連載記事 戸谷圭子
第3回 サービス・マネジメントと無形財の特徴

本稿は月刊アイソス2019年6月号に掲載された戸谷圭子氏(明治大学 専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授)執筆の連載記事『価値共創の基盤となるサービス標準化』第3回の全文です。

はじめに

今回は、サービスのマネジメントについて考えたいと思います。近年では、モノとサービスを二分した考え方はされません。考えるべきは、有形財と無形財の両方が含まれるサービスです。


1. 無形性と知覚リスク


 まず、最初に考えるべきはサービスの無形財部分の特徴から生まれるマネジメント上の課題です。前号で触れたように、IHIPの最初のIは無形性でした。目に見えないものの価値を人に伝えるのは難しいものです。消費者はよくわからないものを、リスクを負って購買するのです。この時、消費者が感じるリスクを「知覚リスク」と呼びます。

無形のサービスの品質評価は、受け手の主観に強く依存することになります。サイズや耐久性などの規格に合う、合わないといった外形基準は、人による評価のブレの幅を一定範囲にとどめるのに役立ちます。一方で、無形財の評価は人それぞれの価値観に左右されてしまうのです(図表1)


休暇の際に選ぶホテル、美容院、スポーツクラブ、自己研鑽のスクール、友人や知人を見回しても、人の好み、選択基準は大きく異なります。そういった異なるニーズを持つ人々は、同じサービスを経験しても異なる評価を下します。このことは、顧客の期待値を知り、顧客にあったサービスを提供しなければ、それが「標準的に」良いサービスであっても、良い評価を得られず、顧客に満足してもらえないことを意味します。すなわち、受け手の内面の、より深い理解がサービスでは必須になる、ということです。

これを、マーケティング的にいえば、まず、価値観に基づくきめ細かな顧客セグメンテーションをする、ということになります。さらに、自社の提供するサービスとうまくニーズの合うセグメントをターゲットとして選びます。この選定を慎重に行わなければ、顧客のニーズを的確に満たすことは難しくなります。さらに、その先に実践上の課題があります。自分達が目指すサービスを実際に提供可能にするために、サービスの特徴を従業員が理解し、実践できる体制を作らなければなりません。当たり前のようでいて、この実践という段階で誤った方向に向かってしまうサービスはとても多いのです。

無形財の価値は、顧客のみでなく、従業員にとってもわかりにくいものです。そして、最大の関門である自社のサービスの価値、他社とは違う特徴、また、それを提供する能力があることをターゲット顧客にわかってもらう、というプロセスに続きます。


2. 不均質性と顧客ニーズ


次に、サービスの品質が一定にならない、という不均質性のマネジメントについて説明します。無形性という特性のため、顧客はそもそも初回購買の時点で十分不安を感じています。不均質であるということは、顧客からみれば、初回どころか2回目・3回目でも以前に購入した時の経験が活かせないことを意味します。そのため、顧客は、たとえ経験済みのサービスでもその購買に迷いを感じます。店が混んで予約がとれないかもしれない、担当してくれる人が新人に変わって処理に手間取るかもしれない、隣に変な客が座るかもしれない、といった知覚リスク(心配)が、サービスの再購買(再利用)の障害となります。品質を一定にすれば、顧客は安心して購買できるでしょう。多くのサービス提供者が品質の安定化と均質化を指向するのはそのためです。しかしながら、均質化は常によいことばかりとは限りません。ニーズに応じたサービス提供を求める顧客層に対して、サービスの均質化を図ったがために顧客が離れていってしまった例はこれまでも多数あります。このような事態を避けるにはどうすればよいのでしょうか?

まず、基本的に共通ニーズと個別ニーズの明確な区分がなされていなければなりません。全顧客に共通する基本ニーズに関しては機械化、システム化、マニュアル化などを行い、従業員研修などを実施して、不確定要素をなるべく排除することが必要と考えられます。例えば、銀行の決済サービス、口座からの振込や入出金の手続きは、窓口からATM、電話、インターネット、それもPCからスマートフォンなどのモバイル機器へと機械化、システム化が進んできました。手続きは定型化し、簡単な操作で済むようにUI(ユーザーインターフェイス)が設計されるようになってきました。もちろん、このような新しいプロセスを導入する時、顧客教育は非常に重要です。サービスでは、顧客は外部従業員と呼ばれ、生産に参加する主体であり、顧客も従業員のようにサービス生産方法の理解や習熟が必要です(図表2)


決済サービスの場合、ATM操作に誰もが慣れるまで、銀行は機械の側に操作を説明する人を30年間置いてきました。インターネットバンキングでは、銀行取引の前にインターネットが普及し、操作方法を理解し、使いこなせる顧客が十分いたことで普及が早まりました。

しかしながら、個別ニーズへの対応では事情が違います。以前、全日本空輸(ANA)の国際線ビジネスクラスでは、顧客自身が食事のオーダーを座席のタッチパネル操作で行う、という方式に変えようとしたことがあります。しかし、ビジネス顧客達は、ホスピタリティに溢れたCAが自分のニーズを聞きに来てくれることに価値を感じていたので、この変更は大変な不評を買いました。結局、顧客がタッチパネルに慣れることはないまま、サービスは中止になりました。操作に慣れないシニア層が多かったことも一因ですが、フェイストゥフェイスのおもてなしへの期待を裏切るものだったことのほうが不満の原因としては大きかったと考えられます。このように、均質化や効率化が顧客の個別ニーズを満たせずサービスの品質を下げてしまうケースもあり、一概に不均質性が悪とは言い切れません。


