連載記事 戸谷圭子
第6回(最終回)  サービスと標準

本稿は月刊アイソス2019年9月号に掲載された戸谷圭子氏(明治大学 専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授)執筆の連載記事『価値共創の基盤となるサービス標準化』第6回(最終回)の全文です。

1. サービスに関する用語統一の課題

連載の最終回となる今回は、サービスと標準の関係について取り上げていきます。実務的には既にGDPの7割以上をサービス業が占めることからもわかるように、多様な産業で構成されています。学術的にもサービスは経営・情報・統計など複数の分野の知見が統合される分野になるので、同じ概念に異なる用語を使用していたり、同じ言葉でも異なる意味で使われていたりします。この用語部分をまず統一することが重要になります。

例えば、図表1、2はサービスの鍵概念となる共創に関係する用語を整理したコンセプトダイアグラム(戸谷2017)です。



サービス研究の流れでは、共創価値と対照的な概念として交換価値があります。企業が創り出し、顧客の金銭と交換するのが交換価値です。それに対して、顧客とともに創り出すのが共創価値です。また、価値に関する概念としては、3カテゴリーあり、図表1の右側のカテゴリーは、経済的価値と非経済的価値があり、これまで企業経営の中心であった財務諸表に記載される経済的価値(売り上げや収益)に対して、現在では統合報告書などに記載される非経済的価値、知識や感情の価値の再評価をするトレンドが生まれています。左側のカテゴリーは価値を得る主体からみたもので、社会、企業、顧客、従業員とその他価値に分類されます。

図表2は同じくサービスのマーケティングで重要である顧客ロイヤルティおよび顧客エンゲージメントに関するコンセプトダイアグラムになります。

サービスのパフォーマンスがいかに優れていようとも、顧客が満足するとは限りません。顧客は事前期待とパフォーマンスとの相対比較によってサービスの価値を知覚(知覚価値)し、それによって満足するかどうかは決まります。一方で、サービスのプロセスに顧客は参加者として参加しますので、そこでのコミットメント、価値共創経験が考慮されます。言い換えれば、それが顧客ロイヤルティよりも強い顧客エンゲージメントを形成するわけです。

こういった整理は、標準化の第1段階として必ず踏むべきステップです。それがないままに作成すると、他の標準と重複したり、同じ言葉が異なる意味で使われたりして、曖昧な仕様になってしまいます。

2. サービスの多様性と国際標準の相性


サービスの標準の課題は、まず、その多様性にあります。既に先進国の経済活動の大半をサービスが占めるわけですから、分野が多岐に亘るのは当然です。日本標準産業分類の大分類では、サービスは図表3の13種類に別れます。産業分類が始まった当初は、サービスは農林水産業と製造業が大半を占めるなかで、その残りを全てまとめてサービスと分類されていたことを考えると、経済がサービス化したという事実が再認識されます。


サービスは医療・運輸・教育・金融など、人の生活の基礎インフラとなっているものが多く、それだけに、法や条例で基準が決められている規制産業が多いという特徴があります。そのため、同じ産業分野の同じ業種であっても、国や地域によって法律や規制の違いからくるオペレーションや品質には大きな差があります。

さらに商習慣や文化の違いが関係し、差異は大きくなります。共通化が可能、また、メリットがある分野では、ISOに限らず既に多くの国際的な業界標準が存在しています。例えば、高等教育に関しては、複数の世界標準があります。

医療教育に関しては、世界医学教育連盟(日本の認定指定機関は日本医学教育評価機構)が医学部の教育プログラムを包括的に評価し、教育の質を社会に保証しています。ビジネススクールも同様に、非営利の民間認証団体であるAACSB(The Association to Advance Collegiate Schools of Business、アメリカ中心)、AMBA(Association of MBAs、欧州中心)、EFMD(European Foundation for Management Development、欧州中心)などがあります。

こういった既存の業種別の標準枠を超えて、分野横断的なサービス品質の標準を作ることについては、サービスというものの特徴を理解したうえで、メリット・デメリットをよく考慮しなければなりません。


