連載記事 市川芳明
第3回 日本が主導するコンセプト規格の取組み

本稿は月刊アイソス2019年6月号に掲載された市川芳明氏(多摩大学 ルール形成戦略研究所 客員教授)執筆の連載記事『ビジネスの基本ルールは自ら作れ 〜コンセプト規格とSociety 5.0の標準化〜』第3回の全文です。(本誌編集部)

前回は先進的な海外のコンセプト規格の事例を述べたが、日本でも既にこれに目覚めて活動を開始している人たちがいる。今回はそのうちの2つの事例を取り上げて紹介したい。

スマートシティーの事例

スマートシティーは国際標準を策定する際のコンセプト規格(社会課題解決)にふさわしい。ISO(国際標準機構)において「スマートコミュニティ・インフラ」のあるべき姿を国際合意文書として発行する委員会(TC 268 SC 1)を2012年に日本主導で立ち上げ、筆者はその国際議長を務めている。エネルギー、輸送/交通、上下水道、廃棄物/リサイクル、IT/都市データの5つのインフラを基本的な対象としており、都市化に代表される社会課題の解決策を提示することを主眼としている。

この委員会が最初に発行した規格、技術仕様書ISO TS 37151は、住民/地域運営者/環境の3つの視点から、インフラの評価指標(Metrics)を次の14のカテゴリーに落とし込んだ。(i)アベイラビリティ、(ii)アクセシビリティ、(iii)アフォーダビリティ、(iv)安全・安心、(v)サービスの品質、(vi)運用効率、(vii)経済効率、(viii)性能情報の入手可能性、(ix)保守性、(x)レジリエンス、(xi)資源有効利用、(xii)気候変動の対策、(xiii)汚染の防止、(xiv)生態系保全、である。

都市のインフラは政府開発援助(ODA)等の大規模な投資につながることが多い。しかし、ODAは「ひも付きでない」という制限があり、ともすれば価格競争に陥り、現地住民の生活向上に貢献しない場合も少なくない。標準規格として国際合意を得た評価指標をODA等の開発援助スキームにおいても活用することで、このような事態を解決する道が開けたといえるだろう。

現在、この委員会では、スマート交通、都市データの共有基盤、質の高い発電インフラ、等の規格開発が活発化しており、世界の都市の方々のニーズに合うべく、調達仕様書に引用してもらうことを目指している。これらの標準規格が「都市」という参加者と「インフラのプロバイダー」という参加者からなるビジネスエコシステムを実現し、その両者間にネットワーク効果を発揮させることを狙っている(図表1)

健康経営に関する事例

日本企業に「健康経営」(「健康経営」は、特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標である)というブームを定着させたのは平成26年厚生労働省告示第139号(略称「データヘルス」)であった。将来生活習慣病の発症のリスクがあり、その予防効果が多く期待できる従業員に対して、企業と健康保険組合が彼らの生活習慣の改善を科学的に実施するという趣旨の法律である。これをきっかけに企業を挙げての取り組みが一気に広がり、本格的に健康経営時代が始まった。

この制度の特徴は、①従業員の健診結果とレセプト(診療および調剤の明細書)のデータを突き合わせて分析することで健康改善効果が高い対象者を抽出する、②対象者の健康改善のための取り組みを計画する、③実施結果を定量的に評価することで取り組みの内容を見直す、④評価分析や健康改善の取り組みに「委託事業者」を活用してもよい、という点である。①〜③は、ISO 9001やISO 14001でなじみの深い、いわゆるPDCAのサイクルになっている。これ自体が法律としてはユニークであるが、④のように外部事業者の活用が盛りこまれていることはもっとユニークといえる。

その結果、さまざまな健康経営関連のビジネスが広がった。例えば、従業員の健診データとレセプトデータを預かり、相関関係を分析するサービスが次々と開始された。また、健康改善のためのウェアラブルセンサーやスマートフォンアプリの業界が大きなビジネスチャンスを得た。そして個人の生活習慣をモニターし、その結果を基に専門家が個別にアドバイスを送信するサービスや、健康食品の市場拡大にも貢献した。つまり、この法律(ルール)が国内に健康経営ビジネスという新たな市場を創出したといえる。

しかし、わずか6000万人程度の日本の労働人口を考慮すれば、国内よりも海外市場が魅力的であることは言うまでもない。これを狙ってJETROを中心に、健康サービス事業の国際的普及拡大について支援する活動が始まっている[1]。
[1] JETRO 「スリランカ『データヘルスを用いた健康経営手法の導入』」(2018年7月)

先進国はもとより途上国でさえ、生活習慣病は企業にとって大きな経営リスクとなっており、企業が自ら補助を与えて全従業員に健診を受けさせたり、率先して健康改善活動(フィットネスジム提供、社員食堂のメニュー改善など)を実施しているケースが多々見られる。つまり、潜在的市場は存在する。

足りないのは、日本のデータヘルスのような適切なガイドラインと、「健康経営銘柄」や「健康経営優良法人」[2]のような企業間競争の仕組みである。
[2] 経済産業省 ヘルスケア産業課:健康経営の推進について (2018年)
そこで標準規格への期待が浮上した。もともとISO 9001にしてもISO 14001にしても、法律ではないが、世界中の企業が実施している。そこでデータヘルス制度を国際標準規格にするという着想のもとに、有志企業が協力して英国規格協会(BSI)から公開仕様書(PAS 3002)を発行した。その内容としては日本のデータヘルス制度の骨子となる部分をPDCAスタイルで分かり易く記載したものである。もちろんこれをISO化することも視野に入れている。

この標準規格は企業群には動機、競争意識と適切なガイダンスを提供する。一方、さまざまな健康サービスプロバイダに市場ニーズを与えビジネス機会を拡大する。これによって両者が相互に他方を増長しあうネットワーク効果が期待できる。もちろん、表彰制度も有効である。すでにこのPAS 3002を活用して、スリランカで現地の業界団体とJETROが現地の有力業界団体と共同で健康経営表彰制度を開始した(図表2)

今回は紙面の都合もあり2例のみを紹介したが、次回からは最も野心的な取り組みともいえるSociety 5.0の国際標準化へのチャレンジについてやや踏み込んで述べていきたい。