3. 同時性と需給調整


同時性は、生産と消費が同時に起こるというサービスの特性です。この特性は、サービス業を長く悩ませてきた需給調整という課題を引き起こします。その時その場にいる目の前の顧客に、その時その場にいる従業員がサービスを提供するというサービスは多数あります。飲食、美容・理容、医療・介護、教育など、数え上げればきりがありません。このタイプのサービスでは、需給ギャップをいかに埋めるかに常に注意を払う必要が出てきます。顧客が誰もいないのに店を開けておくのはコストがかかるだけで無駄ですし、逆に顧客が多すぎて断らなければならないと、逸失利益が生じてしまうからです。

同時性から解放されれば、サービスもモノのように在庫が可能になり、生産性の向上が望めます。サービスの需給調整は、需要もしくは供給のどちらかで調整が必要です。需要調整で多く使用される方法は、価格を変えることです。ハイシーズンの航空券やホテルはローシーズンと大きく価格が異なりますし、時間帯による価格差はアミューズメントパークやレストランでもみられます。

購入しようとしているものの価格を知るために価格.comなどの比較サイトを使用する消費者は多いですが、家電製品などが多数比較対象になっているのに対し、サービスはあまり取り上げられていないことに気づきます。需給によって頻繁に、且つ、大きく価格変動する、さらに、提供者の主観によって品質評価が大きく異なるサービスは単純比較が困難なのです。

価格による需要調整には課題もあります。ホテル業界では、レベニューマネジメント(サービス提供者が需給状況を把握し、収益が最大化される価格設定を販売チャネル毎に柔軟に行う方法。航空チケットやホテルの室料などで使用されている〈図表3〉)によって同じ部屋の宿泊料金が同じ週の中で5倍〜10倍になるなどということも日常化しており、顧客からは節操がないといった批判の声も高まっています。



季節変動が激しい旅行業界では古くから行われてきましたが、AmazonなどのECサイトでもよりダイナミックなプライシングが一般化しつつあります。リアルタイムの需給状況を即座に反映して、時には1日に何度も価格が変わるというもので、在庫管理が電子化されたスーパーマーケットなどの小売業でも取り入れつつあります。

一方で、長期固定客を大事にする高級ホテルではこういった極端な価格マネジメントを控えています。目先の利益を最大化するために、将来にわたって収益を落としてくれるであろう贔屓客を失うほうが、ホテルにとっては痛手だからです。

もう一方の供給調整はどうでしょうか?音楽の演奏や演劇などを録音・録画してメディア(レコードやCD)で販売できるようになったことは供給制約の解消でした。現在はそのメディアさえ不要で、インターネットでダウンロードすることができます。情報通信技術の普及で時間や場所のギャップを超えることができるようになったサービスもあります。オンラインで大学の講座など様々な科目の教育が受けられるMOOC(Massive Online Open Course、ムーク)によって、多くの人が教育の機会を得ています。これまで店頭に行くことが必須だった銀行口座の開設もネットで完結することができます。さらに、供給調整では有望な方法が出てきています。


4. 消滅性と有形化


無形財であるサービスは、生産・消費と同時に消えてしまいます。前回説明した通り、消滅性はサービスの他の特性の結果で生じる性質なので、これまでの課題はどれも関係します。消滅性が生むマネジメント上の最大の課題は、顧客に忘れられないようにすることといえます。経験を思い出してもらう、価値を再認識してもらうことが、サービスを継続して購入してもらうには重要です。無形性と消滅性に共通する対策はサービスの有形化です。これは、発生する価値を具現化して顧客にわかるようにすることで、顧客の忘却を防ぐものです。わかりやすいものとしては、広告宣伝やWEB画面、チラシなどがそうです。サービスを経験した他の顧客は有形化のひとつです。病院から元気に退院していく患者や、アミューズメントパークで楽しそうにしている顧客、社会で活躍しているビジネススールの出身者などは、これからそのサービスを経験しようという人にとって、そこで得られる価値を具現化してくれている存在です。


おわりに


このように、無形財であるが故にサービスが持つ特性のため、サービスのマネジメントではモノの財とは異なる課題が発生します(図表4)



解決策はいくつかありますが、有効な対策をとるためには、常に起点を顧客におき、長期視点でものごとを考えることが重要です。サービス標準の議論の際、ある医療サービスの専門家が医師と看護師の行動の詳細な分析をしてきたことがあります。患者の視点は? と質問されると、情報格差があるので患者には医療のプロセスは理解できない、だから分析に入れる余地がないと、この専門家は答えました。驚いたことに、ある種のプロフェッショナルサービスでは未だにそのような思想でサービスを標準化しようとする分野があるようです。サービスが注目される分野になるにつれ、共創という言葉を単なるお題目で使う研究者や実務家が増えています。サービスはモノの財と無形財の組み合わせで成立するものなので、無形財の性質とマネジメント課題を十分理解することがまず必要です。そして、それらの価値が最大限発現されるには、顧客が生産・消費プロセスに自らの資源を投入するようにしなければなりません。企業の役割は製品に価値を埋め込むことより、顧客がリソースを提供し、企業のリソースと統合しやすい仕組みを作って提供することなのです。

サービス・マネジメントの起点は顧客であること、これは強調してもしすぎることはありません。