連載記事 市川芳明
第1回 ビジネスエコシステムとルール形成

本稿は月刊アイソス2019年4月号に掲載された市川芳明氏(多摩大学 ルール形成戦略研究所 客員教授)執筆の連載記事『ビジネスの基本ルールは自ら作れ 〜コンセプト規格とSociety 5.0の標準化〜』第1回の全文です。(本誌編集部)

今回から自らルールを作る、すなわちルール形成という視点で連載を開始することになった。標準化や認証といった社会ルールに関わる活動は比較的地味なものに思われやすい。しかし本連載のテーマである「ビジネスを飛躍的に伸ばし、新市場の開拓につながるルール形成」を実践すれば、例えば企業人ならば、その成果は高く評価されるはずである。まず第1回はそのビジネスの話から始めたい。なお、本連載の基礎知識を解説した入門書[1]もあるので、より深い理解の一助となるだろう。
[1] 市川芳明: 「ルール」徹底活用型ビジネスモデル入門 -SDGs対応を強みに変える、第一法規(2018)

新しい時代のビジネスモデル

さて、今、読者の方はどのようなビジネスをなされているだろうか。図表1には二つのビジネスモデルを示した。


同図の上半分に示したのは、自社の技術を製品やサービスとして自ら顧客に提供するビジネスモデルである。成長期になると顧客が増えるが、それだけ自社のリソースが必要になる。工場を増設したり、営業マンの数を増やしたりする必要がある。今の日本企業ではそう簡単にできない。そこでビジネスの成長曲線はなだらかな直線にしかならない。そして、しばしば競合他社に追いつかれて売り上げの伸びは早めに止まる。このようなことが起こる理由は、一言で言えば「リソース制約」に他ならない。

一方、同図の下半分に示したものは、複数の企業や関係者が集まり、互いに商品やサービスを提供し合い、あるいは助け合うコミュニティを構築する形態であり、これをビジネスエコシステムと呼ぶ。この関係は常に互恵的でなくてはならず、他者の足を引っ張ってはならない。ビジネスエコシステムはプラットフォームという場を用いてプロバイダーとユーザーをつなぎ、成長時には双方ともにその規模を増すので、エコシステム全体としてはリソース制約がない。GAFA(Google、Apple、 Facebook、Amazon)に代表されるビジネスエコシステムはデータエコノミーと呼ばれる現代社会に象徴的な形態である。プラットフォームはエコシステム中の参加者のデータを集積する。そのデータを各参加者が価値として認識し、活用することでエコシステムが成り立っている。そして内部で取引が行われることで巨大な売り上げと、さらなる成長を実現している。

エコシステム型のビジネスモデルは単に成長するだけではない。その成長カーブが直線ではなく指数関数であることを数学的に裏付けることができる[2]。
[2] Yoshiaki Ichikawa: Simplified Dynamic Model of Two-sided Platform Businesses、社会技術革新学会誌、第9巻、第1号、(2017)

指数関数というのは、毎年同じ比率で伸び続けるということであり、その曲線はホッケースティックとも言われる。この成長を生むメカニズムを一般に「ネットワーク効果」と呼んでいる。大雑把に言えば、エコシステムの参加者間で他者を成長させる作用が、まるで音響マイクとスピーカーのハウリングのように、連鎖反応を引き起こすという現象だ。アマゾンドットコムのグローバル売り上げの数値を同社の年次報告書から分析すると、毎年コンスタントに30%ずつ、ここ10年間以上にわたり伸び続けていることがわかる。Facebook社も指数関数的に成長している。近年のビジネスはこのような加速度的な伸びを見せないと投資家の関心を集めることができない。

ビジネスエコシステムのためのルールの役割と条件

ネットワーク効果を実装するには互恵関係が必須である。そこに「ルール」が必要になる。ビジネスエコシステムの全ての参加者がこのルールを守り、運営されてこそネットワーク効果が生み出される。

そのルールは契約でもよいし標準規格でもよい。ビジネスエコシステムは参加者の規模(例えば会員数)を急激に増やすことが成長の源泉であることから、このルールは公開されたものがふさわしい。すなわち、規格策定などの公的なルール形成が必要になるということである。本稿では標準化活動を含むルール形成の役割をこの文脈で再定義する。過去の工業標準化法で定義されていた、鉱工業製品の仕様などとは根本的に異なる。

この役割を果たすためには、どのような観点から標準規格を策定すべきであるかという議論は過去の文献に詳しく述べてある[3]。
[3] 市川芳明:協創プラットフォームを創る―国際標準化の新たなアプローチ―、日立評論、vol.97、No.4、(2015)
その結論から抜粋すると、①社会課題の解決を論じるような大所高所からの視点に基づく標準規格であること、②もし技術に関するものであるとしても、技術の内容そのものを規定するのではなく、その使い方に関する標準規格であること、③新しい市場を創造する効果を狙うこと、の3点を指摘した。

ビジネスエコシステムは特別な技術や資格を持った参加者に限定されたものではその規模が大きくならないので、むしろ誰でもやれるという敷居の低さが必要となる。従って、普通に考えれば既存の競合他社が既に存在する可能性が高いはずである。その意味で、競合他社のいない新市場を目指す上記の③の観点は特に重要であるといえる。

図表2には標準規格をこの文脈で捉えた場合の狙うべき領域を示した。

中央部にはビジネスの商流を図示している。およそ全ての産業は社会課題を背景に、その解決策として発展してきた。例えばどこかの国においてエネルギーの供給という課題があるとしよう。この課題を解決するために、電力網の整備という政策が打ち立てられ、国家プロジェクトが発生する。その結果、運用者(電力事業者)がニーズを整理し、評価基準に落とし込み、国際調達をかける。ここで始めて製品プロバイダーが応札することになる。その結果、落札した企業が製品を納め、その企業又は別の企業が運用と保守の契約を獲得する。

さて、この一連のビジネスの流れの中で、従来型の標準化といえば、図の最下流のボックスの範囲、すなわち技術標準である。しかし、予算規模を想像すると、上流から下流に行くに従って小粒に分解されていくことは明らかである。魅力的なのは上流である。そして、最も上流に行くと、「社会課題」に到達する。

このように理解すると、これから目指す標準化の領域はこれまでの標準規格とは違った世界になる。図表2の上の四角に囲ってある、社会課題、複合システム、サービスといった対象の標準化である。このような標準化の領域は「コンセプト標準」とも呼ばれる。これこそ、先に述べたビジネスエコシステムの場を定義するルールであり、多くの参加者を募った事業を起こすためのプラットフォームともなり得る。

次回は、このようなコンセプト標準の具体的な事例をみていきたい。