連載記事 戸谷圭子
第5回  ISO 27501 人間中心の組織設計に関する管理職向けガイダンス

本稿は月刊アイソス2019年8月号に掲載された戸谷圭子氏(明治大学 専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授)執筆の連載記事『価値共創の基盤となるサービス標準化』第5回の全文です。

1. ISOと人間中心組織

市場中心の社会から人間中心の社会へ、という考え方は、サービスの基本といえます。マーケティングにおける市場とは顧客の集まりのことを言います。これまでは、企業がその顧客に対して働きかける市場を中心におく社会でした。それに対して、個々の人間の生活場面が中心となり、企業(または企業とは限らない様々なアクター)も顧客の中に入っていって活動する社会こそが、共創活動、すなわち、サービスの基本になるものだからです。ISOの中では、人間中心という概念は、主にモノの財に関する設計やデザインの方法論の規格として広く取り入れられてきました。ISO 27500シリーズは、その考え方を組織設計に適用するものです。ここで想定している企業・組織とは、モノの製造やサービス提供のどちらかに自らの事業ドメインを制約しない、顧客や社会との共創による価値を創造していこうとする企業・組織です。前回取り上げた製造業のサービス化を含めた、新しい時代のビジネス形態を志向する企業・組織といってもよいでしょう。このような人間中心の考え方の企業・組織において、マネジメントがそれを実現するためのガイダンスという位置付けです。

企業、製品・サービスを提供する従業員、製品・サービスを利用する消費者の3つを「サービス・トライアングル」と概念付け、さらに全体を取り巻く社会を「サービス生態系」とし、生態系としてのサステナビリティのあり方をまとめています。このISO 27501(2019年発行)では、価値共創の仕組み、またその共創される価値に踏み込み、サービスは関係者の間で共創的に価値を作り出す活動であること、共創される価値の種類、機能価値、知識価値、感情価値を特定し、それらに関するマネジメントする手法を提示しています。


2. サービス学と人間中心組織


人間中心というと一見よくきく言葉かもしれませんが、サービス学における人間中心組織や人間中心社会という言葉はより深い意味を持っています。サービス研究は、G-D Logic(モノ中心)からS-D Logic(サービス、もしくは経験中心)(Vargo & Lusch 2004)へと移行してきたのですが、さらに次の展開としてC-D Logic(顧客中心)という概念が登場しています(Heinonen et al. 2010)。そこには、顧客の集まりである市場において、財と金銭が取引されるという経済構造そのものがすでに揺らいでいるという認識が根本にあります。市場という企業が経済活動をするための場ではなく、顧客の日々の生活シーンの中で、顧客自身が中心となって、金銭をかならずしも介さずに、財と財、言い換えれば価値と価値を交換し始めている、というわけです。EC市場の拡大、(日本では遅れているとはいえ)シェアリング・エコノミーやキャッシュレス社会の世界的な台頭を考慮すれば、これは決して遠い将来のことではないことがわかります。

3. ISO 27501におけるサービス定義


ISO 27501に戻ると、随所にこういったサービス学の考え方を取り入れようとする試みが読み取れます。例えば、用語定義のセクションでは、サービスを「ステークホルダーの達成したい結果をもたらすかたちで、価値提供する方法」と定義づけています。この定義はこれまでの連載で説明してきた、新しいサービスの定義に基づくものです。サービスを、第三次産業という狭い範囲で捉えるのではなく、また、提供する財が無形か有形かに関わりなく、価値提供のプロセスであることを明記しているのです。さらに、それが人と人だけでなく、人とシステム間の相互作用を含むものであることも明記されています。より踏み込んだものとしては、後述するようにサービスで共創される価値である機能価値、知識価値、感情価値それぞれについても、用語として定義を定めています。

4. ISO 27500シリーズの思想


ISOそのものが歴史的にモノの財の思想を強く持っていることに加えて、実は27500の作成にあたったTCのメンバーは、労働衛生や人間工学の専門家が中心です。労働衛生分野では、現場で働く従業員の安全が中心に考えられますし、人間工学では最大公約数ではカバーできないマイノリティ顧客にとってのアクセサビリティなどが問題になります。本シリーズの上位ISOであるISO 27500(2016年発行)の7つの基本原則(図表1)は、労働衛生的、人間工学的な思想が比較的強く残しつつ(「健康、安全、ウェルビーイングを考慮することを優先する」、「働き手を尊重し、働き手にとってより良い作業環境を作る」)、現在の企業の直面する課題を的確に捉えて、取り込んでいます。



