスという財の持つ特性と共創概念の関係、その特性が引き起こすマネジメント上の課題について詳しく解説します。


1. サービスとモノの品質管理の違い


 これまで標準が扱ってきた対象は、主に有形財、または、その財を生産する企業のマネジメントでした。しかしながら、有形財の考え方をサービスに拡張するのではなく、サービスの特徴を理解してサービスに適した標準とする必要があります。サービスや価値共創という概念の深い理解が非常に重要になります。逆に、基準の方向性を誤れば、標準化することがサービスの価値を損ねる危険は多いにあります。サービス研究が日本で盛んになり始めた2000年代に、工学的方法論をサービスに当てはめれば生産性が上がるとして、人を機械で置き換えるような動きがアカデミア発でサービス産業に少なからず導入されました。結果的にサービス品質を下げて、顧客離反を起こしてしまったものが随分あります。モノ的発想でISOを作ってきた人々が同じ轍を踏まないように、サービスの生産とモノの製造の違いを今回は集中的に取り上げます。



2. サービス品質の不安定性


そもそも、サービスの品質はモノの財よりも不安定になる宿命にあります。ここでは、モノの製造との違いを明確にするために、あえて不安定性と言い換えました。サービスは、そもそも相互作用から成立しています。

モノの財の製造を考えてみましょう。例えば、金属加工業では、金属に熱や力を加えて、金型に流し込み、想定した形に成形します。材料である金属の性質はもともと既知のものであり、結果として得たい形や許される誤差の程度も明確に決めることができるのです。その意味で、製造という行為は一方通行に行われ、対象物は無機的に予想された反応をするともいえます(図表1)



そして、結果、すなわち失敗・成功を一義的に定義して測定することも可能です。素材を加工することで価値をモノに埋め込もうとするのです。これは、生産財でも、消費財でも同じでしょう。

さて、ではサービスはどうでしょう。例えば、教育サービスを考えてみましょう。教師は、事前にその授業の目的の到達点を想定し、流れを考えて使用するコンテンツを準備します。しかし、生徒は能動的意思を持つ個人で、その能力や興味は様々、理解度にも差があります。一人ひとりの生徒の反応を見て、説明を詳しくしたり、強調する箇所を変えたり、講義と演習のバランスを変更したりと、教え方を少しずつ変えていきます。それらの相互作用の中で、教師は元々の目標値を下げることも、上げることもありえます。また、教育現場では想定外の出来事が頻繁に起こります。例えば、ある生徒が教師の回答できないような質問をし、しかもそれが多くの生徒の共通の疑問だということが判明したり、教室内で学生同士の反目が顕在化したり、といったことは日常的に生じます。個々の生徒に今学期のフィードバックをする場合には、その内容は当然一人ひとり異なります。教師は生徒の反応から学び、生徒は教師からはもちろんのこと、他の生徒の反応や生徒同士の対話からも学びが発生します。国や地域、業界によって品質が一義的には決まらないばかりか、同じ企業が提供する同じサービスでさえ、被提供者、受け手によって品質の評価は異なります。

上記の話は教育サービスにかぎった話ではありません。レストランやホテルでのやりとり、アミューズメントパーク、医療や介護など、サービス産業のどれをとっても同じような状況が発生します。サービスとは、そもそも一方通行にはなり得ない性質のものです。一度のサービス提供の間に、提供者と被提供者間の接触の度に相互作用が生まれ、その影響で相互に変容していくわけですから、品質が安定などするはずもないのです(図表2)



さらには、サービスの中には利用をある期間に繰り返し継続利用することが前提のものも少なくありません。スポーツクラブや銀行の決済サービスなどです。契約時点のプロセスとは別に、その一回一回の利用経験によっても変化していきます。

論理的に考えれば、サービスの品質の標準のようなものは作りようがないということになります。別の回に触れますが、実際に現在ISO TC312で検討されているサービス標準について、この提案の中心であるドイツは、優れたサービスのみを対象とし、その優れたサービスを作り出す「組織能力」に関する標準を志向しています。優れたサービスそのものの標準をつくろうとはしていないのです。

ひとつ追加しておくと、実は、近年では本来モノも同じように評価の不安定性があることはわかってきています。企業がモノに埋め込んだと思っている価値は、顧客がそのモノを使用してくれない限り、決して発現・実現しません。ものづくり企業で、最終顧客から遠いところにいる素材産業などはこのことを忘れがちです。PCやスマートフォンは、使用者のレベルによって高度な作業をサポートする生産性の高い機器にもなれば、ただの電話だったり、ただのワープロにもなります。つまり、モノの財の品質も実は不安定なのです。現在、製造業がサービスを提供するビジネスを行おうとするサービタイゼーション(Servitization)の動きが増加してきています。これまでは単にモノを製造してきた企業が、価値をモノに埋め込むだけではなく、その発現・実現まで関与することで価値を増やそうと考えているのです。


3. サービスの4性質


では次に、この「サービスの品質の不安定性」という観点から、サービスという財の特徴を紐解いていきたいと思います。実は、不安定性を引き起こすサービスの性質については、これまでのサービス研究のなかで既に整理、分類されています。

サービスの性質はIHIP(アイエイチアイピー、または、アイヒップと読む)という4つの性質で説明されます(図表3)



