連載記事 戸谷圭子
第4回 製造業のサービス化

本稿は月刊アイソス2019年7月号に掲載された戸谷圭子氏(明治大学 専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授)執筆の連載記事『価値共創の基盤となるサービス標準化』第4回の全文です。

1. 激動する経済構造

現在起こっている経済のサービス化は、経済構造全体の変化を伴う大きな流れになっています。トヨタ自動車(株)がサービスカンパニーになると宣言したことは、「関係企業のみならず製造業全体に衝撃を与えた」と、ある製造企業の方がおっしゃっていました。筆者は、むしろ、その宣言がそれほどのインパクトを持つことに少なからず驚きました。なぜなら、これは全く目新しいことではないからです。サービス学の分野では、15年以上前からモノは価値を乗せて運ぶ媒体に過ぎず、顧客が本当に望んでいるのはそれを使って得られる価値であること、その価値を創り出すためにはサービスが必要である、と考えられてきました。そのため、モノとサービスを二分する考え方から、両者を統合的に捉える方向で研究は今も昔も続けられているのです。

企業は、これまで自社の資源という制約の中で、いかに最大の効果を産むかを考えてきましたが、サービスでは顧客の資源を自らの資源として活用することが可能です。クラウドファンディングやシェアリング・ビジネスなどはその典型例でしょう。言い換えれば、数倍、数十倍、数百倍の資源を使うことが可能なビジネスモデルを描くことができるようになったのです。資源制約を外せるのだから、様々な業界でイノベーションが起こっているのも当然です。一方で、顧客が資源を提供してくれるようにするためには、顧客がそれによってより価値を得られること、また、それが明確にわかるビジネスモデルでなければなりません。

すでに世界の産業構造は50年前とは全く異なるものとなりましたが、上記の意味でのサービスはパラダイムシフトを起こします。これまでの産業分類は、現実の世界とかけ離れたものとなり、逆に、この流れがわからない企業や組織は、思考や行動を制約され、世界から置いていかれる可能性が高いのです。

それでは、今後はどのように自社を位置付ければ良いのでしょう。もともとサービスの新定義では、有形財と無形財を二分する考え方をしないので、製造業・サービス業という分類は馴染みません。PtoP、CtoBtoC、CtoMtoB、MtoMなど、ビジネス形態はすでに多様化し、さらにどのようにでも変化しうることになりそうです。ただし、決して忘れてはいけない要素は、最終顧客のニーズです。それは、作っているものが素材であろうが部品であろうが変わりません。その視点での分類が今後は必要となるでしょう。


2. サービタイゼーション


上記のように、現在では、製造業のビジネス範囲をモノ作りに限定する、モノに価値を埋め込むところまでが自分達の仕事と考えるのは極めて狭い考え方といえるでしょう。コモディティ化の罠から脱出しようとするなら、顧客の資源を使える仕組みを構築しなければなりません。顧客自身が自分の労力や知識を使って価値を発現させるためのサポートをすること、すなわちサービスまでカバーしなければならないことは自明です。もちろん、モノづくりに特化する企業も残るでしょう。けれども、そういう企業は最終顧客と繋がり、顧客ニーズを把握している企業の要望に従う、いわばTier2、Tier3の階層になり、高い付加価値は望むべくもないのです。自社のポジションを落としたくないのなら、他社や他国の企業がもっと安くもっと簡単に同じモノを作れるようになることを見越して、次のモノを開発し続ける必要がある、すなわち、顧客が何を望んでいるかを知る必要があります。(技術的に)良いものを作ったから、マーケティングで上手く売ってくれ、というような無理が通用する世界はもうどこにも存在しないのです。

このような流れの中で、サービタイゼーションという動きが生まれてきました。製造業のサービス化です。サービタイゼーションに総論として賛成はするものの、具体的に何をどうすればよいのかわからない、という製造業からの声もよく聞こえてきます。そこで、今回は製造業のサービス化を取り上げます。