例えば、「個々の差異を組織の強みとして活かす」や「ユーザビリティとアクセシビリティを戦略的な経営目標とする」などは、もともとの人間工学的では身体的な差異が想定されていたわけですが、ここでは、性別・人種・宗教・思想・ライフスタイルなどが含まれます。第4章では、27500と27501の関係、人間中心組織とはどういうものであるかを説明した後、それ以外の既存のISOとの関係(図表2)も示しています。


5. ステークホルダーとの共創


第5章は、ステークホルダーと組織が共創するとはどういうことか、についてより詳しく書かれています。5章は3部構成で、まず、「ステークホルダーと価値共創」と題して、共創される3つの共創価値の説明があります。次に、「視点の変換:内部顧客と外部従業員」として、マネジメントと従業員と顧客の3者の関係性を、サービス・トライアングルをベースに解説し、それらと社会との関係性を加えたエコシステムの考え方が提示されます。最後に、「マネジメントの責任」として、それらを前提としたマネジメントのあり方、マネジメントが何をすべきかについて書かれています。

最初に取り上げる「価値共創」は、用語としても挙げられている3つの共創価値(機能価値・知識価値・感情価値)を指します。機能価値とは、製品やサービスのコアの価値で、比較的短期間で企業の財務成果(売り上げや収益)になりやすく、これまでも品質向上の対象となってきた部分です。知識価値とは、顧客と企業間に蓄積される情報(顧客のニーズや、購入に関する手続き、取引の記録や顧客の意見など)が価値のある知識となったものです。この価値は認知コストや手続コストを下げたり、新商品・サービス開発につながったりするもので、関係者間の相互作用で生成される価値です。感情価値とは、楽しい・嬉しいといった短期的な情動から、誇りに思ったり、信頼したりという長期的な感情までを含み、組織とその従業員および顧客との間で生まれる感情による価値です。「ステークホルダーと価値共創」となっているのは、これらの共創価値は、企業だけではなく、顧客だけでもなく」その関係性の中で作られるからです。

次の「視点の転換」では、この連載で以前説明した、外部従業員でもある顧客、内部顧客でもある従業員の位置付けが明確にされます。サービス・トライアングルはステークホルダーの中でも、直接的な生産・消費にかかわる三者を取り上げたものです。しかしながら、最初に述べたように、人間中心の社会では企業・従業員・顧客は全て人間の生活する場での共創に参加する一参加者となりますので、それぞれの役割も柔軟に変化します。サービス・エコシステム(図表3)という概念は、社会がネットワーク型につながり、関係者の役割や、その時生じる物流や商流の相手や方向も柔軟に変化することを表しています。



競合他社やサプライヤーが顧客になり、個人顧客がサプライヤーになるなどは、現実によくある現象で、それらが複雑に絡み合ってネットワークを構成します。企業が製品を製造販売する過程で上流から下流に一方向的に付加価値をつけ加えていき、最後に価値が埋め込まれた製品を顧客の金銭と交換するというバリューチェーンのような一方向の考え方とは根本的に異なります。人間中心に考えるということは、単なるお題目ではなく、真に視点を転換することなのです。

「マネジメントの責任」では、そのような構造を想定した時に組織のマネジメントが何をすべきかを、経営層レベルと中間層レベルと、ラインマネジャーに分けて一般的に書かれています。当然、ここでのマネジメントのレベルとになう役割は企業規模によって異なります。第6章・第7章でそれをより具体化するもので、第6章は戦略の設計について、第7章は人間中心組織におけるマネジメントの責任として、どのようなことを考慮し、どのような行動をとるべきかのガイドラインを示しています。