3. サービス品質の主観評価性と標準


これまで連載で何度か説明してきたように、サービス品質は主観的に評価されるものであって、モノの財のように強度やサイズなど外形的に測れるものではありません。

過去に、サービス品質の基準を一定化しようとした試みは学術界にも存在します。有名なものはSERVQUAL(Service Qualityを略してこう呼ばれる)ですが、これは顧客にサービス品質への期待値を事前に、その評価を経験後で聞くかたちになっており、期待値とパフォーマンスの差をとったものを因子化するという手順を踏みます。つまり、外形的に品質そのものを測定する絶対的な基準ではなく、個人の中でのサービスを受ける事前の期待と事後の評価の相対的な比較、いいかえれば満足度を測る方法を一般化しようとしたものです。

現在ではサービスの概念も実態も大きく変わったため、主に対面でのサービス提供を想定するSERVQUALはあまり使用されていませんが、その考え方は参考になります。

SERVQUALの示していることは、サービスを十把一絡げにして、絶対評価をしても意味がない、もしくは、そもそもそんなことは不可能だと考えられてきたということです。さらに、問題は、その主観評価さえも絶え間なく変化し続けるという点でしょう。古くは顧客参加、近年では共創が常にサービスの最大課題でした。サービスエンカウンターにおいて、顧客と従業員は接触(機械的な接触も含む)し、相互に影響を与え合うため、相互の知識、感情が刻々と変化していきます。多くの人が、最初の対応にムッとしたけれど、徐々に相手のことがわかってくると満足度があがったり、その逆だったりというサービス経験があるはずです。


4. サービス一般の標準化の意味


もう少し具体的な例を考えてみましょう。個々の企業レベルで考えた場合、ターゲット顧客層は異なるため、当然、提供する品質のレベルやフォーカスするポイントも異なります。高級日本旅館のサービスとビジネスホテルチェーンのサービスは異なって当然で、共通の品質標準は企業にとっても消費者にとっても余計なお世話でしかありません。どちらか一方に合わせて、あるべき宿泊サービスの品質というものを規定しようというのは無理があります。高級日本旅館のサービスの標準ならそれは可能です。つまり、業界の中をより細かい業態などで分けない限り、サービスの品質はこれこれであるべき、この水準を守るべき、といった基準はつくりようがないということです。

その意味で、これまでのモノの財のような標準は使えないと考えたほうがよいでしょう。つまり、サービス全般を対象にサービス品質を国際標準化するということ自体、あまりニーズがない、と考えられます。


5. 誰にとってサービス標準はメリットがあるか


では、仮に特定の業種に限定されないサービス標準というものが作られたとして、また、それが認証制度になったとして、そのメリットを受けるのは誰でしょうか。この場合、まず、ブランド力が十分でないスタートアップ企業や中小企業は、消費者にサービス品質を信用してもらう手段として認証を取るということが考えられます。

一方、大企業にはあえてそのようなお墨付きは不要です。この時の標準としては、顧客の期待値の持ち方に関わらず、この水準だけは下回ってはならない、という最低基準が適切だと考えられます。ただし、最低基準は多くの国で法や条例として定められているため、そういったものと重複・抵触しないものである必要があります。また、先進国の多くは、社会的要請からこれらの最低水準はクリアしていると想定されます。それでも、国際標準化することに意味がある分野、かつISO 9000シリーズなどが対象としていない分野を特定し、対象とする必要があると考えられます。

そう考えると、シェアリング・エコノミーや、ブロックチェーン技術を使った仮想通貨や金融サービスのように新たに出現したビジネス分野が該当します。

同時に、こういった新たな技術や仕組みがベースとなる場合、法制度の整備が間に合っていないことも多く、消費者も安全・安心が保証されません。そこで、標準が定められていれば、多くのスタートアップ企業だけでなく、消費者や社会にとってメリットがあると考えられます。実際にTC 324では日本が議長国となりシェアリングエコノミーの標準が、TC 307ではブロックチェーン技術の金融利用の標準が策定されようとしています。


6. サービスのマネジメントシステムの標準化


これまでみてきたように、サービス全般の品質標準化は困難であるため、品質そのものを対象とせず、その品質を創り出すプロセスを対象とする、また、そのプロセスを実行する組織のあり方を対象として一定の標準を設定するという方法があります。いわゆるマネジメント規格です。