3.1 無形性
最初のIは無形性(Intangible)という特徴です。無形であるため、その評価はあくまで主観的になります。もちろん、有形財であっても評価は主観的になされます。しかしながら、かたちのあるモノは外形的な基準、耐久性や不良品率などを品質の証としてみせやすく、客観的な品質についての共通認識を形成しやすいといえます。それに比べると無形財の評価は難しくなります。サービス品質の古典的な研究成果であるSERVQUAL(注)が主観的な事前の期待値と事後の評価の差を品質と捉えたのは、客観的評価基準というものが馴染まないからです。事前に決めた品質基準を満たしているかどうかでモノの財には百点満点中の何点といった評価をすることができるでしょう。しかし、顧客の事前期待をどの程度上回るか、下回るかで決まるサービス品質には百点満点という絶対基準自体がつくれないといってもよいでしょう。



3.2 不均質性
次のHは不均質性(Heterogeneity)で、これはまさに不安定性と言い換えることができる特徴です。サービスの品質は一定にならないということを指しています。先述した無形性ゆえの主観評価はその原因のひとつです。しかしながら、より重要な原因は、これも先述したサービス生産が相互作用で成立していることです。サービスは提供側のみ、提供される側のみで成立するものではなく、相互作用、言い換えれば、両者の能動的な資源提供とその統合というプロセスで成立します。そこで生まれる価値こそが「共創価値」といわれるものです。両者は、同じ時空間で相対していなければならないわけではありませんし、提供側がヒトとも限りません。

そのような場で生まれる経験の評価は、そのプロセスに参加している全ての関係者の、それまでの経験・能力・知識やその日の体調や気分などで個々に違ってきます。建物の外観、インテリアなどの物理的環境といった外部環境にも影響されますが、それらは比較的コントロール可能です。問題は、天候や気温や場の混み方、その場にいる他の顧客の態度などの不確定要素の影響の大きさです。業種にもよりますが、コンサートやスポーツ観戦では他の顧客の態度は非常に重要です。サービス品質は不均質になるのです。

もちろんファーストフード店のように、マニュアル化が進み、相互作用の影響をほとんど排除できるサービスも中にはあります。それでも、注文方法を知らない顧客は時間がかかり、カウンターで恥ずかしい思いをすることもあるでしょうし、その人の次の順番の顧客は待たされてイライラするようなことがあります。つまり、経験という個々人で異なるものによって品質評価が変化してしまうのです。

サービスには通常有形財と無形財の両方が含まれます。有形財部分の品質の均質化は可能かもしれませんが、その有形部分は本来求められている価値を実現するための道具や媒体です。ファーストフード店では無形部分の接客でさえマニュアル化をしていますが、それでも、個人差は出てきます。結局のところ、道具を使いこなせるヒトの能力の差はいかんともし難いものです。これを、近年急速に導入が進んでいるロボットやAIに置き換えることで均質化は可能なのでしょうか?



3.3 不可分性
二つ目にでてくるIは不可分性(Inseparability)です。不可分性は生産と消費が同時に起こり、分けることができない性質をいいます。そのため、同時性と呼ぶこともあります。共創的なプロセスとは提供者・被提供者を含む参加者間の相互作用のことであることは先に述べました。さらに重要な点は、このプロセスが連続的なものである、ということです。一連のプロセスの中で、提供者・被提供者の関係性は変化していきます。ほんの数分のホテルでのチェックインの間に提供者が発した一言が、自動チェックイン機の機能が、隣でチェックインしている顧客の態度が、顧客の気分を害してしまうかもしれず、また、感動を呼ぶかもしれません。そして、それに対する反応が、再び、もう片方に影響を与え、それが何度も繰り返されるわけです。すでに、どこがサービス生産で、どこがサービス消費なのか、分離することはできません。現在のサービスでは、共創価値を作るために顧客参加は必須です。顧客がより重要な存在となった今、顧客の生産参加をリスクではなく、機会と捉えることをメリットが大きいと考える企業も増えました。積極的にコミットしてもらうことで、生産過程を共に体験し、品質への納得感を醸成することを目指すようになったのです。



3.4 消滅性
最後のPは消滅性(Perishability)です。経験はモノの財のように家に持って帰ることはできず、生産・消費と同時に消えてしまうことを指します。これもサービス品質の測定を困難にしている要素として重要なもののひとつです。人の記憶は経験後に様々な刺激を受けて変わってしまいます。同じサービスを受けた友人と、後から感想を言い合ったり、SNSで他の人から評判を聞いたりして、当初と評価を変えたり、逆に強化したことが誰しもあるのではないでしょうか。いつどの時点で評価をするのかで結果が変わるという点も、サービス品質の不安定を助長しています。

以上のような特徴を持つサービスを考えた時、ドイツがISOへの提案として、サービスそのものではなく、サービスを作り出す「組織能力」を対象としたのは妥当な判断といえるでしょう。国や業種や企業間の多様性の議論以前の問題として、そもそもサービス品質に関する一律基準を作ることはナンセンスなのです。

次回は、サービス・マネジメントを取り上げます。今回説明したような特徴を持つサービスに、企業や組織はどう対処すれば良いのかをについて議論したいと思います。

(注)サービスの品質を22項目の質問で測定する尺度。(参考文献:Parasuraman, A., Zeithaml, Valarie A., Berry, Leonard L. (1988), “Servqual: A Multiple-Item Scale For Measuring Consumer Perc,” Journal of Retailing, Vol. 64(1), pp. 12-40.)