3. 製造業を取り巻く環境の変化


先進国の人々は、基本的なモノが行き渡った世界に住んでいます。ほとんどの製品は必要不可欠な機能を既に備えており、新製品は新たな機能が付加されるかたちになります。ところが、近年では、物理的な技術進歩で付加される機能には、企業が望むほどの追加価格を顧客が支払う気になるような価値がないことが多くなりました。いま以上に大きく美しい画面のテレビや、選択メニューが増えた電子レンジはむしろ過剰機能とみなされ、顧客にとっての使用価値を損ねて嫌われることさえあります。その結果、似た商品間で価格競争に陥るのがコモディティ化という現象です。コモディティ化が起きれば、製造業の利ザヤは当然減ります。次のグラフは、明治大学と産業技術総合研究所が行っているサービタイゼーションに関する大規模定点調査の結果のひとつです。2015年から3年目になるこの調査では、日本の製造業の企業経営者に対して、製造業を取り巻く環境、サービタイゼーションに対する意識や、取り組み状況、その障害になる要因などを聞いています。

環境認識に関して、「競合他社との類似製品間で価格競争に陥っている」項目を見てみましょう。「そう思う・ややそう思う」と回答した経営者は、2016年には合わせて55.5%だったものが、2017年には65.6%に10.1ポイント増加しています(図表1)


回答を業種別に見ても、多少の差はあるものの、ほぼ全ての製造業でコモディティ化は意識されているといえるでしょう(図表2)


4. なぜサービス化なのか


では、サービス化に関する意識はどうでしょうか? 同じ調査で、「自社の主力製品について、製品とサービスを組み合わせて提供していく必要性を感じているか」という項目をきいています(図表3)



こちらは、「そう思う・ややそう思う」を合わせて2016年には78.3%、2017年には74.8%と7割以上が必要と感じています。業種間の差はやや大きく、2017年では、最も低い「飲料・食品」で3.6、最も高い「機械・電機」で4.2(「そう思わない〜そう思う」までの5点尺度の平均値)です。

ここで、なぜコモディティ化を回避する手立てがサービス化なのかを考えてみましょう。この連載を通して、何度か言及していますが、人々が欲しいのは価値です。ドリルを買った顧客はその段階では本来欲しい価値を得ていません。ドリルはそれを顧客が使って、壁に絵をかけるためや、棚を設置するために必要な穴を開けた時に、初めて価値を生みます。つまり、モノを製造して売るビジネスだけでは、価値を生むには不十分で、価値が発現するのは、顧客が共創活動に参加し、顧客のリソースを自ら投入して、利用した時です。顧客がこの本来の目的を達成するためのサポート、つまり、ツールであるモノを購入せずに使用できるようにしたり、モノの使い方を教えたり、さまざまなモノを組みわせて最適な結果が出るようにしたり、モノが顧客の元で最適な状態で動き続けるようにメンテナンスしたりするサービスが必要なのです。


5. 障害


サービス化が必要不可欠な戦略になりつつあるという認識が高まる一方、総論で賛成しつつ、実はなかなか進んでいない企業が多数あるのが現状です。何が日本の製造業のサービス化を阻んでいるのでしょうか? これについても調査結果があります。サービス化の障害は大きく分けて8つ特定されています。組織文化、人材不足、財務資源不足、リーダーシップ不足、サービス部門の成果や、それに携わる人材の評価方法が確立していないこと、顧客側の理解がないこと、業界構造におけるコンフリクトです。もちろん、これらの障害は相互に関係が深く、独立したものではありませんが、2017年の調査結果(図表4)をみてみると、この中でより深刻な要因は、人材不足と組織文化でした。特に、組織文化は根深い課題です。



製造業は日本の行動経済成長期を経験しています。TVや自動車や冷蔵庫が全ての家庭に普及していない時代、人々が自分の生活の豊かさをモノの所有で測り、モノは作れば作るほど売れた時代です。優れた技術を競合他社より先に開発できれば先行優位が何年も続いた時代です。多くの製造業がその夢を捨て切れていません。自社の強みは工学的技術の優位性である、最先端技術の開発こそが事態を打開する唯一無二の戦略であると、心の中では信じているのです。サービスはそういった組織の中で、これまで二番手、三番手の役割と認識されてきました。サービス部門といえば、大ヒット製品と比較して、チマチマした金額のフィーをもらってメンテナンスや顧客の不満を聞くところ、と位置づけられてきたのです。技術の研究や技術者の育成にかける費用の十分の1でもサービスにかけていれば良い方です。