特に、サービスの視点で重要な要素として、第6章では戦略設計の4つの活動が挙げられています。「文脈を理解する」、「ステークホルダーのニーズを分析し、要望を特定する」、「ソリューション(商品・サービス)を設計・導入・維持・廃棄する」、「検証する」、の4つです。単にそのタイトルだけをとりあげると一般的なマネジメントプロセスのようにみえますが、やはりサービス・マーケティングの思想が取り込まれています。

これまでの企業は、顧客ニーズを理解してそれにあった製品をつくり、価値を製品の中に組み込めばよかったのです。しかし、ここであえて、文脈と呼ぶことの意味は、製造前の単なるニーズ理解にとどまるのではなく、「サービス生産と消費のプロセスの中で刻々と変わる文脈を理解する」ことを意味します。つまり、サービスは相互作用の中で生産(提供)され、消費(使用)されるので、一連のプロセスの中でのひとつひとつのやりとりが相手の知識や感情に影響を与え、当初の状況から変化を起こさせる、つまり文脈を変えてしまいます。その文脈変化を理解することが戦略設計の第一歩、というのですから、これまでの設計に比べたときの難易度は、異なる次元といってもよいでしょう。

「ステークホルダーのニーズを分析し、要望を特定する」では、ステークホルダーという言葉がキーになります。世界がネットワークで繋がる現在、企業が戦略策定において考慮すべき関係者の範囲は多数に及ぶ、というだけではなく、そのサービス・エコシステムにおける関係の複雑さも増しています。ある企業がサプライヤーであると同時に顧客になる時、一言でニーズの分析と要望の特定、といっても、どの面を切り口としてそれを分析するのかで異なるのです。またその分析の基準も、これまでのように経済的価値一辺倒ではいけません。成熟した社会では、ステークホルダーの要望は感情価値や知識価値によりウェイトが置かれるようになってきているわけですから、それらの測定・分析が必要になります。

「ソリューション(商品・サービス)を設計・導入・維持・廃棄する」と「検証する」の難しさはいうまでもありません。前回の連載でも説明したとおり、サービス生産というのは、工場で物財を生産するための設計・導入とサービスの設計・導入は根本的な違いがあります。均質な性質を持つ素材を、規則正しく動く機械に投入するというわけにはいかないのです。設計までがうまくできたとしても、導入段階では従業員と顧客の教育も含まれます。どのように優れた戦略も実行されなければ意味がありません。その実行・実践をになう部分に、内部の従業員だけでなく、外部にいながら共に価値を創る相手である顧客、さらには複数のステークホルダーが関係してきます。銀行はATMの普及に30年かけて顧客教育をしてきましたが、金融のような規制・保護業界でなければ、普及の遅さから競合が他のサービスを開発して追い抜くか、銀行自身がコストに耐えきれずに廃止していたに違いありません。実際、金融庁の姿勢が変わって本当の自由化が始まって数年で、ATMは廃止方向に向かっています。つまり、導入にかかる時間とコストまで設計の中にはいっていなければ、戦略は画餠に終わるのです。

結果の検証とその反映も同様に容易ではありません。生産ラインからランダムに製造物を選んで客観的な品質をテストするのであれば、全て企業側のコントロールの範囲内で行えます。しかしながら、サービス提供の結果を検証するというのは、企業のコントロールの外にいる顧客の、主観的な評価を聞くための調査計画が必要になります。サービスの購買時の経験を聞くのか、使用経験を聞くのかでは聞き方も聞く内容も異なります。サービス使用中か使用後か、提供者による違い、顧客セグメントの違いなど、考慮すべき要素が多数あります。さらに、先述した通り、文脈の変化をどうとらえるのかが大きな課題になります。

このようにISO 27501は、ある種の物理的製品を想定したISOを超えた、最新のサービス定義に基づく人間中心設計組織へのガイドラインとなっています。製造業のサービス化に限らず、現在サービスビジネスを行っている企業にとっても参考になるものと考えられます。

【参考文献】
・ Vargo, S. and R. Lusch (2004),“Evolving to a new dominant logic for marketing,” Journal of marketing, 68(1), pp.1-17.
・ Heinonen, K., T.Strandvik, K. J. Mickelsson, B. Edvardsson, E. Sundström, and P. Andersson (2010),“A customer-dominant logic of service,” Journal of Service Management, 21(4), pp. 531-548.