上記の医療教育分野の国際標準も教育プロセスの標準化といえます。SERVQUALが、結局、顧客満足を対象としたのと同様に、サービスを受けた顧客が満足するマネジメントシステム、というかたちでの標準を規定することは可能と考えられそうです。その種のものとして、品質マネジメントシステムに関しては、ISO 9001が対応しており、環境マネジメントシステムに関しては、ISO 14001があります。

これらはサービスに限定したものではありませんが、有形財・無形財にかかわらずマネジメントの方法にフォーカスして一般化しており、サービスもこの方法であれば標準化可能と考えられます。


7. 標準化の目的


これらの国際標準はサービスという切り口ではなく、社会的・経済的・技術的ニーズに応じた切り口での分類、言い換えれば目的による分類で標準を作っていると考えるべきでしょう。

先述のISO 9001では品質保証、ISO 14001では環境保護が対象です。前回とりあげたISO 27501では人間中心組織、ISO 44001ではビジネスとビジネス間のコラボレーション、新たな分野では、TC 323のサーキュラーエコノミー、TC 314の高齢化社会なども目的志向で業種横断的標準です。

特にTC 323のサーキュラーエコノミー(フランスが議長国)は、これまでの国際標準の中心であった製造業の多くにとって馴染みやすく、また、重要性も高いものです。目的が国連SDGsとも同じ方向であることもあり、国際標準化することの意義は大きいことを反映し、Pメンバーが55ヵ国と非常に大きなTCとなっています。

これらの新たに策定されたり、されつつある標準の目的は、サステイナブルな社会や、貧困や格差の解決など、その根本に、サービス共創価値の創造という同じ思想をもったものになっています。


8. サービス標準化のあるべき方向性


では、今後のサービスの標準とはどのようなものであるべきでしょうか? サービスの鍵概念はコンセプトダイアグラムでも示した「共創」です。その意味合いは、ステークホルダーの能動的な参加と資源の提供によって価値は共に作られるものであり、企業や組織は資源を統合する役割を持ち、結果として価値は参加者すべてにとって増大するというものです。

標準というものが必要とされる理由は、消費者にとって品質保証になるという側面と、提供者側のサービスや製品開発・生産の指針となるという側面、さらに、国際競争力の強化のための国家や企業の戦略という側面もあります。

しかしながら、そもそも共創が主概念であるサービスの標準を策定するにあたって、個々の企業が短期視点で売り上げや収益を競うための道具として、また国が経済的な意味で勝つために他国より有利な仕組みをつくることを目的に標準をつくるのは本末転倒です。シェアリング・エコノミーなどは消費者にとっての品質保証の意味が大きいでしょうし、サーキュラーエコノミーでは提供者にとっての指針という色が強そうです。つまり、紹介してきた新たに策定されつつあるサービスに関連する標準は、どれも世界規模の課題の解決に国際協力が必要な分野で、標準化することで競争に勝つというよりも、社会・企業・従業員・消費者などのサービスエコシステムのステークホルダー全てがメリットを得られるものといえます。

個々の企業はその一定のルールの上で、健全に競争することが想定されます。今後のサービス関連の標準には、先々は認証制度で金儲けができるなどという卑しい目的でこれに関与する機関や企業ではなく、サービスによってよりよい社会を構築するという方向性を一貫してもてる関係者が必要でしょう。(了)

<参考文献>
Parasuraman, A., Valarie A. Zeithaml, Leonard L. Berry (1988). “SERVQUAL: A multiple-item scale for measuring consumer perceptions of service quality,” Journal of Retailing, 64(1), pp.12-40.

戸谷圭子氏のプロフィール

戸谷 圭子(とや けいこ)  明治大学 専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授
京都大学経済学部を卒業後、都市銀行、コンピュータ会社を経て、1999年コンサルティングファーム㈱マーケティング・エクセレンスを設立。社会人になってから大学に戻り、筑波大学大学院経営・政策科学研究科博士課程企業科学博士(経営学)を取得。同志社大学等を経て、現職。学術会議連携会員、㈱マーケティング・エクセレンス マネージング・ディレクターを兼任。著書『ゼロからわかる 金融マーケティング』(金融財政事情研究会, 2019年)他多数。