こういった組織文化は、次の人材不足の原因ともなっています。そんなカルチャーの企業に、一流のサービス人材が育ったり、他業界から転職してくれたりするわけはありません。そのため、サービスビジネスを設計し、立ち上げ、運営していく必要がある現在、どの側面をとっても製造業の内部にそれができる人材が不足しています。このサービス人材不足が二番目の課題です。


6. サービスの有償化


障害の中で、違う意味でもうひとつ特筆すべき点があります。それは、顧客の理解不足、という項目です。製造業の方からよく聞く話に、「日本人はサービスにお金を払わない。サービスといえばタダと思っている」というものがあります。これは本当なのでしょうか? サービス研究が世界的にも進んでいる北欧やアメリカの研究者に聞くと「それはどこでも同じ」と一笑されます。例えば、機械業界を例にとれば、モノを売るための手段として、無料のメンテナンスやトレーニングを提供してきたのは海外の企業も同じです。それを、長期戦略として時間をかけて顧客に理解してもらい、やっとフィーがもらえるビジネスにしてきたのであって、最初から顧客がすんなり有料化を受け入れたわけではありません。同時に、サービスフィーは大型産業機械を一台販売するような金額と比べれば少額です。それが継続して積み上がることで初めて収益化します。「海外は契約社会だから」という論理破綻した説明を声高にする人もいます。当たり前ですが、双方の合意なしに契約が成立するわけではありません。顧客に納得してもらえる価値の創造、長い交渉や説得があって、初めてサービスフィーが記載された契約書にサインがもらえるのです。いったい、何が日本と違うのでしょうか? 本当に価値のあるサービスを提供する準備が整っていない企業、顧客に価値があると思ってもらえる説明ができていない状態の企業ほど、商習慣や日本人の特性のせいにして重要なアクションを先延ばしにしているように見受けられます。「日本のお客さんはサービスを無料だと思っている」神話を乗り越えることが必要です。実際、調査結果でも顧客の理解不足が障害になっているレベルは、全業界平均でも4番目(2016年)で、実はそれほど大きな障害ではない、という回答が得られています。さらには、有償でサービスを提供する企業は2016年では71.9%、2017年には75.5%となっています。(図表5)



このビジネス構造の違いの理解が社内で共有されない限り、顧客にも理解してもらうことはできません。


7. サービス化から企業が得られるもの


共創的なサービスビジネスから生まれるのは「共創価値」です。ちなみに、サービスの特性ではなく、サービスが創造するアウトプットであり、共創は無形財の特性を説明したIHIP(前回号を参照)と並列に置いて考えるようなものではありません。財そのものが持つ特性と、企業が戦略として行うべきことを混同してはいけません。共創価値は、長期的に積み上げられていく知識の価値や感情の価値であり、企業収益として財務諸表に現れる前の価値です。2019年2月に発行されたISO 27501(人間中心の組織−マネージャー向けのガイダンス)では既にその共創価値について言及があります(これについては、次回詳しく取り上げる予定です)。ここでの要点は、共創価値を収益に変換するには長期的積み上げが必要であると言う点です。サービスでは、なるべく早くサービス化に着手して、なるべく早く可視化されていない共創価値の蓄積を始めた企業に先行優位が生まれます。世界には現時点でモノが充足していない地域は存在しますが、あらゆる情報が容易に手に入る今の時代であれば、不足するモノの充足手段も高度成長期の方法とはおのずと異なってきます。なぜアフリカで世界最先端の新ビジネスが次々生まれるのか、よく考えてみる必要があります。物質的な欲求から精神的欲求に移行した世界が元に戻ることはありません。製造業は一刻も早く、組織文化と人材不足の壁を乗り越えてサービス化に向かうべきでしょう。

【参考文献】
・ TOYA, K., M.MOCHIMARU, K.KIMITA and Shintaro TANNO (2018), “OBSTACLES TO SERVITIZATION OF JAPANESE COMPANIES AND THE SERVICE PARADOX,” Spring Servitization Conference 2018, Copenhagen, Denmark.
・ TOYA,K., K.WATANABE, S.TANNO and M.MOCHIMARU (2017), “Quantitative Analysis of Obstacles to Servitzation of Japanese Firms on FKE Value co-creation,” Spring Servitization Conference 2017, Luzern Switzerland.